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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編

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第31話 アイリとリーフェ


 

 いよいよ冬も本番となり、学院は長期の冬休みに入っていた。

 冬が厳しい王都サンクリッドゆえ、十二月中旬より年が明けて一月いっぱいまでと、冬休みは長い。

 ほとんどの生徒が実家で新年を迎えるために、寮から帰って行った。

 わずかに残っている生徒は、『遠方で往復の旅費が工面出来ない……』といった理由がほとんどである。

 ノアの場合は当然、帰るところが無いからであった。

 しかし、ノアにとっては都合が良かった。

 静かに図書館で本と向き合い、この世界の知識を得、今後の活動計画に没頭出来るからである。

 幸いな事に食堂は残った学生の為に、小規模ながら営業してくれていた。

 また、エジェリー・アイリ・リーフェ・レベッカの四人が交代で世話係を務めてくれるそうだ。

 それぞれ王都市街にある実家から通ってくれるという。

 まったくありがたい話ではないか。



 冬休み初日の当番はリーフェだった。

「朝食をいっしょに食べよう」と提案すると、初めは遠慮したリーフェだったが、『冬休みだけの特例』などと理由をつけて納得させる事ができた。

 二人分の朝食の支度をするリーフェは嬉しそうだった。

 たわいもない会話を楽しみながら朝食をとる。

 やはり食事は誰かと一緒に食べる方が、断然美味しい。


 片付けが終わると、二人で図書館へ出かける。

「リーフェ、外は寒いからマフラー巻いて、マントを羽織って行くんだよ」

「ハーイ!」 と可愛らしい声が返ってきた。


 昨夜は少し雪が舞ったのだろう、湖畔道はうっすらと雪化粧していた。

 ふとリーフェを見ると、白い息をはいて、ツヤのいい鼻の頭が赤くなっている。

 ノアの視線に気づくとリーフェは「エヘヘ!」と微笑み返した。


 

 この学院の図書館は、王国一の蔵書量を誇るそうだ。

 広大なフロアには本棚の壁が整然と並んでいた。

 さらに階段で中二階に上がる事ができる。

 踊り場からは一階を見渡せ、反対の壁側には隙間が無い程に本が並べられていた。

 問題はこの寒さだった。

 吐く息の白さは露天と変わらない。


 ノアは若い女性の司書さんの許可を得て、一階フロアに半独立した談話室に、一式のテーブルと椅子を移動した。

 ここには暖炉があるのだ。

 これで快適な図書館ライフが送れそうである。


 リーフェは、初めは興味深そうに図書館の中を探検していたが、それに飽きてしまうとノアの横に腰かけ、足をぶらぶらしながら暇そうにしていた。

 そんな姿を見て、ノアは思った。

「ねえ、リーフェ。算術を教えてあげようか」

 リーフェは意外なほどに喜んだ。『えーっ、計算は嫌いです』なんて答えも覚悟していたのに。

 さっそくどのくらいのレベルか試してみる。

 だんだんと出題を難しくしていく。

 結果、足し算と引き算は完璧だった。掛け算は足し算の応用で対応していた。

 ――よし当面は加減乗除を完璧にしよう。……九九を教えるといいかもしれない。

 ――そうだ、計算ドリルを作ってあげよう……。


 リーフェは覚えが早く、そして正確だった。

 即席で作ってあげた計算ドリルも集中してこなしている。

 前世でも小学生の時、計算が得意な女の子がいたよな――なんて、懐かしく思い出した。

 

「ねえ、リーフェは、大きくなったら何になりたいの?」 

 ノアは敢えて『どんな仕事に……』とは言わなかった。

 この時代の女性の社会進出の機会は薄い。『結婚して子供を……』という考え方が社会的にも大勢を占めているからだ。

 当の本人も『きれいなお嫁さん!』なんて漠然とした未来を夢見ているのかもしれない。


「父の仕事の手伝いがしたいです」

 ノアの予想の遙か右斜め上を行く答えが返って来た。

 ――しまった、失念していた! 彼女は大商人の娘であると聞いていたのに。 

 これは本腰をいれて算術を教えねば。

 ノアは前世で特に理数系を専攻した訳ではないので、自信を持って教えられるのは中学卒業レベルである。 

 しかしその程度でもこの世界では、オーバーポテンシャルである事は間違いない。


 ノアはリーフェの事を、『かわいい妹キャラ』としか思っていなかった。 

 幼い外見とその可愛らしい仕草から、セシルと重ねて見てしまっていたからだろう。

 大いに反省するノアだった。

 ――そうだ、リーフェにザルベルトさんに作ってもらった、そろばんを与えてみよう。

 きっと面白い事になる。


 

  *  *

 


 二日目の当番はアイリだった。

 昨日の様に、アイリと一緒に朝食をとった。

 説得するのに昨日のリーフェより苦労した。きっと生真面目なのだろう。

 食事中もアイリは緊張していた。

 食べているところをノアに見られるのが、恥ずかしい様である。

 そんな姿はノアにとって、とても新鮮に映った。

 

 食事の片付けが終わると、ノアは早速アイリを連れて図書館に向かった。

 アイリはノアに連れられて外に出る事を、とても喜んだ。

 一生懸命ノアの斜め後ろに距離を測ってついて来る姿が、いじらしいではないか。


 図書館の受付に寄ると、今日の司書さんは始めて見る年配のご婦人だった。

 ノアは挨拶がてら、昨日の様に机と椅子の移動の許可を申し出た。

 すると婦人はカウンターの奥から出てきて、意外な程丁寧に挨拶を返してくれた。


「あなたとお会いする事を心待ちにしておりました、ノア・アルヴェーン様。私はこの図書館の司書長を務めております、ラウラ・ブレーデンと申します」

 落ち着いた色合いのロングスカートの裾を少し持ち上げて、年期の入った丁寧な挨拶を披露する。

「この図書館内はすべてご自由に利用されてください。学院長より申し使っています」

 またすべての蔵書の持ち出しもあなた様に限り自由です……という特典も告げられた。

「本日はどの分野の本をお探しでしょうか」

「今日はこの国の歴史を勉強しようと考えています」

 司書長は深く頷くと「それでは数冊見繕って参りましょう」と告げて本棚の森へ向かっていった。

 

 アイリは物珍しそうに図書館の中をキョロキョロと見渡している。

 ノアはアイリを昨日の談話室に案内した。

 談話室は暖炉の火によって、すでに柔らかい暖かさに包まれていた。

 ノアはアイリに隣に座るように促した。

 アイリはすこし躊躇ちゅうちょしたが、意を決したようにノアの隣に腰かけた。


「アイリはこの学院で学びたいと思わないの?」


「両親に頼めば可能でしょうが、学費も高いですし、わたしは女ですから……。運良くバイエフェルト家に上がれたので、それで満足しています」

 そしてモジモジしながら、こう付け加えた。

「なにより今はアルヴェーン様にお仕えできて幸せです」

 ノアはアイリの奥ゆかしさに、素直に感動してしまった。

「ねえ、アイリ。これからはノアって呼んでくれないか」

「……よろしいのですか」

 アイリは恥ずかしながらも喜んでいる様だ。


 そんなちょっと照れくさい雰囲気を救うように司書長がやってきた。

「ノア・アルヴェーン様。まずこちらの二冊をお読みになって頂くと、よろしいかと思います」

 ノアは礼を言いながら二冊の歴史書を受け取った。

「ありがとうございます。今話していたのですけど、司書長もぼくの事はノアと呼んで頂けますか」

「まあ、うれしい! それではお言葉に甘えて、そのようにお声がけさせて頂きますわ、ノア様!」

 ノアはこの中年の夫人と波長が合うな、と感じていた。

「それからこの娘に本を読ませてあげたいのですが、少し館内を案内して頂けると嬉しいのですが」

「お安いご用ですわ、ノア様。それではお嬢さん、参りましょうか」

 アイリは立ち上がり、ノアにペコリとお辞儀してから司書長の後をついていった。



  *  *



「あなた、お名前は?」

「アイリ・フリッツアと申します」


「どのような本を読みたいのかしら?」

「あの、料理とかお菓子作りの本はありますでしょうか……」

 司書長は立ち止まってアイリを眺めた。

「ええ、ありますとも。でもレシピ本などは難しい内容が多いわよ」

「はい、構いません。せっかくの機会ですから、勉強してみたいと思います」

 司書長は満足気に頷くと、アイリを中二階へと案内した。


「この一画が、食物や料理に関する書物をまとめてあります」

 そう言いながら司書長は書棚を見渡した。

 そして二冊の本を選んで、アイリに手渡した。

「このあたりから読み始めるのが良いでしょう」

 それから司書長は館内を案内しながら、大まかな分類場所を教えていった。


「アイリさん、あなたは幸運ですよ。それと同時に、たいへんな役目を負いましたね」

 アイリは不思議そうに司書長をみた。

「あのお方、ノア様は、この世界のために創造主がおつかわしになった神子様なのですよ」

 司書長は真面目な表情でアイリに語りかけている。

「今はまだよく解らないでしょうが、やがてあの方はこの世界を導くために動き始めます。そんなノア様を、あなたは一番近くで支えてあげなければいけません」

 司書長とアイリは一度立ち止まった。

「でもこれはきっと神のお導きです。私からもお願いします。ノア様にしっかりとお仕えするのですよ」

 アイリに言葉は無かったが、深く頷いて司書長に答えた。


 そんな静かな会話をしながら、アイリと司書長はノアのいる談話室に戻ってきた。



  *  *



「なにかご用がございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」

 そう言って司書長は、受付事務所に戻っていった。

 アイリはマントとマフラーを外して畳んでから、ノアの隣に腰かけた。

「アイリはどんな本を借りて来たの?」

「肉料理とお菓子のレシピ本を選んで頂きました」

「アイリは料理が好きなんだね……」

 アイリは、はにかみながら小さく頷いた。

「わたし、小さい頃からお母さんと料理を作る事が楽しみだったんです。最近特にお菓子作りに興味があって、将来そんなお店が出来たらいいな! なんて思っているんですよ」

 最後まで言い終わったアイリは照れて下を向いてしまった。

 ノアはこの時、一つのアイディアがひらめいた。


「それじゃあ、せっかくだから本を読もうか!」

「はい!」と返事してからアイリはお菓子のレシピ本のページをめくり始めた。

 やがてアイリは集中して本を読み始めた。

 ノアも『レ―ヴァン王国全史』のページをめくり始める。



 ノアは読書に一区切りつけると、アイリの横顔をしばらく眺めていた。

 やがてアイリはノアの視線に気づいて、驚いた様に目を合わせた。


「アイリってさあ、きっといいお嫁さんとか、いいお母さんになるよね……」

 アイリの顔が急激に赤くなっていく。

 そして両手で顔を覆って下を向いてしまった。

「やめてくださいノア様……。恥ずかし過ぎます……」


 しばらくアイリは読書が出来なくなってしまった。









約一年後に、ノアのアイディアは実行される事になります。 

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