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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編

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第37話 今後の課題



 サンクリッド王立学院に招かれ、新たな年を迎えたノアは、特別棟自室の机に向かい、これからの方針を思案していた。


 一つずつ課題を整理して行ってみよう……。


 ――まず、真っ先に、そして早急に手を付けなければいけないのが、カールソン砦の防衛問題だ。あそこはヤバイ! 近い将来に絶対侵攻を受ける。砦の人達は、守備隊長をはじめ、みんないい人達だった。ある程度改修はしてきたけど、時間稼ぎにしかならないだろう。人命を守る為に、なにか対策を取らなければいけない。ブレーデン司書長に相談してみよう。


 ――次に、学院の講義の再編成を行わなくてはならない。ぼくには前世の記憶と知識がある。これをどこまで反映する事が出来るかが重要なポイントだ。学院長の言っていた『種を蒔いて収穫する』システムを作る事が出来れば最高なのだけれど……。


 ――魔術の指導も問題だ。この国の魔術の指導方法は根本的に変えなければいけない。スピルカ姉妹に協力してもらうのが得策だろう。しかし姉のアリスは立ち直ってくれるだろうか……。

 

 ――そして最も根本的な問題は、己自身の立ち位置だ。ぼくは、ここレ―ヴァン王国の国民ではない。今は学院の特待生としての身分が保証されているから良いとして、卒業すれば出て行かなくてはいけない。好むと好まざると、ぼくの知名度が上がってしまえば、この国の王国府も黙っていないだろう。何らかのアプローチが有るはずだ。それが友好的であれば良いのだけれど……。

 

 ――いずれにしても、リスクを想定して対策を講じておかなければ、とんでもない事になりかねない……。自分一人で出来る事はたかが知れている。やはり有能な人材を集める事は急務だろう。その為にやはり今は、この学院はとても都合がいい。


 ――この世に転生して、『世界を導け!』と言われてきたモノの……。『言うは易く行うは難し』だよ、まったく……」



「ノア様、少し休憩なさいませんか!」

 今日の当番のリーフェが、お茶とお菓子を用意してくれた。

「ありがとうリーフェ。それではいっしょにお茶にしよう」

 ノアはリーフェの、その可愛らしい声だけで癒された。

「そうだリーフェ、君に使ってもらいたいモノがあるんだ」

 そう言って机の袖から取り出したモノをリーフェに見せた。

 リーフェは好奇心に目を輝かせている。

 ノアは、その小さな長細い木箱を持って、ソファーに場所を移した。

「これは『そろばん』って言うんだ。これを使うと算術に凄く便利なんだよ。これを君にあげよう」

「ありがとうございます! 不思議な形をしていますね。でもとっても綺麗!」

「これはね、ザルベルトさんて言う、ぼくの芸術の先生に頼んで作ってもらったものなんだ」


「どうやって使うのですか?」

「それじゃ、ここにおいで。教えてあげよう」

 リーフェは無邪気な笑顔で、ノアのとなりに腰かけた。

 本人は全く意識していないだろうが、身体の側面が密着するほど傍によっている。

 ノアはちょっと照れてしまう自分を反省した。


「構造と使い方はとっても単純なんだ。この枠の中にはりがあって、下の四つの一珠と上の五珠に分かれている。これを親指と人差し指で、こう弾いて……」

 ノアはそろばんの基本的な使い方を教えた。

 さっそくリーフェは小気味よい音を鳴らしながら練習をはじめた。

「そろばんが上手になってくると、頭の中に盤面を作って、それだけで速く計算が出来るようになるんだよ!」

 リーフェは思いのほか喜び、ノアに感謝した。

 ノアはリーフェがそろばんに夢中になっている姿を、しばらく眺めていた。

 

 この時が、後に『数字の魔女』と異名をとる、リーフェ・ライマーの分岐点ターニングポイントだったのかもしれない。



  *  *  *  *  *



 一月五日。

 今日から図書館が開かれるので、エジェリーとレベッカを連れてブレーデン司書長に会いにいった。

「ブレーデン司書長、新年おめでとうございます」

 ノアに続いて、エジェリーとレベッカも挨拶をした。

「ノア様、バイエフェルトさん、スピルカさん、新年おめでとうございます」

 司書長はいつもの気難しい顔では無く、とても穏やかな表情をしていた。


「今日はいろいろ相談がありまして……」

「まあ、うれしい事を。なんなりと仰って下さいませ」


「まずリフェンサー様と学院長に、新年のご挨拶に行きたいのですが、屋敷をご存じでしょうか」

「もちろんですとも。どうでしょう、ノア様。これから一緒にお伺いして、驚かせるというのは!」

「名案です! でも、ブレーデンさん。ご迷惑ではありませんか」

「ご心配にはおよびません。わたくしも数日中にはお伺いしようと思っていましたので」


 さっそく学院の馬車を出してもらい、賢者リフェンサーの隠居する屋敷へと向かった。

 図書館はウエーバーとジュビリーに留守番を頼んでいる。

 もっとも冬休みなので、来館者が訪れる可能性は限りなく低い。



 賢者リフェンサーの屋敷は王都北側の高台にあるという。

 サンクリッド市街は王宮より東・南・西側に広がりを見せていて、王宮より北側はほとんどが王家の直轄領であり、豊な自然が残されていて、王家の狩場でもある。

 それ故、特別に許された者しか、その地域で居を構える事は出来ないのだそうだ。

 

 うっすらと雪化粧した森の中を通る道は、緩やかに登っている。

 日影は凍っているので、御車さんが苦労しているようだ。

 やがて森が大きく開けた場所に立つ立派な山荘風の屋敷が見えてきた。


 その屋敷は南側が開けた緩やかな高台にあるので、遠くにサンクリッドの市街が一望できた。

 雪で白く塗られたその景色は、正に絶景だった。


 馬車が玄関前に着くと、すぐにスティーナが出迎えてくれた。

 大きな石造りの暖炉のある居間に通された。

「おや、これは珍しいお客様だ事!」

 自宅ゆえ、いつもと違う雰囲気の学院長が歓迎してくれた。


「お師匠様、学院長、ザルベルト先生。新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくご指導頂きますようお願いします」

 ノアは元気そうなリフェンサーに安堵しながら挨拶をした。 

あるじ様、姉様、ザルベルト様。新年おめでとうございます。本日はノア様のお供でございますのよ」

「ラウラよ。さっそくノアと意気投合したと見える」

 暖炉の傍で大きな椅子に身を任せくつろいでいたリフェンサーは、たくわえた髭をなでながらとても愉快そうに笑った。

「はい主様。ノア様と出会って以来、わたくしも若返った気分が致しますのよ!」

 ブレーデンは両手を胸の前で組んで、喜びを伝えた。


「賢者様、皆様、新年おめでとうございます。エジェリー・バイエフェルトと申します。ノア様の案内係を務めさせて頂いております」

「あけましておめでとうございます。レベッカ・スピルカと申します。ワタシは一番弟子の栄誉を授かりました」

 

「おお、バイエフェルト家とスピルカ家のご令嬢か。なるほど二人とも母上にそっくりで美しいな。髪の色までよう似たモノよ」

 賢者に褒められ、エジェリーとレベッカは可愛らしくはにかんだ。


「さすがは若様でいらっしゃいますな! すでにまばゆいばかりのご令嬢をお傍に置かれているとは! このザルベルト、感服致しましたぞ!」

 やっぱりザルベルト先生が言うと、なんかエッチに聞こえてしまう……。


「お師匠様、お加減はいかがでしょうか」

「ああ、悪くない。サンクリッドの冬の寒さは少々堪えるがな。わしの役目は、ノアを導き終える事ですべて終わった。後の余生は好きな事をしながらのんびりとおくらせてもらうよ」

 そんな時、スティーナがお茶の入れてくれたので、そちらのソファーに場を移した。


「若様、ラウラ。ちょうど良いタイミングでいらっしゃいましたな。わたくしめも一仕事終わりました故、そろそろ次なる仕事へ向かおうと思っていたところです」

「今までザルベルトは、よくわしに付き合ってくれた。彼は本来の生業なりわいに戻るのよ」

 リフェンサーも別れの切り出しに、少し寂しそうな表情をみせた。

「先生はどちらへ行かれるのですか」

 ノアはとても残念に思った。ザルベルトからはたくさんの事を学び、思い出も多い。


「なに、故郷のスパソニアに戻るだけです。ある方と約束があるのですよ」

 ノアはすぐさまスティーナに視線を移した。

 彼女は、とても寂しそうな顔をしていた。

 ――ザルベルト先生は、以前スティーナさんから聞いた『魅せられた女性』の元へ行くのだな。

出立しゅったつはいつ頃になるのでしょう」

「そうですな、あと十日といったところでしょうか」

「その時は是非お見送りさせて下さい!」

「うれしい事を言って下さいますな。出発の時は学院に寄りますので、お別れはその時に」

 ザルベルトはノアに何か言いたそうだった。


 その後みんなで雑談のあと、暗くならないうちに戻るため、早めにリフェンサーの屋敷を後にした。



  *  *  *  *  * 



 帰りの馬車の中、ノアはブレーデンにカールソン砦の話を聞かせた。

 そして砦の防衛と、守備する兵の人命を守る為の助言を求めた。


「ブレーデンさん、魔術士は大砲に対して余りにも無力なのです。相性が悪すぎる……」

「申し訳ありませんノア様。わたくしは大砲と言う兵器を見た事がありませんので、返答に困ります……」

 ノアは「失礼しました」と言ってから大砲の構造や威力について説明した。

 やがて『砦にたてこもる以上、防御力を上げるしかない』という結論に達した。


「さて、どうやって防御力を上げるか、ですね」

 話を聞いているエジェリーとレベッカも頷いた。

「ひとつは支援魔術を防御力のみに極振りするのは如何でしょう。もうひとつはやはり防御力の高い防具の装備でしょうか」

 ノアは頷き「やはりそうでしょうね」と同意した。


「それでは、ひとつひとつ詰めていきましょう」

「支援魔術についてですが、ぼくにはあまりその知識がありません。防御力の極振りとはどういったものでしょうか」

「はい、術者が被術者の身体に直接働きかけ、身体防御力のみに絞って上昇させる現象です。」

 ノアは昔、冒険者マリアの使った狂戦士ベルセルクの魔術を思い出した。

「その魔術の習得は難しいですか? 時間がかかりますか?」

「習得者の適正、センスに左右されますが、さほど高度な魔術ではありませんし、時間も余りかからないでしょう」

「その魔術をアリス先生に授けていただけませんか」

「わたくしは一向にかまいませんが……」

 ノアとブレーデンはレベッカを見た。

「あ、姉貴はワタシがなんとか連れて来ます……」

「悪いね、レベッカ。なんとか頼むよ!」



「次に防具ですが……」

「魔術士が鎧なんて、絶対ナンセンスよ」レベッカが正論を主張した。

「そうだよね。たとえ鉄板の鎧を着ても、砲弾の威力のまえには効果が薄いでしょう」

「魔術士と言えば、やっぱりローブよね……」

「ブレーデンさん、ローブに魔力を付与して防御力を上げる事は可能ですか」

「もちろん可能ですよ。市販品もありますし。しかし高性能を望むなら、やはりオーダーメイドでしょう。そのあたりの技術は、わたくしの最も得意とする分野です!」

 ブレーデンは胸を張って、ちょっとドヤ顔をしている。

「それは頼もしい限りです! 具体的にはどのような工程になるのでしょうか」

 ブレーデンはしばらく思案した。

「それでは『百聞は一見に如かず』と申します。わたくしの工房でお見せしましょう。準備が整い次第、お声がけ致しますわ」

「頼りにしています! ブレーデンさん!」

 ノアは心の底から、そう思った。



  *  *  *  *  *



 王都サンクリッドの冬は厳しく、それ故に学院の冬休みも長い。

 魔術の講師であるアリス・レベッカは自室に引きこもり、相変わらず塞ぎ込んでいた。

 レベッカは帰ると、さっそく姉の様子を見に行った。

「姉貴~、入るよ~」

「何の用? 今忙しいのだけど……」

 もちろんただベッドに寝転んでいるだけである。

「いつまで塞ぎ込んでいるのよ、姉貴。師匠も心配していたわよ」

「フン、どうせ私を憐れんでいるのでしょ」

「姉貴は呑気でいいわよね~。そのうちきっとバチが当たるわ……」

「なんですって!」

 アリスはベッドのクッションをレベッカに投げつけた。

 当然、簡単にキャッチされる。

「今日は伝言に来たの。師匠と司書長からよ。『早急に教えなければならない魔術があるから図書館に来なさい!』だって。


「……」

 アリスからの返事は無い。


「姉貴が思っている以上に、大変な事になるかもしれないよ……」

 レベッカはそう言い残して、姉の部屋を出て行った。






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