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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編

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第27話 古城の学舎



 久しぶりの爆睡に満足しながら、ノアはベッドの上で上体を起こし、辺りを見渡した。

 厚手のカーテンは締まっているが、窓の外はだいぶ明るい様だ。

 ぼんやりとした頭を徐々に覚醒させていく。

 ――えーっと、ここは確か……。


 寝室の扉を開けると、「おはようございます。アルヴェーン様」と、メイド服を着た可愛らしい少女が、朝の挨拶をしてくれた。

「ああ、アイリ……、おはよう」

 ――そうだ、ここは学院寮の特別棟だった。

「もう少しで朝食の準備が整います。お顔を洗ってきて下さいませ。お召し替えをいたしましょう」

 ノアは言われるがままに行動すると、アイリに手伝ってもらい新品の服に袖を通した。

 少々貴族っぽい恰好がちょっと気恥ずかしい。


 朝食を食べ終える頃、ちょうど案内係のエジェリーが迎えにやってきた。

「本日は一度学院長にご面会の後、学院内をご案内致します」

 相変わらずこの娘は、感情を見せずクールに語りかけてくる。

 出かける前に「こちらをお召しになって下さい!」とアイリが、金糸の刺繍が施された白いローブを羽織らせてくれた。

 以後、ノアのトレードマークとなった白いローブは、この朝から始まったのだ。

「いってらっしゃいませ」

 アイリは気持ちよく送り出してくれる。

 因みにこの後彼女は、リーフェと交代するのだそうだ。



 特別棟を出ると、眼下に穏やかな水面みなもを見せる湖が広がった。

 坂の景色とは、登りと下りでは全く別物である。

 エジェリーはノアを先導して、緩やかな階段を軽やかに下って行く。

 湖をバックに、揺れ動くエジェリーの黒髪が妙に映えた。


 学院長室前に到着し、扉をノックすると「お入りなさい」と入室が許可された。

「おはようございます、学院長。アルヴェーン様をお連れしました。」

 まずはエジェリーが礼儀正しく挨拶をする。

 学院長は小さく頷くと、優しく語りかけてきた。

 脇にはスティーナが控えている。

「昨晩はよく休めましたか」

「はい、久しぶりに深く眠る事が出来ました」

 学院長は視線をノアの足元から上へと動かしていった。

「よくお似合いですよ」

 学院長が満足気に頷いている。

 スティーナがクスクス笑っているのはどんな意味だろうか。


「あの、昨日から特待生といい、立派な寮といい、こんな新しい服やローブまで、ちょっと過分な待遇を頂いているとしか思えないのですが……」

「遠慮する事はありません、ノア・アルヴェーン。あなたはこの学院で与えられる全てを利用し、自分の糧とするのです。あなたには成すべき行いがあるはずですよ」

 学院長がそうノアを諭すと、スティーナに視線を向けた。

「スティーナ、例のモノを」

「はい、奥方様」

 スティーナはそう返事をすると隣室に消え、すぐに姿を現した。その両手には立派な杖が握られている。

 そして、ノアとエジェリーの前に進み出た学院長に手渡した。


「この杖は昔、主人が愛用していた一杖です。『あなたに差し上げよ』と申し使っています。銘は『レーヴァテイン』と言います。核の魔結石は初期化してあるので、あなたの使い易い様に仕上げて行きなさい」

 そういって学院長は杖をまずエジェリーに手渡した。

「あなたにもこの杖を管理する義務が生じます。よろしいですね」

 意図を理解したエジェリーは受け取った両手で、しっかりと杖を握りしめた。


「それではノア・アルヴェーンよ。実りある学院生活を送ってください。期待していますよ」

 学院長は眩しそうにノアの事を見ていた。

 スティーナも笑顔で小さく手を振ってくれた。



 学院長室を後にした廊下を歩く二人の様子は対象的だった。

 自分の身長ほどの立派な杖を大事そうに抱え、颯爽と前を歩くエジェリー。

 後ろに続くノアはガックリと肩を落としトボトボした足取りだ。

「エジェリーさん~」

 ノアは弱々しく、エジェリーに声をかけた。

「その杖って、どう見ても凄いモノに見えますよね……」


 エジェリーはあゆみを止めて振り返えった。いたずらな微笑みをうかべながら返答する。

「国宝級ですね。賢者様ご愛用の一品ですから。町が一つや二つくらいは買えると思います。杖の良し悪しなど、アルヴェーン様の方がご存じだと思いますが!」

「ハア……」ノアが大きくため息をつく。

 すれ違う生徒達は皆、エジェリーの姿が視界に入ると即座に壁際に避け、頭を下げて通過を見送った。

 要は『杖をもって威光を知らしめなさい』という事なのだろう。


 エジェリーはそのまま二階を案内した。

 講義室が並ぶ廊下を進んでいく。

 どの部屋も今は講義が行われているようだ。

「この学院では、国内外の次世代の優れた人材の育成を目指しております。自由七課リベラルアーツを中心にあらゆる分野を学ぶ事が出来ます」

 そしてエジェリーは階段を下り、一階に戻った。

「この辺りは研究室や講師室が並ぶ一角です。もちろん成果が期待出来れば、生徒でも研究室と資金が提供されます」

 歩きながら眺めてみると、いくつかの部屋のネームプレートに名前が入っていた。

「それでは次に図書館にご案内しましょう」


 校舎北側の出口を抜けると、隣接して新しい大きな石造りの建物が現れた。

 エジェリーに続いてノアも図書館に足を踏み入れる。

 受付では中にいた若い女性の司書さんが、ノアに気づくと立ち上がって丁寧にお辞儀をした。


「この図書館の蔵書量はレ―ヴァン王国一と言われています」

 フロアには本棚が整然と並べられ、開放的な中二階の壁にも隙間なく本が並べられていた。

 ノアはしばらく図書館の中を散策した。

 ――この図書館だけでもこの学院に来た価値はあるな。この時代の書物は実に高価だ。これだけ集めるのに、一体いくら掛ったんだろう……。


 しばらく本を手に取って眺めた後、談話室でエジェリーと小休止をとった。

「他に別棟で、礼拝堂と魔術訓練場、剣術と体術の訓練棟がございます」

 そんな時、正午を知らせる鐘が鳴った。

「あら、いつの間にかお昼時ですね。食堂へ行って昼食にいたしましょう」



 かつて離宮時代は、晩餐会など催されたであろうその大広間は湖側に位置し、現在では大食堂カフェテリアとして、生徒たちの憩いの場となっているようだ。

 エジェリーは入り口脇に待機しているウエイトレスに声をかけた。

「食事中この杖を預かってくださる?」

「かしこまりました、エジェリー様」

 当然、父の役職柄、ここでエジェリーを知らぬ者はいないのだろう。


 何気なく杖を受け取ったウエイトレスが「ヒィッ」と小さな悲鳴を上げた。

 手にした瞬間、その圧倒的質感に恐怖したようだ。

「それと普通のランチで構いませんので、二人分持ってきて下さらない」

「か、かしこまりました」声が震えていた。

 ウエイトレスがぎこちなく奥へ姿を消すと、こんどはその奥が騒がしくなっていた……。

 どえらいモノを預かってきたな……と言う事らしい……

 

 昼食時という事で、食堂内は混雑していた。ノアは興味深く内部を見渡した。

 湖に面したテラスの反対側には、長いテーブルに料理が並べられている。

 昼食はビュッフェスタイルのようだ。

 二百席はあろうかという広大な食堂であるが、身分によって着席するエリアの住み分けが有るらしい。

 身なりなどで判断すると、奥に行くほど良家の子女のテリトリーであることは容易に想像できた。

 エジェリーは迷わず一番奥のテラスに面した窓際のテーブルを目指し、そこで向かい合って着席した。

 しかし周囲のざわつきが気になる。

「な、なにか注目されていませんか……」

 ノアは落ち着きなく、周囲をキョロキョロと見渡す。

「みんなアルヴェーン様に興味深々なのでしょう」

「で、ですよね~」

 エジェリーは何食わぬ顔をして窓の外に広がる湖を眺めている。


 しばしの沈黙はひとりの少女によって破られた。

「いよっ、エジェリー、待っていたわよ~ん」

 かなり赤味の強いショートカットが印象的な、いかにも快活そうな少女は、エジェリーの肩を『ペシッ!』と叩いた。

「出たよ……」エジェリーがうつむきながらボソッと吐いた。

 赤毛の少女は、あからさまに拒絶のオーラをまき散らしているエジェリーには目もくれず、好奇心をみなぎらせた瞳で、早速ノアを射抜いて来た。


「ねえ、ねえ、君が賢者様の後継者様でしょ!」

「あ、あの~エジェリーさん、こちらのフロイラインは……」

 ノアはその燃えるような赤毛に『魔女に違いない』と確信を持った。

 彼女は『おお、これはイケナイ』といった表情を浮かべ、着衣を『パンパン!』とはたいて衣を直し、スカートの脇を軽くつまんで軽やかなお辞儀をみせた。


「お初にお目にかかります、レッベカ・スピルカと申します。以後お見知りおきを」

 この娘も綺麗なお辞儀をするな……と思ったのも束の間、即座にエジェリーの隣の席にドカッと腰かけた。

 そして「紅き爆炎の魔術士とは、ワタシの事よ!」とノアに向かってウインクした。

「爆笑の魔術士の間違いでしょう」

 エジェリーはそっぽを向いたまま呟いた。

「いや~、流石にそれは傷つくわ~」と笑いながら、再びエジェリーの肩を『ぺしっ』と叩く。

「あの~お二人はどういったご関係なのでしょうか?」

 レベッカは人差し指を鼻の頭に乗せ、瞳だけ上に向けて思案している。

「幼馴染? 親友?? ライバル???」

「ただの腐れ縁でしょ……」

 語気も荒く、エジェリーが言い捨てた。

 そんなお約束の漫才を聞かされているうちに、周囲はますます騒がしくなっていた。


「おい、レベッカ嬢! 俺たちにも紹介してくれ!」

 いつの間にかテーブルの周りには、三十人ほどの人だかりが出来ていた。

「了解したわ!」

 レベッカは立ち上がり、この場を仕切り始めた。

 エジェリーは怪訝な表情で下を向いてしまった。


「この場に集まる幸運な紳士淑女の皆様方! こちらのお方が今ウワサの賢者様の後継者様であります」

「お名前は……なんだっけ?」ノアに救いを求めた。

「ノア・アルヴェーンと申します。どうぞよろしくお願いします」

 ノアは少し立ち上がって、恥ずかしそうに答えた。

 大きな拍手が沸き起こった。

 女生徒からは「キャー、かわいい!」なんて声が上がっている。取り巻く生徒たちはほとんどがノアより年上である。

「後継者様のお隣は、今回めでたく世話役を勝ち取ったワタシの親友、エジェリー・バイエフェルト嬢であります」

 エジェリーはその場で、仕方なくペコリと頭を下げた。

 エジェリーにも拍手が起こった。


「因みにワタシは次点で涙を飲みました」

「うそつけ!」と即座に突っ込みが入り、笑いが巻き起こった。


「それでは、質問ターイム!」レッベカのMCぶりは秀逸なようだ。

「ハイ、ハイ」と数人が手をあげた。

「ハイ、そこのエリアーク伯爵家のお姉さま、どうぞ!」

 レベッカは伯爵令嬢を気軽に指名した。


「後継者様はこの学院にいらっしゃる前は、どちらにいらしたのですか?」

 レベッカはノアを上から見つめて返答を求める。

「賢者さまと二年ほど、世界を旅していました……」

『ウオー、凄げえー』と歓声があがった。

 歓声がさらに生徒を引き付けていく。


「どの様な国に行かれたのですか?」

 エリアーク嬢がさらに問いかけた。

「えーっと、ぼくはシャレーク王国出身なのですけど、そこからナルフムーン王国に入って南端の竜神岬に行きました。水平線が円を描いてとても綺麗でしたよ。そしてボローニャ公国を縦断してラデリア帝国に入りました」

 誰もが憧れの表情を浮かべて聞き入っている。ノアはさらに続けた。


「そこから西に向かってスパソニア帝国の帝都アムリードを見て来ました。次に北上してフォルノア王国に入り、今度は東に向かって再びラデリア帝国に入ってバルシュタットでしばらく滞在しました」

 その時ノアは、テレージアを思い浮かべてしまった。

「そして訳あって神聖シャ―ル国のセントレイシアに行って、教皇庁に半年ほど滞在しました」

「もしや聖女さまにお会いになられましたか!」

 男子生徒が興奮気味に割って入った。

「はい、毎日会っていました……」

 まさか次期聖女と毎日一緒に寝ていたなどと、口が裂けても言えない……。

「やっぱり、お綺麗でしたか!」

「はい、現聖女様も次期聖女様もとてもお綺麗で慈愛に満ちた方でした」

 男子生徒達から「オーッ!」とため息が漏れた。

 あらためて聖女の人気を認識したノアだった。


「それから一路東へ、ヘッグルント公国を横断して、カールソン砦を抜けてサンクリッドにやって来ました。ちょうどエレンシア大陸を時計周りで見てきた感じです」

 しばしの余韻のあと、なぜか盛大な拍手が沸き起こった。

 聞き入っていた生徒達は、おそらく自分の人生ではありえない旅の話に、胸躍らせたのだ。

 

 ノアはふと隣に座るエジェリーの視線に気づいた。意外そうな表情をしていた。

 ノアが視線を合わせると、すぐに目をそらしてしまった。

 

「さすがは賢者様の後継者! 羨ましい経験をお持ちですね。ワタシは感動しました! 次、どなたかいらっしゃいますか!」

 ――まだやるのですか……レベッカさん。

「ハイ、そこの君、どうぞ」

「賢者様の後継者さまは、やはり魔術を使われるのですか?」

 ちょっとインテリっぽい男子生徒が質問してきた。

「はい、一応使います……」

「どんな魔術が使えるのですか? 得意技はありますか?」

「だいたい四属性全て使えると思います。特に土属性ノームが得意かな」

 これには意外にも、取り囲む生徒達の間で微妙な空気が流れた。

土属性ノームの魔術なんてあるのですか?」

 こんどはノアが驚いた。

「エッ、この学院では土属性ノームの魔術を教えていないんですか⁈」

 レベッカですら、不思議そうな表情をしている。

 この時ノアは最初の違和感を抱いた。


 さすがにここで、エジェリーが予期せぬ質問会の長さにクレームを入れた。

「レベッカ、お願い、もう食事をさせて……」

 昼食を頼んだウエイトレスもワゴンに手を添えたまま、人だかりの外で困っている。

 レベッカは「ごめん、ごめん」とちょっと舌をだして謝った。

「はい、皆さん! 質問タイムはここまでにします。各自解散!」

「それじゃあ、ワタシもこれで失礼するわ。後継者さま、ごきげんよう!」

 レベッカは嵐のように去って行った……。

 


 午後からは少しずつ、講義を覗いて見ることにした。 

 案の定、前世で二十一世紀の知識を持つノアを満足させる講義は有るはずもなかった。

 ノアは早々に疑問を抱いてしまう。

『ぼくはこの学院で、なにを学べば良いのだろう……』と。





 

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