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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編

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第32話 真冬の図書館での出会い

 


 冬休み三日目の当番はエジェリーだった。

 朝食を終えると、二人で図書館へと向かう。

 今日はこの世界での錬金術の分野を探求しようと、ノアは考えていた。

 そもそも錬金術と言う分野自体が胡散臭い。

 この時代の錬金術師がどのような理論を展開して自らを正当化しているのか、非常に興味があった。


 ノアが本を読んでいる時、隣のエジェリーは姿勢正しく静かに座っている。

 姿勢の正しい女性は、それだけで美しく見えてしまう。

 さらにノアより窓側に座っているため、外の光が後光のようで神秘的な雰囲気すら感じてしまう。

 そんなエジェリーは、ノアが読み終わった本には必ず目を通した。

 一瞬眉間にしわが寄ったのが、なんとも愛らしかった。


 ノアはエジェリーに本を探してくると告げ、席を立った。

 すぐに本を探しに行かず、司書さんのいる受付事務所へ立ち寄った。

 そこで一枚の紙をもらい、誰もいないテーブルの上で紙飛行機を折ってみた。


 中二階の踊り場に上がると、談話室のエジェリーが直接見えるところに移動する。

 ノアは「エジェリーさ~ん!」とやっと聞こえるくらいの声で、手を振りながら彼女の注意を引いた。

 ノアは紙飛行機の姿を見せ、大袈裟に胸に手を当て一礼した。

 翼を丁寧に直してからエジェリーに向かって真っすぐ手を離した。

 紙飛行機は図書館の空気に乘って、若干左に巻きながら優雅に飛行してくれた。

 目で追うエジェリーの無邪気な笑顔を見る事が出来た。


 突然、「うわーっ!」と叫び声が館内に響き渡った。

 ノアより明らかに年上の男子生徒が紙飛行機の着地点に走って来る。

 しばらくじーっと、今は動かない紙飛行機を観察した後、素早くノアに振り返った。

「け、賢者の後継者様! これは魔法ですか!」

 彼はいたく興奮しているようだ。

 ノアは一瞬で彼の事が気に入った。

『紙飛行機が空を飛ぶ』という現象に異様に興味を示したからだ。

 ノアはゆっくりと階段を下り、彼の元に向かった。

 そして床に落ちている紙飛行機を拾い上げ「ここは寒いので、あちらで話しましょう」とニヤリと口角を上げながら誘いをかけた。


 ノアがエジェリーのところへ戻ると彼は興奮冷めやまず、不器用な挨拶をした。

「賢者の後継者様、バイエフェルト様、初めまして。オズワン・ウエーバーと申します。南のポルトアートから勉強に来ています。実家は造船業を営んでおります。どうぞよろしくお願いします」

 エジェリーは座ったまま、軽く挨拶を返した。

 ――なるほど、造船職人の卵か。どうりで紙飛行機に興味を示したはずだ。


 その時ノアはふと視線を感じた。

 少し離れた場所で読書をしている少女からだった。

 一瞬ノアと視線が合うと彼女は慌てて本で顔を隠した。

 ノアは気付いていた。冬休みが始まって以来、図書館にいる顔ぶれが同じである事を。 


「ちょっと待っていてください」

 ノアはエジェリーとウエーバーにそう告げると、視線のあった少女の元へ向かった。

 栗色の髪を三つ編みで束ね、野外にいるような厚着をしている。


 机の上に立てて開いた本の中に顔をうずめた彼女は、歳の頃は十五歳前後だろうか、エジェリーより少し年上に見える。

「ここは寒いでしょう。あちらの暖かい所で、いっしょに勉強しませんか」

「ヒィ!」と小さな悲鳴をあげ、そして彼女は恐る恐るノアを見た。

「わ、わたしは大丈夫……です」

「そう言わずに。この冬休みの図書館仲間という事で、いっしょに過ごしましょう!」


「わ、わたしなんかが、よ、よろしいのですか」

「もちろんです。歓迎しますよ!」

 彼女はしばらくうつむいて動かなかったが、意を決したように立ち上がった。

「よ、よろしくお願いします!」

 彼女は三つ編みの髪が前に飛び出すほど、勢いよくお辞儀をした。

 ノアはニコリと微笑んで、彼女を暖炉のある談話室へいざなった。


 ノアが談話室のエジェリーの隣の席に戻ると、彼女は緊張気味に自己紹介をした。

「は、はじめまして。賢者の後継者様、バイエフェルト様。ジュビリー・ファイラと申します。辺境のテプリー領から農業の勉強に来ています。どうぞお見知りおきを」

 ジュビリーはぎこちない淑女の挨拶をした。


「さあ、二人とも座ってください」

 ウエーバーとジュビリーはノアとテーブルを隔てた反対側に着座した。

 ジュビリーは暖炉の暖かさにホッとしているようだ。マントを脱いで小さくたたみ、腰と背もたれの間に挟んだ。


  挿絵(By みてみん)



「お二人共、故郷が遠いのですね」

「そうなのです。往復の旅費がバカにならないもので」

 ウエーバーが恥ずかしそうに頭をかいた。

「私も次の秋に卒業になるので、今回は帰省を見送りました」

 ジュビリーも下を向いてしまった。

 エジェリーは自分との境遇の違いに興味を持っているようだ。



「さて、ウエーバー君、君はいったい何に驚いたのですか」

「はい、その綺麗に折った紙が、空中を飛んだことです!」

「君の目の付け所は正しい。君はきっと空を飛びたいのですね」

 ウエーバーは驚いた表情でノアを見た。

「さすがは賢者様の後継者様です……。でもお笑いにならないのですか?」

「どうして笑うのですか? ぼくは何百人も乗せた飛行機に年中乗っていましたよ」

「…………」

 さっそくウエーバーの理解を越えてしまったようだ。

「あの、飛行機とは、どのようなモノでしょうか……」

「これは紙飛行機と言います。本物の飛行機は、翼が有って、胴体があって、金属で出来ています。自前の推進力で飛行するんですよ!」


「後継者様はそんな夢の様な飛行機に、どこで乗られたのですか?」


「それは話が長くなるのでいつかまた! にしましょう」

 そう言いながらノアは紙飛行機を一枚の紙に戻してしまった。

「あ――ッ!」とウエーバーは悲鳴を上げた。

「大丈夫ですよ!」

 ノアは再び紙飛行機の形に折り上げてウエーバーに向けて飛ばした。

 近くに落ちた紙飛行機をウエーバーは壊れ物でも扱う様に拾い上げた。


「それは君に差し上げましょう」

 ウエーバーはたいそう喜んだ。

「そしてそれは魔術で飛ばしている訳ではありませんよ。自然界の物理の法則を利用して飛んでいるのです」

 ウエーバーはいろいろな角度から紙飛行機を眺めている。


「君はモノを自分で作ったりする事が好きですか?」

「ハイ! 食事を忘れてしまうほど大好きです」

 その答えにノアは満足した。

「ぼくはこれから色々なモノを造っていこうと思っているのですが、ぼくに協力してくれますか。きっと君の技術や知識の向上に役立つと思いますが」

 ノアは期待を込めてウエーバーを誘った。


「も、もちろんです後継者様! ぜひ協力、じゃなかった、お手伝いさせて下さい! なんでもやります!」 

 期待通りの答えにノアは大きく頷いた。 



「さて、ジュビリーさん。人間が営みを続ける限り、もっとも大切にしなければいけないのは農業であり、それは最も貴い職業だとぼくは思っています」

 農業がコンプレックスの何物でもなかった彼女には、あまりにも衝撃的な言葉だったようだ。ただ茫然とした表情でノアを見ている。


「テプリー領の農業はいかがですか」

 ジュビリーはゆっくりと、そして大きく首を振った。

「テプリー領は内陸ゆえ、雨が少なく土地が痩せています。さらに北の海から冷たい風が吹き、時折冷害に見舞われます……」

「麦の収穫率はどれ程ですか」

 

「テプリー領では大麦やライ麦を栽培しています。残念ながら小麦の栽培には適していないようです。最近では大麦やライ麦で、良くて五倍、悪くて三倍といったところです」

「やはりそうですか……厳しいですね……」


 収穫率とは、穀物の播種量に対する収穫量の比率である。

 平均で四倍といった収穫率は、蒔いた一粒で四粒の穀物が収穫できると言った惨憺たる結果を意味している。

 それはノアの前世の記憶とも合致していた。

 中世末期から近世前期のヨーロッパでの麦の収穫率は五倍前後だったと言う。

 一粒は来年の種蒔き用に、さらに租税に納めれば農民には如何程残るのだろうか。

 あまりの効率の悪さをノアは再確認した。


 ちなみに、同時期の稲作はすでに百二十倍以上の収穫率を上げていた。稲作の優秀さが際立つ対比である。


 この時代の麦畑は、収穫前は黄金色の絨毯が敷き詰められたような風景を想像してしまうが、実際はほとんどの麦は実る前に枯れ、生き残った麦がやっと少量の実をつけるといった、雑草だらけの凄惨な風景が現実なのである。

 ノア自身も、ジュビリーと話す事によって農業改革は急務である事を改めて実感した。


「ジュビリーさん。テプリー領では二圃式ですか? 三圃式ですか?」

「今現在農民を指導して三圃式に移行中です。でも農民所有の土地を、一度接収して再分配しなければいけないので残念ながら難航しています」


「二圃式に比べて三圃式が優れている点は何ですか?」

「……連作障害と肥料の問題だと思います」

「ウン、良い回答ですね。麦類は土中から特定の養分をやたらと食いますかね。三圃式で土地に合った作物や、放牧のバリエーションを見つけて行くと良いですね」


「継承者様はどうしてこんなに農業にお詳しいのですか?」

「ジュビリーさん、この方は賢者様がお導きになったお方ですよ」

 エジェリーが少し得意げに言った。

「申し訳ありません、バイエフェルト様」

 ジュビリーは首をすくめてシュンとしてしまった。

「農業改革、とりわけ収穫率を上げるためには、その他にどのような施策が必要だと考えていますか」

「灌漑設備の整備や、肥料の研究、品種改良が必要ではないでしょうか」

「ウン、よく勉強されていますね。この学院では農業の講義は無いですが……。書物から得た知識ですか?」


「はい、後継者様……。この学院では植物学の講義は受けられましたが、農業そのものを教えてくれる講義はありません。当然ですよね、ここには私以外農業を志す人などいないのですから。正直、孤独以外何物でもありませんでした。でもこの学院には、この図書館があります。私は知りたい事をここで得る事が出来ました」


「ジュビリーさん。ぼく自身も農業に関しては、早急に研究しなければいけないと考えていたところです。どうでしょう、ぼくと一緒に農業の研究をやりませんか⁈」

 ジュビリーは神様にすがるような眼差しを、ノアに向けた。

「あ、あの、私なんかでよろしいのでしょうか……」

「ぼくはパートナーとして、あなたは相応しいと思っていますよ」

 ノアは優しくジュビリーに微笑んだ。


「私、今、なぜか救われたような気がしています……」

 ジュビリーはたまった涙を指で拭った。


「さて、ウエーバー君。仕事が増えましたが……、解りますか?」

「ハイ、後継者様! ボクが出来る事は、農機具の製作及び改良ですね!」

「良い答えです。それからジュビリーさんもウエーバー君も、その『後継者様』と呼ぶのはやめてください。ぼくの事は気軽にノアと呼んで下さいね」


「はい!」

 二人は元気よく返事をした。



 

 帰り道、エジェリーはとても不機嫌だった。

 特別棟へ帰る夕暮れの湖畔道で理由を聞いてみた。

「だって、わたしだけがノア様と呼べると思っていたのに、みんなそう呼ぶのですもの」

 エジェリーは不満があると、ほっぺを膨らます癖がある。


「わかった。ぼくはエジェリーと呼ぶから、君はノアと呼んで下さい。これだけは君の特権にする! これでどう?」

 一転、百合の花が咲いたような満面の笑みを浮かべる。

「それなら許す!」

 エジェリーはノアの左腕を抱きとって身体を寄せた。

「こらこら、人に見られますよ!」

「残念! もう冬休みで誰もいません!」


「ね~え、ノア……」

「なんだい、エジェリー」

「なんでもない、ちょっと試しに呼んでみたかっただけ!」

「…………」


 どうやらこの湖畔道には悪戯いたずら好きの妖精が隠れているらしい……。







最後までお読みくださり、ありがとうございます m(_ _"m)


応援して下さっている読者の皆様、たいへん感謝しております。

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作者はなにより嬉しく励みになり、さらに努力してまいります。

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