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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
二章 諸国見聞編

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第24話 レ―ヴァン王国へ



 聖都セントレイシアで聖女継承者であるテレージアと別れたノアは、単身バルシュタットへの帰路についていた。

 ノアはついつい隣でテレージアが微笑んでいるような錯覚を起こしてしまう。

 そんな自分に戸惑ってしまった。

 往路は七日を要したが、復路は一人旅だったので、三日で走破する事ができそうだ。

 最終日、すっかり陽は暮れてしまったが、夕食時には到着することができた。



「ただいま戻りました。」

 リフェンサーとザルベルト、そしてスティーナは暖かな食堂で夕食の最中だった。

「おお、ノア戻ったか。元気そうでなによりだ。少し背が伸びたようだ」

 昨年六月にこの屋敷を出立したので、七ヶ月ぶりの帰還だった。

「若様、お帰りなさいませ。外は寒かったでしょう!」

 そう言ってジニアはすぐにノアの夕食を整えてくれる事に早速感謝する。


「お師匠様、その後お加減はいかがですか」

「うむ、テレージアに治療してもらって以来、ずいぶんと具合が良い。あの娘は、良い聖女になるじゃろうて」

 リフェンサーはたくわえた髭を撫でながら、顔をほころばせた。


「それでテレージアの件は、解決したのかな」

 ノアは空腹を満たしながら、セントレイシアでの出来事を詳しく報告した。


「そう言えばザルベルトさん、なんで教えてくれなかったんですか。ぼくは感銘を受けましました。ぼくはこれからあなたの事を大先生と敬います!」

「若様は大袈裟すぎますぞ。ウェルシーナ礼拝堂はご覧になったようですな」

「さすがは『聖母に愛された男』の傑作の数々でした」

 ザルベルトは少し照れているが、まんざらでもなさそうだ。

「あの頃は若さに任せて、勢いで描いてしまいましたからな。技巧に走り過ぎた面もありますよ。今ならまた一味違った聖母が描けるでしょう……」

 その作品を是非とも見てみたいものだと、ノアは思った。


 その後、最終目的地であるレ―ヴァン王国への出発時期について話題になったが、賢者リフェンサーの体調も考え、春の到来を待っての出発、という事で意見がまとまった。




 旅の再開まで、ノアはザルベルトに教えを乞う、有意義な毎日を過ごしていた。

 絵画や彫刻のレッスンでは、時折スティーナが務める裸婦モデルの特典も付いた。


 剣術では様々な剣技に対する対処法の指導を受ける事ができた。

 ザルベルトは全ての剣種を達人の域まで扱う技術を持ち合わせているのだ。

 天才とは、なにをやらせても上手にこなしてしまうのである。

 

 実技で汗をかくと、休憩中は知識の問答をする。

「ところでザルベルト先生は、どうして左手で剣を振るうのですか?」

 たしか先生は右利きのはずだが……とノアは考えていた。

「これは若様らしからぬ愚問ですな……」

 ザルベルトは珍しく怪訝そうな表情をした。

「右手に怪我でもしたら、絵筆を握れなくなるではありませんか!」

 なるほど、鬼才ザルベルトらしいポリシーだ。

 さらにノアは常々疑問に思っていた事を尋ねた。

「ザルベルト先生、剣技に魔術を絡めたような、魔法剣士のような人は存在するのでしょうか」

 ザルベルトはあごを手で撫でながら、少し考えた。

「数は少ないですが、確かにおりますぞ。吾輩の知り合いにも、一人凄腕がおりますよ」

「その人はどんな技を繰り出したのですか?」

剣身けんしんに闘気というか、魔力を纏わせるのでしょうな。相手の剣を叩き切りますよ。また纏わせた魔力を、剣を振る事によって、飛ばしていましたな」


「なんか危ない攻撃ですね……」

 ――なるほど、そんな魔力の使い方もあるのか……。

「ザルベルトさんはその人と剣を交えた事があるのですか?」

「本気で殺りあった事はありませぬよ。吾輩の剣術の一番弟子でしたからな」

 ノアはどんな師弟関係だったのか、少々興味が沸いた。


「ただ彼には致命的な弱点があったのですよ……」

 ザルベルトは真剣な眼差しをノアに向けた。

「必殺技のネーミングが壊滅的に下手でした。ウルトラソニック・ギャラクティカなんだらこんだらと叫んでいましたぞ!」

 天才の視点はやはり独特だった……。

「若様も注意されよ。必殺技のネーミングは、美しくなければ、すべてが台無しですぞ!」

 半分正しくて、半分どうでもいい気がした。しかしザルベルトが言うと妙に説得力があった。

 こうしてノアはザルベルトから大切な事? をたくさん学ぶ事ができた。



  *  *  *  *  *



 日影に残っていた雪も消え、いよいよ旅の最終目的地、レ―ヴァン王国、王都サンクリッドを目指す旅立ちの朝を迎えた。

 準備が整った馬車の前で、別れの挨拶が交わされていた。

「カルザス、ジニア……。今まで世話になったな。わしは年ゆえに、もうここを訪れる事はなかろう。今後この屋敷の全ては、ノアに譲る事とする。引き続きノアを主として、ここを守って欲しい」

「か、畏まりました。委細お任せ下さいませ」

「旦那様、お達者で。今までの御恩、決して忘れません」

 カルザスとジニアは涙を流しながら、リフェンサーとの別れを惜しんだ。

「ザルベルト様、スティーナ様、若様。どうかリフェンサー様をお願い致します」


 カルザスとジニアは馬車が見えなくなるまで、手を振っていた。

 リフェンサーもまた、馬車の後ろから二人を、そして屋敷を最後まで眺めていた。



 馬車は一路、レ―ヴァン王国を目指した。

 道中、大きな都市は無く、時折小さな集落が見られる程度だった。

 そんな長閑な田園風景の中、ノアはすれ違う人々に違和感を抱いていた。

 ――どうも傭兵を多く見かける気がする……。


 ヘッグルント公国に入り、荒れた草原の中の街道をひたすら東に進めば、北から南へと連なるクリスタリア山脈の山嶺が、正面の視界に圧倒的な存在感を示し始める。

 街道はそんな山々に吸い込まれるように延びていた。

 いよいよ山嶺が眼前に迫ると、唯一通行可能な峡谷を、巨大な石積の砦が遮っていた。

 この場こそが、文化圏まで異なる国境警備の要、カールソン砦である。


 カールソン砦の名称の由来は、レ―ヴァン王国西側を治める、カールソン辺境伯家より頂いている。

 カールソン辺境伯の始祖は、初代レ―ヴァン国王の最強にして、最も忠実な家臣だったと歴史書には記されている。

 国土統一が成し遂げた後、カールソン家は国土防衛に最も重要なこの地に封じられ、辺境伯家として王国の歴史と等しく、国境の要所を守備しているのだった。

 

 西日が砦の絶壁を茜色に染める頃、馬車は砦の国境検問所にたどり着いた。

「こちらの守備隊長は、まだクロウデル子爵がお勤めかな。私は古い友人でね。ちょっと呼んで来て下さらぬか。『リフェンサーが来た』と伝えて下され」

「リフェンサーとは……、賢者リフェンサー様でいらっしゃいますか」

 若い衛兵が少し興奮した面持ちで対応した。

「しばらくお待ちくださいませ。すぐに隊長に取り次いで参ります!」


 さほど待つ事もなく、決して背は高いわけではないが、がっしりとした体躯の、いかにも武人といった風貌を持った初老の男が現れた。

「おお、賢者様。お懐かしゅうございます。ヘッグルント側からいらっしゃったと言う事は宿命の旅からの御戻りですな」

「やあ、クロウデル殿、未だ現役とはたいしたものよ。息災でなによりだ。わしもようやく使命を果たし、サンクリッドへ帰るところよ」

「それはようございましたな」

 二人は両手を固く握り合った。

 それからクロウデルの視線はノアに移った。

「この少年が、お探しになっておられた『導きの方』ですかな?」

「いかにも。ノアよ、この方はこの砦の守備隊長であるクロウデル子爵だ」

「ノア・アルヴェーンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 丁寧に挨拶したノアに、クロウデルは大きく頷いた。


「今夜一晩、泊めて頂ければ、ありがたいのだが」

「おお、今宵もまた異国の話を聞かせて頂けますな! さっそく宴会の準備をさせましょう」

 そう言いながらクロウデルはリフェンサー一行を宿舎に案内した。


 その夜の宴はザルベルトを中心に盛り上がった。

 スティーナがモテモテだったのは言うまでもない。



 翌朝、守備隊長クロウデルに案内され、擁壁の上部へと上がった。

 地上から二十メートルほど石が積み上げられて作られた屋上の踊り場は、明らかに風のながれが違っていた。昨日通って来た一本道が遠くまでよく見渡せる。

「ノア、この砦をどう見る?」

 賢者リフェンサーがノアの見識を試した。

「レ―ヴァン王国防衛側から見れば、地形的にこの場所に砦を作り、外敵の侵攻を防ぐのは、必然と言えるでしょう。ただ、現在では重大な欠点があります」

「ほう、それはなんだね?」

 クロウデルは興味深げにノアの指摘を待った。

「それではまず、この砦の攻略法を考えてみましょうか」

 

「そもそもこの様な堅牢な砦を攻略するには、守備側の三倍以上の兵力が必要とされています。攻め側の戦術は、人命を無視した人海戦術で、梯子はしごやぐらを組んで突撃を繰り返す戦法になるでしょう。しかしこれは、もはや過去の戦術です」

「と、言う事は?」

 ノアはクロウデルを見上げながら説明を続ける。

「戦線に大砲を投入するだけで、状況は劇的に攻撃側有利に変化してしまいます」

「うむ、私も漠然とではあるが、その脅威は感じている」


「ぼくは賢者様に連れられ、西側の列強国を肌で感じて来ました。そして昨日この砦にやってきて確信しました。近い将来、この砦は大砲の脅威にさらされます」

「大砲の脅威とは、具体的にどの様なものかね?」


「大砲の役割は敵を容赦なく攻撃し、防御の壁を打ち砕く事にあります。この様な石造りの砦には単純な運動エネルギー弾による『貫通力』や『破片殺傷力』が非常に有効なのです。    

さらに問題なのは、攻撃側と守備側の戦いの間合いが、大幅にずれてしまう事です。簡単にいえば、敵は遠くから大砲で攻撃できても、こちらの矢は届かないという事です」

 クロウデルは真剣な眼差しをノアに向けて頷いた。

「うむ、我々はこの忠告を真摯に受け止めねばなるまい。早速対策を取るようにしたい。きっとこれは神のお導きなのだろう……」


「生意気を言うようですが、貴方のような聡明な指揮官を持ったこの砦の兵士は幸せです。

ぼくからのお願いです。決して兵士の命を軽んじる事無き様、お願い致します」

 そういってノアはクロウデルに向かって深く頭を下げた。

「さすがはリフェンサー様がお導きになる神童よ。この先いったいどれほどの人物になるやら、想像も出来ませんな!」

 そう言ってクロウデルは豪快に笑った。


「どうでしょう、お師匠様。この砦を改修していきませんか」

「わしは構わんが、サンクリッドに入るのが遅れてしまうぞ」

「今さら数か月遅れたところで、どうと言う事はないでしょう。それよりこの砦の兵士の命の方が大切です」



 その日のうちに、改修工事の立案が開始された。

 改修のポイントは大まかに二点に絞られた。

 一つ目は擁壁上部での安全性の向上。

 着弾によって飛び散る破片から兵士の肉体を守る塹壕ざんごう土塁どるいの設置。

 二つ目は砦前面の不整地化である。

 大砲を射程距離内に入れない様に堀や穴で乱す必要があった。



  *  *  *  *  *



 ノアは主に砦の手前の地形を乱す作業に時間を費やした。

 当然、やぐらや大砲の接近を阻止するためである。

 ノアの地属性グノームを操る魔術は、土木工事との相性は抜群だった。

 さらにノアにとっては各属性の大規模魔術の練習場としてうってつけの場所となった。

 その威力は、駐留守備兵士たちの度肝を抜くのに十分だった。



 そんなノアの姿を、リフェンサーとクロウデルは、砦の上部から頼もし気に眺めていた。

「ここまで大地を揺るがす魔術士は初めて見ましたな!」

 クロウデルは半分褒め称え、半分呆れていた。

「彼もわしと同じ転生者なのじゃよ。この世界の四百年後に相当する未来から来たそうだ」

「なるほど、以前言っておられた、創造主の神々からこの世界を導くために使わされたのですな」

 リフェンサーは遠くのノアを眺めながら頷いた。

「彼は凄まじき力を秘めておる。彼に比べればわしなど、魔術も知識も幼子に等しい」

「あの少年はそれほどの人物でありますか」

 クロウデルもノアを眺めていた。

「わしの時代は幸運にも平和な世が続いた。彼がこの時代に現れたという事は、この先この世は荒れるのであろうな……」

「あの少年には大変な未来が待ち受けているという事ですな……」



  *  *  *  *  *



 砦の改修中、作業だけでなく、リフェンサー一行はそれぞれ守備兵士たちと交流をもった。

 リフェンサーとノアは魔術を使える者に指導をしたり、ザルベルトは彫刻の講義を開いていた。

 スティーナの体術指導は特に人気が高かった。

 作業は重労働であったが、ノアは砦の兵士たちと共に楽しい時間を過ごしていた。

 そうして約五ヶ月を費やし、カールソン砦の改修は完了した。


 

 カールソン砦を後にする、旅立ちの朝を迎えた。

「それではクロウデル殿、いろいろと世話になった……。」

「リフェンサー様こそ長きの旅、お疲れ様にございました」

 お互い今生の別れと察しての挨拶だった。


「ノア殿、感謝しきれんほど世話になった。これからの君の活躍を楽しみにしているよ。あとは賢者様を頼んだぞ」

 ノアはクロウデルを見上げ、しっかりと頷いた。


「大恩ある賢者リフェンサー様に、そして偉大な魔術士に、総員敬礼!」

 数十年に渡り、カールソン砦に深く携わった賢者リフェンサー最後の通過を、総員が整列しての見送りであった。

「みんな、ありがとう。達者でな……」

 リフェンサーが名残惜しそうに手を振っていた。


 馬車はいよいよクリスタリア山脈唯一、通行可能な峡谷に入って行く。

 分水嶺を越えると、セドリア川の渓流に沿いながら道は続いた。

 少々アップダウンはあっても、馬車が通れるように整備されている。


 峡谷を抜けると明らかに大気の質感が違っていた。

 正面遠くには広大なセドリア平野がどこまでも広がっていた。 



 長かった旅も、もうすぐ終わる。

 やがて王都サンクリッドの美しく、壮大な街並みが見えて来た。


 時は聖歴1622年10月12日。

 その日の午後、ノア・アルヴェーンは旅の最終目的地、レ―ヴァン王国の美しき都、サンクリッドに入った。

 この時ノアは十二歳になっていた。


 妹セシルを母の実家に送り届けてから、約二年の歳月が流れていた。



 

 二章 ノアの諸国見聞編 <完>


 最後までお読み頂き、ありがとうございます。

 二章完結しました。サイドストーリーをひとつ挟んでいよいよ三章、主人公ノア・アルヴェーンの王都サンクリッド、王立学院での活躍がはじまります。メインの乙女たちも続々登場してきます!

 これからもどうぞ本作をよろしくお願い致します!

 

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