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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編

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第41話 ザナック鍛冶工房<前編>



「ウエーバー君、実物の大砲を見た事があるかい?」

「はい、ノア様。実家のドックには、たまにスパソニアのガレオン船が修理に入って来ましたから、見た事も修理した事もありますよ」

 ノアは新たに講師上席となった為に、学院校舎二階に専用の講師室を得ていた。

 今日は朝から、エジェリーとウエーバーに手伝ってもらい、掃除と模様替えである。


「それは心強い。君にぜひ手伝って欲しい事があるのだけど……」

「どんな事でしょう、ノア様」

 ノアはウエーバーを手招きし、耳元でささやいた。


「実は……大砲を作りたいんだ……」

「わかりました! お手伝いさせて下さい」

 ウエーバーは即答し『ドン!』と胸を叩いた。


「君は驚かないのかい?」

「だってノア様は戦争の準備を始めているのですよね。『目には目を、歯には歯を』ってやつじゃないですか! この件に関しては、僕はこの学院で一番使えるかもしれませんよ!」

「話が早くて助かるよ。ぼくは君と友達になれて、本当に良かった」

「と、友達なんて、滅相も無い……」

 ウエーバーは頭をかきながらも、とてもうれしそうな表情を見せた。


「エジェリー、ちょっとブレーデン司書長を呼んで来てくれないか!」

 ノアの呼びかけにエジェリーは掃除の手を止め、辺りを見渡しひとつ溜息をついた。

「はいはい、仰せのままに……」

 エジェリーはエプロンと三角巾を外すと、すぐに図書館へ向かっていった。



「ノア様、おはようございます。お呼びにより参りました」

 ブレーデンが講師室を見渡しながら挨拶した。

「わざわざ来て頂いて申し訳ありません、ブレーデンさん。またまたお知恵をお借りしたいものですから」

「今度は何が始まるのかしら!」

 ブレーデンは胸の前で両手を組んで、とても愉快そうである。

 ノアはみんなにソファーに座る様に促した。すこし埃っぽいのだが。


「さっきウエーバー君と話をしていたのですが、大砲を作りたいと思っています」

 ブレーデンは納得した表情で頷いた。

「あれ、ブレーデンさんも驚かないんですか⁈」

「いいえ、ちっとも。ノア様のお話を伺っていますと、当然の発想かと」

 ノアはそんなブレーデンをやはり頼もしく思った。


「腕の良い、信用のおける鍛冶職人をご存じでしょうか?」

「もちろん知っておりますとも。わたくしの工房の鉄製の道具や煮釜は、全部そこで作ってもらっていますのよ。もともとはリフェンサー様の御用達です」

「それは素晴らしいですね。紹介して頂けますか!」

「これから参りますか?」

「はい、ご迷惑でなければ、お願いします!」

 エジェリーはノアとブレーデンを交互に見ている。

 展開の速さに呆れている様子だ。

 さっそく学院の馬車を出してもらい、工房へ行ってみる事になった。


 

 目的地の鍛冶工房は王都の南西の外れにあるという。

 学院からは中心部に入らずに、直接南下するルートを通ることが出来た。

 畑や民家が混在する長閑な道を馬車で半刻程走ると景色は変わり、煙突から煙を吐く工房群の一角に入った。

 道路沿いはどの工房も店舗として機能しているようである。

 やがて馬車は、この辺りで一番風格のある店の前に寄せられた。


「ノア様、こちらがご案内する『ザナック鍛冶工房』でございます」

 ブレーデンは少し頭を下げて、右手で入り口を指し示した。


「こちらの工房は製造直売であり、既製品では満足できない、実力のある騎士や冒険者が、オーダーメイドを求める所なのですのよ」

「なるほど、それは期待出来ますね」

 ノアは店の面構えを眺めながら答えた。

 入り口扉の上部には、ミニチュアの剣と盾が飾られている。

「いかにも武器屋さんって感じですね!」

 ウエーバーも興味深そうに眺めていた。

 

 扉を開けると、「カランコローン!」と小気味の良い呼び鈴が鳴った。

 銅板を叩きあげて作られたそれを、ノアは『これ、欲しいな!』と思った。

 すると奥から店主らしい男性が現れた。

 上背はないが、腕の筋肉は相当なモノだ。


「おや、ブレーデン様。わざわざこんなところまで足を運んで頂いて」

「今日は、とても素晴らしいお客様を紹介に来ましたのよ!」

 店主はブレーデンの連れの、場違いに身なりの良い少年少女に驚いているようだ。

「賢者様の後継者様をご紹介に参りました」

 ブレーデンはちょっと得意そうな表情をした。

「少々お待ち下さいませ。今先代と息子を呼んでまいりますので! そちらにお座りになってお待ち下さいませ!」

 示された店の一角には木製の長材で造られた、六人は掛けられるテーブルと椅子があった。

「わたし、こんなところ、初めてきたわ!」

 エジェリーも飾られた剣や盾や防具を首をまわして眺めている。


 程なくして初老の職人と少年が現れた。

 二人供、鉄粉で真っ黒に汚れた皮のエプロンを外し、汚れた顔を首から下げていた手ぬぐいでふいた。

「先代である私の父と、息子のウォルフでございます」

 二人はそれぞれ軽く頭を下げた。

 息子はウエーバーと同じ位の年齢だろうか、すこしヤンチャな感じである。


「こちらのお方は賢者リフェンサー様の後継者、ノア・アルヴェーン様でいらっしゃいます」

 ブレーデンは両手で隣のノアを指し示し紹介した。

「ノア・アルヴェーンと申します。突然お邪魔して申し訳ありません」

 ノアは座ったまま、軽く頭を下げた。

「お隣はバイエフェルト伯爵家エジェリー様でいらっしゃいます。ノア様のご案内係を務めていらっしゃいます」

 エジェリーは小首を傾げて軽く会釈した。

 場違いな伯爵令嬢に、工房の三人は目を丸くした。

 特に息子のウォルフは、エジェリーの気品溢れる美しさに目を奪われた様だ。


「後ろの彼は、ポルトアートから勉強に来ているオズワン・ウエーバー君です。実家は造船業を営んでいるそうですよ」

 ウエーバーは姿勢を正し、深くお辞儀をした。

 それにしてもウォルフはまだ口を半開きに、エジェリーを見つめている。

 その視線に気づいたエジェリーは一瞬だけ『ニコッ!』と微笑みを返した。

 瞬く間にウォルフの顔は赤く染まり、顔を下に向けてしまった。


「それで賢者の後継者様は、うちの工房に何をお望みですかな」

 先代は気難しそうな、如何にも職人といった風貌である。

「単刀直入に申し上げましょう。ぼくは大砲を作ってくれる工房をさがしています」

 ノアの一言が、先代は気に入らなかったようである。

「さっそくお坊ちゃまが調子に乗って、戦争ごっこでもおっぱじめる気ですかな」


「父さん……失礼が過ぎるよ」

 店主は狼狽して、先代をなだめた。

「うるさい、ブレーデン様と賢者様のお知り合いとは言え、大砲を欲しがる子供なんざ、ろくなもんじゃねえ」

 この一言にブレーデンは激怒して立ち上がった。 

「先代! この方に無礼は許されませんよ。この方は賢者様の後継者様であり、なによりSランク冒険者『大樹海の支配者』様ご本人でいらっしゃるのですから!」

 

 先代の顔色が、急速に青ざめて行く。

「本当……なのですか」

 ブレーデンは先代を睨みつけながら頷いた。

「た、大変ご無礼をいたしました!」

 先代は即座に片膝をつき、深々と頭を下げた。


「冒険者相手に商売をするあなた方が、その頂点に立たれるお方を愚弄するとは何事ですか! 身の程を知りなさい!」

 怒ったブレーデン司書長はやっぱり怖かった……。

 迫力に押されて、店主と息子も膝をついた。

 エジェリーは状況が理解出来ず、みんなをキョロキョロと見まわしている。

 

 ブレーデンは両腕を組んでしばらく三人を見下ろしていたが、やがてスカートを直し静かに座り直した。そしてノアに向かってニッコリ微笑む。

 ノアに話を再開する合図であった。

「お顔を上げて下さい。それで話は聞いて頂けるのでしょうか」

「もちろんでございます……」

 先代が申し訳なさそうに言った。


「おい、とりあえず店しめろ。他の客が入って来るとまずい」

 息子が閉店の札を下げ、扉に鍵をかけた。


「それではどうぞ前にお掛けになって下さい」

 ノアはテーブルの対面に座るよう指し示した。


 ノアは場が落ち着くと、工房側に大砲が必要な経緯を丁寧に説明した。


「そして今ぼくがもっとも危惧している事は、カールソン砦が大砲の脅威にさらされる事です。いろいろ対策は練っているのですが、長期戦になるほど事態は悪化してしまいます」


「そこで敵に撤退を決断させる手段が欲しいのです。無理をして砦を出て敵陣に切り込めば、多くの兵士の命が失われるのは目に見えていますので……」

 先代はうなだれながら聞き入っている。

「そこで大砲をお考えなのですね……」

 店主は納得したように何度も頷きながらノアに答えた。


「あっしの故郷は、エレン王国に近い山間のカールソン領なんでございます。四十年程前、そこから出て来て、この地に工房を構えました。そんな故郷を心配して下さるあなた様に、たいへん失礼な物言いをしてしまいました……」

 そう言って肩を落とす先代に「もういいですよ、気にしていませんから」とノアはなだめた。


「それでどの様な大砲をお望みなのでしょうか」

 店主はノアに尋ねた。

「今回はあくまで威嚇によって撤退させる事が目的です。敵兵を殺傷する意図はありません。ぼくが望んでいる事は、出来るだけ短時間で仕上げて頂く事、小型軽量である事、有効射程距離八百メートル以上といったところです」


「なるほど、おっしゃる事は理解できます。しかし『あちらを立てれば、こちらが立たず』といった難しいバランス取りが必要ですね」


「その通りです。射程距離を上げれば、砲身に強度が必要になり重量がかさむ。だからこの際、極端な話、一発撃って使い捨てでも構いません。そんな落としどころを見つけて行きたいと思っています」

「解りました。さっそく何点か図面を引いてみましょう」

 ノアは頷き、ここまでの商談に満足した。

 そしてノアは腕を組み、目を閉じてしばらく思案した。


「ここからの話は追々と思っていたのですが、この計画が終わり次第、次の段階に入って頂きたいのです」

 ノアの新たな話題の切り出しに、全員が注目した。


「次は銃を製造して頂きたい……」

 ザナック工房三代は同時に驚愕の表情を浮かべた。

「それはマスケット銃でしょうか?」


「いいえ、三百年先を行きます。銃身にライフリングを施したライフル銃を作ります。しかも連射可能の……アサルトライフルです……」








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