第40話 四色のエレメンタル
ノアとリーフェが夕食を済ませた頃、約束通りスピルカ姉妹は訪ねてきた。
二人共お揃いの、真っ赤な上質のローブに身を包んでいた。
さすが王国有数の伯爵令嬢の装いだ。
「二人供ご苦労様。今夜は君達に見せたいものがあって来てもらったのです。これから下の湖畔に行きますよ」
ノアはリーフェが容易してくれた白いローブを纏うと、二人を先導して特別棟を出た。
ちょうど西の影のように暗い稜線に、細長く弓のような月が今にも隠れようとしていた。
ノアに導かれながら湖畔道を歩くアリスとレベッカは、やがて暗闇に目が慣れ始めると、その幻想的な光景に驚愕した。
「なんなの、その淡く光る玉は!」
アリスが驚きの声を上げた。レベッカも口を開けて辺りを見渡している。
「やはりあなた方にも見えるのですね。まあ、当然ですけど。因みに魔術の適正が無い人には見えないらしいですよ。しかしあなた達は初めて見たのですか⁈」
アリスとレベッカは同じように『ウンウン』と頷いた。
ノアはそんな二人に、事の重大さを再確認した。
先を歩くノアは、振り返って説明を始める。
「これはオーヴと呼ばれる、自然界に存在するエレメンタルの集合体です。おおむね水・地・火・風の四種類に分類されます。漠然と精霊と呼ばれているダークエネルギーの正体です」(注1)
「発光が淡いで、夜の方が観察しやすいんですよ。ここは湖があって、森があって、自然が豊かなので、オーヴが多く見られるのです」
ノアはしばらく歩くと、近くのベンチに腰かけた。
「概ねウンディーネが青色、ノームが金色、サラマンドルが赤色、シルヴェストルが銀色をしている事が多いです。ここは火の気が無いので、赤色のオーヴが少ないですよね」
「このオーヴを構成するエレメンタルの一つ一つは想像を絶するくらい小さいのです。ぼくは『魔素粒子』と呼んでいますが、これは何もオーヴに限った事ではありません。ぼくたちの身体だって、同じくらい小さな原子の集合体なのですから」
「そんな魔素粒子は同族で寄り添う性質があるようです。さらに適正のある魔術士に同期して集まって来るのですよ」
「ほら、アリス先生とレベッカのまわりにも銀色のオーブが集まって来たでしょう。少ないですけど赤色のオーヴも寄って来てますね。あなたたちがシルヴェストルとサラマンドルの適正を持っている証拠です」
アリスとレベッカはお互いを不思議そうに眺めた。
「師匠は全部の適正が有るって事? それにしても数が多すぎない⁈」
レベッカはノアの周りに纏わりつく四色のオーヴの量に納得がいかない様子だ。
「ぼくの場合はあまりに特殊なのだそうですよ。この手に詳しい魔術士から言わせると精霊の加護を受けているんだそうです」
「さてここまでは予備知識です。ここからが本題ですよ。ただオーヴが纏わりつくだけでは綺麗なだけで、なんの意味もありませんからね」
ノアはベンチから立ち上がると、両肘を曲げ手のひらを前に差し出した。
「よく見ていて下さいね!」
ノアが両手のひらをグッ! と握ると瞬時に廻りで揺らめくオーヴが一瞬で消え去った。
もちろんこれは、分かりやすく見せるためのアクションだが。
「……!」
「どういうこと⁈ 師匠」
「いまぼくは、まわりのオーヴ、言い換えれば魔素粒子を体内に吸収したのです。これが『マナ』の正体です」
「この学院では、と言うよりスピルカ家は、どうもこの自然界に満ち溢れる魔素粒子の存在を隠したように思います。スピルカ家のあなた達が知らないのですから、時代と共に、相当魔術が劣化したとみるべきでしょう」
ノアは再びベンチに腰かけ、さらに語り続けた。
「レベッカ、君は魔力をどこから絞り出す?」
「ワタシは身体の中の魔力の充実を意識して、術式に乗せるわ」
ノアはなるほどと頷いた。
「もちろんそれは間違いではない。しかしぼくは魔術を発動する時、ほとんど自分の『オド』は使わないんだ。そのエネルギー源はさっき吸収した魔素粒子を使用している」
「あなたはどうしてこんな事を知っていて、そして使いこなせるのですか?」
アリスの問に、ノアは少し小首を傾げた。
「それが悩みの種なのですよ。ぼくは小さい頃、冒険者をしていた事は話しましたよね。ぼくの周りには一流の魔術士がいたけど、ぼくほどでは無いにしろ、それなりに魔素粒子を使えていたのです。ぼく自身は魔術が使えるようになった最初から使えたし、生き抜くために必死で練習しましたから……。だから『使えて当たり前』で指導する理論がまだ見えていないんですよ」
「当面は君達が『マナ』を使えるようになる過程を、参考にしたいと思っています。その第一歩として、今夜は君達には索敵魔術を覚えてもらいましょう」
「具体的にはどんな魔術なの?」
レベッカは単純に、ノアから魔術を教わる事を楽しみにしている様である。
「生きとし生けるモノ全て、微量でも魔力を帯びている。この森の中で生活する野ウサギやキツネだってそうさ。そして君達の周りから、この湖や森のどこまでも魔素粒子で満たされている。その揺らぎを感じ取るんだ」
ノアはゆっくりと両手を広げ、世界を表現した。
「さあ、二人供、ここに座って!」
ノアはベンチを立って、そこにアリスとレベッカを座らせた。
「目を閉じて静かに集中してごらん。廻りの魔素粒子を感じるんだ」
アリスとレベッカが言われるがままに目を閉じ、集中する。
しばらくすると、「ヒッ!」と二人同時に小さな悲鳴を上げた。
「だめよ……」
レベッカが少し震えながらノアを見上げた。
ノアは何のことかと不審に思った。
「あなたが……目がくらむ様に明る過ぎるの……」
アリスが怖いモノを見るような目で、ノアを見上げた。
――なるほど、ぼくは自分自身を見る事は出来ないけど、彼女たちからは、ぼくが眩しく見えるんだ。
「ごめん二人供。いま新しい発見があった。ぼくは過去二回、君達と同じ事を言われた事を思い出した。その人たちは金色の瞳を持っていて、相手の魔力量が見えると言っていた。君達は偶然、索敵魔術と魔力感知の関係性に気づいてしまったんだ」
「それでは早速検証してみよう。君達はここで目を閉じて三十数えて! ぼくがその間に隠れるから」
そう言ってノアは彼女達から八時の方向、三十メートル程の暗闇の中に立った。
三十数え終わると、瞬時に「そこよ!」と言って二人同時にノアを指さした。
「師匠が移動していくのが、手に取るように分かったわ!」
「うん、やっぱり君達には才能がある。これからはぼくがいると練習にならないから、二人で練習するといい。かくれんぼなんて面白いんじゃない! 屋敷の中でも出来るしね」
「ひとりで練習する時は、ここはいい場所だよ。静かに集中して魔素粒子の揺らぎを感じれば、遠くで野ウサギが跳ねていくのも解かる様になる」
「師匠はやっぱり凄いね!」
興奮気味のレベッカに対して、アリスは真剣な眼差しをノアに向けた。
「あなたは……人間なのですか……」
ノアはボリボリと頭をかいた。
「それは前にも同じ様な事を言われました。こう見えてぼくはいつもエッチな事ばかり考えている生身の人間なのですよ。でも最も神を知る人間である事もまた、事実です」
「レベッカから見て、ぼくはどう見えたの」
「それはそれは眩しかったわ。師匠の身体自体が強烈な光を放っているし、師匠を囲む魔素粒子も半端なかった。そして師匠の身体を覆うように二種類の力を感じたわ」
ノアはなんだろう? と考えたがその答えはすぐに見つかった。
「ああ、それはたぶん二人の聖女の祝福だ……」
「そっか、師匠は聖女様と知り合いだって言っていたものね……」
「今夜教えた索敵魔術は近い将来必ず必要になるでしょう。君達は出来るだけ早く習得して、人に教えられるようになって下さいね」
「わかったわ!」
相変わらずレベッカの返事はよい。
「わかりました……」
アリスの返事は弱々しかったが、そこには真剣さは感じられた。
「さあ、今夜はこれくらいにしておきましょうか。寒いから、早く帰りましょう!」
帰りがけ、ノアは一つの問題に気付いていた。
「ねえレベッカ。君はもう、ぼくが隠れても見つけられるって事だよね……」
「そうね、もうバレバレよ!」
「もし君達と同じ様な能力を持った人からは、ぼくは隠れられないって事だよね。これは問題だな……」
レベッカはノアの左腕に自身の右腕を絡めた。
「別にいいんじゃない! 師匠が隠れるなんて想像出来ないし」
レベッカはニッコリと微笑みながら、そう言った。
「まったく、君のプラス思考には恐れ入るよ……」
(注1)引用:ウィキペディアより一部抜粋
ダークエネルギーとは、現代宇宙論および天文学において、宇宙全体に浸透し、宇宙の膨張を加速していると考えられる仮説上のエネルギーである。宇宙の質量とエネルギーに占める割合は、原子等の通常の物質|(観測可能な物質)が4.9%、暗黒物質が26.8%、ダークエネルギーが68.3%と算定されている
ダークエネルギーとは、宇宙全体に広がって負の圧力を持ち、実質的に「反発する重力」としての効果を及ぼしている仮想的なエネルギーである。
本小説ではノアの得意とする重力操作の魔術は、特にダークエネルギーとの関連性が高いのでは! と仮定している。あくまでフィクションである事をご了承くださいませ!




