第41話 ザナック鍛冶工房<前編>
「ウエーバー君、実物の大砲を見た事があるかい?」
「はい、ノア様。実家のドックには、たまにスパソニアのガレオン船が修理に入って来ましたから、見た事も修理した事もありますよ」
ノアは新たに講師上席となった為に、学院校舎二階に専用の講師室を得ていた。
今日は朝から、エジェリーとウエーバーに手伝ってもらい、掃除と模様替えである。
「それは心強い。君にぜひ手伝って欲しい事があるのだけど……」
「どんな事でしょう、ノア様」
ノアはウエーバーを手招きし、耳元でささやいた。
「実は……大砲を作りたいんだ……」
「わかりました! お手伝いさせて下さい」
ウエーバーは即答し『ドン!』と胸を叩いた。
「君は驚かないのかい?」
「だってノア様は戦争の準備を始めているのですよね。『目には目を、歯には歯を』ってやつじゃないですか! この件に関しては、僕はこの学院で一番使えるかもしれませんよ!」
「話が早くて助かるよ。ぼくは君と友達になれて、本当に良かった」
「と、友達なんて、滅相も無い……」
ウエーバーは頭をかきながらも、とてもうれしそうな表情を見せた。
「エジェリー、ちょっとブレーデン司書長を呼んで来てくれないか!」
ノアの呼びかけにエジェリーは掃除の手を止め、辺りを見渡しひとつ溜息をついた。
「はいはい、仰せのままに……」
エジェリーはエプロンと三角巾を外すと、すぐに図書館へ向かっていった。
「ノア様、おはようございます。お呼びにより参りました」
ブレーデンが講師室を見渡しながら挨拶した。
「わざわざ来て頂いて申し訳ありません、ブレーデンさん。またまたお知恵をお借りしたいものですから」
「今度は何が始まるのかしら!」
ブレーデンは胸の前で両手を組んで、とても愉快そうである。
ノアはみんなにソファーに座る様に促した。すこし埃っぽいのだが。
「さっきウエーバー君と話をしていたのですが、大砲を作りたいと思っています」
ブレーデンは納得した表情で頷いた。
「あれ、ブレーデンさんも驚かないんですか⁈」
「いいえ、ちっとも。ノア様のお話を伺っていますと、当然の発想かと」
ノアはそんなブレーデンをやはり頼もしく思った。
「腕の良い、信用のおける鍛冶職人をご存じでしょうか?」
「もちろん知っておりますとも。わたくしの工房の鉄製の道具や煮釜は、全部そこで作ってもらっていますのよ。もともとはリフェンサー様の御用達です」
「それは素晴らしいですね。紹介して頂けますか!」
「これから参りますか?」
「はい、ご迷惑でなければ、お願いします!」
エジェリーはノアとブレーデンを交互に見ている。
展開の速さに呆れている様子だ。
さっそく学院の馬車を出してもらい、工房へ行ってみる事になった。
目的地の鍛冶工房は王都の南西の外れにあるという。
学院からは中心部に入らずに、直接南下するルートを通ることが出来た。
畑や民家が混在する長閑な道を馬車で半刻程走ると景色は変わり、煙突から煙を吐く工房群の一角に入った。
道路沿いはどの工房も店舗として機能しているようである。
やがて馬車は、この辺りで一番風格のある店の前に寄せられた。
「ノア様、こちらがご案内する『ザナック鍛冶工房』でございます」
ブレーデンは少し頭を下げて、右手で入り口を指し示した。
「こちらの工房は製造直売であり、既製品では満足できない、実力のある騎士や冒険者が、オーダーメイドを求める所なのですのよ」
「なるほど、それは期待出来ますね」
ノアは店の面構えを眺めながら答えた。
入り口扉の上部には、ミニチュアの剣と盾が飾られている。
「いかにも武器屋さんって感じですね!」
ウエーバーも興味深そうに眺めていた。
扉を開けると、「カランコローン!」と小気味の良い呼び鈴が鳴った。
銅板を叩きあげて作られたそれを、ノアは『これ、欲しいな!』と思った。
すると奥から店主らしい男性が現れた。
上背はないが、腕の筋肉は相当なモノだ。
「おや、ブレーデン様。わざわざこんなところまで足を運んで頂いて」
「今日は、とても素晴らしいお客様を紹介に来ましたのよ!」
店主はブレーデンの連れの、場違いに身なりの良い少年少女に驚いているようだ。
「賢者様の後継者様をご紹介に参りました」
ブレーデンはちょっと得意そうな表情をした。
「少々お待ち下さいませ。今先代と息子を呼んでまいりますので! そちらにお座りになってお待ち下さいませ!」
示された店の一角には木製の長材で造られた、六人は掛けられるテーブルと椅子があった。
「わたし、こんなところ、初めてきたわ!」
エジェリーも飾られた剣や盾や防具を首をまわして眺めている。
程なくして初老の職人と少年が現れた。
二人供、鉄粉で真っ黒に汚れた皮のエプロンを外し、汚れた顔を首から下げていた手ぬぐいでふいた。
「先代である私の父と、息子のウォルフでございます」
二人はそれぞれ軽く頭を下げた。
息子はウエーバーと同じ位の年齢だろうか、すこしヤンチャな感じである。
「こちらのお方は賢者リフェンサー様の後継者、ノア・アルヴェーン様でいらっしゃいます」
ブレーデンは両手で隣のノアを指し示し紹介した。
「ノア・アルヴェーンと申します。突然お邪魔して申し訳ありません」
ノアは座ったまま、軽く頭を下げた。
「お隣はバイエフェルト伯爵家エジェリー様でいらっしゃいます。ノア様のご案内係を務めていらっしゃいます」
エジェリーは小首を傾げて軽く会釈した。
場違いな伯爵令嬢に、工房の三人は目を丸くした。
特に息子のウォルフは、エジェリーの気品溢れる美しさに目を奪われた様だ。
「後ろの彼は、ポルトアートから勉強に来ているオズワン・ウエーバー君です。実家は造船業を営んでいるそうですよ」
ウエーバーは姿勢を正し、深くお辞儀をした。
それにしてもウォルフはまだ口を半開きに、エジェリーを見つめている。
その視線に気づいたエジェリーは一瞬だけ『ニコッ!』と微笑みを返した。
瞬く間にウォルフの顔は赤く染まり、顔を下に向けてしまった。
「それで賢者の後継者様は、うちの工房に何をお望みですかな」
先代は気難しそうな、如何にも職人といった風貌である。
「単刀直入に申し上げましょう。ぼくは大砲を作ってくれる工房をさがしています」
ノアの一言が、先代は気に入らなかったようである。
「さっそくお坊ちゃまが調子に乗って、戦争ごっこでもおっぱじめる気ですかな」
「父さん……失礼が過ぎるよ」
店主は狼狽して、先代をなだめた。
「うるさい、ブレーデン様と賢者様のお知り合いとは言え、大砲を欲しがる子供なんざ、ろくなもんじゃねえ」
この一言にブレーデンは激怒して立ち上がった。
「先代! この方に無礼は許されませんよ。この方は賢者様の後継者様であり、なによりSランク冒険者『大樹海の支配者』様ご本人でいらっしゃるのですから!」
先代の顔色が、急速に青ざめて行く。
「本当……なのですか」
ブレーデンは先代を睨みつけながら頷いた。
「た、大変ご無礼をいたしました!」
先代は即座に片膝をつき、深々と頭を下げた。
「冒険者相手に商売をするあなた方が、その頂点に立たれるお方を愚弄するとは何事ですか! 身の程を知りなさい!」
怒ったブレーデン司書長はやっぱり怖かった……。
迫力に押されて、店主と息子も膝をついた。
エジェリーは状況が理解出来ず、みんなをキョロキョロと見まわしている。
ブレーデンは両腕を組んでしばらく三人を見下ろしていたが、やがてスカートを直し静かに座り直した。そしてノアに向かってニッコリ微笑む。
ノアに話を再開する合図であった。
「お顔を上げて下さい。それで話は聞いて頂けるのでしょうか」
「もちろんでございます……」
先代が申し訳なさそうに言った。
「おい、とりあえず店しめろ。他の客が入って来るとまずい」
息子が閉店の札を下げ、扉に鍵をかけた。
「それではどうぞ前にお掛けになって下さい」
ノアはテーブルの対面に座るよう指し示した。
ノアは場が落ち着くと、工房側に大砲が必要な経緯を丁寧に説明した。
「そして今ぼくがもっとも危惧している事は、カールソン砦が大砲の脅威にさらされる事です。いろいろ対策は練っているのですが、長期戦になるほど事態は悪化してしまいます」
「そこで敵に撤退を決断させる手段が欲しいのです。無理をして砦を出て敵陣に切り込めば、多くの兵士の命が失われるのは目に見えていますので……」
先代はうなだれながら聞き入っている。
「そこで大砲をお考えなのですね……」
店主は納得したように何度も頷きながらノアに答えた。
「あっしの故郷は、エレン王国に近い山間のカールソン領なんでございます。四十年程前、そこから出て来て、この地に工房を構えました。そんな故郷を心配して下さるあなた様に、たいへん失礼な物言いをしてしまいました……」
そう言って肩を落とす先代に「もういいですよ、気にしていませんから」とノアはなだめた。
「それでどの様な大砲をお望みなのでしょうか」
店主はノアに尋ねた。
「今回はあくまで威嚇によって撤退させる事が目的です。敵兵を殺傷する意図はありません。ぼくが望んでいる事は、出来るだけ短時間で仕上げて頂く事、小型軽量である事、有効射程距離八百メートル以上といったところです」
「なるほど、おっしゃる事は理解できます。しかし『あちらを立てれば、こちらが立たず』といった難しいバランス取りが必要ですね」
「その通りです。射程距離を上げれば、砲身に強度が必要になり重量がかさむ。だからこの際、極端な話、一発撃って使い捨てでも構いません。そんな落としどころを見つけて行きたいと思っています」
「解りました。さっそく何点か図面を引いてみましょう」
ノアは頷き、ここまでの商談に満足した。
そしてノアは腕を組み、目を閉じてしばらく思案した。
「ここからの話は追々と思っていたのですが、この計画が終わり次第、次の段階に入って頂きたいのです」
ノアの新たな話題の切り出しに、全員が注目した。
「次は銃を製造して頂きたい……」
ザナック工房三代は同時に驚愕の表情を浮かべた。
「それはマスケット銃でしょうか?」
「いいえ、三百年先を行きます。銃身にライフリングを施したライフル銃を作ります。しかも連射可能の……アサルトライフルです……」




