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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編

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第34話 スピルカ姉妹の試練<後編>


「スピルカ先生、残念ながらこの国は近いうちに必ず戦争に巻き込まれます」

 アリスは目に涙を浮かべながらも、ハッとした眼差しをノアに向けた。


「魔術も未熟、覚悟も無い。そんなあなたの教え子たちが、いきなり送り込まれた戦場で力不足に絶望しながら命を落としていくでしょう。そんな現実にあなたは耐えられますか」

 ノアの口調はいつになく強かった。


「スピルカ家は代々、その卓越した魔術能力によって王国魔術界に君臨してきたと聞いています。ぼくが、なぜ今日あなた達姉妹をここに呼んだと思いますか。この学院には他にも魔術の講師がおられます。しかしぼくはあなた達を選んだ。それは最も効率が良く、最大の結果を得られると思ったからです」


「スピルカ先生。この学院で教えられている魔術には欠点が多い。ぼくはこれからそれを修正していきたいと考えています。だからあなたは、ぼくに協力する以外に道はありません。ご理解頂けないのならば、厳しいようですが、あなたには退場して頂きます。それがこの国とあなた自身のためなのだから……」

 

「突然ふらっとやって来たあなたの何処にそんな権限があるの!」

 その怒りを滲ませた問に答えたのは司書長だった。

「アリス・スピルカ。あなたが知らないのは無理もありませんが、この学院創設の由来をお教えしましょう。もちろん表向きは有能な人材の育成ですが、真の目的は、ここにおわすノア・アルヴェーン様をお迎えするために作られたのです。このお方が将来なされるであろう偉業の礎を築くために……」


 ――エッ、そんな大袈裟な話だったの!

 ノアは内心驚いていた。もっとも表情には出さないが……。

 ――どうりで待遇が良すぎるはずだ……。


「その昔、賢者リフェンサー様が天啓を受けられたそうです。『やがてこの地に選ばれし少年があらわれる。彼を導くのが私の使命だ。我々はその少年が成すべき事の為に準備しなければならない』……と」


 一同驚愕!……のところだが、話がデカすぎてあまりピンと来ていない様だった。


「アリス・スピルカ、私からも警告します。このお方はもう気付かれてしまった。スピルカ家の一族は断じてこのお方に敵対するような行動は慎むように。このお方を本気で怒らせると、スピルカ家はこの国から消滅しますよ。このお方にはその力と覚悟がございます」


 アリスにはもはや反論するほどの力は残っておらず、おとなしく下を向いてしまった。


 ノアはさすがに微妙になった空気を読んだ。

「さて次の話題に入りましょうか! ウエーバー君、昨日の紙ヒコーキを持っていますか」

「はい、ノア様」

「それでは飛ばしてみて下さい」

 折り曲げただけの紙が優雅に飛行する現象を始めて見た司書長とレベッカは、驚きの表情を浮かべた。

 アリスは少し顔を傾げて虚ろに眺めている。


「この紙切れは魔術で飛ばしているのではありません。この自然界に存在する法則を利用して飛んでいるのです。だから誰でも簡単に飛ばすことが出来ます。ぼくはほんの入り口ですが、この紙切れが飛ぶ原理を理解しています。これからぼくたちは実験を繰り返し、検証していく。その努力を積み重ねて行けば、やがて人を乗せて飛ぶ事すら可能となるでしょう」

「そうですね、ウエーバー君」

「ハイ、ノア様!」


「次にこれを見て下さい」

ノアは先ほど司書長が見せたように左手の人差し指をたてた。そして指先に光を集め、少し上空に飛ばし、花火の様にキラキラ弾け飛ばした。


 ジュビリーは感嘆し、司書長は「お見事です!」と褒め称えた。

「レベッカ君、マネ出来ますか?」

 レベッカは首を振った。

「では、レベッカ君。ぼくがなぜ出来たか分かりますか」

「ウーン、師匠がその魔術を知っていたから……」

「さすがはレベッカ君、説明しやすくなりましたよ。最も相応しくない答えをありがとう」

 ノアは期待していた返答が、レベッカから帰って来た事に満足した。


「その答えの可能性は確かにあります。しかしぼくはあんな綺麗な魔術現象は初めて見ました。ぼくは司書長がどのように魔力を使ったかを理解出来たのです。だからそれを再現することが出来ました」


「スピルカ先生、レベッカ君。あなた達は一時的でもあの暖炉の炎を、魔術で消すことができますか」

 ふたりは無言で首を左右に振った。

「ぼくは多分できます。それも三つの違った方法で。なぜ消せると思うのか解りますか?」

「炎を消す方法を理解しているから……」


「ウン、レベッカ君、正解です。九十点をあげましょう。もし魔術を使わないで、あの炎を消すとすれば、どの様な方法を取りますか?」

「水をかけて消します」

「その通りですね。水をかけると、燃えている薪が水で冷やされて温度が下がります。そして、水に遮られて酸素が送られなくなってしまう。 こうして、火が消えるんですね」

 ノアはそれぞれを見渡しながらゆっくりと語っている。

「と言う事は、炎を消すためには、燃えている薪の温度を下げるか、酸素を与えなければよい訳ですよね!」


「ノア様、その酸素とはいったいどの様なものなのでしょうか」

 ウエーバーが興味深々でノアに問いかけた。

「酸素とは、この空気中に含まれる気体の元素エレメントです。酸素が無いとモノは燃えませんし、人間や動物は呼吸が出来なくて死んでしまいます」

 ノアは軽く手を振って風を起こし、空気の存在をアピールした。


「それでは実際にやってみましょう!」

 ノアは座っている豪華な椅子を暖炉に向けた。

 座ったまま左手を暖炉に向け、魔力操作をする。

 レンガ造りの暖炉の内壁に合わせて、魔力障壁を作り上げた。

「いいですか、これから暖炉内の酸素が燃焼によって消費しつくされて、段々と炎が収まっていくはずです」

 全員が暖炉に注目した。

 ノアの予告どおり炎は収まり、暖炉の薪は鈍い赤熱の色を放っているだけになった。

 拍手が巻き起こった。


「ぼくは今、仮説を立てて、実験し立証しました。魔術はこのような知識の元に使われるべきだと思います。それから今、魔力障壁を解除します。瞬間大きく燃え広がるはずですから、驚かないでくださいね」

 次の瞬間「ボッ!」と音を伴って薪は大きな炎に包まれた。


「ぼくは思うのです。この学院で教えている魔術は廻りくどい。確かに大勢の初心者に魔術の発動を促すのは、定型文の様な呪文をきっかけにする事は、効率が良いかもしれません。しかしぼくから見るとその指導は、難しさや派手さを追求した目くらましの様です。今までの指導内容を全否定するわけではありませんよ。しかしあまりに内容が偏り過ぎている」

 司書長は深く頷いた。


「そもそも魔術とは、いったい何なのでしょうか? これは魔術を使う術士や、指導する術師にとって、重要はテーマであると思うのですが」

 アリスは虚ろな眼差しでノアを見た。

「スピルカ先生。魔術とは一体何なのか、説明出来ますか?」

 アリスは力なく首を振った。


「ぼくは魔術を簡単に説明するなら、『魔術師が魔力エレメンタルを自然界の物質エレメントに作用させ、物理的な現象を引き起こす事』だと思います」


「この学院では、術式や呪文を教える事も必要でしょうが、それよりも物質の性質や振る舞い、物質の間にはたらく作用、またそれらを司る普遍的な法則や原理を、観察事実にもとづいて探求する学問が必要なのではないでしょうか」


「まあ、これを物理学って言うんですけど、仮説を立て、実験を重ね、理論を検証し、立証していく。魔術の研究・発展には不可欠な学問だと思います」


「そして何もこの『魔術物理学』に限った事ではありませんね。ウエーバー君が求める技術も、ジュビリーさんが求める農業改革も、すべて根本は同じだと思いますよ!」

 ウエーバーとジュビリーは大きく頷いた。



 そんな時、ちょうど正午を知らせる聖堂の鐘がなった。

「それでは今日はここまでにしましょうか!」

 ウエーバーとジュビリーは大きく息を吐いた。緊張の連続だったのであろう。

 アリスは力なくうつむいたままだ。そして大きなため息をついた後ゆっくりと立ち上がった。

「師匠、ワタシ姉さんを馬車まで送って来ます」

 レベッカは精気のない姉の様子を心配している。

「うん、そうしてあげて」


 アリスはレベッカに支えられながら、力なく図書館を去っていった。


「司書長、ぼく、ちょっと言い過ぎちゃいましたかね……」

 ノアはアリスとレベッカの後ろ姿を見送りながら呟いた。

 司書長は微笑みながら、ゆっくりと首を振った。

「ノア様が説かれるお話は、確かに私達如きがすぐ理解する事は出来ません。しかしわたくしは今日の講義が、あの娘の未来を変えると確信しております。いずれあの娘も解かる時が来るでしょう」

「そう言って頂けると、ぼくも救われます……」

 ノア自身も自分の短気さを反省していた。


「でもおかげでぼく自身も、やるべき事が何となく見えて来ました」

 司書長はとてもうれしそうに頷いた。 


「そう言えば、ぼくは朝食抜きだったんですよ。レベッカが返ってきたら、みんなで一緒に大食堂カフェテリアに行きましょうか!」

 ウエーバーとジュビリーも笑顔で返事をした。




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