第2話 Aランクパーティー『黄昏の梟』<前編>
Aランクパーティー『黄昏の梟』は、久しぶりの狩りに出かける為に、冒険者ギルド内の酒場に集結していた。
受付付近はそれなりの賑わいを見せているが、奥の酒場は朝食をとる冒険者が数人いるだけで閑散としている。
「おう、みんな揃ったな!」
リーダーのジルザークがメンバーに声をかける。
「早速だが、ルーカスの穴を埋める斥候候補を紹介する。おい、ノア。みんなに挨拶しろ」
ジルザークの後ろに隠れていたノアはチョコッと前へ出て、ペコッと頭を下げた。
「ノア・アルヴェーンです。どうぞよろしくお願いします。」
その挨拶を見たメンバー達は、みんなポカーンと呆気に取られ様子だ。
「ねえ、ジル。これは何のジョークなのかしら……」
黒を基調とした、いかにも女魔術士っぽい着こなしのマリアが、呆れながら呟いた。
年のころは二十代半ば頃だろう、赤身の強いストロベリーブロンドの髪を鎖骨ほどまでのばしている美しい女性だ。
「バカヤロー、冗談なもんかい。こいつが新しいメンバー候補だって言っているんだよ」
「おい、ジルザーク。オレにはど~う見ても、ガキにしか見えないんだが。しかも赤ん坊までおぶっているし……」
鍛え上げられた肉体の持ち主である、ガーディアンのカイルも同調する。
首から下げられたロザリオがミスマッチにも見える。
「あ~、面倒くせーな。こいつは多分使える。普通のガキじゃないんだよ。今日一日こいつの動きを見てみれば解かるって」
「ちょっとジル、この子と狩場に行った事は有るの?」
明るいブロンドの長い髪を大きな三つ編みで纏めている、支援系魔術士のサーラが訝しげに問うた。
「もちろん……ない」
メンバー全員は天を仰いだ。
ノアの面通しが終わると、早速メンバーはパーティーの馬車に乗り込んだ。
御者はカイルが務めている。
ノアはおぶ紐をほどき、赤ん坊を膝の上に抱いた。
頃合いを見計らってリーダーのジルが、今日の依頼内容を説明し始める。
「今回の依頼はAランク限定だ。つまりあいつらがいない今は、オレ達しか依頼を受けられないって事だ。しかも依頼主がギルド長ってところが、少し胡散臭い」
メンバーが皆頷いた。
「みんなも聞いていると思うが、最近三日月湖の近くで冒険者がシャドーウルフの群れにやられている。要はそれを『狩ってこい!』って依頼だ」
「何匹くらいの群れなの?」
「十二匹確認されているそうだ」
「ちょっと多いわね」
「ノア、おまえ森でそいつらと出くわした事あるか」
「ええ、あります。静かに囲い込んで来るのです。ボスは凄く知恵がまわります」
「よく今まで食われなかったわね!」
小首を傾げ、ノアを見ながらマリアが不思議そうに聞いた。
「ぼくには、あまりちょっかいを出してこないんです。それにぼくは上に逃げられるので大丈夫です」
「そう言えばこの子は何者なの。まさかおとりに使おうなんて考えてないでしょうね」
サーラが眉間に皺を寄せてジルザークに問うた。
「バカ言え、オレ様がそんな非人道的な冒険者に見えるのかよ」
サーラとマリアがジトッとした目でゾルダークを睨んだ。
「こいつらな、この森に棲んでいるんだよ。普通無理だよな、そんな事。そしてオレはかなり魔術が使えると見た」
「そうなの?」
「まあ、そうなのでしょうか……」とノアが自信なさげに頷いた。
「ちょっと見かけからは想像できないけど……たしかに普通の子供じゃない事は何となく感じるわ」
「その子は妹? 名前はなんていうの」
「セシルっていいます。妹……ですが血は繋がっていません」
「やっぱりそう……。髪の色も瞳の色も違うもの。なんか、訳アリね……」
セシルはプラチナブロンドの髪に青い瞳をしている女の子だ。
今はとても不思議そうにマリアとサーラを見ている。
一刻ほど馬車は森の奥へと進むと、いよいよ荷台の揺れも激しくなって来た。
「よし、馬車はここまでだ。ノア、おまえ馬の世話は出来るか?」
「はい、出来ます。前は隊商に居ましたから」
そこには簡易な馬小屋が設置されていた。
この先は森が深く、馬や馬車は進入が厳しい。
「おいジル! こいつら俺以外の言う事あまり聞かないぞ」
カイルが馬車の牽引具から二頭の馬を外しながら、心配している。
ノアは馬の前へ立つと、二頭はノアに合わせて頭を下げた。
ノアは二頭の馬の頬を順番に優しくなでる。
二本の手綱を取ってゆっくり進むと、二頭の馬はおとなしくノアの後を追って行った。
「ほう、たいしたものだ!」
カイルがとても感心しながら見ている。
ノアは馬に水を飲ませ餌を与えてから馬小屋に入れ、巧なロープワークで横木に繋ぐ。
その様子をメンバーは興味深げに眺めていた。
ノアが戻ってくると、満足顔のジルザークが出発の意思を伝える。
「よし、ノア。狩場は分かっているな。おまえが先導しろ」
「わかりました、ついて来てください」
「ノア、湖の方向は見失ってないだろうな」
「はい、大丈夫です。問題ありません」
突然ノアが、進路を左にとって進み始めた。
「おいノア、なんで方向を変えるんだ!」
「あのまま進むと、新しいキラーホーネットの巣があるんです。すこし迂回します」
ノアは下草をナイフで払いながら五十メートルばかり進むと、右手を上げ、指し示した。
「ほら、あそこの木の太い枝の付け根です。皆さんも注意して下さいね」
「おお、ヤバイな……。巣もけっこう大きくなってやがる」
キラーホーネットとは、スズメバチの女王が風の魔素粒子に悪影響を受けて変異し、生まれて来た兵隊全体が大型化し、好戦的に変化した昆虫の魔物である。
「あのまま知らないで近づいていたら、大変な事になっていたわね」
「まったくだ……」
「このままにはしておけないな。マリア、帰ったらギルドに報告しておいてくれ」
「わかったわ!」
問題の湖を目指すこと小1時間、ターゲットがノアの索敵魔術に反応した。
「奴らもこちらに気付いたようです。……十二匹いますね。散開を開始しました」
「ノア、おまえそんな事まで解かるのか?」
ノアは小さく頷き肯定した。
「ぼくがいるとあまり近づいて来ないので、上で離れて見張ります」
そう言うとノアはセシルをおぶったまま近くの木に軽々と飛び移り、あっという間に木々の中に気配を消した。
その跳躍力や鮮やかさは、メンバー全員を驚かすには十分だった。
「あと少しで、危険な領域に入ります。大丈夫ですか?」
木々の中からノアの声だけが聞こえる。
「襲って来るのが分かっていれば問題ない」
一流の冒険者らしい答えが返って来た。
「十時の方向に進んでください。少し先に下草が少ないところがあります!」
ジルザークは左手を上げてノアに答えた。
「そろそろです」
「サーラ、オレの素早さを上げてくれ。マリア、一発で打ち抜けよ! 数が多い。カイル、サーラを頼む!」
特別返事はないが、メンバー全員が手を上げ了解している。
「来た!」
全方位から六頭同時に牙をむき突進してくる。
最初に仕留めたのはマリアの魔力弾だ。
中距離攻撃はマリアの得意とするところである。
ジルザークが、二頭連続で仕留められる間合いを図って迎え撃つ。
一閃、二閃、剣筋が煌めくと血しぶきを上げ、二頭が倒れた。
マリアの二弾目は十分に引き付けてから放たれた。
眉間を打ち抜かれたシャドーウルフは勢いあるまま地面を転がり、そのまま果てた。
残り二頭は同時にカイルとサーラを襲う。
カイルは目の前に迫ったシャドーウルフの首を短剣で突き刺し、サーラの前に迫ったシャドーウルフを蹴り飛ばした。
態勢を立て直し、再び襲い掛かろうとした一瞬を、マリアの魔力弾が貫いた。
間髪入れずに第二陣が突進してくる。
乱戦になりかけたが、なんとか全て討ち果たしたようだ。
「終わったか……」
メンバーはやれやれと安堵の息をついたその時。
「まだです!!!」
ノアが木の上から叫んだ。
隊形が崩れて若干だが、サーラが孤立してしまっている。
そこを狙って、ひと目でボスとわかる大型のシャドーウルフが急襲した。
「キャ――!」
サーラの悲鳴に振り返った三人は誰もが間に合わない。
「やられた!」
誰もがそう絶望した時……。
ノアは五メートル程の高さの太い枝から、飛び降りざま左手を目標に向け魔力弾を放った。
側面からもろに頭を打ち抜かれたボスは、強烈な惰性をそのままにサーラの寸前で崩れ落ちた。
着地したノアはそのままサーラに駆け寄る。
「サーラさん、大丈夫ですか!」
その場にへたり込んでいるサーラは自分自身の無事を確認した。
「あなたが助けてくれたの? ありがとう、もうダメかと思ったわ……」
「ノア、助かった……。その魔力弾、どこで習った。」
額の油汗ををぬぐいながら、ジルザークが質問した。
「誰にも習っていませんが、マリアさんを手本に練習しました」
その答えにパーティーメンバーは等しく不思議そうな顔をする。
「ぼくはよく大樹海の中で、冒険者の皆さんを観察していたんです。そんな中で、やはり『黄昏の梟』の皆さんの実力がズバ抜けていました。特にマリアさんとサーラさんの魔術はいいお手本になりました」
「私たちを覗き見していたって事⁈」
「まあ、そういう事になります……ごめんなさい」
「全然気が付かなかったよ。しかしまあ、大したものだ」
ジルザークが呆れながらも感心している。
「ひょっとして、私たちの水浴びなんかも、……覗いてたわけ⁈」
「…………」
ノアは返答に詰まった。
「まあ、ノアちゃんだったら別にいいけど!」
「わたしも!」
サーラにマリアも笑顔で同調した。
「さて、せっかくだ。こいつらの毛皮だけ引っぺがして、明るいうちに帰ろう!」
「カイル、大きな穴掘っておいてくれ。残りはそこに放り込んだら、マリア、良く燃やしといてくれよ。アンデットにでもなったら面倒だからな」
「了解!」
『黄昏の梟』のメンバーは一流の冒険者らしく、分業して手際よく狩りの後処理をこなしていった。
「よし、さっさと帰ってエールで一杯やろうぜ!」
「賛成!」
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