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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編
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SS-2 ナディアのマーチ<前編>

このところ、主要人物の登場シーンや設定の紹介など、ちょっと変化に乏しくなってしまうため、今回は、今現在から二年四ヶ月後の、ひとりの少女から見たサイドストーリーをお届けします。

ネタばれは多少あるかもしれませんが、本編には支障はありませんのでご安心ください!



 私の名前はナディア。十四歳。

 兄が一人、姉が一人、弟が一人、妹が一人。

 両親は王都サンクリッドの下町で、雑貨屋を営んでいる。

 そこそこ繁盛している店は兄と姉が手伝い、三番目の私はそろそろ奉公に出なければならなかった。


 そんなある日、取引のある問屋さんが訪れた時、ひとつのニュースを耳にした。

 なんでも、『今ウワサの若き賢者様がメイドを募集されるらしい……』との情報だった。

 賢者様はなんと私と同い年だそうだ。

 市中で見かけた人は少ない、ミステリアスな存在だ。

 賢者様にはいろんなウワサがあった。

 国王様と王妃様のお友達とか、超美男子だとか、周りに綺麗な女性をはべらしているとか、美少女ハンターだとか、とても怖い魔術師だとか……。


 私だって、自分の容姿にはそこそこ自信があった。 

 この辺りでは一番の美少女として有名なのよ! たぶん。

 ――もし私が賢者さまのメイドになって、寵愛を頂いたらどうしよう! 

 そんな妄想を胸に、わたしは賢者さまのメイドを目指す事を決意した。



 王都から、問屋さんに書いてもらった地図を頼りに歩いて出かけた。

 のどかな田園風景を二時間ほど歩くと突然景色が変わった。 

 農場の整備か、何頭もの牛が農機具を引いている。

 さらに進むと、大きくて立派な建物が並んで二棟、ほぼ完成しているようだ。

 遠くには煙突から煙を上げた工房らしき建物が何棟かあった。

 それにしても作業の人が多い。活気に満ちているわ。

 荷馬車もひっきりなしに出入りしている。

 どうやらここが、賢者様が新しく作られている聖域サンクチュアリで間違いないでしょう。

 さて、どこに行けばいいのかな。

 取り敢えず、あの立派で綺麗な建物で聞いてみよう。


 私は勇気を振り絞って「ごめんください……」と声を掛け、そして呼び鈴を鳴らしてみた。

 しばらくすると、ドアが開けられ、上品で綺麗な女性が現れた。

 私と同じくらいの歳に見える。とても美しい濃紺色の服を召されていた。

 この時点で私の思い上がりは、粉々に打ち砕かれてしまった……。

 私は自分が単なる町娘に過ぎない事を、思い知らされてしまった。


「あ、あの、こちらで賢者さまのメイドを募集していると伺ったのですが……」


 彼女はにっこりと微笑み、「どうぞお入りなさい」と優しく言ってくれた。

 ああ、たったこれだけで、私、この人に憧れてしまう!

 その方に導かれ、私は一室に通された。


「グレイグさん、面接希望の方がいらっしゃいました」

 机に向かい、難しそうな顔をして仕事をしているその人は、二十五歳くらいだろうか。細身で背が高く、いかにも頭が良さそうで、少し気難しそうに見えた。

 ちょっと苦手なタイプだわ。

「またか……」

 そう言ったその方は、私を立派なソファーに座るように腕の動きで指示された。

 その方はペンの動きを止めると立ち上がり、急ぎ足で私の前のソフアーに座った。


「賢者ノア・アルヴェーン様が執事、グレイグです」

「ナ、ナディアと申します」

 私は急いで立ち上がって不慣れなお辞儀をした。

 どうやらこの執事様に話を聞いてもらえば間違いないだろう……。


「それで、この話、どこから聞きましたか?」

「わ、私の家は下町で雑貨店を営んでおりまして、出入りの問屋さんから教えて頂きました」

 私は、簡単だが、正直に答えた。

「困ったものだ……」

 エッ! なにか私、いけない事でもしたのかしら?

「いや、君に言っているわけではない。我々は募集をかけるつもりではいたが、単純にメイドとしてだけの募集ではないのだ」

 

 執事様はニヤリと笑ってこう言った。

「もっと違う仕事も、してもらう事になる……」

 ――エッ、なに? カラダでも売るの!

 私は思わず両腕で、自分の両肩を抱いてしまった。

 この仕草は執事様には受けたようだ。

「もちろんカラダは使ってもらうが、メイドの作法は覚えてもらうとして、その他に適正に合わせた専門の仕事を覚えてもらう事になる」

 少し柔らかかった執事様の表情が厳しくなった。

「戦場に行く事になるかもしれない……」

 執事様は鋭い視線で私を覗き込んだ。


「それでよければ、研修生として寮に入る事を許可しよう。しかしあくまでも研修生としてだ。君はそこで勉強して、試験を突破しなくてはいけない」

「わ、わかりました、是非入寮させてください。私、頑張ります!」

 ――あんまり内容は良く解っていないけど……。

「よろしい、それでは後をアイリさん、お願いします」

 ――エッ、アイリ様って……⁈


 執事様が自分の仕事に戻ると、今度はアイリさんと呼ばれた先ほどの女性が前に座った。

「あの、もしかしてアイリ様って、あのパティシエール・アイリのアイリ様ですか!」

 彼女は微笑みながら一言だけ呟いた。

「そうですよ」

 ――カッケー! 女性としてのポテンシャルが違いすぎるわ!

「あの、私あのお店に憧れていたんです。もっとも一度も食べた事ないですけど……」

「ありがとう。もしあなたが試験に合格したら、ご褒美としてご馳走しましょうね」

 私は感動して涙が出そうになった。

「はい! 私、頑張ります!」

 アイリ様は私を見ながら、優しく微笑んでくださった。

「それではこれは同意書です。詳しい事はここに書かれていますから、あなたとあなたの保護者のサインを記入のうえ提出して下さい。解りましたね」



 私は呆けながら、朝歩いた道を戻っていた。

 あのサンクチュアリで何をするのかは、イマイチ良く解らない。

 でもあのアイリ様の傍にいるチャンスがあるのなら、それだけの理由でも頑張ってみようと思った。


 


 三月二十八日、わたしは家族に見送られ、待望の寮に入る。

 歩いて帰れる距離ではあるので、家族はそんなに心配しなかった。

 今日から入寮が解禁なのだそうだ。

 私はまず、見慣れないデザインの制服というか、作業着を頂いた。

 ピンク色だった。ジャージと言うのだそうだ。


 でもなに? この女子寮の名前!『竜の巣』だって……。

 どういうセンス? なんか建物のイメージと違う。そしてちょっと怖い。

 それはさておき新築だ。木の香りが凄くいい匂い。

 廊下は広く、天井は高く、窓は大きく、そしてずらりと扉が並んでいる。

 私の部屋は二階の八号室だった。

 すでに小さな女の子が入寮していた。

 エイファちゃんと言う、十二歳の大人しそうな女の子だった。

 初めはおどおどしていたが、話を重ねるうちに彼女は安心したようだ。

 私がルームメイトで良かったと喜んでくれた。

 彼女も兄妹が多く、口減らしのために、ここに連れてこられたのだと言う……。


 この寮には何故か特別規則はなかった。

 ただ一日のスケジュールが有るだけである。


 百人程が座れる、大きな食堂は圧巻だ。

 入寮の研修生が増えた、今夜より夕食を提供してくれるそうだ。

 何より驚いたのは、提供された食事の美味しさだ。

 今までの人生で、こんな美味しい食事は食べた事が無かった。

 パンは柔らかく、スープは手間のかかった上品な仕上がりだ。

 柔らかい肉料理は衝撃だった。しかも、すべてお替りすら自由だった。

 私を含め、入寮した研修生たちは夢中で食べていた。

 聞けば、ここの総料理長はまだ若いけど、賢者様が王室厨房から引き抜いた人物だと言う。


 大浴場には感激した。

 大きな石張りの浴槽には熱いお湯が溢れる程に満たされていた。

 浮かべられたハーブはとても良い香りがした。

 しかも高価な石鹸まで使いたい放題だった。

 同じくらいの年頃の娘たちと一緒に入るお風呂は、一つのカルチャーショックだったわ。

 どうしても比べてしまうのよ……。


 あのトイレはいったい何? 用を足し終わった後、紐を引っ張ると水が勢いよく流れてきて、みんな流してくれるの。

 身体も綺麗になり、暖まり、新品のふかふかの布団で夢心地で眠りについた。身体からはまだ良い香りがする。


 翌朝、七時に朝食へ出かけた。

 そこで私達は最初の洗礼を受ける事になった。

 食事は容易されていなかった……。

 食堂は昨晩食べたまま、食器は返却口に重ねたままだった。

 勘のいい研修生は、状況が飲み込めたようだ。

 私も血の気が引いた。

 すると今日の料理主任らしきコックさんが現れ、わたし達に一言だけ言った。

「ここは君たちの寮だ。君たちはお客さんじゃない……」

 それだけ言うと、厨房へ戻っていった。


 一番きつかったのは、これから働く男の人達が、楽しみに朝食を取りに訪れる事だった。

 彼らはわたし達のせいで、朝食を抜かなければならなくなった。

 しかし彼らは誰一人、怒鳴ったり叱責する事は無かった。

 ただ残念そうに仕事に向かう後ろ姿が、逆に私には辛く申し訳なく映った。

 私達は涙を流しながら謝る事しか出来なかった……。


 私達はこの寮が、そしてサンクチュアリと呼ばれる賢者様が造られたこの場所がどのような所なのか、少しだけ理解出来た……。

 ここに規則など存在しない。すべて自分達で考えて行動しなければいけないのである。

 美味しい! 美味しい! と食べまくっていた昨夜の自分達が、とても卑しく感じた。

 


 四月一日。今日からこの寮は、正規のスケジュールで、運営される。

 私達は五時半に起床し、六時から分担して仕事をした。

 働く男の人達に給仕をして、自分達も交代で食事を取った。

 全ての片付けを終えると八時半を廻っていた。

 急いで二階の研修室に向かった。


 私達は、すでに学力順に大小三つに分かれた研修室に振り分けられた。

 私は幸いにもAクラスに振り分けられていた。

 ルームメイトのエイファちゃんはCクラスだ。

 概ねAクラス十人、Bクラス十人、Cクラスは三十人と言った振り分けだった。

 私は雑貨商の娘だったので、ある程度の読み書きと算術が出来たのが、幸いだった。

 Cクラスはほとんど読み書きが出来ない娘たちの教室だった。


 先生は王立学院の教師志望の生徒様が担当して下さる。

 当然お貴族様でいらっしゃるが、賢者様のお眼鏡に叶った方々である、とても親切丁寧に教えて下さった。

 年齢が私と同じ位である事は、ショック以外の何物でもない。


 五日ほど過ぎると早速、落伍者が出始めた。

 彼女達はかならず不平不満を垂らしていた。

「賢者さまのメイドが出来ると思ったのに!」

「勉強する為にここに来たわけではない!」


 しかし残った者で、彼女達に同調する者、引き留める者は誰もいなかった。

 私も彼女達が愚か者だと、思わずにはいられなかった。

 この寮の素晴らしさ、志の高さ、それ故の厳しさが全然わかっていない。

 早期に退場するのは賢明な判断だとさえおもった。


 案の定、グレイグ様も彼女達を引き留める事は無かった。

 それどころか、彼女たちの欠員はアッと言う間に埋められた。

 新しく入寮した娘の情報によると、入寮待ちの順番はかなりの数だと言う。

 この情報は私達を引き締めるには、十分過ぎた。

 私達の代わりはいくらでもいるのである。


 授業は日を追うごとに難しくなっていった。真剣に勉強しないと置いて行かれる。

 午後の授業は日替わりで、身体鍛錬と裁縫の訓練が課せられた。

 身体鍛錬は、走ったり、筋肉トレーニングをしたりと、なぜだかかなり厳しかった。

 もっとも私は身体を動かす事は大好きだったので、ちっとも苦痛ではなかったが。

 裁縫の授業は専門ギルドのプロの方が指導してくれた。

 裁縫は女性の重要なたしなみである。これだけでも自分の財産になるわね!


 毎日勉強して、身体を動かして、仕事をして、美味しい食事を頂いて、お風呂で疲れをいやして、綺麗なお部屋の暖かいベッドで寝て……。ハードではあったが、私の身体はとても調子よく動いてくれた。



 一ヶ月を過ぎた頃、一つの発表があった。

 Aクラスの生徒は週一回、週末に最終試験を受ける事が出来ると言う。

 私はこの頃、努力の甲斐あって、小テストでは満点を取れるようになっていた。

 さっそく最終試験を受ける申請をした。

 今回の受験者は私と一つ上のリーゼルさんだけだった。

 結果は……。二人共不合格だった。

 試験の結果は散々だった。今まで教わった事では、決して解く事が出来ない難解な問題だったからである。

 私は落ち込んだ。

 次週も受けてみた。

 結果は同じだった……。

 私は思った。これは初めから無理ゲーなのではないかと。

 先生にも尋ねてみた。

「それは自分で考えることですよ」としか言われなかった。

 私は途方に暮れてしまった。



 その頃、掲示板に一枚の連絡文が貼りだされた。

 三ヶ月を過ぎてBクラスに上がれない者は暇を出されるそうだ。

 六ヶ月を過ぎてAクラスへ上がれない者も同様。

 さらに一年が過ぎて最終試験に合格出来なければ、ここから出て行かなくてはならない、との内容だった。

 研修生たちの目の色が、明らかに変わった……。



 私は最終試験突破の糸口を必死で考えた。

 なにか、からくりがあるに違いない。

 ふと、娯楽室の片隅に図書コーナーが設けられている事を思い出した。

 そこの本棚に、二百冊くらいの本が収められていたはずだ。

 就寝時間は近かったが、私は娯楽室に向かった。

 そこではすでにひとりの少女が本を読んでいた。

 リーゼルさんだった。

 リーゼルさんは私に気づくと立ち上がった。

 私たちは吸い寄せられるように抱き合った。

 そしてなぜかふたりで大笑いしてしまった。


 やっぱりだ。私が解けなかった問題の答えは、この本棚の中で探す事が出来た。

 算術も歴史も自然哲学も、回答はすべてこの本棚に隠されていた。


 翌日、私とリーゼルさんは自習を申し出た。

 案の定、あっさりと認められた。

 それから私とリーゼルさんの読書の日々が始まった。

 最終試験は毎週受けた。

 出題傾向を知り、二人で対策を練るためだ。

 三回目の試験も不合格だった。

 四回目も届かなかった。

 しかし確実に点数は上がっていった。

 解らない所を先生に質問すると、私が理解するまで親切に教えてくれた。


 五回目。とうとう合格ラインの八十点を越えた!

 私が八十二点、リーゼルさんは八十五点だった。

 私とリーゼルさんは抱き合って喜んだ。

 未だかつて味わった事の無い充実感に、私は満たされていた。


 翌日。

 私とリーゼルさんは、執事様とアイリ様がいらっしゃる、サンクチュアリ開発本部に呼び出された。



 後半へ、つづく!





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