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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
二章 諸国見聞編

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第23話 聖女の継承者7~精霊の聖騎士~

ついに『聖女の継承者』最終回です。



 遙か時空を超えて巡り合ったノアとテレージアは、聖都セントレイシアの中心、教皇庁の一室で聖歴1622年をささやかに迎えていた。


 新年を迎える奉神礼ほうしんれいを夜通し務めてきたテレージアは、朝食の時間に少し疲れた様子で戻って来た。

 帰って来るなりベッドの上で正座し、テレージアはしおらしく新年の挨拶をする。

「隼人さん、あけましておめでとうございます」

 ノアもベッドの上に靴を脱いで上がり、テレージアに答えた。

「明けましておめでとうございます。鈴華さん」

 二人だけの会話は、未だに日本語を使用している。


「ねえ~、隼人さん~。おせち食べたい、お雑煮食べたい、お年玉ちょうだい――!」

 新年早々、テレージアの甘いおねだりが始まった。

 しかし日本からの転生者としては当然の欲求なのだろう。


「そう言えば鈴華さんは前世で巫女さんやっていたんだよね」

「そうなのよ! なんでわたしは前世でも今世でも、神様のために年末年始は忙しいわけ!」 

 立腹のテレージアに、ノアは苦笑いした。


「でも聖女って、いったい何なのかしら……?」

 テレージアは急に神妙な表情に変わった。

「わたし、さっきまで祈りを捧げながらずっと考えていたのよ。聖女になったわたしは、どんな風に振る舞えばいいのかな⁈ って」


「それは哲学的な疑問だね。鈴華さんも聖女になる自覚が芽生えてきたのかな!」

 テレージアは少し照れくさそうにはにかんだ。

「ぼくは思うんだけど、聖女って、もっとも憎しみの感情から遠い存在なのではないだろうか」

 テレージアはノアを眩しそうに眺めていた。

「物理的に怪我を直したり、病気を治療したり。これは上級の治癒魔導士でもできる事なんだ。でもそれだけでは聖女とは言えないんだよ。いったい両者の違いは何なのだろう。聖女に不可欠なものってなんなのだろうか」

 ノアもテレージアを優しく見つめ返した。

「その正体は『慈愛に満ちた心』だとぼくは思うんだ。こうやって語るのは簡単だけど、人はいつも間違いを犯す。しかし全ての過ちを許し、新たな道筋へと背中を押してあげるのが聖女の役目なのではないだろうか」


「すごいな隼人さんは……。まるで神様みたい」


「ぼくは全然だめさ。なまじチカラがあるから、すぐ相手をねじ伏せてしまう。自分でも分かっているんだけどね。これでは憎しみが連鎖してしまう可能性があるって」

 ノアは小さく首を左右に振った。

「ぼくと聖女は真反対の存在なのかもしれない……」


「そんな事はないわ、隼人さんはとっても強くて優しい人よ。たとえ隼人さんが魔王になってしまっても、わたしは隼人さんのお嫁さんになってあげる」


「聖女が魔王の嫁になるなんて、どこかのファンタジー小説のようだね!」


 それからノアとテレージアは、寄り添って語り続けた。



  *  *




 一月二十日、聖女の後継者を正式に定める日の前日、ノアはミコラージュとクリシュトフの来訪を受けた。

「聖騎士様、明日は最終的には枢機卿団の投票によって、聖女様を決める筋が濃厚でございます」

「やはりそうなりますか。それで、票の上乗せはいかがですか?」

「はい、聖騎士様のお力で、第二勢力のヴェンデル卿派が分裂しまして、こちらにかなり流れ込んでおります。しかし最終的にメルケル卿派を上回る事は難しいでしょう……」

 ノアは予想通りの展開に頷いた。

「ミコラージュ卿、お疲れ様でした。後はぼくに任せて頂けますか。投票は阻止します!」

「聖騎士様には、どの様な策がお有りなのでしょうか……?」 

「枢機卿会議でひと芝居打ちましょう。少々ペテンにかける様で心苦しいが、効果はあると思います」

「すべては精霊の聖騎士様にお任せ致します。どうか三人の少女をお救いください」

 ミコラージュとクリシュトフはノアにすがる様に畏まった。



  *  *



 そして当日。

 聖都セントレイシアのランドマーク、荘厳なセントアレク大聖堂には、カーディナルレッドの法衣に身を包んだ、すべての枢機卿が集結していた。

 この一月に執り行われる定例会だけは、各教区に散っている枢機卿に対しても、出席の義務が生じているのであった。

 祭壇に向かって右翼側に聖女ローゼマリーとテレージア、そしてクラレットとカーマインの姿があった。

 さらに左翼側、右翼側ともセントレイシアの聖職者によって埋め尽くされていた。


 騒めきに包まれていた大聖堂に静寂が訪れた。

 そして厳かに教皇庁枢機卿団の年初会議は始まった。

 祭壇を背に、玉座に坐した教皇クリフォードⅡ世が語り始めた。

「困ったものだ……。本来ひとり現れるべき聖女が三人も現れてしまった。わが兄弟たちの意見が聞きたい」

 教皇に次ぐ位にいる六人の司祭枢機卿の中で、三人がそれぞれ聖女候補を擁立する図式であった。

 しばらく不毛な議論が交わされたが、落ち着き先は決まっていた。

 やはり教皇庁での大きな問題は過去の例に従い、『枢機卿団の投票により決定すべきである』との結論に達したのだ。


「残った二人は我々をたぶらかした魔女という事になりますな」

 枢機卿団で数の優位性を築いているメルケル卿が余裕を見せながら、いかにも自分達が正統であるがごとく振る舞った。

 大聖堂内は残酷な結末を想像して、大きく騒めいた。

 この場で魔女認定されれば、いいように辱めを受けたあと、間違いなく公開火あぶりの刑である。

 予想はしていたといえこの言葉に最も背筋を凍らせたのは、当の三人の聖女候補であろう。

 惨たらしい自身の死が、間近に迫って来ている。

 テレージアでさえノアに命乞いすら滲ませた、必死の視線を送ってきている。


 ――やれやれ、やっぱり恐れていた通りの展開だ。この辺が潮時だろう。聖母さま、ほんとにいらしたら、ごめんなさい……。

 大聖堂の片隅で成り行きを見守っていたノアが、ついに動き出す。

 ノアは壁際の末席を離れ、ゆっくりと歩み、教皇の坐す祭壇へと上がった。

 突然現れた少年に、大聖堂内の聖職者達は誰もが皆、呆気に取られているようだ。


「この場にいらっしゃる枢機卿のみなさん、もうそれくらいにして頂けますか!」

 ノアは両手をひろげ、大声で呼びかけ注目を引いた。

 

「なんだ、この罰当たり者は。衛士よ、摘まみだし牢へぶち込んでおけ!」

 議事進行役の聖職者が身振りも大きく衛士に命令した。

 両翼から二人ずつ、正装した四人の衛士がノアに向かって来る。

 ノアは両手を広げて、得意のグラヴィトンの魔術を放った。

 四人の衛士は等しくその場で四つん這いになってしまう。


「なにをしておる! 早く捕らえんか!」

「か、からだが重くて動けません……」


「ちょっと待っていて下さい。今、あるじと変わりますから!」

 そう告げてノアは目を閉じ、胸の前で両手を交差させ、深く息を吸い込んだ。

 次の瞬間、『ドン!』と急激に魔力を放出し、大広間中の空気に衝撃波を送った。

 自身に纏わりつく風を発生させ、白のローブや髪を大きくなびかせた。

 魔力を大量に放出したせいか、少し青白く発光したようだ。

 大聖堂中の聖職者達は、その神秘的な現象に戦慄した。

 ほとんどの者が驚愕の表情を隠さず、ロザリオを握りしめている。


 ノアはゆっくりと目を開き、ゆっくりと周囲を見渡してから、後ろの祭壇へ向かった。

 静寂の中、飾られた聖剣を手にすると、剣を確かめながら祭壇の中央へ場を移した。

 剣先を下に向け、柄を両手で握り、可能な限り上に持ち上げた。

 ノアは全力でグラヴィトンの魔術を発動し、剣の質量を増大させながら、懇親の力を込めて剣を石張りの床に突き刺した。

『ガキーン!』と衝撃音を残し、剣は三分の一ほど突き刺さった。

 ノアは低くなった剣の柄に両手を乗せ、声のトーンを少し下げ、ゆっくりと語り、精霊の聖騎士の憑依を演出した。


「我は、全知全能の創造主より使わされた、聖母と聖女の守護の役目を負う、精霊スピリット聖騎士パラディンよ……」

 透き通った声が大聖堂に響き渡った。

「聖母の子達よ、控えるがよい……」

 大聖堂中すべての聖職者が椅子から立ちあがり、脇で両膝を着いた。教皇も例外ではない。


「汝らが聖女を定めるなど、思い上がりも大概にせよ……」

 ノアは再び衝撃波を放ち、聖職者達を威圧した。


「今この時に使わされた聖女はすでに定められている」

 ノアはまず右手をあげ、聖女ローゼマリーを示し呼び寄せた。そしてノアの右斜め前に手のひらで示し、そこに跪かせた。

 続いて左手を上げ、テレージアを呼び寄せ祭壇に上がらせた。

「創造主より遣わされた聖女はこの娘よ」


 大聖堂内すべての聖職者が両膝をついたまま、右手を胸に静かに頭を下げた。

 ノアは左手でテレージアに膝まずく様に示した。


「そこの娘達よ、こちらへ」

 クラレットとカーマインは、すでに絶望の恐怖に支配され、ガチガチに震えている。

 ノアは二人をテレージアの両脇後ろに膝まずかせた。

 そして慈悲深く語りかけた。

「二人共、怖い思いをしたであろう……。許せよ……。汝らに新たな聖女の姉妹を名乗る栄誉を与えよう……。これは聖母の御心である……。今後は聖女を支え、共に生きるがよい」

 ふたりの娘は強烈な嗚咽おえつに襲われながらも聖騎士の前にひれ伏した。


 ノアは玉座の傍で跪いている教皇を見下ろした。

「教皇クリフォードよ……」

「ハ、ハ――ッ」

「聖女は創造主と聖母が授けし天よりの神子ぞ。立場をしかとわきまえよ。聖女を敬い、その言葉に耳を傾けるのだ。よいな……次はないぞ……」

 教皇は五体投地さながらにひれ伏した。


「ミコラージュよ……」

 ノアはミコラージュを呼び寄せた。

「新たな聖女テレージアと妹達を、そなたが導くとよい」

精霊スピリット聖騎士パラディン様、全身全霊をかけて聖女様方をお支え致します」

 ノアは暗に次の教皇はミコラージュである事を示した。


「さて、メルケル、ヴェンデル。わが前に出るがよい……」

 二人は恐怖で顔をひきつらせながらノアの前に進み出て、そして跪いた。

「我はすべて見ておったぞ。なにか申し開きはあるのか……」

 ノアは弱く小さな圧縮空気弾を二つ作って、二人の赤い帽子ベレッタを吹き飛ばした。


 ノアは目の前で恐怖に震える二人の処遇に迷っていた。

 このまま懲らしめて外に放り出すべきだろうか……。


「お待ちください、聖騎士様!」

 そんな時、テレージアの優しい声がした。


「この者たちを、許しましょう……」

 ノアは予期せぬ絶妙な助っ人に助けられた。


「聖女テレージアよ。この者たちを許すと申すか……」

「左様にございます。この者たちはきっと神の声を聞き入れ、わたしたちのかけがえのない力になってくれるでしょう。わたくしはそう信じています」

 メルケルとヴェンデルはテレージアに向かって救いを求める様に畏まった。


「よかろう、聖女の思うがままにするとよい……」



 そしてノアはテレージアの傍に歩み寄った。

「さあテレージア、立ち上がって!」

 突然日本語で語りかけたノアに驚き、視線を合わせたままテレージアは立ち上がった。


「ぼくはこのまま帰るとするよ」

「ウソ! いやよ、隼人! もっとわたしの傍にいて!」

 テレージアの瞳からは、急速に涙が溢れ出した。


「ぼくはこのまま消えたほうが、きっと上手く行く。たぶんこれで君達に害が及ぶ事はないだろう……」

「無理、絶対無理!……あなたがいないとわたしは……どうしていいか解らない!」

 テレージアは泣き顔を大きく左右に振った。涙が振り落とされた。

「ぼくはこれからレ―ヴァン王国に行く事が定められている。もし何かあったら冒険者ギルドに連絡しなさい。そうすれば、ぼくは必ず君を助けにいくよ」

 ノア自身も渾身の勇気を振り絞ってテレージアに別れを告げていた。


「そしてぼくと君は、いつかどこかで必ずまた出会う。その時を楽しみにしていて……」

 ノアは両手で優しくテレージアの頬に触れた。

「さようなら、鈴華さん……」



「ありがとう……隼人さん」

 隼人は泣きじゃくる鈴華を抱きしめ、優しく髪をなでた。

 大聖堂に膝まずく聖職者達には神々の言葉で交わされた、祝福の儀式と見えたことだろう。 

 ノアはテレージアとの抱擁を解くと、大聖堂の聖職者たちに向かった。

「聖母の子達よ、我は如何なる時も、天から眺めておるよ。ゆめゆめ聖なる母の意思に背く事が無きよう……」

 一斉に聖職者たちの頭が下がった。

 ノアは今一度胸に両手をクロスさせ、目を閉じ、大広間中に衝撃波を放った。

 精霊スピリット聖騎士パラディンの憑依を解いた。

 

「ローゼマリーさん、さようなら。テレージア達をお願いします」

「精霊の聖騎士様、いえ、ノア様。真に天から使わされた導きの方よ。この奇蹟は命の限り忘れません。わたくしより、あなたの未来へ捧げる祝福を受け取って下さい」

 ノアはローゼマリーに優しく抱きしめられた。

 とても暖かく、慈愛に満ちた魔力が流れ込んでくる。


 ――ああ、さすがだ。これが聖女の祝福なのだな……


 テレージアはクラレットとカーマインに抱き支えられながら、まだ泣いている様だ。

 ノアは痛い程の視線を感じていた。

 しかしノアには、もう一度テレージアと視線を合わせる勇気は無かった。

 

 ノアは雛壇を降り、未だ両膝をつき奇跡を目の当たりにしていた聖職者達の間をゆっくりと歩んだ。

 そして神々しい空気の中に溶け込む様に、大聖堂を後にした。




 ノアは、今朝までテレージアと過ごしていた部屋に戻った。

 まとめてあった荷物を背負うと、ノアは部屋の中をゆっくりと見渡した。

 立派なベッドは二つあるのに、使っていたのは左側だけだった。

 甘えながら話しかけてくる、テレージアの幻が見える。


「またいつか会おうね、鈴華さん。みんなに愛される聖女になるんだよ……」

 ノアは半年以上テレージアと過ごした、たくさんの思い出が詰まった部屋の扉を、静かに閉めた。




『聖女の継承者』 <完>



















 挿絵(By みてみん)

 

 ……そして聖女テレージアは、今日も祈りを捧げる……。









<画> ザルベルト・シュトラウス HC1622



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