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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編

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第39話 リベラルアーツの改編



 冬休みも終わりに近づき新学期が始まろうとしている頃、新年を故郷で迎えた寮生たちも戻り始め、学院は活気を取り戻しつつあった。

 そのころノアは学院の講義科目の再編成を行うための準備に追われていた。



「エジェリー、ちょっと学院の事務室に行って、調べてもらいたい事があるのだけれど」

 ノアはペンを休ませる事なく、エジェリーに話しかけた。

「構わないけど、何を調べればいいの?」

「去年の中途退学者のリストが欲しい。そしてその生徒が、どの研究室に出入りしていたかの記録が見たい」

 突然の依頼に、少し困惑する表情を見せたエジェリーは小首を傾げた。

「理由を聞いてもいい?」


「ちょっと気になっている事がある。この学院の女生徒で、とても顔色が悪くて怯えているような娘を数人見かけるんだよ……。ぼくはある講師の研究室を疑っている」

 エジェリーは書類をまとめるとすぐに席を立った。

「少し時間がかかるかもしれないわ。終わり次第報告します」

「頼りにしてます! エジェリーさん!」

 ノアはわざと満面の笑顔を作って、エジェリーに言った。

「もーっ!」

 エジェリーは怒った様な、照れくさい様な表情をして、ノアの自室から出て行った。



 翌日、エジェリーから報告書が上がって来た。

「やっぱりだ……」

「なにか解ったの?」

「この八人の中途退学者の中で三人の女生徒が、錬金術のニルゲン先生の研究室に所属していた。三人ともそれぞれ地方都市から勉強に来ていた中流貴族の令嬢だ」

「どういうこと?」

「たぶんあの研究室では、学院の研究費で変な薬を作っている。たぶん媚薬、麻薬も出て来るかもしれない……」

「それじゃあ、退学した女生徒って……」

「おおかた薬浸けにされてどこかに売られたか、娼館で働かされているかもしれない」

「酷い……それで、どうするの……」

 エジェリーは両手をきつく握りしめた。

「調べて証拠をつかむのが確実だけど、今はこんな事に時間を割く余裕はない。こんど開く会議で鎌をかけてみようか」



 冬休み明け当日、簡単な式典が行われると、本日の講義は無いため生徒たちは早々と解散した。

 その後、ノアはさっそく四科に該当する講師を招集した。

 四科とは幾何学・算術・天文学・音楽の分野を指す。

 それだけでは内包しきれないので、逆説的に言えば、文系以外のすべての講師を招集したのである。

 会場の一号講義室には、三十名ほどの講師が席についていた。

 みな突然の招集に困惑している様である。

 ノアが教壇にあがり、脇にはエジェリーが書記として座った。

 外見上、大人と子供が逆転している配置は、ある意味ユーモラスでもあった。

 

「本日講師の皆さんにお集まり頂いたのは、この学院での講義項目を再編成するお知らせのためです。あらためまして、ノア・アルヴェーンと申します。本日付けで講師の皆さんの上席を学院長より拝命致しました。どうぞよろしくお願い致します」

 さっそく講義室はどよめきに包まれた。


「今までは四科中心でありましたが、いろいろな学問がバラバラに配置されていました。これよりは自然界に関する学問はすべて『自然科学系』に統合します。」


「そしてその下に各学部を創設しますので、各講師の皆さんは、ご自分の研究内容、年間講義計画を速やかにぼくに提出して下さい」

 ノアは教壇から講師達を見渡し、各々の反応を観察した。


「そうですね、十日の期間を設けましょう。その後個別に面談を考えています」

「ちょっと一方的で厳しくありませんか」

 講師のひとりが不平を漏らした。

「ぼくは初め三日にしようと思っていたのですが、皆さんもお忙しいでしょうから十日を見ました。期限内に提出して頂けなければ、講師契約は即刻解除しますので、そのつもりで」

 講師たちは一様に押し黙り、表情は厳しくなった。


「そして今回、特に大きく変える部門は錬金術と魔術です」

 ノアは今までより、一段口調を強めた。

「まず錬金術ですが、今回の編成によって、錬金術と称する講義はすべて廃止します。これは現在進行中の研究を否定するものではありませんよ。提出された『研究・講義計画書』を基に、有意義と認められるモノは、化学部に編入する事になると思います」


「なんと傍若無人な振る舞いよ! これだから素人は困る! あんたは賢者の後継者だか何だか知れぬが、錬金術を愚弄する気か!」

 最年長の錬金術師ニルゲン講師が机を叩いて異を唱えた。

 錬金術の講師たちは、一様に同調し騒ぎ立て、講義室は怒声に包まれた。

 ノアは、そんな反応に動じるはずもなく、さっそくニルゲンが網に掛った事をほくそ笑んだ。


「ニルゲン先生、それでは錬金術とは何なのですか? ぼくを納得させて下さい」

「至高の到達点は、我ら錬金術師の秘術によって、卑金属を貴金属、特に金を新たに作り出す事よ!」

 威厳を無理に引き出そうとするその態度はノアには滑稽に見えた。


「それは絶対に不可能だと、ぼくは断言できますが」

「全く話にならん。私の研究はあと一歩のところまで来ている」

「この数百年、錬金術師を名乗る方々は、皆同じ事言っている。そして誰一人成果を出した者は存在しませんが」

 ノアは両手を広げ、呆れたような態度を取った。

「こんなペテン師には付き合っておれん。スピルカ先生、なにか言ってやって下さい!」

 突然振られたアリス・スピルカは伯爵家令嬢で、この場で最も高位の存在だった。


「私はこの方に異を唱えるつもりはありません……」

「……父上にも、ご相談しますぞ!」

「父は私よりもこの方の理解者です。この方の指導に従う事は、スピルカ家の総意です」

 アリスは小声で淡々と語ったが、その内容は憤った講師達を黙らせるには十分だった。


「ところでニルゲン先生。あなたの研究室では、なにか特別なモノを製造されているようですが⁈」

 ノアはニヤリと微笑みながらも、氷の様な眼差しでニルゲンを射抜いた。

「な、何のことだ……」

 ニルゲンは急速に青ざめていく。

「先ほどぼくの権限で、あなたの研究室は封鎖しました。この後調べますが、何が出てくるか楽しみですね。フッフフ……」

 ノアな目を細め、不気味に笑った。

「お、横暴だ!」

「なにが横暴なのですか? ぼくはあなたの上司ですよ。ぼくにはあなたの研究を掌握する義務がある。なにか調べられてマズイものでもあるのでしょうか⁈ それからあまり好ましくない方々と、お付き合いがあるようですね」


「ふ、不愉快だ、私は帰る!」

 ニルゲンは慌てふためきながら席を立ち、足早に出口に向かった。一人の錬金術講師も追随した。


「逃げては困りますよ、ニルゲンさん。あなたは拘束させてもらいます」

 そう言ってノアは二人の似非エセ錬金術師を得意のグラヴィトンの魔術で押しつぶした。


「エジェリー、外で控えている衛士さんを呼んで来て」

「畏まりました。ノア様」

 エジェリーは立ち上がるとノアに深々とお辞儀してから、ゆっくりと廊下に出た。

 こういった演出は、エジェリーはとても上手である。


 ほどなく四人の衛士が入室し、二人の両手を縄で縛り、ノアに一礼してから引き揚げていった。

 講義室の講師達は、その様子を唖然としながら眺めていた。

「みなさんも身体に付いた埃は、今のうちに叩き落としておくことをお勧めします」

 ノアは穏やかではあるが、底知れぬ迫力を持って、講師達を威圧した。



「さて次は魔術に関する講義・研究についてですが……。こちらもかなり変えますから覚悟しておいて下さい。」

「具体的には、魔術部の中で、魔術物理学科・魔術生理学科・魔術記述学科・魔術言語学科・魔術戦術学科の五科に分けようと思っています。まあ、この名称によって、ご自分の得意分野がどこに入るか解かると思いますが」


「ぼくはこの学院での魔術の講義の偏りに強い不満を持っています。まず『魔術とは一体何なのか?』といった根本からやり直しましょう。そして魔術を学ぶ危険性についても、真剣に取り組むべきです」

 

「残念ながら魔術の発展と戦いの歴史は同調します。冒険者の魔物との格闘から国家間の戦争まで。魔術とは戦いにおいて、武器と同じ兵器に相当します。簡単に言えば、人殺しの道具として、とても優秀なのです」


「この学院は、王国の魔術師団養成所の様な側面を持っています。ですから魔術は人殺しの有効な手段であると言う事を、目を背けずに正面から向き合う必要があると思います」


「これから魔術の講師の方々とは、定期的に研究会を開こうと考えています。よろしいですね」

 魔術の講師たちは皆無言だが、首を縦に振った。反論出来る余地が無い事は明白だった。



「それでは本日はこれで終わりにしますが、なにか質問はありますでしょうか?」

 すでに誰一人ノアに反論する気概を持つ講師は存在しなかった。


「皆さんはこの学院では、単なる研究者ではなく教育者です。難しい研究成果を発表しろと言っているわけではありませんよ。『いかに生徒達に学ばせていくか』と言う事を主観におけば、今回のレポートはとても簡単なはずです」

 そして最後にノアは、とても軽やかな笑顔を見せた。

「皆さんの熱意を、ぼくは楽しみにしています! それでは解散」


 講師たちは無言で、力なく講義室を出て行った。

「ああ、スピルカ先生、ちょっとよろしいですか」

 ノアは手を上げ、退室しようとするアリスを呼び寄せた。


「お加減はいかがですか?」

 ノアはやはりアリスの元気が無い様子を気にしていた。

「はい、もう大丈夫です……」

 アリスはノアとは目を合わせずに答えた。

「これから司書長とぼくで魔術を教えていきます。今は不本意でしょうが、きっと分かってもらえる時がくるでしょう。夕食後、レベッカとぼくの部屋に来てください。見せたいものがあります」

「わかりました……」

 それだけ告げるとアリスは静かに講義室を出て行った。



「それにしても、随分と厳しくやったわね!」

 エジェリーはアリスの後ろ姿を目で追いながら、ノアに話しかけた。

「この学院の教育はだいぶ緩んでいるからね。せっかくだから、思う存分やらせてもらうよ。ぼくが愚か者に見えるかい?」

 エジェリーは大きく首を振った。

「それならいい……」

 椅子に深く腰掛けたノアは両腕を頭の後ろで組んで、大きくため息をついた。


「ここは学院だ。あくまで生徒に学ばせるための講師が必要なんだ……」






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