表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
二章 諸国見聞編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/109

SS-1 それから、セシルは……



 五年前、セシルの母親フレデリカは盗賊団の襲撃を受け、馬車の中で命を落としてしまった。

 フレデリカは息を引き取る寸前、『セシルを私の生家に送り届けてほしい』と最後のメッセージと共に、ノアに愛娘を託した。

 ノアは冒険者となってセシルを育てた。そしてロケットの紋章を頼りに、フレデリカの実家を探していた。

 ようやく探し当てたサークルレーン家の屋敷に、ノアはセシルを送り届け、新たな旅に出ていった。

 当のセシルは幼いゆえに何の事情も知らない。

 ただ運命にもてあそばれるだけであった。

 今回はノアが去った後の、ひとり残されたセシルのお話である。



  *  *



 それからセシルは、三日三晩泣き続けた。

「兄さま、どこにいるの~!」

 セシルは母の生家であるサークルレーン子爵家の屋敷内を探し回った。

 そんな姿にサークルレーン家の人々は困り果てていた。

 特に苦労していたのは、セシルの世話係に急遽任じられた、新米メイドのミレイユだったろう。

 ミレイユは十二歳。孤児院で育った彼女は教会からの斡旋で、サークルレーン家に入った矢先の出来事だった。

 彼女は一日中泣きながら走り回るセシルを追って、どうしていいか解からず途方に暮れていた。

 セシルの部屋に運んだ夕食を少し食べさせると、仕方なくそっと部屋を出ていった。


 誰もいなくなった部屋でセシルはただ泣く事しか出来なかった。

 


『セシ……』

『セシル……』

『セシルちゃん……。もう泣かないで……』


 ベッドに臥せって泣いていたセシルは、誰かに語りかけられている事に気がついた。

 セシルは部屋の中を見渡した。


『わたしの声が聞こえる? セシルちゃん……』

「だれ? だれなの?」


『やっぱりわたしの声が聞こえるのね……』


「あなたはだれ? ゆうれいさん?」


『そうね、幽霊には違いないけれど、あなたを生んだママのお姉ちゃんで、フェリーネって名前よ』


「わたしのママもいるの?」


『いいえ、あなたのママは遠くで死んでしまったから、ここには帰ってこられないの。セシルちゃんはママに逢いたい?』


「あったことないからわからない。それよりセシルは兄さまにあいたい!」

 セシルはまた口をへの字に結んでから泣き出してしまった。


『あなたのお兄様はとっても大切な役目があって、遠くへ行ってしまったの』


「セシルをおいていったの⁈」


『仕方なかったのよ……』


「兄さまのバカ――!」

 セシルはまた泣きながら大声で叫んだ。


『お兄様を責めないで。あなたのママがお願いしたのよ。セシルちゃんをここに連れて来るようにって』


「セシルはもう兄さまとあえないの……?」


『お兄様がここにセシルちゃんを迎えに来る事は無いわ』


「そんなのいやだ――!」


『だったら、セシルちゃんが逢いに行けばいいじゃない!』


「……!」

「そんなことできるの?」


『今すぐは無理よ。でもセシルちゃんがたくさん食べて大きくなって、いっぱいお勉強すれば、いつか必ずお兄様に逢いにいけるわ』


「でも兄さまどこにいるかわからない……」


『大丈夫よ。お兄様は凄い方だから、きっと居場所はすぐに見つかるわ。そうして今度はセシルちゃんがお兄様を助けてあげるの』


「セシルが兄さまをたすけるの?」


『そうよ。セシルちゃんはとても大きな力を持っているのよ。だから頑張りなさい。そうすればお兄様に早く逢えるわ!』


「わかった! セシル早く大きくなって、いっぱいおべんきょうして、兄さまにあいにいく!」


『私も協力するわ。一緒に頑張りましょう』


「ありがと、フェリーネお姉ちゃん!」




 翌日、セシルは泣き顔を見せずに、サークルレーン家の朝食のテーブルについた。

 昨日まで手が付けられなかったセシルの変わり様に、家人一同驚いていた。

 朝食前の祈りが終わると、すぐに一生懸命パンとスープを食べ始めた。

 

「ねえ、セシルちゃん。もう泣かなくていいの?」

 不思議に思ったセシルの母の兄であるアルバートが尋ねた。

「うん、フェリーネお姉ちゃんが『もう泣くのはやめなさい』って」

「!!!!」

 フェリーネの名前が出た事にテーブルについている全員が驚愕した。


「セシルちゃん、フェリーネお姉ちゃんって誰?」

 偶然の一致かもしれない。

「わたしのママのお姉ちゃんだって」

 もはや疑う余地は無かった。


「フェリーネお姉ちゃんはどこにいるの?」

 アルバートは恐る恐るセシルに尋ねた。

「そこにすわっているでしょ!」

 セシルはテーブルの末席を指さした。当然そこは空席である。

 全員の視線が瞬時にその席に集中した。

 壁際に控える三人のメイドも同様だった。気味悪がって引いている。


 セシルは突然食べるのを止め、何やら独り言を口にし始めた。

「いま、フェリーネお姉ちゃんがお話したいって。ちょっとまっていてね」

 セシルは目を閉じ、動かなくなった。集中しているようである。


「……凄いわ! この子には……こんな能力チカラもあるのね……」

 セシルが目を開けると、声色と口調が変わった。

「お父様、お母様、お兄様、お久しぶりね……」

「フェリーネなのか⁈」

 上座に座る当主レイナードがテーブルに両手をついて立ち上がった。横に座る夫人のヨハンナはすでに両手で口を覆い、大粒の涙を流している。

「そうよ、私はフェリーネよ。もっとも私はいつもみんなを見ていたから、ちっとも久しぶりではないのだけれど……」


「手の込んだいたずらではないだろうな!」

 セシルはゆっくりと首を振った。

「お父様は信じてくれなかったけど、私もフレデリカも霊がよく見えていたのよ。この子はそんな能力が飛びぬけて強いの……」

「そう言えば、フェリーネもフレデリカも小さい頃は、よく幽霊が見えると言っていたわ」

 ヨハンナは泣きながら呟いた。

「あなたは天国に召されなかったの……」

「そうなのよ。私は十七歳で死んでしまったあの時から、ずっとこの家にいるの。みんな私に気づいてくれなくて、とても寂しかったわ。でもこの子があの方に連れられてきて、私の声を聴いてくれたの……」

 家族は手を組んで神に祈っているようだ。

「そんなに私をあわれんでくれなくても大丈夫よ。たぶん私は、この子を待つためにこの世に残されたのだと思うの」


「この子はあの方と同じ様に、神に選ばれてこの世に舞い降りたようよ。だから気味悪がらないで、この子を大切に育てて。私もこれからはこの子を守って行くわ」

 そしてセシルは新米メイドのミレイユに視線を移した。

「ミレイユ……」

 突然名指されたミレイユはたいそう驚いた。

「あなたもここに来たのは偶然ではありませんよ。セシルのために使わされてきたのです。この子は将来、きっと凄い女性になるわ。それまでしっかりと仕えなさい。これは女神シャ―ルの御心ですよ」

 ミレイユは返事もできず、ただ両手を胸に畏まった。


「あまり長くなるとこの子の負担になるから、今日はこれくらいで戻るわ。この子のおかげで、これからはいつでも話せるから。くれぐれもこの子をたいせつに……」

 セシルは再び目を閉じた。

 そして目を開けると、何事も無かった様にパンをちぎって食べ始めた。

 

 そんな様子を茫然と眺めていたアルバートは、我に返ってセシルに話しかけた。

「ねえ、セシルちゃん。なにか欲しいものはあるかい」

「セシル、ご本がよみたい!」

「セシルちゃんは字が読めるの」

「うん、よめる。兄さまがおしえてくれたから!」

「どんな本が読みたいの?」

「なんでもいい! セシルはいっぱいおべんきょうしなくちゃいけないの!」


「セシルよ、私の書斎にたくさん本が有る。自由に読みなさい」

 席に腰かけなおした当主レイナードが、柔らかな口調で言った。

「ありがとう、おじいさま!」

 セシルは祖父に向けて、天使の様に微笑んだ。



 朝食が終わると、セシルはさっそく祖父の書斎へと向かった。

 フェリーネにやさしそうな本を選んでもらう。

 三冊の本を自分の部屋までミレイユに運んでもらった。



 セシルはしばらく本を読んでいると、フェリーネが話しかけてきた。

『ねえ、セシルちゃん。お願いがあるのだけど……』

「なあに? フェリーネお姉ちゃん」

『私、屋敷の外に出てみたいの。さっきみたいにあなたの中に入れば、外に出られるかもしれない』

「いいよ、これからためしてみる?」

 内容が理解できず、読書にあきかけていたセシルは一つ返事をした。

 突然始まった一方通行の会話に、傍で控えていたミレイユは、驚いて部屋中を見渡した。もちろん何も見えないのだが……。


『セシルちゃん。あなたの中に私が入って辛くない?』

「へいきだよ、フェリーネお姉ちゃん」

『そう、それならお願いするわ』

「わかった!」

 セシルは椅子から飛び降り、部屋の外へ出て行った。慌ててミレイユが追いかけて行く。

 セシルは廊下は走って、階段は慎重に降り、そして大きな玄関にたどり着いた。

『セシルちゃん、ゆっくりお願い……』

 セシルは扉を開けようとするが、ノブが重くて上手く行かない。察してミレイユが扉を開けてくれた。

 セシルはキョロキョロと左右を見渡してから、ゆっくりと外に出た。

「どう? フェリーネお姉ちゃん」

『大丈夫みたい。ああ、外ってこんなに眩しいのね……』

 雲の少ない、穏やかな秋晴れの空だった。


『ねえ、セシルちゃん。あの葉っぱが赤くなり始めた木の下に行ってくれない』

「いいよ!」

 セシルは庭の大きなかえでの木の下に向かった。そして幹にもたれて座り込んだ。

『ここはとっても懐かしいわ。セシルちゃん、ありがとう……』

「よかったね!」

 霊体のフェリーネはセシルの能力によって五感を同調する事ができた。

 ふっ、と風が抜けるとフェリーネは、妹フレデリカの声が聞こえたような気がした。


『フェリーネ姉様、わたしのセシルをお願いね……』



  *  *  *  *  *



 屋敷二階の居間にいたヨハンナは、何気なく窓の外を見た。

 色づき始めた楓の木の下に、セシルとミレイユが座っているのに気が付く。

「ねえ、あなた、あれをご覧になって!」

 ヨハンナはソファーで書物に目を通しているレイナードを窓辺に呼び寄せた。

 言われるがままに窓の外に視線を送ったレイナードは、やがて小さく頷いた。


「フェリーネもフレデリカも、いつもあの木の下で遊んでいた……」

 老夫婦の目からは、自然と涙が零れ落ちた。


「あの子は、私達を救ってくれるのかも……しれないな……」








最後までお読みくださり、ありがとうございます m(_ _"m)

応援して下さっている読者の皆様、たいへん感謝しております。


ブックマークまた広告下の☆☆☆☆☆評価を黒く押して頂けますと、

作者はなにより嬉しく、HPは全回復します!

      ヾ(*´∀`*)ノ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ