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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
二章 諸国見聞編

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第20話 聖女の継承者4~教皇への謁見~



 ノアとテレージアが教皇庁に入って二日目の午後、ミコラージュ司教枢機卿とクリシュトフ助祭枢機卿の来訪を受けた。


「ミコラージュ卿、良い部屋をありがとうございました」

「お気に召して頂き何よりです」

 ノアとテレージアが並んでソファーに座り、対面にミコラージュ卿とクリシュトフ卿が座って二度目の会談が始まった。


「まずお尋ねしたいのですが、現在の教皇様はどのようなお方なのですか?」

 ノアは無駄話をせずに、必要な情報を仕入れていく。

「何事にも関心の薄い方にございます。スパソニアサウスブルグ家の血を受け継ぐ方で、生まれながらに富と権力をお持ちでした。権力闘争などとは無縁の方で、興味もございません。それゆえ、現在の混沌を招いているとも言えるでしょう。高齢のため、間もなく退位されるのではないか、とウワサされています」

 ノアは目を閉じて聞いていたが、イメージは掴めたようだ。


「今の教皇庁内の勢力図はどのようになっているのでしょうか?」


「第一勢力はメルケル司教枢機卿で、枢機卿団の中、四割ほどの支持者を集めています。第二勢力はヴェンデル司教枢機卿で、三割ほどの支持者を持つ勢力です。残り三割は無所属の方々です」


「ミコラージュ卿、あなたの立ち位置はどの辺なのでしょうか」


「わたくしは最高位の司教枢機卿の位を頂いておりますが、六人の中で一番若く、末席でございます」

「このまま行けば、テレージアに勝ち目は無い。と言う事ですね……」

「おっしゃる通りにございます」

 現状を理解したノアはまた目を閉じ、腕を組んで黙ってしまった。

 横に座るテレージアは心配そうにノアを見ている。



「まずは、現聖女様にお会いしましょう。そして教皇様に謁見して、正式に名乗りをあげましょうか。ミコラージュ卿、手配をお願い出来ますか」

「かしこまりました」

 ミコラージュは坐したまま、ノアに深く頭を下げた。




 二日後、聖女ローゼマリーの自室に、クリシュトフに案内されたテレージアは極秘で訪れた。

 蝋燭の薄明かりの中、一人の女性がソファーから立ち上がって出迎えた。

 錯覚に過ぎないだろうが、彼女のまわりがぼんやりと光って見えるようだ。


「こちらへいらっしゃい。三人目の聖女候補ですか……。あなたお名前は?」

 神々しい美しさを持った女性が、静かにテレージアに語りかけた。

「聖女様、お初にお目にかかります。テレージアと申します」

 その美しさに魅せられていたテレージアは、丁寧に挨拶を済ませると、ソファーに座るように促された。


「あなたはなぜ、ここに来たの?」

 聖女からの初めての質問にテレージアは少し戸惑った。

「わたしも好きでここに来たわけではありません。ただ運命に従っただけです」


「あなたは聖女になって、何がなせるの?」

「わたしにも、これから何が出来るのか全く分かりません……」


「ずいぶん正直なのね」

 そう言った聖女は少しだけ微笑んだ。


「ただわたしは、生まれる前に創造主の方々と出会いました。そして『人々を癒しなさい』と仰せつかりました。その運命に従いたいと思っています」

 テレージアの言葉にローゼマリーの表情が変わった。

「そうですか、あなたも……」


「もしかして……ローゼマリー様も転生者なのですか?」

 身を乗り出すようにしてテレージアは、小さく頷くローゼマリーを見つめた。

「わたくしが出会った転生者はあなたで三人目です。一人目はスパソニア帝国の女帝陛下、二人目はレ―ヴァン王国の賢者様です」

 テレージアの頭の中で、何かがつながったようだ。

「わたし、ラデリアのバルシュタットで賢者様とお会いしました! そして賢者様と共に旅をしている少年に護衛をお願いして、ここまでたどり着いたのです!」


「まあ! きっと『導きの方』に違いありません! やはりその少年も転生者なのですか」

「その通りです。そして物凄く強い魔術士で、とんでもない智慧ちえを持った方です」

 ローゼマリーはまるで恋人を待ち焦がれる女性の様な表情を見せた。

「わたくしもその少年に会いたい……」

「実はローゼマリー様、彼はわたしの警護で今、外に控えているはずです」

 テレージアは両手を合わせ、すこし得意気な笑顔を見せる。

「まあ、それはたいへん! クリシュトフ卿、すぐにお連れになって」 

 それを聞いたクリシュトフは、慌ててノアを呼びに廊下へ向かった。



「ようこそいらっしゃいました。『導きの方』よ」

 ローゼマリーは満面の微笑みをもってノアを迎え入れた。


「聖女様、お会い出来て光栄です。ノア・アルヴェーンと申します」

 ノアは美しい聖女の姿に目を奪われながらも、なんとか挨拶をこなした。


「あなたがこの世界に現れる事は二十年程前、わたくしがまだ聖女見習いだった頃にお会いした、賢者リフェンサー様より伺っておりましたのよ」

「はい、お師匠様よりその話は聞いています」

「リフェンサー様はようやく巡り合えたのですね……」

 そう言ってローゼマリーは両手をそっと胸に添えた。

 その仕草の神々しさは『さすがは聖女様』と思わせるには十分だった。 

 テレージアに見習わせたい!


「ところでザルベルト様もいまだ御一緒されていますか」

「はい、ぼくの剣術と芸術の先生です」

「それはよい先生を持ちましたね、それではもうザルベルト様の作品はご覧になりましたか?」

「なんのことでしょうか……」

 ノアは意外そうな表情を見せた。

「まあ! 聞かされていないのですか……そうですか、あの方も意地悪ですのね」

 ローゼマリーの口角が少しだけ緩んだ。

「ウェルシーナ礼拝堂でもっとも有名な、『聖母の降臨』が描かれた祭壇壁画や、『聖母の奇跡』を描いた天井フレスコ画の数々は、若き日のザルベルト様が描かれたものなのですよ!」

「シエ――ッ!」

 ノアは素っ頓狂な声を上げて驚いてしまった。

 さすがにテレージアも両頬の手を当て驚いている。


「ザルベルト様の描かれる聖母様は、過去はもとより、未来においても超える事は出来ないだろうと評価されています。あの方はただひたすら純粋に、聖母様の慈愛に満ちた姿を追い求めている探求者なのです」

 驚きを見せるノアを楽しむようにローゼマリーは語りを続ける。

「ザルベルト様は『聖母に愛された男』と異名を持つ、当代随一の芸術家であらせられますのよ」

 ――ああ、ザルベルトさん! ぼくは誤解していました。ただのスケベな画家さんだと思っていたぼくを許してください……。


「あの、ローゼマリー様もやっぱりザルベルト先生のモデルになったのですか?」

「もちろんたくさん描いて頂きましたよ」


「やっぱり、その……ヌードモデルとかもしました⁈」


「もちろん当時は恥ずかしかったですが、頂いた一枚は今となっては宝物です。この時代には写真がありませんからね。もっとも今まで誰にも見せた事はございませんが」

 ローゼマリーは少女のような恥じらいの表情を見せた。


「それでは当時のお話を致しましょうか」

 ローゼマリーは若かった頃を思い出しているのであろう、遠くを見るような瞳で微笑みを浮べている。


「その頃わたくしは聖女見習いとして、この教皇庁にやって来たばかりでした。ちょうどウェルシーナ礼拝堂の大改修が行われていて、建築関係で賢者リフェンサー様が、壁画の画家としてザルベルト様が招かれておりました。わたくしは、あの方々の仕事を眺めているのが大好きで、暇が出来ると礼拝堂に足を運んだものです」


「そしてわたくしは、お二人にとても可愛がって頂きましたのよ。当のリフェンサー様とザルベルト様もこの時出会い意気投合し、仕事を終えるとあなたを探す旅に、共に旅立たれたのです」


「そうですか、あのお二人はここで出会われたのですね。良い昔話を聞かせて頂きました」

 ノアにとっても貴重な話だった。あの二人がいつ、どこで出会ったのか、聞かされていなかったのだから……。


「ローゼマリー様は聖女の座を譲られた後はどうされるのですか?」

 ノアが気になっていた事を質問した。

「わたくしは今更結婚する相手もおりませんし、ここの修道院の院長となって、世界中の修道女の長となる事が決まっています」


「そうですか。大変なお役目ですね」

 ローゼマリーは少し寂しそうに頷いた。


「創造主様の声を聴き、転生者であり、そしてあなた様がお連れになったテレージアが真の聖女に間違いないでしょう。しかしその事実によって重大な問題が生じてしまいます……」

 その問いかけにノアも頷いた。

「残る二人の聖女候補の事ですね……」 

 ローゼマリーは悲し気な表情を見せ、ノアを見つめながら頷いた。



  *  *



 そして、いよいよ教皇に謁見する時が訪れた。

 テレージアはローゼマリーから頂いた白く輝く聖衣に身を包み、姿見の前で着こなしをチェックしていた。すこし胸のあたりが緩い事を気にしているようだ。


「どう、隼人さん。わたし、聖女様に見える?」

 馬子にも衣裳とはこのことだろう。白銀の杖がさらに神聖さを際立たせていた。

 ノアはその姿に満足した。


「いいかい、鈴華さん。君が紛れもなく本物の聖女だ。臆する事はない。終始一貫堂々とした態度をとる様に!」

「わかっているわ、隼人さん!」

 テレージアは両手で両頬を『パチッ』と叩いて気合を入れる。 


 そうしてテレージアはミコラージュ卿に導かれ、部屋を出て行った。

「がんばれ、鈴華すずかさん。これは君の戦いだ!」

 そう独り言を呟きながら、ノアはテレージアの背中を見送った。



 重厚な扉が開かれ、テレージアが教皇謁見の間に姿を現すと、大きなどよめきが起きた。

「なんと神々しい……」

 そんなため息を含んだ声も聞こえてきた。

 謁見の間には、噂を聞きつけて集まった聖職者らによって、埋め尽くされていた。

 テレージアは謁見の間の中央を、正面の祭壇を背に坐する教皇に向かって、白銀の杖を突きながらゆっくりと、そして凛として歩みを進めた。

 当のテレージアはドレスの裾を踏まないように、気を付けていただけなのだが……。

 教皇はすでに、身を乗り出すようにテレージアを眺めていた。

 

 教皇の前にたどり着いたテレージアは、かがみながら杖を横向きにして前へ置き、両膝を静かについた。

 そして教皇の差し出す右手の甲にそっと唇をつけた。


「面をあげよ。そして名乗るがよい」

 教皇はいちど玉座で姿勢を正してからテレージアに語りかけた。

「はい、教皇猊下。わたしはバルシュタットから参りましたテレージアと申します」

 テレージアは教皇と視線が合うまで顔を上げて、かすかな微笑みを浮べながら名乗った。


「テレージアよ、聞こう。そなたが聖女である事は誠なのか?」

 すこし怪訝けげんそうな表情を教皇はしている。

「はい、わたしは創造主より聖女になる定めを受けて、この世に生まれ落ちました」

 静かに成り行きを見守っていた謁見の間は一瞬で騒然とした。高い天井にそのどよめきがこもる。


「それはまことの話か。創造主と聖女を語った作り話とあれば、大罪だぞ」

 さすがに教皇もその発言に驚きを隠せない。

「創造主そして聖母シャ―ルに誓って嘘偽りはございません」

 テレージアは教皇の視線を跳ね返す気迫で、はっきりと言い放った。


 気おくれしたのか、教皇は視線をテレージアの前に置かれた白銀の杖に移した。

「その杖はいかがした。そなたの歳に見合わない豪奢な杖に見えるが」


「この杖はわたくしがこの地におもむく前に、聖女の証として、賢者リフェンサー様より頂戴した一杖いちじょうでございます。


「なんと! リフェンサー殿より頂いた杖と申すか⁈ うそではあるまいな」

「はい、ザルベルト様には、わたくしの絵を描いて頂きました」

 テレージアはとっさのひらめきで、ここでザルベルトのカードを切った。

「まさかザルベルト殿の名前まで出てくるとは……。間違いないようだ。お二人共、息災でおられるかな⁈」

 間違いなくカードは決まったようだ。

「今はお二人共バルシュタットに滞在しておられます。リフェンサー様は少々体調を崩しておられまして、わたくしが魔術で治療いたしました」

 教皇は大きく頷いた。

「そうか、よくわかった。そなたには強力な後ろ盾がいるということだな。粗末にすることは出来まいて……」

 教皇の年老いた顔は穏やかになった。

「ただし次期聖女と決まったわけではないぞ。余の一存では決められぬ大事ゆえ……。しばらくは聖女ローゼマリーの元で、修行に励むと良い。下がってよいぞ、テレージア」


「本日は教皇猊下の貴重なお時間を頂きありがとうございました」

 テレージアは精一杯の微笑みを浮べて、教皇に礼を述べた。

 そしてすこし下がってから立ち上がったテレージアは、後ろに控えていたミコラージュに先導され、静かに謁見の間を後にした。


 その場にいた誰の目から見ても、テレージアが真の聖女である事は明らかだった。

 しかしその事実を堂々と口に出来る者は少なく、重く口を閉ざす者がほとんどだった。

 聖母が祀られた教皇庁の闇は深いようだ……。


 そして『三人目の聖女候補が、教皇に謁見を果たした』というニュースは瞬く間に教皇庁を駆け巡った。



  *  *  *  *  *



「何故三人目の聖女候補が突然ここに現れてしまうのだ」

 一人の聖女候補を擁し、枢機卿団最大派閥の長である、メルケル司教枢機卿は自らの執務室の中で、怒りをあらわにしていた。


「リヒャルド、どうすればよい! こんどの小娘が本物ではないかと、もっぱらの評判だぞ」

「なに、案ずる事はございませんぞ、メルケル様。絶対的に支持者の多いメルケル様の優勢は揺るぎないもの。あの小娘が本物だろうが関係ありませぬ。メルケル様が推す娘こそが聖女になるのですから」

 リヒャルド司祭枢機卿は歪んだ理論でメルケルを諭した。


「しかし聖女なる資格があるか、確かめねばなりませぬな。ひょっとすると魔女かもしれません。あのような小娘など、少し辱めてやればおとなしくなるでしょう」

 リヒャルドは聖職者とはかけ離れた、いやらしい薄笑いを浮べた。  



  *  *  *  *  *  



「いや~、さすがに今日は緊張したわ~」

 夕食の準備が出来た席についたテレージアが、両手を上に伸ばして解放感に浸っている。


「かなり評判が良かったそうじゃないか。やればできる子なんだね、鈴華さんは」

「もっと褒めなさい!」と言ってテレージアはご満悦だった。


「鈴華さん、これで君の存在がおおやけになった。これからはますます警戒しなくてはいけないよ」

『ごくっ!』と生唾を飲み込んで、テレージアは頷いた。

「この食事だって、毒が盛られているかもしれない……」

 そう言ってノアは何気なくスープの味見をした。

 直後、ノアの見ている景色がぐるりと回った!

 急速に息苦しくなってきた。

 ノアは椅子から転げ落ちながら、飲み込んだものを吐き出した。


「クソ、迂闊だった……、普通やるか⁈ 初日に……」


「隼人さん、隼人さん――、しっかりして――!」

 薄れゆく意識の中で、ノアが最後に聞いたのは、テレージアの叫ぶ声だった……。








最後までお読みくださり、ありがとうございます m(_ _"m)

応援して下さっている読者の皆様、たいへん感謝しております。


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作者はなにより嬉しく、HPは全回復します!

      ヾ(*´∀`*)ノ


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