SS-1 それから、セシルは……
五年前、セシルの母親フレデリカは盗賊団の襲撃を受け、馬車の中で命を落としてしまった。
フレデリカは息を引き取る寸前、『セシルを私の生家に送り届けてほしい』と最後のメッセージと共に、ノアに愛娘を託した。
ノアは冒険者となってセシルを育てた。そしてロケットの紋章を頼りに、フレデリカの実家を探していた。
ようやく探し当てたサークルレーン家の屋敷に、ノアはセシルを送り届け、新たな旅に出ていった。
当のセシルは幼いゆえに何の事情も知らない。
ただ運命にもてあそばれるだけであった。
今回はノアが去った後の、ひとり残されたセシルのお話である。
* *
それからセシルは、三日三晩泣き続けた。
「兄さま、どこにいるの~!」
セシルは母の生家であるサークルレーン子爵家の屋敷内を探し回った。
そんな姿にサークルレーン家の人々は困り果てていた。
特に苦労していたのは、セシルの世話係に急遽任じられた、新米メイドのミレイユだったろう。
ミレイユは十二歳。孤児院で育った彼女は教会からの斡旋で、サークルレーン家に入った矢先の出来事だった。
彼女は一日中泣きながら走り回るセシルを追って、どうしていいか解からず途方に暮れていた。
セシルの部屋に運んだ夕食を少し食べさせると、仕方なくそっと部屋を出ていった。
誰もいなくなった部屋でセシルはただ泣く事しか出来なかった。
『セシ……』
『セシル……』
『セシルちゃん……。もう泣かないで……』
ベッドに臥せって泣いていたセシルは、誰かに語りかけられている事に気がついた。
セシルは部屋の中を見渡した。
『わたしの声が聞こえる? セシルちゃん……』
「だれ? だれなの?」
『やっぱりわたしの声が聞こえるのね……』
「あなたはだれ? ゆうれいさん?」
『そうね、幽霊には違いないけれど、あなたを生んだママのお姉ちゃんで、フェリーネって名前よ』
「わたしのママもいるの?」
『いいえ、あなたのママは遠くで死んでしまったから、ここには帰ってこられないの。セシルちゃんはママに逢いたい?』
「あったことないからわからない。それよりセシルは兄さまにあいたい!」
セシルはまた口をへの字に結んでから泣き出してしまった。
『あなたのお兄様はとっても大切な役目があって、遠くへ行ってしまったの』
「セシルをおいていったの⁈」
『仕方なかったのよ……』
「兄さまのバカ――!」
セシルはまた泣きながら大声で叫んだ。
『お兄様を責めないで。あなたのママがお願いしたのよ。セシルちゃんをここに連れて来るようにって』
「セシルはもう兄さまとあえないの……?」
『お兄様がここにセシルちゃんを迎えに来る事は無いわ』
「そんなのいやだ――!」
『だったら、セシルちゃんが逢いに行けばいいじゃない!』
「……!」
「そんなことできるの?」
『今すぐは無理よ。でもセシルちゃんがたくさん食べて大きくなって、いっぱいお勉強すれば、いつか必ずお兄様に逢いにいけるわ』
「でも兄さまどこにいるかわからない……」
『大丈夫よ。お兄様は凄い方だから、きっと居場所はすぐに見つかるわ。そうして今度はセシルちゃんがお兄様を助けてあげるの』
「セシルが兄さまをたすけるの?」
『そうよ。セシルちゃんはとても大きな力を持っているのよ。だから頑張りなさい。そうすればお兄様に早く逢えるわ!』
「わかった! セシル早く大きくなって、いっぱいおべんきょうして、兄さまにあいにいく!」
『私も協力するわ。一緒に頑張りましょう』
「ありがと、フェリーネお姉ちゃん!」
翌日、セシルは泣き顔を見せずに、サークルレーン家の朝食のテーブルについた。
昨日まで手が付けられなかったセシルの変わり様に、家人一同驚いていた。
朝食前の祈りが終わると、すぐに一生懸命パンとスープを食べ始めた。
「ねえ、セシルちゃん。もう泣かなくていいの?」
不思議に思ったセシルの母の兄であるアルバートが尋ねた。
「うん、フェリーネお姉ちゃんが『もう泣くのはやめなさい』って」
「!!!!」
フェリーネの名前が出た事にテーブルについている全員が驚愕した。
「セシルちゃん、フェリーネお姉ちゃんって誰?」
偶然の一致かもしれない。
「わたしのママのお姉ちゃんだって」
もはや疑う余地は無かった。
「フェリーネお姉ちゃんはどこにいるの?」
アルバートは恐る恐るセシルに尋ねた。
「そこにすわっているでしょ!」
セシルはテーブルの末席を指さした。当然そこは空席である。
全員の視線が瞬時にその席に集中した。
壁際に控える三人のメイドも同様だった。気味悪がって引いている。
セシルは突然食べるのを止め、何やら独り言を口にし始めた。
「いま、フェリーネお姉ちゃんがお話したいって。ちょっとまっていてね」
セシルは目を閉じ、動かなくなった。集中しているようである。
「……凄いわ! この子には……こんな能力もあるのね……」
セシルが目を開けると、声色と口調が変わった。
「お父様、お母様、お兄様、お久しぶりね……」
「フェリーネなのか⁈」
上座に座る当主レイナードがテーブルに両手をついて立ち上がった。横に座る夫人のヨハンナはすでに両手で口を覆い、大粒の涙を流している。
「そうよ、私はフェリーネよ。もっとも私はいつもみんなを見ていたから、ちっとも久しぶりではないのだけれど……」
「手の込んだいたずらではないだろうな!」
セシルはゆっくりと首を振った。
「お父様は信じてくれなかったけど、私もフレデリカも霊がよく見えていたのよ。この子はそんな能力が飛びぬけて強いの……」
「そう言えば、フェリーネもフレデリカも小さい頃は、よく幽霊が見えると言っていたわ」
ヨハンナは泣きながら呟いた。
「あなたは天国に召されなかったの……」
「そうなのよ。私は十七歳で死んでしまったあの時から、ずっとこの家にいるの。みんな私に気づいてくれなくて、とても寂しかったわ。でもこの子があの方に連れられてきて、私の声を聴いてくれたの……」
家族は手を組んで神に祈っているようだ。
「そんなに私を憐れんでくれなくても大丈夫よ。たぶん私は、この子を待つためにこの世に残されたのだと思うの」
「この子はあの方と同じ様に、神に選ばれてこの世に舞い降りたようよ。だから気味悪がらないで、この子を大切に育てて。私もこれからはこの子を守って行くわ」
そしてセシルは新米メイドのミレイユに視線を移した。
「ミレイユ……」
突然名指されたミレイユはたいそう驚いた。
「あなたもここに来たのは偶然ではありませんよ。セシルのために使わされてきたのです。この子は将来、きっと凄い女性になるわ。それまでしっかりと仕えなさい。これは女神シャ―ルの御心ですよ」
ミレイユは返事もできず、ただ両手を胸に畏まった。
「あまり長くなるとこの子の負担になるから、今日はこれくらいで戻るわ。この子のおかげで、これからはいつでも話せるから。くれぐれもこの子をたいせつに……」
セシルは再び目を閉じた。
そして目を開けると、何事も無かった様にパンをちぎって食べ始めた。
そんな様子を茫然と眺めていたアルバートは、我に返ってセシルに話しかけた。
「ねえ、セシルちゃん。なにか欲しいものはあるかい」
「セシル、ご本がよみたい!」
「セシルちゃんは字が読めるの」
「うん、よめる。兄さまがおしえてくれたから!」
「どんな本が読みたいの?」
「なんでもいい! セシルはいっぱいおべんきょうしなくちゃいけないの!」
「セシルよ、私の書斎にたくさん本が有る。自由に読みなさい」
席に腰かけなおした当主レイナードが、柔らかな口調で言った。
「ありがとう、おじいさま!」
セシルは祖父に向けて、天使の様に微笑んだ。
朝食が終わると、セシルはさっそく祖父の書斎へと向かった。
フェリーネにやさしそうな本を選んでもらう。
三冊の本を自分の部屋までミレイユに運んでもらった。
セシルはしばらく本を読んでいると、フェリーネが話しかけてきた。
『ねえ、セシルちゃん。お願いがあるのだけど……』
「なあに? フェリーネお姉ちゃん」
『私、屋敷の外に出てみたいの。さっきみたいにあなたの中に入れば、外に出られるかもしれない』
「いいよ、これからためしてみる?」
内容が理解できず、読書にあきかけていたセシルは一つ返事をした。
突然始まった一方通行の会話に、傍で控えていたミレイユは、驚いて部屋中を見渡した。もちろん何も見えないのだが……。
『セシルちゃん。あなたの中に私が入って辛くない?』
「へいきだよ、フェリーネお姉ちゃん」
『そう、それならお願いするわ』
「わかった!」
セシルは椅子から飛び降り、部屋の外へ出て行った。慌ててミレイユが追いかけて行く。
セシルは廊下は走って、階段は慎重に降り、そして大きな玄関にたどり着いた。
『セシルちゃん、ゆっくりお願い……』
セシルは扉を開けようとするが、ノブが重くて上手く行かない。察してミレイユが扉を開けてくれた。
セシルはキョロキョロと左右を見渡してから、ゆっくりと外に出た。
「どう? フェリーネお姉ちゃん」
『大丈夫みたい。ああ、外ってこんなに眩しいのね……』
雲の少ない、穏やかな秋晴れの空だった。
『ねえ、セシルちゃん。あの葉っぱが赤くなり始めた木の下に行ってくれない』
「いいよ!」
セシルは庭の大きな楓の木の下に向かった。そして幹にもたれて座り込んだ。
『ここはとっても懐かしいわ。セシルちゃん、ありがとう……』
「よかったね!」
霊体のフェリーネはセシルの能力によって五感を同調する事ができた。
ふっ、と風が抜けるとフェリーネは、妹フレデリカの声が聞こえたような気がした。
『フェリーネ姉様、わたしのセシルをお願いね……』
* * * * *
屋敷二階の居間にいたヨハンナは、何気なく窓の外を見た。
色づき始めた楓の木の下に、セシルとミレイユが座っているのに気が付く。
「ねえ、あなた、あれをご覧になって!」
ヨハンナはソファーで書物に目を通しているレイナードを窓辺に呼び寄せた。
言われるがままに窓の外に視線を送ったレイナードは、やがて小さく頷いた。
「フェリーネもフレデリカも、いつもあの木の下で遊んでいた……」
老夫婦の目からは、自然と涙が零れ落ちた。
「あの子は、私達を救ってくれるのかも……しれないな……」
最後までお読みくださり、ありがとうございます m(_ _"m)
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