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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編

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第29話 体術場と剣術場

 


 三人で賑やかな昼食を取った後、ノアは修練棟への案内を頼んだ。

 午前中の魔術の講義実習で消化不良を起こしたノアは、少し身体を動かしたくなったからでもあった。

 校舎を出て緩やかな坂を下り湖畔道へ出ると、寮へ向かうのとは反対に左に曲がれば、すぐに建物が見えた。

 大きなレンガ造りの建物が二つ並んでいて、向かって左側は体術、右側が剣術と分けられている。

 武器の有無で区別されているらしい。

 ノアはまず、体術棟を覗いて見る事にした。

 エジェリーとレベッカが、何故か少し恥ずかしそうにモジモジしている。

 体術棟には普段女子はあまり入らないのだそうだ。

 中に入ると、なるほどその理由が理解できた。

 ほとんどの男子生徒が上半身裸で組み合っていた。


 ノアたちはしばらく入り口近くの壁際で見学していた。

 なかなか迫力のある組手がいたるところで繰り広げられている。

 エジェリーとレベッカが見ている事が知れると、訓練している男子生徒達のテンションが上がってくるのが、実にいじらしかった。

 

 ノアの興味を引いたのは、体術場の隅の一角で、筋肉トレーンイングを行っている二十人程の集団だった。

 バーベルやダンベル、大きな石を使い、ウエイトトレーニングを行っている。

 ノアはもっと近くで見学することにした。

 二人の淑女に「マッチョな方々は好みですか?」と聞いてみた。

 エジェリーは胸の前に腕でバッテンを作り「わたしはダメかも……」と、はにかみながら答えた。

 レベッカは照れながら「ワタシはいけるかも!」と対照的な答えが返って来た。

 ――実に興味深い! 参考にさせて頂こう。


「ほう、賢者の後継者殿は筋トレに興味がおありか」

 ひと際たくましい青年が入り口の方から現れ、ノアに声をかけた。

 筋トレに励んでいた集団は彼の登場に気が付くと、皆元気よく挨拶をした。

「お疲れ様です! フーガ様!」

 どうやら彼はこのグループのリーダー的存在らしい。

 エジェリーとレベッカは知り合いらしく、軽く挨拶を交わしていた。

「はい、筋トレには昔から興味があったのですが、ぼくは筋肉のボリュームがあがらないようで……。でも、筋肉は男の憧れです!」

「おう、賢者の後継者殿はわかってらっしゃる!」。

「こちらはどのような集まりなのでしょうか」

「この学院の筋肉愛好会です」

 ノアはそのネーミングはちょっとダサいでしょう……と思ってしまった。


「……どうですか、私と一戦、手合わせしてみませんか」

 フーガはにやりと笑いノアを挑発した。もちろんそこに嫌味はない。

「いいでしょう」ノアも気分よく、久しぶりの実戦を楽しみたくなった。

「オオッー」周囲から歓声が上がり、その熱気は瞬く間に体術場全体に伝播した。


 体術場中央に移動するノアとフーガ。

 フーガはシャツを脱ぎ、自慢の筋肉をムキッと見せつけポーズを決め込む。

 それだけで体術場内はヤンヤ・ヤンヤの大盛り上がりだ!

 対するノアはエジェリーを呼び、ローブを脱ぎ、上着を脱ぎエジェリーに手渡した。

 最後にブラウスを脱ぐ時、エジェリーは恥ずかしそうにしたが、その表情は一瞬で真顔になり、ノアの上半身にくぎ付けになった。

 それはこの場を囲む観衆も同様だった。誰もが息を飲んだのである。

 ノアの上半身は一見華奢だが、よく締まった筋肉が異様な迫力を帯びていた。さらに身体中に深い傷跡がいくつも刻まれているのである。


「なるほど……やはり只者では無いと言う事ですな……その傷はどうされました?」

 フーガがノアの肉体を眺めながら、真顔で質問した。

「いやー、昔よく森の中で熊とケンカしていたものですから」

 ノアはトントンと軽くジャンプしながら、半分冗談、半分真実の返答をした。

「これは相手を見くびっていたのは私の方でした。平にご容赦を。しかし俄然楽しみになって来ました!」

 フーガは相手の力量を素直に認め、本能的に自分の方が格下である事を察したようだ。

 身長百八十センチを超え筋肉で武装したフーガと百五十五センチほどのノアが相対した。


「それでは始めましょう。いつでもどうぞ」

 ノアがフーガを挑発しながら、開始を告げる。

 同時に突進してくるフーガ。ノアは余裕のステップで寸前にかわす。

 この展開がしばらく続いた。

「後継者殿、逃げてばかりでは勝負になりませんぞ」

 まだまだ余裕を見せているフーガだが、明らかに苛立ちを感じ始めているようだ。

 次第に動作が単調に、そして荒くなってくる。 

 ノアは自身を捕まえようと、フーガの両腕が伸び切った瞬間を見落とさなかった。

 一瞬でフーガの懐の潜り込み、首を絡めとると下に引き込み支点とした。

 同時に腹を蹴り上げ、フーガの巨体を宙に舞いあげた。

 空中巴投げの完成である。

 この勝負の観戦者たちは、想像以上にフーガの巨体が描く弧の大きさに驚愕した。

 そして思いのほか静かに、地面に仰向けで着地した姿も不自然に見えた。

 ノアは蹴り上げた反動で地面に着地した後、バク転を三回連続して、フーガの上に馬乗りになった。

 しばしの静寂の後、体術場内は大歓声につつまれた。


「後継者殿、今なにをされたのですか……⁈」

 仰向けに倒れながら、狐につままれた様な表情をしているフーガは馬乗りしているノアに尋ねた。

「首をつかんだ瞬間に、身体を軽くする魔力を注いだのです」

 そう言ってノアは立ち上がりフーガの手を取り立ち上がらせた。

「なるほど……恐れ入りました。完敗です」

 フーガが真摯に頭を下げると、拍手が沸き起こった。


 その時ノアにひとつのアイディアが浮かんだ。

「それでは皆さんに、もっと筋トレが面白くなるように、筋肉が美しく見えるポーズを伝授しましょう!」

「押忍!」

 筋肉愛好会のメンバーは真面目にノアに注目した。

「これが基本の『フロントダブルバイセップス』です」

 そう言ってノアは両腕を上げ、上腕二頭筋バイセップスを強調した。

「背中の筋肉にも力を入れて、逆三角形のシルエットを強調するのがポイントですよ。それではフーガさん、やってみて下さい!」

「かしこまりました!」

 フーガはノアのマネをしてポーズをとる。やはりフーガが造ると完成度が違う。

「おおー!」と周りから歓声があがった。


「次はサイドチェストです。横から見たチェストの厚みを強調することから、この名前となっています。胸の厚み、腕の太さ、脚の太さなど、体の厚みを強調します!」

 ノアは横向きになって右手首を左手で掴んだ。そして膝を曲げてポーズを造る。

 筋肉が小さいノアのポーズは、滑稽に見えてしまう。笑いが巻き起こった。

「もう一つ、モストマスキュラーを教えておきましょう。もっとも力強く見えるポーズという意味ですよ」

 ノアは少し前傾姿勢を取り、身体の前で両こぶしを重ねて、歯をむき出しに思い切りりきんだ。

 本人は大真面目なのだが、修練場内は大爆笑に包まれた。

 まあウケて笑われるのは、ノアの想定内であったが。


「はい、それでは各自練習してみて下さい」

 ノアは「ナイスバルク! もうデカい!」などとキメ台詞で指導して回った。

 観衆はいままで見た事もない光景に、大笑いしている。

「それから誰かがポーズを決める時、『ハイ! ズドーン!』と掛け声をかけて下さいね!」

 そう言って短時間ではあったが、ノアの指導は終わった。

「それではこれくらいにしておきましょうか」


 筋肉同好会はノアの前に整列した。

「実に有意義な体験でした。今後我々は、後継者殿を師と仰ぎましょう」

「押忍!」筋肉愛好会全員がフーガにならった。

「あなたは実に面白い。想像以上の方でした。今後私のような者でも役に立つ事があれば、ぜひ声をかけて頂きたい」

「ぼくもあなたの様な方と友人になれて良かったです!」

 ノアとフーガは握手を交わした。

「それではまた遊びに来ます!」

 そう告げたノアは拍手に送られて、体術場を後にした。



「イヤー、久々に大笑いしたわ――」

 レベッカは指で涙をぬぐいながら言った。

 エジェリーもハンカチで目を抑えながら笑いを堪えてヒクヒクしている。


「次は剣術棟を覗いてみましょうか!」

 ノアも上機嫌だった。

 剣術場内も活気に満ちていた。木刀のぶつかり合う乾いた音が絶え間なく鳴り響いている。 

 真剣を模した木刀の種類も様々あるようだ。

「やはり流派とかあるのですか?」

「流派は確かにあります。ですが、それは各家に代々伝わるもので、師匠と弟子の関係で引き継がれていきます。この様に集団で鍛錬するのはココと、騎士団の練兵場くらいでしょう」


「エジェリーはこの学院の女子の中では三傑に入るくらい強いのよ」

 珍しくレベッカがエジェリーを褒めた。

 言われたエジェリーのドヤ顔が可愛い。


「ねえエジェリー! ちょっと師匠と勝負してみれば!」

 ――レベッカめ、余計な事を、なんて思いながらエジェリーをみると……。

 ……ガクッ、やる気満々だった……。

 三人は木刀が収められている壁際の一角に向かった。

 エジェリーはレイピアを模した木刀を選んだ。

「師匠はどの剣をつかうのですか」

「えーっと、ぼくは魔術士ですからね~。基本的に剣は性に合わないのですよ……。その素振り用の棒でいいです」

 ノアは重さを確かめる様に三回上段から振ってみた。

 対するエジェリーは慣れた手つきで後ろ髪を細い赤いリボンで纏め、ポニーテールにイメージチェンジを果たしている。 

 若干下よりで纏められている所に、本気度がにじみ出ていた。


「ハーイ、皆さん注目! これから賢者の後継者様とエジェリー嬢が模擬戦をやるわよ!」

 レベッカの一声に剣術場内は歓声に包まれた。

 あっと言う間に人だかりが形成された。

「審判はわたし、レベッカ・スピルカが務めます!」

 なぜかレベッカが『ビシッ!』とポーズを決める。


「それでは……始め!」

 レベッカの合図と共に、エジェリーの切っ先は踊り始めた。

 ――なかなか鋭い突きを見せるね!

 ノアはエジェリーの繰り出す剣先を最小限の動きでかわす。

 エジェリーは捉えられないノアに対して、さらに突きの手数を増やしていった。

 纏められたエジェリーの黒髪が右に左に踊っている。

 ノアは両手に握った素振り棒で、エジェリーの剣の軌道を容易くずらした。


 ――鋭いとはいえ、お嬢様レベル。ぼくには通用しないよ……。

 ノアは素振り棒を邪魔にならないように放り投げた。 

 二人の間合いが一度開いた。

 ノアは両手を見せ、かかって来なさい!とジェスチャーした。

 エジェリーの瞳は大きく見開かれ、険しくなった。

 次の瞬間、今まで以上の気迫でエジェリーが突進をかけてきた。

 ノアが一瞬わざと隙を作ると、案の定渾身の突きが放たれてきた。

 ノアは寸前でかわすと、伸び切ったエジェリーの右手をつかんだ。


 その姿勢で二人の動作が停止した。

 至近距離で視線が交錯する。

 エジェリーの瞳はまだ活きている。 

 左手で、後ろ腰に隠してあったタガーを素早く抜いて、ノアの脇腹目指して突き刺した。

 ノアは寸前でエジェリーの左手首を掴んで間一髪止めた。

 ――おいおい、止めなかったら刺さっていたぞ……。


 ノアは掴んだままのエジェリーの両腕を勢いよく引き寄せた。

 それはまるで抱き寄せた様にも見えた。

『ヒュー!』と冷やかしの歓声も上がったほどだ。


「残念でした! ぼくはレイピア使いが、左手でタガーも操る事くらい知っていますよ!」

 エジェリーの耳元でささやいた。

 解放したエジェリーを見ると、顔を真っ赤にして、ホッペをプクっとふくまらせている。

「ノア様の意地悪!」

 エジェリーは戦意を喪失した。


 審判のレベッカは両者を代わる代わる見ると決着を宣言した。

「勝者、ノア・アルヴェーン!」

 歓声が沸き上がった。

「いいな、いいな、エジェリーいいな!」

 レベッカは勝負よりもエジェリーが抱き寄せられた事にこだわっていた。


 勝負に負けたエジェリーはそのまま壁際に去ってしまった。

「それでは誰か、『我こそは!』と賢者の後継者さまに挑戦する勇者よ、出てくるがいい!」

 レベッカがまた悪乗りを始めた。

 場内は大盛り上がり、十人ほどの挑戦者が名乗りを上げた。


 ノアは仕方なく相手をしたが、全員を軽くあしらった。

 さらに挑戦者は増えるのだが、さすがに面倒なのでキリを付けた。

「今日はこれくらいにして頂けますか。また来ますので」

 そう言ったノアはまたしても拍手に見送られ、剣術棟を後にした。

 これよりノアの名声はまず体育会系の生徒達の間で広まる事になった。



「こらレベッカ! あんまり煽らないでくれるかな!」

 レベッカは年上だが、弟子なので呼び捨てである。

「ごめんなさい……」

 あまり反省している様には見えないが。

「でも師匠は魔術士なのに、なんで剣術もすごく強いの?」

 珍しく後ろをトボトボと歩くエジェリーも、この質問には興味を示した。


「ぼくには凄い剣術の師匠が二人いたんです……」

「どんな師匠だったの⁈」

 レベッカが興味津々で聞いて来る。

「その話は長くなるんで、また今度!」 

「え~っ、今聞きたい~」


 そんな会話をしながら、三人は湖畔道をノアの自室へと帰っていった。





 

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