SS-3 ナディアのマーチ<後編>
最終試験をクリアした私とリーゼルさんは、翌日サンクチュアリ開発本部に呼ばれた。
執事様とアイリ様に迎えられ、応接室のソファーの傍で待つように言われた。
「もうしばらくで賢者様が見えられます」
私の胸は高鳴った。期待と不安で震えた。
となりのリーゼルさんも緊張しているのがよくわかる。
やがて外から馬車が到着した気配が感じられた。
呼び鈴が鳴ると、アイリ様が応対に出られ、三人の方が応接室に入られた。
珍しい綺麗な黒髪を、肩より長く伸ばした凄い美人に続いて、白いローブを羽織われた、ひと目で賢者様と解かる素敵過ぎる男性、最後に燃える様な赤い髪が印象的な、これまた凄い美人が、そのままソファーにかけられた。
二人の美女は私より少し年上だろうか、アイリ様と同じ服を召されている。
賢者様が超美男子で、超美女を侍らしているのは本当だった!
「二人供、ご挨拶なさい」
アイリ様が私とリーゼルさんに挨拶をするよう促した。
「お初にお目にかかります、リーデ、リーゼルと申します」
「ナ、ナディアと申します」
リーゼルさんが噛んだ。私も声が裏返ってしまった。
私たちはジャージ姿なので、そのままお辞儀をするしかなかった。
「あなた達の前にいらっしゃる方こそ、賢者ノア・アルヴェーン様です。左におわすお方は、バイエフェルト伯爵家エジェリー様。右のお方がスピルカ伯爵家レベッカ様です」
私は方々の眩しさに圧倒されるしかなかった。
「そうですか、あなた達が初の合格者ですか! あの試験を突破するとは大したモノです。これからの活躍を楽しみにしていますよ」
賢者様の声を始めて聞いた。
少年の様に澄んだ声だ。
それだけで感動して涙が出そう。
「君たちはこれまで研修生として寮で学んで、このサンクチュアリがどのような所か良く理解しただろう。まずは、試験突破おめでとう」
あのクールな執事様よりお褒めの言葉を頂いた。
「アイリさん、例のモノを」
執事様がそうおっしゃるとアイリ様は、長方形のお盆に乗せた衣服を私達に手渡した。
「これよりこれがあなた達の制服です。あちらの部屋で着替えていらっしゃい」
私達は新品の綺麗な衣装を頂いた。
濃紺色のメイド服だった。
隣室に入ると、私とリーゼルさんは喜々としてその服に着替えた。
今まで世話になったピンクのジャージともお別れだ。
白い襟には青い糸でステッチが入っている。袖元のカフスも真っ白で二つのボタンで留めるタイプだ。濃紺の生地は、私が持っているどの服よりも上等だった。
両腕を広げて見たり、クルリと一周して、ひざ下丈のスカートを翻してみたりした。
デザインはちょっとタイトな感じで、変な派手さはない。
二人で何度もお互いの着こなしをチェックした。
鏡に映った自分が他人の様に思えた。
胸には賢者様の紋章が刺繍されている。
白いフリルのエプロンを付けると隠れてしまうけれど。
ヘッドドレスも控えめなフリルに飾られ、とっても可愛いらしい!
そして再び皆様の前に戻った。
お披露目するのは、とても恥ずかしかった。
「おお、いいですね! 二人とも良く似合っていますよ。あとはアイリの様に髪をまとめてくださいね」
賢者様に褒められた! お世辞でもうれしい。
「二人供、その制服に誇りを持って励みなさい。今の首元のリボンは白色ですね。白色はメイド見習いの色です。一人前と認められると青色となります。さらに特殊な仕事を任せられると赤色が与えられます。これからはあなた達が寮での模範ですよ。寮での秩序を築き上げていきなさい」
アイリ様が優しく導いて下さった。
「リーゼル、ナディア。明日は休みとしよう。明日中に個室に引越ししなさい。リーゼルが二階の二十六号室、ナディアが二十五号室です。わかったかね」
執事様が部屋割り表を確認しながら指示された。
――やった! ここでやっぱり個室に入れるのね。でもエイファちゃんが寂しがるだろうな……
「当然、今日より寮での仕事は一切しなくてよろしい。明後日朝七時に朝食をすませてからここに来なさい。アイリさんに付いて仕事を覚えてもらおう。これからは給金が発生するからね。しっかり働きなさい」
「ハ、ハイ、かしこまりました」
執事様は意外と優しい方なのかもしれないと思った。
「それでは、ぼくたちは帰ります」
話に区切りがついたところで、賢者様は立ち上がった。
「励みなさい」
「頑張るのよ!」
帰り際、黒と赤の美女から一言ずつ、お言葉を頂いた。
私達はグレイグ様とアイリ様に従って、賢者様の馬車が見えなくなるまでお辞儀をしてお見送りをした……。
時刻は既に五時を廻っていた。七月なので外はまだ明るいが、寮では夕食やお風呂の準備の時間だ。
私とリーゼルさんは食堂へ向かった。
私達の廻りには、あっという間に好奇や憧れの眼差しを持った研修生達の輪が出来た。
「さあ、あなた達、まだ仕事の時間ですよ。夕食後片付けが終わったら、話を聞かせます」
リーゼルさんが手を叩きながら研修生を仕事に戻した。
「はい!」
みんな元気に返事をした。
この時この寮内で上下関係が発生した事を理解したようだ。
リーゼルさんは頭が良く、はつらつとしていて私達のリーダーに相応しいだろう。
私は補佐をして行けばいい。
約束の時間、研修生五十名の少女達は、食堂に着席していた。
私とリーゼルさんは、そんなみんなの前に堂々と立った。
「みんな、試験に合格すると、こうなります!」
リーゼルさんは可愛らしくクルっと一周廻ってみせた。
「ワーッ!」と研修生から歓声が上がった。
私とリーゼルさんは、みんなからの憧れの対象になったのね。
「私とナディアちゃんは、正式にメイド見習いへと昇格しました。明日は休みをもらって、明後日からはアイリ様について仕事を覚える事になりました」
ジャージ組から拍手が巻き起こった。
「明日、寮の個室に引っ越します。これからは給金も頂けるそうです」
「いいな~」とため息がもれる。
「私からあなた達に言える事は一つだけよ。一生懸命がんばって、はやく最終試験を突破しなさい!」
「はい!」と元気な声が食堂に響いた。
「それからみんな! 今日賢者様にお会い出来たのよ!」
私がそう言うと「キャ――ッ!」なんて悲鳴じみた声まで上がった。
みんな賢者様に憧れているのかな。
その後、私とリーゼルさんは質問攻めにあった。
部屋に戻ると、エイファちゃんがシクシクと泣いていた。
「今夜でナディア姉様とお別れなの?」
「そうね、でも私は廊下の奥の二十五号室に移るだけよ。寂しかったらいつでもいらっしゃい」
エイファちゃんは少し安心した様に頷いた。
「それより、私の後にすぐに誰かがこの部屋に入って来るわ。こんどはエイファちゃんが先輩なんだから、しっかり面倒を見てあげる番よ!」
彼女は少しだけ、使命感を持ったようだった。
翌日、習慣で五時半に目が覚めてしまった。
今日は仕事が無いから、もう少し寝てられたのに。
エイファちゃんを送り出してから、荷物の片付けを始める。
もっとも少しの服と勉強道具しかないのだけれど。
朝食を終えてから、いよいよ引越しだ。
念願の個室! 私は兄妹が多かったから人生初めての体験。
二人部屋と広さは同じだけど、2段ベッドではなくて、ちょっと豪華なシングルベッドだし、机とクローゼットは一人分だし、なんだかとっても広く感じる。
試しにベッドに寝そべってみた。
私は、自分で勝ち取ったこの空間に満足した。
せっかくの休日なので、一度実家に戻ってみよう
片道二時間、夕方までには帰って来られるわね。
久しぶりの王都の下町は、なんだか騒がしく感じた。
ちょっと懐かしく感じるお店が見えてきた。
再会したお母さんから開口一番、「ナディア、あなた逞しくなったわね!」と言われてしまった。
お父さんも「うん、うん」と頷いている。
ちょっと、それはないんじゃない! もっと違う言い方はないのかしら!
「大人っぽくなったね、とか綺麗になったね」とか……。
まあ、なんにせよ、健康過ぎる私に安心してくれたようだ。
私は、遅い昼食を取りながら、両親や兄妹にサンクチュアリであった出来事を話して聞かせた。
初めての最終試験突破者となって、明日から給金が頂けると自慢した。
家族は私の活躍? をとっても喜んでくれた。
さて、里心が付かないうちに帰ることにしよう。
夕食に遅れるとまずいし……。
「また休みが出来たら帰って来るわ!」
そう言って私は実家を後にした。
お父さんと、お母さんはやっぱり寂しそうな顔をしていた……。
帰りは夏の西日が容赦なく当たるので、大きな帽子をかぶって帰った。正解だった。
たまにこうやって長時間歩くのもいいものね。
いろいろと考えを整理できるし。
サンクチュアリが見えてきた。
初めて家と往復した時はけっこう疲れたけど、今の私には何てことないのね。
やっぱり私、逞しくなっているのかしら……。
私には、あの場所が何のために造られているのか、まだ良く解らない。
でも、あそこで一生懸命頑やって行けば、きっと私の人生は開けるはず。
「明日からも、気合をいれて頑張って行こう!」
続きがあるのですが、ネタバレが酷いので、もう少し後にします……。




