第25話 サンクリッド王立学院
レ―ヴァン王国が誇る美しき清流の都、サンクリッド。
メドーリア湾にそそぐ大河アゼリア川の上流に位置し、後方には北クリスタリア山脈が悠々とそびえている。
その立地は大規模な軍事進攻を受けづらく、さらに防ぎやすい条件を満たしていると言えよう。
歴史的にレ―ヴァン王家がこの地に落ち着いたのは、必然だったと言えるのかもしれない。
王都へと続く街道は徐々に建物が増し、人が増え、賑やかになっていった。
ここは、国内が平定されてから形成された城下町であるが故、重厚な城壁などは存在していない。
すでに、約二百五十年の歴史を持つ都である。
人口は約五十万人、西側列強諸国の首都に匹敵する繁栄を見せていた。
賢者リフェンサー一行を乗せた馬車は市街の目抜き通りに入り、ゆっくりと北へ進んでいた。
いかにも貿易商のような装いなので、ひと目を引いて騒ぎになる様な事は無かった。
道路は丁寧に敷かれた石畳に変わったため、馬車の突き上げが極端に減った。
車輪からは『コト、コト、コト』と単調で心地よい音と振動が発せられている。
「きれいな街並みですね。それに汚物のイヤな臭いもしない」
ノアがキョロキョロと外を眺めながら、率直な感想を述べた。
「そうでしょう! 私もこのサンクリッドが大好きよ。よそと違って臭いがしないのは、昔リフェンサー様が、上下水道を整備されたからなのよ!」
スティーナが誇らしげに説明してくれた。
「ああ、やっぱりサンクリッドはいい街ね……」
市街を北上していくと、街並みの景色が比例するように、豪華になって行く。
どうやら貴族の居住区に入ったようだ。
進行方向正面には、壮大な王宮が存在感を示し始めた。
王宮前広場ロータリーに入いると、その眺めにノアは『ピン!』ときた。
「この広場は、神聖シャ―ル国のセント・アレク広場を模していますね」
「正解じゃ。私が十五年程前に改修した。そう言えばノアは、半年ほどセントレイシアに滞在しておったのだな。」
リフェンサーも嬉しそうに、その景色を眺めていた。
馬車は時計回りにロータリーを進むとすぐに左へ折れた。
今度は王宮から遠ざかって行く。
再び景色に緑が多くなってくると、スティーナが前方を指し示した。
「ほら、目的地の王立学院が見えてきたわ!」
「ずいぶんと歴史が有りそうな建物ですね」
「昔は王家の離宮として使われていた建物なのよ。現在の王宮が大規模に拡張されて以来、あまり使われなくなってしまったの。それをリフェンサー様の提案で王立学院に利用したってわけ」
学院の門を抜け石畳の道をしばらく進むと、御車を務めているザルベルトは、馬車を正面玄関前の馬車止めに寄せた。
玄関脇の守衛室から制服を着た三人の守衛が急ぎ足で向かってきた。
「これはこれは、賢者様。長旅お疲れにございました。学院長がお待ちでございます」
三人の守衛は深々と頭をさげ、リフェンサーの帰還を歓迎した。
正玄関から学舎に入ると、吹き抜けのエントランスが広がり、多彩な彫刻や武具や書物が飾られていた。
まるで博物館の様である。
エントランスを抜けると、ぐるりと一周できる回廊に出た。
講義時間中だろうか、生徒の姿はほとんど見えなかった。
回廊に囲まれた中庭は美しく整備され、庭園を形成している。
一行は二階に上がり、南東の角部屋にたどり着く。
上質な木製の扉には学院長室と記されていた。
リフェンサーが扉を軽くノックすると、室内から女性の声が答えた。
「どうぞ」
ノアは室内に入ると思わず辺りを見渡した。
明るい大きな窓を背に、上品で綺麗な初老の婦人が椅子から腰をあげた。
「やあ、セレーシア、今帰ったよ」
リフェンサーが、婦人に優しく声をかけた。
「長旅お疲れ様でした。あなたもお元気そうで何よりです。」
ノアが、「エッ? エッ?」と言いながら2人の顔を交互にみる。
「そういえば言っておらなんだな。彼女は私の妻で、ここの学院長じゃ」
「只今戻りました、セレーシア様。」
ザルベルトはこれ以上無いと思われる程カッコ良く、そして大袈裟に再会の挨拶をした。
「はて、我らが旅立ちの時よりも、お若くなられましたか?」
セレーシアは顔の前で軽く手をヒラヒラと振りながら笑顔で答える。
「あなたのその甘いお世辞を聞くと実感が沸くわ。息災で何よりです、ザルベルト」
「スティーナ、あなたもご苦労さまでした。」
「只今戻りました、奥方様。お元気そうで安心いたしました」
リフェンサーはドカリとソファーに身を沈めた。そして瞼を閉じた。
「フーッ、帰ってこられたか……。ようやく旅も終わった。長かった様でもあるし、短かった様でもある……」
セレーシアは無言ではあったが、リフェンサーに慈しみを込めて労っているようだ。
学院長の視線がノアに移った。
「その少年がそうなのですね。」
「ああ、そうだ」賢者が頷いた。
「こちらへ」
ノアは彼女の前に置かれているチーク色が美しい重厚な机の前へ進み出た。
「お初にお目にかかります奥方さま。ノア・アルヴェーンと申します。」
ぎこちないが何度も練習した挨拶のポーズをとった。
セレーシアは軽く頷く。
「ジークムント・リフェンサーの妻セレーシアです。ここ王立学院の学院長をしています。これまでの長旅は大変だったでしょう。あなたの事は概ね、手紙で報告を受けていますよ。」
学院長セレーシアは優しい眼差しでノアと視線を合わせた。
「ノア・アルヴェーン、あなたをこの学院の特待生として入学を許可します。」
そして学院長は机の上の隅に置かれた呼び鈴を手に持ち、やさしく鳴らした。
隣室のドアが開き、上質だが飾り気のない紺色のワンピースを着た美少女が姿を現した。
年は十三から十四歳くらいか。この世界では珍しい美しいストレートの黒髪を肩より少し伸ばしたところで切りそろえている。
そして優雅に深々と頭を下げた。
「お呼びでしょうか、学院長」
とても澄んだ優しい声だった。
「紹介しましょう、ノア・アルヴェーン。彼女が貴方の案内係を務めるエジェリー・バイエフェルトです」
学院長に紹介されたエジェリーはチラッと一瞬だけノアを見たが、表情は変えずにスカートをつまんで少しだけ持ち上げ、美しくお辞儀をした。
――ああ、綺麗な黒髪の女性だ。なんか懐かしいな……。それにしても、いかにも貴族令嬢って感じの娘だな。
「ノア・アルヴェーン。今日はお疲れでしょうから、明日の朝またいらっしゃい。エジェリー・バイエフェルト、あとは頼みましたよ」
「かしこまりました」
「ノア・アルヴェーン様、それでは寮までご案内します。」
エジェリーはノアとは視線を合わさず、お辞儀をした。
「は、はい、お願いします。」
ノアはリフェンサーと学院長にペコリと頭を下げてから、エジェリーに導かれ学院長室を後にした。
学院長室を出ると、エジェリーがノアに向き直った。
「これより廊下や通路で、他の生徒とすれ違う事がありましたら、私と同じ対応をして頂ければ結構です」
「はい……」
ノアを先導する彼女は真っすぐ前を向き、凛として歩いていった。
すれ違う生徒達の対応は決まっていた。
彼女が視界に入ると進路を譲り、頭を下げて通過を待っていた。
エジェリーは軽い会釈だけで通り過ぎていく。
「本日はお疲れでしょうから、学院内は明日改めてご紹介いたします」
エジェリーは振り返る事なく、事務的に話した。
校舎玄関と反対側の出入り口を抜けると、眼下に美しい湖が広がった。
少し坂を下りて湖畔道に出る。
湖上を抜けてくる風が気持ちいい。
この離宮は昔、王家が湖で遊ぶために造られたのだろう。
しばらく歩くと、高台に大きな建物が二棟見えた。
ノアの視線に気づいてか、エジェリーが「あの建物は男子寮と女子寮です」と説明してくれた。
今度は湖畔道を右に折れて、寮に向かって緩やかな階段を登っていくのだが、なぜか寮の入り口を通り過ぎてしまった。
ノアが不審に思ってキョロキョロしていると、エジェリーが立ち止まった。
「アルヴェーン様のお部屋はあちらでございます」
そういってエジェリーが指し示した先には、さらに高台に建つウッドテラスを持った素敵な外見の平屋だった。
「あの建物はこの学院の特別寮で、五部屋ございます。現在ほかの入寮者はございません」
そういってエジェリーは再び歩き始めた。
玄関の扉を開け、中に入ると廊下は広く直線だった。
華美ではないが、上質な内装だった。
手前の一号室から、ノアが案内された最奥の五号室までが並んでいた。
扉にはすでに『ノア・アルヴェーン』とネームプレートが飾られている。
エジェリーはその扉を開けると、ノアに入室を促した。
「お帰りなさいませ!」
二人のメイド服を着た少女が、お辞儀をしながら出迎えてくれた……!
三章の開幕です。
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