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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
二章 諸国見聞編

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第19話 聖女の継承者3~神聖シャ―ル国~



 初日の旅は至って順調に進んだ。

 陽が傾き影が長くなった頃、ちょうど隊商宿が数軒あったので、今夜は一番上等そうな宿屋で休む事に決めた。

 馬車の数から見ても、なかなか繁盛しているようだ。

 この様な宿に泊まるのは初めてだと言って、テレージアは既にはしゃぎ回っている。

 受付を済ませて、部屋に荷物を置き一休みする。

 護衛という理由で、ノアとテレージアは同室になった。

 テレージアは嫌がるかと思ったが、むしろ喜んだことが意外だった。

 

 夕食は一階の酒場で、クリシュトフと共に三人でテーブルを囲んだ。

 黒パンにスープそして腸詰め肉といった、ありきたりのメニューではあったが、会話をしながらの食事はやはり楽しかった。


 聖女の修行について話題になった。

「わたし、修道院に入って修行するのかと思っていたわ」

 テレージアは『いまいちピンとこない』といった表情をしている。

「とんでもございません、テレージア様。もちろん修行はございますが、あなた様は選ばれし次期聖女様でいらっしゃいます。普通の修道女とは全く違います事を、ご理解頂きますように」

 クリシュトフはテレージアの認識不足を慌てて正した。

「とにかくテレージア様が教皇庁に入られる事は、訳あってまだ極秘でございます。安全が確保されるまで、素性は隠して頂きます。聖騎士様には侍従と偽って傍でお守りして頂ければ嬉しいのですが……」

「ぼくは全然かまいませんよ。むしろ送り届けたまま帰ってしまっては、心配でいられませんから」

 ノアの気遣いにクリシュトフは大きく安堵した。


「教皇庁に着いても、まだ物騒な事でもあるの?」

 テレージアは不安がる様子もなく、小首を傾げた。

「君はホントに能天気だね。恐らく君が邪魔な存在が教皇庁にいるんだよ。しかもかなりの大物だ。君は謀殺される可能性が高いって事だ……」

「ウソ、マジ?」

「ああ、大マジ!」


「私がまず、上司であるミコラージュ司教枢機卿に話を付けて参ります。安全が確保出来次第、教皇庁に入って頂きましょう」

「そのミコラージュ卿という方は、信用できるのですか?」

「そもそもテレージア様をお迎えに行くように命じたのは、ミコラージュ司教枢機卿であられます。夢の中でお告げを受けたそうです。信心深い、真の聖職者でいらっしゃいます」

 ノアはクリシュトフの話に納得すると、テレージアに語りかける。


「いいかいテレージア。この時代は根も葉もない疑いをかけられただけで黒になる。髪の毛が赤いってだけで魔女だと決めつけられ、火あぶりになった少女が数千人もいるんだ。君は何か言いがかりつけられて、魔女だと断定され、公開火あぶりの刑が濃厚なんだよ……」

 テレージアの顔がみるみるひきつって行く。

「イヤー! ノア様、隼人さま~。わたしを見捨てないで~。お願いしまふ~」

 テレージアは噛んだ。しかしその必死さだけは十分に伝わってきた。


 食後のハーブティーを飲み終わった頃、クリシュトフが酒場内を見渡した後、区切りをつけた。

「それでは今日はこれでお開きに致しましょう。聖騎士パラディン様、テレージア様をよろしくお願いします」

「はい、お任せください」

 ノアとテレージアがテーブルを離れる後ろ姿を、クリシュトフは立ち上がり頭を下げて見送った。


 二人は、二階のあてがわれた部屋に戻った。

 テレージアは何やら楽しそうである。

 ベッドが二台置かれているだけの飾り気のない部屋であったが、寝具はそこそこ上等で、あとは眠るだけなので十分だった。


 テレージアはブーツを脱いでベッドへ上がり、ノアに向かって正座をしてから三つ指をついた。

「不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します。……優しくしてね!」

 ノアは驚いて、思わず二度見してしまった。

「な、なんなんですか、いったいそれは! 鈴華すずかさん……」


「エーッ、だってわたしたちの新婚初夜でしょう! わたし、憧れてたのよね~」

 テレージアは両手を頬に当てて妄想にふけっている。

「だれが新婚ですか――! あなたはこれから聖女になる人なんですよ! バカな事言ってないで、サッサと寝なさい!」

 ノアは呆れながらもドギマギしてしまった。


「そこなのよね~。やっぱりわたし、この世界でもお嫁さんになれないのかな~」

 急に寂しそうな表情をしたテレージアに、ノアは答える事が出来なかった。

 ノアは衣服を脱ぎ捨てると、下着のままで寝具にもぐりこんで、テレージアに背中を向けた。

 テレージアも衣服を脱ぐと下着姿で自分のベッドに身体を横たえた。


「ねえ~、隼人さん。そっちに行って……いい?」

「ダメです! ぼくは『みかけは子供、エッチは大人!』なんですよ!」

 テレージアはクスクスと笑った。少し受けたようである。

「それ知っている! 『少年刑事コペン君』でしょ!」

 ――ああ、これも少し違うんだ……。


「もうランプ消しますよ」


「わかった、おやすみなさい……」


「…………」


 この夜、ノアは当然の如く、なかなか眠りに着く事が出来なかった。

 いつ頃眠りに入ったか解らない。


 翌朝、目を覚ましてみると、隣にテレージアが寝ていた事は言うまでもない。



  *  *



 二日目は初日の風景とは異なり、長閑のどかな田園風景の中を歩いた。

 ――馬車の旅もいいけど、自分の足で歩いて、ゆっくりと景色を楽しむのもいいモノだ。

 ノア達は一面の麦畑の中を抜ける街道を歩いていた。

 遠くで農夫が麦を刈っている姿が見える。

 今は六月、ちょうど昨年秋に蒔いた種の収穫時期だった。


「ねえ、鈴華さん。この麦畑を見てどう思う?」

「エッ、ここって麦畑だったの! わたしには雑草畑にしか見えないわ……」

 テレージアが呆れたようにキョロキョロと辺りを見渡した。

「これでも今は刈入れの時期なんだよ」 

 ノアは遠くの農夫に向けて指先で示した。

「わたし刈入れの時期って、麦の穂で黄金の絨毯のように見えると思っていたわ」

「そのイメージは当然だよね。ぼくも昔はそう思っていた。この世界はね、ぼくの前世の中世末期のヨーロッパに凄くよく似ているんだ」

「わたしも世界史には詳しくないけど、なんとなく解かるわ」


「だから前世で学んだ記憶と照らし合わせると、この時代の麦作では百キロの種を蒔いて、五百キロくらいの収穫しか出来ていないんだ。要するに、一粒が五粒にしかならないって事だ」

 テレージアは信じられない、といった表情をしている。

「それってむなし過ぎない……⁈」

 ノアは隣を歩くテレージアを、少しだけ見上げながら頷いた。

「この時代の人が貧しいわけだよ……」


「これはぼくが将来取り組まなくてはいけない問題だし、同じ事が君にも言えると思うよ」

 難しい表情をしながらも、テレージアは頷いた。


「ねえ、隼人さん。手を繋いで歩こうか!」

 そういってテレージアはノアの右手を握った。

 ノアも別段反対する仕草は見せなかった。

 そんな二人の歩く背中を、後ろを歩くクリシュトフは、微笑ましく眺めていた。



  *  *



 予定通り十日の行程を経てノアとテレージア、そしてクリシュトフの三人は無事、神聖シャ―ル国聖都セントレイシアにたどり着いた。

 やはりその街並みは他の国の首都とは一線を画していた。

 聖都中心部は、その荘厳さが天にも届きそうな大聖堂を中心に、教皇庁や洗礼堂、記念堂や墓廟、修道院や学校と、神聖教会の巨大な建築物が絶大な存在感を示していた。

 多くの巡礼者が行きかい、歌う様なざわめきが聞こえる。

 ここは地上で最も天国に近い都市なのだ。


「まずは数日、近くに宿をとって様子を見ましょう。私は明日にでもミコラージュ司教枢機卿に事態を報告してまいります」

 クリシュトフの慎重な提案に、ノアも同意した。



  *  *



 翌日はノアとテレージアはセントレイシア観光を楽しむ事ができた。

 ノアは尾行や監視をある意味期待したが、終始そのような兆候は見られなかった。

 どうやらテレージアがセントレイシアに到着した事は、悟られていないらしい。

 


 この日は二人にとって、想い出に残る一日となった事は間違いなかった。



  *  *



 さらに翌日。

 クリシュトフによって、ノアとテレージアは教皇庁二階にある、ミコラージュ司教枢機卿の執務室に案内された。

 ミコラージュ司教枢機卿は執務中であった机から立ち上がり、ノアとテレージアを温かく迎えた。

 先駆けてテレージアが緊張しながらも挨拶をした。

「バルシュタットのテレージアと申します」

 ミコラージュはテレージアを深く見つめた。その瞳は右が青く、左が金色だった。

 真剣な眼差しから、やがて穏やかな表情へと移り変わった。

「やはりあなたで間違いないようだ」

 

 続いてノアに視線を移すと、すぐに眩しそうに目をそむけた。

 そしてミコラージュはノアの前に静かに進み出て、聖衣の裾を正し、両膝をついた。

「聖母と聖女の守護者、精霊スピリット聖騎士パラディン様。ようこそお下りになられました」

 そんな畏まったミコラージュを見て、ノアは不思議に思った。

「こんな子供の姿であるぼくを疑わないのですか?」


「わたくしの左目をご覧ください。この金色の瞳は見た者の秘めたる力を見る事ができるのです。あなた様のそれは、人如きが持つものではございません……」


「なるほどそう言う訳ですか。ぼくは以前、あなたと同じ目を持った方と出会った事があります」

 もちろんフォレストゲート冒険者ギルド長、フォルマ―の事である。

「確かにぼくは、創造主に精霊の力を授けられています。しかしこれでも生身の人間なのですよ。ぼくは教義には疎いので、その『精霊スピリット聖騎士パラディン様』とやらを説明していただけますか?」


「やはり創造主が遣わしになった方なのですね……。まずはどうぞこちらにお座りください」

 ノアとテレージアは示されたソファーに腰かけた。


「わたくし共の神聖シャ―ル教での神とは、三位一体の考えに基づいております。根本には万物の創造主がおわし、いにしえに創造主が混乱の地上に聖母を遣わせたとあります。そしてこの地上に満たされている精霊もまた、根源的には一体であると教えています」

 ミコラージュは穏やかな口調で語り続けた。

「そして人は相変わらずあまりに罪深く、見かねた創造主が時に聖女を遣わします。その聖女を庇護するお役目が、精霊の力を宿す聖騎士様なのでございます」

 ノアは納得したように頷いた。


「つぎに現在の状況を教えて頂けますか?」

「はい、実はこの教皇庁には、すでに二人の聖女候補がいらっしゃるのです……」

 ノアとテレージアは思わず顔を見合わせた。

「では、そちらは偽物……という事ですか」

「はい、当の彼女たちに罪はありませんが……。本日こうしてテレージア様のご尊顔を拝して、それは確信へと変わりました」


「どうしてこのような事態を招いたのでしょうか」

「その二人の聖女候補には、それぞれ有力な司教枢機卿がついております。聖女を手の内に有するという事は、次の教皇選挙において、大変有利に働きます」

 ミコラージュの穏やかな表情は曇り始める。


「教皇は古くより、枢機卿の中より選ばれる事になっています。現在教皇庁には、六人の司教枢機卿と五十人の司祭枢機卿、そして十四人の助祭枢機卿が、教皇によって任命されております。よってこの枢機卿七十人の多数決で次期教皇が決定するのです」


「ずいぶんと多いですね」

 ノアは率直な感想を述べた。

「はい、そして現在の教皇庁で最も重視されるのは、献金なのです。しかも聖職者でなくとも献金の額によっては、誰でも枢機卿になる事が可能なのです。まったく愚かな話ではありませんか……。枢機卿の地位がお金で買えるのですから」


「まさか、聖女候補を有する二人とは……」


「御明察にございます。お二人共、聖職者ではございません」


「テレージアを襲ったのは、その二人のどちらかの手の者、と考えて良さそうですね」

「そう考えるのが、妥当でございましょう」

 状況を把握したノアは、腕を組んで目を閉じた。


「さて、これからの事を考えましょう。あなたは真の聖女をここに招いた。それは神のお告げによる正しい行いでしょう。しかし結果的にテレージアを教皇庁の俗な権力争いに巻き込んでしまう事になる。彼女はこのまま故郷に戻り、普通の女性として穏やかに生活する方が、幸せかもしれない」

 ミコラージュの顔が苦悩に歪んだ。

「それではこの世は……、そして教皇庁は余りに救われません……」

 ノアはミコラージュの表情を見て取ると、彼を問いただした。

「ミコラージュ卿に尋ねましょう。貴方にはテレージアを擁して、他の二人の枢機卿と事を構える覚悟がおありですか」

 

「わたくしは神にこの身を差し出した者にございます。たとえこの身がどうなろうと、真の聖女テレージア様をお守りする事こそ、神の御心に寄り添うものと心得ております」


「それを聞いて安心しました。卿の正しき信仰心に、聖母もお喜びの事でしょう……」


「もったいなきお言葉……」

 ミコラージュはロザリオを握り畏まった。


「クリシュトフさんも協力して頂けますか⁈」

 急に振られたクリシュトフは、慌てて畏まった。

「も、もちろんにございます、精霊の聖騎士様」


「それではさっそく聖女に相応しい、そして安全が確保しやすい部屋を用意して下さい。護衛は不要です。信用出来ませんから」

「かしこまりました」


 こうしてテレージア、そしてミコラージュの今後の方向性は定まった。



 テレージアとノアには、ミコラージュ司教枢機卿の権限によって教皇庁奥深く、おそらく各国の要人に充てられる客間が用意された。

 もちろん二人は同室である。

 寝室と居間は分けられ、バスルームとトイレ、そして簡単な厨房まで備え付けてある。

 装飾品も贅沢なしつらえであった。


「素敵! ここがわたしと隼人さんの新居なのね!」

 部屋中を探検し終えたテレージアは、両手を胸に感激している。

「鈴華さん~、その紛らわしい物言いはやめて下さいな」

 窓を開けて下を眺めていたノアは、呆れるしかなかった。


 ――ここは三階か。この高さならなんとかテレージアを抱えて飛び降りることが出来るだろう。廊下も広く直線だった。隠れるところはない。この部屋なら警戒がしやすいだろう。


「ねえ、隼人さん。なにしているの?」

 テレージアは自分と違う室内チェックをしているノアを、不思議に思ったようだ。

「警戒の方法と、イザと言う時の脱出路を考えているのです!」

 面倒くさそうにノアは答えた。

「ふーん、そうなんだ。頼りにしているわよ、あ・な・た!」

「鈴華さん、バカな事ばかり言ってないで、ここに座ってくれるかい」

 ノアは一通りのチェックを終え、テレージアを居間のソファーの対面に招いた。


「これでなんとか教皇庁に入る事が出来た。まずは第一関門突破だ。しかしこれからが本番だよ。解っているね⁈ 鈴華さん」


「はい、わかっています、あなた!」

 ノアに面倒なので、特に文句は言わなかった。

「次は教皇に会って、君の存在をおおやけにしなくてはいけない。それから現聖女様にも会おう」

「あなたの言う通りにするわ」

「全部君がやる事だからね」

 テレージアは目を伏せてしまった。


「ねえ、隼人さん……」

「なんだい、鈴華さん」


「今夜も一緒に寝ていい?」

「ダメです!」

 その一言が無駄だった事は言うまでもなかった……。





 

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