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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編

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第36話 ハッピー? ニューイヤー

 

 

 学院の図書館でスピルカ先生を招き、第一回の魔術研究会を開催したノアは、翌日エジェリーを伴って学院長室を訪ねた。


「今日は何のご用かしら、ノア・アルヴェーン」

「少々学院長に、ご相談があって参りました」

 学院長はノアを真っすぐ見つめ、微笑みながら頷いた。

「昨日の夕方、ブレーデン司書長がここに来ました。あなたの事をベタ褒めしていましたよ。いったいどんな魔法を使ったのかしら?」

「ぼくの方こそ、司書長にはたいへん良くして頂いています。とても感謝しているんですよ!」

 ノアとエジェリーは、学院長にソファーに座るよう促された。


「実はこの学院で教えられている講義について、思うところがありまして」

「随分と早かったですね。私たちはあなたが、この学院の講義内容に不満を持つ事など、初めから分かっていましたよ」

 学院長はノアとエジェリーのティーカップにお茶を入れながら語りかけた。

「主人は言っていました。彼の導きし少年は自分など足元にも及ばない知慧ちえを持っていると」

 ノアがお茶を口にしたタイミングを見計らって学院長は言葉を続ける。

「それでは、あなたの構想を聞かせて下さい」


「この学院は自由七科リベラル・アーツを基本として講義を行っています。文字学・倫理学・修辞学の三学にはとりあえず手を付けませんが、幾何学・算術・天文学・音楽の四科については大きく編成を変えたいと思います」


「具体的には、大きな括りで自然哲学とし、さらに数学と物理学に大きく分けます」


「そして今までは普通に講師が生徒に教えて行く授業でしたが、これからは講師と生徒が一体となって研究していく様なスタイルに変えていきたいと思っています」


「別枠の錬金術の講義はこれを持って廃止、魔術の講義内容も根本的に変えようと思います」

「錬金術に関しては、わたくしも同感です。魔術の講義は、あなたには思う処があるのでしょう」


 学院長はお茶を飲みながら、しばらく外を眺めていた。やがてノアに視線を戻すと、こう語りかけた。

「ノア・アルヴェーン。あなたが今、一番欲しいものは何ですか?」


「優秀な人材……でしょうか」

「その答えをもらえれば、今までわたくし達が行ってきた事の、苦労が報われます」


「あなたはこの学院で学ばせるために招いた訳ではありませんよ。あなたはこの学院で、自ら種を蒔き、育て、美しい花を摘み、美味しい果実をもぎ取るのです。あなたなら解りますね」

ノアは思った。この学院創設には、初めから設計思想があったのだ。


「あなたの講師に対する立場、そう、役職を考えなければいけませんね……」

 ノアは学院長の配慮に、お礼を述べた。


「わたくしも明日から冬休みを頂きます。エジェリー・バイエフェルト。引き続きこの方のお手伝いに励むのですよ」

 学院長は最後にエジェリーに声を掛けた。

「かしこまりました」

 エジェリーは深々と頭を下げた。



 学院長室を後にしたノアはふとした疑問をエジェリーに尋ねた。

「ねえ、エジェリー。明後日は大晦日だけど、この国の人達はどうやって新年を迎えるの?」

「そうね~。別段特別な事はしないわ。家族や一族が集まって、ご馳走食べながら楽しく過ごす事くらいかしら」


「大晦日の晩はぼくの部屋で、みんなで新年を迎えようか!」

「賛成!」

 

「それじゃあ、みんなに連絡してくれるかい!」

「了解!」




  *  *  *  * 



 大晦日!

 その日は、余剰次元の無数に存在する時間軸において、どの派生人類においても、文明の発達において暦を持った時点で、もっとも忙しい一日になったと推測できる。

 サンクリッド王立学院に招かれたノア・アルヴェーンにとって、初めての年末年始であった。

 今夜はエジェリー・レベッカ・アイリ・リーフェと共に、楽しく新年を迎える予定である。

 ――前世では実家に帰って、紅白見て、年越しそばを食べて、除夜の鐘を聞いてから寝たものだ。朝起きると、お袋がお雑煮とおせち料理を用意してくれていたよな……。

 ――去年はセントレイシアの教皇庁にいたんだっけ。そういえば、テレージアは今頃どうしているだろうか。そしてセシルも……。


 

 ノアは自身の机を前に、そんな事を考えていると何やら廊下が騒がしくなってきた。

 ノックと共に二人の見覚えあるメイドが室内に入り、頭を下げて主人の入室を出迎える。

 程なくプラチナブロンドのドリル砲を左右に二門装備した、『古城の女帝』が姿を現した。

 甘い、それでいて爽やかな香水の匂いが漂ってくる。


「ノア・アルヴェーン様! 御一緒に新年をお迎えしようと思い、まかり越しましたわ!」

 イルムヒルデはノアに明るく挨拶をしたが、周囲を見渡していぶかし気に呟いた。

「あら、あなた方もいらっしゃったの……」

 イルムヒルデの声が一オクターブ下がった。


「まあよいですわ。本日は我が家より心ばかりの料理をご用意致しましたの。ついでだからあなた達も召し上がればよろしい事よ!」

「オ――ホッホッホッホ――!」とお約束の高笑いをするイルムヒルデ。

 すると廊下よりシュレイダー家のメイド達によって、大量のオードブルや飲み物が運び込まれて、手際よくあっと言う間に飾り付けられた。

 どう見ても二人分のご馳走の量ではない……。



「それでは皆様、ノア・アルヴェーン様の今後のご活躍とご健康のために乾杯致しましょう!」

 すっかりイルムヒルデに仕切られている。

「乾杯!」

「かんぱい~」

 エジェリーとレベッカは力なくグラスを上げた。


「あの~、エジェリーとレベッカは、イルムヒルデさんとお知り合いなのですか?」

 ノアは恐る恐る尋ねてみる。

「あ~、ワタシ達って、一応この国の上級貴族じゃない。だから小さい頃からよくシュレイダー侯爵家に連れて行かれたのよ……。なんかさ~、ママ友のお茶会が有ったらしくて~」

 レベッカは、それはダルそうに語った。

「わたくしが、よくこの娘たちと遊んで差し上げたのですのよ!」

 イルムヒルデは得意満面だが、エジェリーとレベッカが露骨にイヤそうな顔をした。

 ノアはこの三人の関係を何となく察した。



 いつの間にか、さも当然のようにイルムヒルデがノアの隣に座り、上機嫌で葡萄酒を嗜んでいる。

 その後ろには侍女のセレンダとマゼンダが、その場に溶け込んで控えていた。

 今まで以上の美少女密度の濃厚さに、むせかえるノアだった……。


「イルムヒルデ様はこんな処にみえられて、誰かいい殿方はいらっしゃらないんですか~」

 レベッカはすでに酔いが回っている様だ。

「そういえば、イルムヒルデ様には、そのような浮いた話はお聞きしませんね……」

 エジェリーが少し皮肉を込めて、軽い気持ちで問いただした。

 イルムヒルデはグラスをテーブルに置き、寂しそうにうつむいた。


「わたくしには、婚約者がおりますのよ……」


「エ――ッ!」

「知らなかった⁈ いつから? お相手はどなた?」

 予想外の告白に、レベッカが身を乗り出して、興奮気味に答えを求める。 

 イルムヒルデはうつむいたまま静かに両手を膝の上に組み、大きくため息をついた後、語り始めた。


「わたくしはこの世に女として生を受けた瞬間、嫁ぎ先が決まったのです。お相手はバークマン王国王太子殿下です……」

「「!!!!」」

 一同は驚愕し、視線はイルムヒルデにくぎ付けになった。


「イルムヒルデ様はそれでよろしいのですか!」

 エジェリーはちょっとムキになって、強めの口調で問いただした。


「エジェリーさん、なにを今さら……。わたくしはレ―ヴァン王国随一のシュレイダー侯爵家の娘。我が家のため、王国のために嫁ぐのは当然の責務です!」

 

 イルムヒルデはスッと凛々しく立ち上がり、両手を下腹に添えた。

「わたくしはこのお腹で、見事将来の国王を生んでみせますわよ!」

 イルムヒルデの背後に後光がさした。


「カ、カッケ――!」

 みんな不覚にも感動してしまった様だ。

 侍女のセレンダとマゼンダが、浮かべた涙をハンカチでぬぐっている。


「しかし……」


「それを覆す方法がひとつだけあります……」

 イルムヒルデは立ったまま、ゆっくりと正面に座るエジェリーとレベッカを見下ろした。

「一国の王太子殿下を上回る殿方に嫁げばよいのです!」

 みんなイヤな予感がしたようだ。顔色が急速に変化していく。


「ノアさまのお子を頂ければ良いのよ――!」

 と言いつつ、少し離れて座るノアに思い切り抱き着いた。

「コラ――! わたしの感動を返せ!」

「調子に乗るな――! いい話が台無しよ――!」

 

 抱き着かれたノアはただ苦笑いをした。

 別段悪い気がしたわけではない。

 しかしエジェリーとレベッカからの視線が痛かったので、話題を変えた。

「あの、イルムヒルデさん。うちのアイリとリーフェや、あなたの侍女さんも仲間に加えたいのですが、いかがでしょう」

「わたくしは構いませんことよ。今夜は無礼講といたしましょう!」

 そう答えながらイルムヒルデは、ノアから引き離そうとするエジェリーとレベッカに必死で抵抗している。

 この後、乙女たちの宴は盛り上がりを見せるのであった。



 やがて新年を知らせる鐘が、小雪舞うサンクリッド市街のいたる所で鳴り始めた。

 

 こうして聖歴1623年は賑やかに迎えられたのであった……。

 









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