第22話 聖女の継承者6~三人の聖女候補~
昨夜の騒動で若干寝不足のノアとテレージアだったが、二人で朝食を終えると、テレージアは元気に聖女修行へと礼拝堂に出掛けて行った。
見送ったノアは早速、ミコラージュとクリシュトフを自室に招いた。
「昨夜、傭兵の暗殺者に襲撃を受けました」
いきなり驚かされたミコラージュとクリシュトフは、ノアの身体を見渡した。
「ご心配なく。丁重にお帰り願いましたから」
二人は顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべ頷き合う。
「それで収穫があったんですよ。けしかけて来たのは、エデュルト卿でした」
「と言う事は、裏で糸を引いているのは、ヴェンデル司教枢機卿と言う事になりますね」
ミコラージュは納得がいったようだ。
「それでお二人にお願いがあるのですが、エデュルト卿の屋敷の場所を調べていただけなせんか」
「それはお安いご用ですが……どうするおつもりですか?」
「そろそろ動こうかと思いまして。まずは昨夜のお礼に行ってきます!」
ノアはニヤリと不敵に笑った。
* *
夜が更けるのを待って、ノアはいよいよ動き出した。
ミコラージュに調べてもらったエデュルト司祭枢機卿の私邸を目指す。
気温はすでに氷点下に達しているだろう、空気は澄んで満天の星空が美しい。
エデュルト卿がセントレイシア滞在中に利用しているその屋敷は、かなり豪華な造りだった。
「やれやれ、どうして金儲けの上手い悪人は、デカくて派手な屋敷を好むのだろうか」
そう独り言を呟きながら、軽々と塀を飛び越え敷地内に侵入を果たす。
広い庭を歩きながら索敵魔術を放つと、庭に警備の反応はない。
――こうも容易く侵入を許すとは、危機管理が全くなってないね。
一階の明かりが灯った部屋には、六人の反応があった。
ノアは壁際からそっと室内を覗いてみる。
明らかに傭兵とわかる警備が四人。ベッドの中に、男が一人、女が一人。
女は若く、愛人なのだろうか。お楽しみの最中の様である。
彼女は警備の男達に見られている事実に、とても興奮している様だ。
ノアは少々気の毒に思ったが、掃き出しの窓枠に触れると、魔力で振動させ粉々に吹き飛ばした。
ガラス片や木片が室内に飛び散る。
「キャー!」と女性の悲鳴があがる。
室内には、外の冷気が一気に流れ込んだ。
「あの~、エデュルト司祭枢機卿は、あなたでよろしいでしょうか?」
ノアは過激な登場とは裏腹に、とぼけた振る舞いをしている。
「な、なんだ、貴様は!」
あっけに取られているエデュルト卿からは、お決まりのセリフが絞り出された。
「夕べ、あなたが差し向けた傭兵に寝込みを襲われたので、そのお礼に来ました」
四人の傭兵はベッドの前に立ちはだかり、剣を構えた。
そろいもそろって『あの暗殺者達はどうした?』と言った表情をしている。
「あの、傭兵たちですか?……全員ぼくが殺しましたよ」
もちろんウソだが、ノアは気味悪く微笑んだ。
さらにノアは左手を向け魔力圧縮弾を連射した。四人の耳元をかする様に。
通過音を耳に残した魔力圧縮弾は、後ろの壁を貫通していった。
四人の頬は、一筋に鋭く裂け、血がにじみ出てくる。
絨毯貼りの床に落とされた剣が、鈍い音をたてて転がった。
四人の傭兵は一瞬で戦意を刈り取られてしまった。
「あんた達はぼくのウワサを聞いた事があるはずだ……」
ノアの声のトーンが下がった。
「だ、大樹海の支配者……」
傭兵達の顔が、等しく恐怖にひきつった。
「お、おまえ達、何のために大金をはたいて雇っていると思っているんだ。さっさとあのバケモノを退治しろ!」
エデュルト卿は右手を大きく振るって命令する。
「冗談じゃねえ! 俺達傭兵は『大樹海の支配者だけには手を出すな!』 って教えられているんだよ。悪いがこの仕事は降りさせてもらうぜ!」
そう言い残して四人の傭兵は、ノアが破壊した窓から一目散に逃げて行った。
「き、貴様、神に仕えるこの私にこんな事をして、ただで済むと思っているのか! 天罰が下るぞ!」
「あれ~、おかしいな⁈ ぼくは天罰を下すために、ここに来たのだけど……」
首を傾げながらそれだけ言うと、ノアは大きな圧縮空気弾を次々に作り出し、部屋中に乱射し破壊して行った。
炸裂音が鳴り響き、壁は吹き飛び、天井は落ち、破片が飛び散り、ほこりが舞い上がった。
恐怖にひきつっている愛人はガウンだけ手に掴むと、裸のまま狂乱しながら外へ逃げていった。
ある程度破壊した屋敷に満足したノアは、ベッドの上で恐怖に震えているエデュルト司祭枢機卿を冷ややかな眼差しで眺めた。
「今夜はこれくらいにしておくけど、こんどその顔を見つけたら、一撃で頭を貫くからね」
そう言ってノアは左手の人差し指から、ベッドの枕に向けて魔力圧縮弾を放った。
瞬時に枕の羽毛が飛び散り、ベッドがガタンと崩れ落ちた。
ノアはその光景を見るまでもなく、踵を返して静かに闇の中へ紛れていった。
翌日は朝から、セントレイシア中が大騒ぎとなっていた。
一夜にして破壊されたエデュルト卿の屋敷は、とても人間の所業とは思えない無残な姿をさらしていた。
もともと聖職者でありながら、評判がすこぶる悪かったエデュルト司祭枢機卿である。
その残骸をみた市民たちは『天罰が下った!』と口をそろえて喜んだ。
最も衝撃を受けたのは、やはり教皇庁だったであろう。
特に第二勢力であるヴェンデル司教枢機卿陣営の狼狽は大きかった……。
* * * * *
ウェルシーナ礼拝堂の奥部にあるその部屋は、暖炉に薪がくべられ柔らかな温もりを与えていた。
そこには三人の聖女候補が午後の休憩を取って休んでいる姿があった。
「ねえ、二人共、ちょっとわたしの話を聞いてくれない」
テレージアが意を決して、虚ろな表情で下を向いている、クラレットとカーマインに話しかけた。
二人は驚いた様にとっさにテレージアに視線を向ける。
「あなた達には悪いけど、わたしが真の聖女よ」
二人の視線は一瞬で敵意をむき出しにした。
「あなた達は本当に自分が聖女だと思っているの⁈」
テレージアの問いに、二人は動揺を隠せない。
「ねえ、聖女になれなかった残り二人はどうなると思う?」
テレージアは二人の反応を確かめるように覗き込んだ。
「あなたたちの後ろ盾である司教枢機卿の言い逃れのために魔女に仕立てられて、火炙りの刑にされるのよ!」
二人の表情は、突き付けられた絶望に歪んでいく。
「わたしはあなた達を助けたいの……」
クラレットとカーマインは意外な一言に困惑しているようだ。
「あなたみたいな小娘に、何が出来るって言うの……」
三人の中で、年長者であるクラレットが、消え入るような声で呟いた。
「わたしね、数日前の夜中に暗殺者の襲撃を受けたのよ」
クラレットとカーマインが驚きの表情でテレージアに注目した。
「どうして無事なのか不思議でしょう。わたしはいつも精霊の聖騎士様に守られているのよ」
「精霊の聖騎士様は暗殺者三人を軽くあしらったわ。そして聞き出したの。依頼者の名前を!」
そう言ってテレージアはカーマインを指さした。
「わたしを襲わせたのは、エデュルト司祭枢機卿とヴェンデル司教枢機卿だったわ」
カーマインはショックを受けた様に両目は見開かれ、両手で口を覆った。
「そしてエデュルト卿の屋敷が滅茶苦茶に壊されたでしょう。あれはわたしの聖騎士様が天罰を与えたの!」
「いろいろ悪巧みをしていたエデュルト卿はどこかへ逃げて行ったわ。これでカーマイン、あなたが聖女になる可能性はなくなった。だからこそあなたは今、危険な状況におかれているの。すぐにでも切り捨てられる状況にあるから!」
カーマインは恐怖のあまり、涙が溢れ出した。
テレージアはそんなカーマインの傍らに寄り、そっと肩を抱いた。
「大丈夫よ、さっき言ったでしょう。わたしはあなた達を救いたいって」
「ねえクラレット、年が明けてからの枢機卿団の集まりで、次の聖女が決まる事は知っているわよね。このまま何もしなければ、投票で聖女に決まるのはあなたよ」
「でもそれはあり得ないの……。わたしの聖騎士様がそれを許さないから」
「わたしは生まれる前に創造主様にお会いしたのよ。そして仰せつかったわ。『人々を癒しなさい』って。もちろんわたしの精霊聖騎士様も創造主様から遣わされた方なのよ」
「ねえクラレット。普通の少女が聖女を語って許されると思う? それは神に対して大罪だわ。きっと酷い事になる」
クラレットもついに耐え切れず、大粒の涙をこぼし始めた。
テレージアは、今度はクラレットに寄り添った。
「あなた達が悪い大人に利用されて今ここにいるのは、きっとそれなりの事情があるのでしょう。でもそれはいけない事なの」
「わたし達はどうすればよいのですか……」
涙をこぼしながら、クラレットはすがるような眼差しでテレージアを見た。
テレージアは立ち上がる。そして胸の前で両手を組んだ。
「わたし達は仲良くしましょう。そして生き抜きましょう! あんな汚い大人達の言いなりになるものですか!」
クラレットはよろよろとテレージアの前で両膝をついて畏まった。
カーマインもそれに従った。
「テレージア様……。どうか私達をお救い下さい……」
テレージアはクラレットとカーマインの肩を両手で抱いた。
かすかだが、聖女の慈愛が流れ込んでくるのを、クラレットとカーマインは感じたようだ。
二人共驚きと畏怖の表情でテレージアを見つめた。
「きっと精霊の聖騎士様がわたし達三人を守って下さる。だから何かあったら、すぐわたしに相談して! いっしょに頑張りましょう」
テレージアの二人を見つめる眼差しは優しく暖かく、正に聖女の微笑みだった。
二人の少女は、たくさん涙をこぼしながら、テレージアにしがみついた……。
聖女テレージアがこの世に生を受けて初めて心を癒したのは、クラレットとカーマインに違いなかった。
次回いよいよ『聖女の継承者』、完結します!




