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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編

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第38話 ブレーデン工房と地下宝物庫



「ノア様、準備が整いましたので、わたくしの工房へご案内いたしましょう」

 図書館の談話室でエジェリーとレベッカ、さらにウエーバーとジュビリーに手伝ってもらいながら、学院の講義再編に着手していたノアは、ブレーデンから声をかけられた。

「さっそくありがとうございます。ブレーデンさん」

 ノアは立ち上がってブレーデンに礼を述べた。


「それで、どちらに行かれるのでしょう?」

「実は、すぐ傍にあるのですよ。ついて来て下さいませ」

 エジェリーとレベッカはすぐに立ち上がったが、ウエーバーとジュビリーは、どうして良いか分からないようである。

「あの、彼らも後学のために連れて行きたいのですが、よろしいでしょうか」

 ノアは状況を察してブレーデンに確認した。

 ブレーデンはウエーバーとジュビリーを見据え、しばらく思案した。

「断じて口外は無用ですよ。あなた達は幸運ですね……」

 ウエーバーとジュビリーは嬉しそうに席を立った。


 ブレーデンはまず受付事務所に入り、奥の裏口を開けた。

 外に出ると、すぐに高さ三メートル程のレンガ造りの強固な塀が隔離していた。


「ここから先は立ち入り禁止区域です。わたくしの許可なくして入れません」

 そう言いながらブレーデンは、近くの鉄製の扉の鍵を開けた。


 一行が中に入ると、そこには高い塀によって隔絶された、広い土地が広がっていた。

 うっすらと今は雪に覆われている。

 そして奥にはチューダー様式の漆喰壁と柱の色分けが美しい、大きな屋敷が煙突から白い煙を吐いていた。

「学院内にこんな素敵なところがあったのですね……」

 後に続く一同も、『うん、うん!』と頷いている。

「この辺りは春になると種を蒔いて薬草を栽培しているのですよ」

 屋敷に向かいながらブレーデンは、空き地を片手で指し示しながら説明した。

「そしてあそこがリフェンサー様に建てて頂いた、わたくしの工房です!」

 

 屋敷の中はすでに暖かく、一階はほとんど作業場のようだ。

 大きなかまどがいくつもあり、各ブロックの中央には大きな作業台が備えつけてある。

 道具は整理整頓され、装飾品が飾られ、主のセンスの良さが感じられた。

「素敵な作業場ですね……!」

「一階はほぼ作業場になっています。二階はわたくしの生活する部屋になっています。王都市街に屋敷はあるのですが、そちらは息子夫婦に任せて、わたくしはこちらで寝泊まりする事が多いのですよ」


 そして奥の作業場には一人の若い女性が姿勢良く佇んでいた。

「賢者の後継者さま。お初にお目にかかります。縫製工房ラフレインの代表を務めております、フリージア・ラフレインと申します。どうぞお見知りおきを」

 二十代半ばだろうか、亜麻色の髪をヘッドスカーフで覆っている。

「彼女の母親とわたくしは古い友人なのです。ちょうど母親の方は引退しまして、彼女に代替わりしたばかりです。まだ母親には及びませんが、この娘も良い腕とセンスを持っていますのよ」

 ブレーデンは友人の娘を大事そうに紹介した。


「それではさっそく始めましょうか。今回ノア様のオーダーは、砲弾が着弾した時に生じる石や鉄などの、高速で飛散する破片から肉体を守りたい! という内容でよろしいですよね」

「その通りです!」

「そこでわたくしがご提案する防御方法は、破片がローブに接触した瞬間に周辺が硬直し、さらに衝撃を四方に分散伝播させる仕組みです。もちろん受ける衝撃には限度がございますが、かなり肉体へのダメージは避けられるでしょう」


「素晴らしいです! 理想ですよ、ブレーデンさん!」

 ノアは喜びのあまり拍手した。ブレーデンも調子に乗って来たようだ。


「さて、まずは素材ですが!」

 ブレーデンはフリージアに目配せをした。

「今回三種類サンプルをご用意いたしましたが、お勧めはこちらになります」

 そういってフリージアはひと巻の反物を作業台の上に置いた。

「この布は魔物化した乱暴羊ワイルドシープの毛で織り込まれたものです。魔力の乗りや持続性に大変優れています」

「いいですね~! よし、これで行きましょう」

 ブレーデンとフリージアは顔を見合わせ頷き合った。


「そして次に必要となるのがコレでございます」

 ブレーデンは大きなガラス瓶を作業台の上に『ドン!』と置いた。

 中にはくすんだ緑色の粉末が満たされている。

「これが先ほど説明した性質を持つ魔結石の粉末です。簡単に言えば、この粉末をお湯に溶かして、あの大きな釜で煮あげて行くわけですが……」

「おお! いかにも魔女工房って感じですね!」

 ノアはイメージ通りの展開に夢中になった。


「ここからが腕の見せ所なのですよ!」

 そういってブレーデンは右腕を『ポン!』と叩いた。

「ここまでは誰でも出来る事なのですが、粉末を布になじませるために、独自に開発した展着剤や魔力を蓄積するための液体を混ぜ、魔力を注ぎながら煮詰めていくのです!」

 今度は二種類の液体の入った瓶を作業台に並べた。

 二つとも、怪しい色をしている……。

「注がれる魔力によっても、出来が違ってくるのは不思議ですよね。こうして煮上がった織物を陰干しして、同様の行程を三回繰り返すのが良いでしょう」


「そして完成した織物は、彼女の仕立てに委ねられます」

 ブレーデンはフリージアの肩を軽く叩いた。

「もちろん縫製には、魔力が注がれた糸は針が使われるのですよ。やはり縫製作業もお針子さんの魔力によって、仕上がりと強度が全然違って来ます」


「イヤ~、感動しました! 素晴らしいです」

 ノアは絶賛する。

「まだ終わった訳ではありませんよ。最後に出来上がったローブに魔力を注入します」

「どのくらい魔力を注入すればよいのでしょう」

「おそらくわたくしなら一着に四時間、一日二着が限度でしょう」


「この仕事はノア様にやって頂きましょう。ノア様なら一時間もかからないはずです。ノア様の魔力が注がれたローブがどの様な輝きを放つのか、とっても楽しみですわ!」

 ノアもどのように魔力を注ぎ込めばよいのか、今は全く解らないが、手間を惜しむつもりはない。

「はい、ぼくも喜んでやらせて頂きます!」



「ここで問題なのは資金なのですが……」

 ノアは、時間は惜しいが冒険者の仕事で稼ごうか、と思案していた。

 これを聞いてブレーデンは、不思議そうな表情をした。

「ノアさま、賢者様や学院長より伺っておりませんか? ノア様の当面の活動資金は準備してございますのよ」

「初耳です。じつに聞きにくいのですが、おいくら位あるのでしょう」

「十億セリスほど準備してございます」

「じ、じゅうおく――⁈」

 ノアは思わず吹き出してしまった。

 ノアのみならず、お供全員があっけに取られている。

「資金の管理はバイエフェルトさんが行う様に。と学院長から申し使っております。よいですねバイエフェルトさん」

「は、はい! 承知しました……」

 エジェリーは瞳を泳がせながら、司書長に頭を下げた。

「ねえ、エジェリー。なんか大変な事になって来たわね!」

 レベッカは他人事のようにエジェリーの狼狽ぶりを楽しんでいる。


「それでノア様。何着ほど作ればよろしいのでしょうか?」

「そうですね、四十着は欲しいところです」

「納期は?」

「雪解けの……春になるまでには欲しいです」

「どうですか、フリージア」


「うちの腕の良いお針子をフル回転させれば行けると思います」


「それでは早速発注書を作りますので、お受け願えますか」

「はい、賢者の後継者様。精一杯やらせて頂きます!」

「ああ、ぼくの事はこれからノアと呼んで下さい。それから見積書をお願いします。しっかりと儲けが出るようにして下さいね。ぼくは買い叩いたり、値切ったりする行為は好きじゃないんです」

「ノア様、よいお仕事を頂けて、感謝致します……」

 フリージア・ラフレインの瞳は潤んでいた。



 そんなノアとフリージアのやりとりを、優しい眼差しで眺めていたブレーデンは「パン!」とひとつ手を打った。

「さて、次は地下室にご案内しましょう!」

 フリージアは小さな部屋に案内し、ランプに火を灯した。

 そして壁の本棚を横にスライドさせた。

 そこには地下室に降りる階段が隠されてい。

 お約束のような仕掛けに、ウエーバーは「オオ~ッ!」と声を上げた。

 ブレーデンを先頭に階段を降りる一行。

 いかにも地下室といった、ちょっとかび臭い匂いがした。


「スピルカさん、そこのランプに火を灯して下さいな」

 こんな時に魔術士は便利である。まあ、ライターと同レベルではあるのだが。

 明るくなると地下室内の全容が見えてきた。

 壁には様々な形状の剣や盾が飾られている。杖やワンドやロッドといったコーナーもある。棚のなかにはブレスレットや指輪といった装飾品もかなりの数が並べられていた。


「ここの品々はノア様を求めて旅をされていた、リフェンサー様とザルベルト様が大陸各地で買い求めた品々です。すべてノア様にお使い頂くために残されたアイテムでございますよ」

 一同はノアの表情を伺った。

 ――そうか、旅の途中で売り買いしていたのは、このためだったんだな。

 ノアは改めてリフェンサーとザルベルトに感謝した。

 

「そして軍資金はこの中にございますのよ!」

 そう言ってブレーデンは金庫の鍵を開けた。

 中には各国の金貨が積み上げられていた。

「今後はバイエフェルトさんがここから持ち出してノア様のお役に立てることになります。あなたは適任だとわたくしも思いますが、なんらかの記録が必要でしょう」

「か、畏まりました……」

 エジェリーはじっと金貨を見つめている……。


「わたくしは、表向きは図書館の司書長ですが、この宝物庫の管理人でもあるのです。この学院創設以来、ここの秘密を知ったのはあなた方が初めてです。もし不義理を働いた場合は命をもって償ってもらいますからね」

 ブレーデンの迫力に一同は大きく頷いた。


「さて、上へあがりましょうか」

 ブレーデンに促されて全員は作業場に戻った。


「ブレーデンさん、フリージアさん。今日はありがとうございました。これから忙しくなりますがよろしくお願いします!」

「こちらこそ、良いお仕事を頂きありがとうございました」

 フリージアは深く、長く頭を下げた。

「この工房もとうとう真価を発揮する時がやってきたのです。きっと喜んでいますわ!」

 ブレーデンはあたりを見渡しながらにこやかに呟いた。


 帰り際、高いレンガ塀の出入り口の所で、「もしわたくしが図書館に居なくて用がある時は、この紐を引っ張るのですよ。屋敷で呼び鈴が鳴る仕組みになっていますからね」と教えてくれた。


 図書館に戻るといつもの談話室で休憩した。驚きの連続による疲労感はなかなかのものだった。


「ジュビリーさん。薬草を研究して、テプリー領の特産品に出来たらいいですよね!」

「ハイ、ノア様! 私もそれを考えていました」

「どうでした、ウエーバー君」

「実家のドックや作業場とは全然違いますが、とても勉強になりました!」

 ノアはウエーバーとジュビリーの笑顔に満足した。


「ノア、どうするのよ。わたし大金任されちゃった……」

 エジェリーは未だ挙動がおかしい。

「リーフェに手伝ってもらうといい。あの娘はたぶん帳簿が解るはずだ。そうだ、この機会にしっかりと君達に帳簿の付け方を教えてあげよう」

 みんなしっかりと頷いているのに、レベッカだけはソッポを向いている。

「レベッカはどうする?」

「ワタシはいい。そんなの絶対向いてないから……」


 ノアは苦笑いしながらも、納得した……。






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