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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
一章 冒険者ギルド編
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第1話 不思議な少年





 秋も深まり始めた日の夕刻、冒険者ギルドの受付カウンターでは、本日の成果を清算する冒険者達が列を成し活気にあふれていた。

 歴史ある木造建築に満たされた独特のすえた匂いが、紛れもなくこの場が冒険者ギルドである事を証明している。

 ここはエレンシア大陸、シャレーク王国の北方に位置するフォレストゲートの街。

 大陸随一である大樹海の玄関口として、冒険者を中心として歴史を刻んできた街である。

 冒険者ギルド発祥の地であるフォレストゲートから、この物語は静かに幕を開ける。





 ギルドで一番の実力者であるジルザークは、依頼や狩りに出かけている日以外は、夕刻より奥の酒場で一杯やる事を日課にしていた。

 その行為は、このギルドの秩序を保つために、ひと役かっているのは事実であった。

 角のすり減ったカウンターには、鞘に納められた業物のバスタードソードが立てかけられている。

 皮製のジャケットやパンツ・ブーツに至るまで身なりは上等で、他の冒険者とは一線を画していた。

 


「よう! ちょっと少ないんじゃないか」

 どうやら提示された清算金額に不満があるようだ。

 カウンター越しにラッソーのバカが、受付嬢のアイリーンに凄んでいる。

 アイリーンが根気よく説明を続けている様だが、どうもヤツは納得がいかないらしい。

 だんだん語気が荒くなってくる。

 ――やらやれ、自分じゃ算術も出来ない癖に文句つけやがって! などと考えながらジルザークがカウンターの椅子から立ち上がろうとした時……。


「あの~、ぼくが計算を確かめましょうか」

 後ろに並んでいた、小さな少年が仲裁に入った。

「なんだこのガキ! 邪魔だ、引っ込んでいろ!」

 少年はそんな脅しを全く意に介していない。

「ぼくがあなたの前で全部計算し直しますから、それで納得してもらえないでしょうか」

「……」

「すみません、清算書と蝋板を貸して頂けますか」

 アイリーンが少し戸惑いながらも少年の要求に答えている。

 少年は清算書を見ながら、算術を使っているようだ。

 

「依頼の報酬と買い取り額を合わせて、二万四千八百マーベルですね」

 ラッソーは自分が受け取った貨幣を数え直した。

「クソ、合ってやがる……。解ったよ、俺が悪かった」

 ラッソーはアイリーンと少年に軽く謝ると、バツが悪そうにそのまま急ぎ足で外へ出て行った。

「ありがとう、助かったわ! 君、小さいのに算術が上手じょうずなのね」

「どういたしまして。今日はこれを買い取ってもらえますか」


 そんな少年の様子を、ジルザークは興味深く観察していた。

「なあマスター、あのガキは何者だい? 赤ん坊までおぶっているし……」

「ああ、ジルの旦那はしばらく遠征に出ていたから初めてか。最近この時間になると薬草や魔結石を売りに来るのだよ。それがなかなかの上物を持ってくるらしい。そんな訳でギルドも相手してやっている様だ。もっともかなり買い叩いているらしいがね」


「親はどうした」

「どうやら死んじまっていないらしいよ……」

 そんな話をしていると、自分の清算が終わった少年がこちらに向かってきた。

 ジルザークの前を通り過ぎ、カウンターの一番奥に座った。

 コートを脱ぎ、見慣れない複雑なおぶ紐をほどいて赤ん坊を膝の上に乗せた。


「すみません、ミルクとパンを一つと豆のスープをお願いします」

「まかせな」

 カウンター越しにマスターが不愛想に注文を受けた。


 しばらくすると、陶器のマグに入れられたミルクと、木製の皿に黒パンが二つ、木製の深皿に満たされたスープが少年の前に並べられた。

「マスター、パンが……」

「おごりだ。黙って食いな」

「ありがとうございます。」

 少年はマスターを見上げて、とてもうれしそうに礼をいった。


 少年が、ミルクのマグに手のひらを当てた。

 すると、冷たいはずのミルクから、湯気が立ち登り始めた。

 少年が少し口を付けて温度を確認すると、赤ん坊に少しずつ飲ませ始めた。

 口とカップの下には、布の切れ端が添えられている。

 そんな様子をジルザークは興味深く眺めていた。


 ――なんだあの小僧、今ミルクを温めたぞ……魔術か? 器用な事しやがる。しかしなんだこの違和感は。この辺じゃ浮浪者のガキなんざ珍しくもない。しかしこいつら何かが違う。


 ――そうか、身なりを小綺麗にしてやがるんだ。顔や髪も薄汚れてない。どことなく品が有る。さっきは受付で算術までやって見せやがったし。

 少年は緑がかったアッシュブロンドの髪を耳が隠れるほどにのばしている。

 瞳の色はブルーと言うよりグリーンに近い。

 着ている服は上等とは言えないが、薄汚れてはいなかった。

 ジルザークは引き続き少年を観察した。


 少年はパンを細かくちぎり、スープを滲み込ませて、赤ん坊に与えていた。

 スープの豆はスプーンでつぶして、柔らかくしてから口に入れた。

 赤ん坊のペースに合わせ、ゆっくりと食べさせている。

 赤ん坊がお腹いっぱいになって満足すると、残りを自分が食べていた。


「マスター、お会計をお願いします」と少年は言って代金を手渡す。

「ごちそうさまでした」とマスターに向かって丁寧に頭を下げた。

 おぶひもで赤ん坊を背負い、その上からコートを羽織った。

 帰り際、ジルザークの前を通り過ぎる時、ペコリと頭をさげていった。

 たぶん視線に気づいていたからだろう。

 少年は静かに冒険者ギルドから、既に日が落ちた闇の中に消えて行った。


 少年が出て行く所を見届けると、ジルザークはマスターに再び話しかける。

「あの小僧、どこに住んでいるんだい?」

「ウワサだが、森の洞窟をねじろにしているらしい」

 ――常識では危険な森にすみ込むのは考えられないが。


 ジルザークはそんな不思議な少年に興味をもった。




 二日後の夕刻、少年は再び姿を現した。

 前回の様に、カウンターに並び、清算を終え、こちらに向かって来る。

 ジルザークの前を過ぎる時にペコリと頭を下げ、一番奥の席に座った。

 そしてマスターにミルクとパンとスープを注文し、赤ん坊に食べさせ、残りを自分が食べていた。


 ただ前回と異なった事は、ジルザークと少年の中間にはこのギルドでも素行の悪い、レネーとサラムの二人組が座っている事だった。

 二人はカウンターに伏せながら、少年の方をチラチラと見ている。

 なにかよからぬ相談をしているのは明白だった。


 帰りがけ、少年が通り過ぎる直前、レネーが悪意をもって足を延ばした。

『危ない!』ジルザークは反射的に助けようしたが……

 少年は何事も無い様に、足を踏みつけバランスを崩す事も無く通り過ぎる。


「小僧、いい度胸だ」と言ってレネーが凄む。

「すみません、足が掛かると転びそうだったもので」

「この、クソガキー!」

 レネーの表情はいやらしく歪んだ。


「それくらいにしておけ、レネー」

 ジルザークは見かねて止めに入る。

 レネーはジルザークと目を合わせると暫く睨んだ後、渋々引き下がった。


 少年はまたペコリとジルザークに頭を下げると、暗くなった通りへと出て行った。

 程なくレネーとサラムは、少年を追うように出て行く。

 ――ろくでもねえ事をしようとしているのが、見え見えなんだよ。

 ジルザークは立ち上がり、少年を助けるべく冒険者ギルドを出ようとした時。


「ジルさーん。ギルド長が、話があるって! ちょっと二階へ上がってきて」

 二階の踊り場からギルド長の秘書、メアリーに呼び止められた。

「チィ! なんと間が悪い……」


 ――まあ、これで死んじまうなら、あの小僧もそれだけの運命だな。

 ジルザークは半分諦めて階段を登っていった。




 翌日、ジルザークがギルドに顔を出すと、大騒ぎになっていた。

 昨夜少年にちょっかいを出していたレネーとサラムが、大樹海の入り口あたりで死体となって発見されたのだ。

 なんでも二人とも、一撃だけで首の頸動脈を切断されていたらしい。


 ――あの小僧がやったのか?

 ジルザークはそんな考えも浮かんだが、それは真実ではないような気がした。

 ――それよりあの小僧、無事なのか?

 ジルザークは心配しながら少年を待ったが、この日は最後まで現れる事はなかった。




 さらに翌日。

 夕刻に少年は現れた。

 いつものように赤ん坊を背負いながら。

 ――よかった、無事だったのか。

 少年は清算の列に並び、代金を受け取ると、こちらの酒場へ……には来なかった。

 少年の足はパーティーメンバー募集の掲示板に向かっていた。


 

「おまえ、字が読めるのか?」

 少年は後ろから突然声をかけて来た、大きなジルザークに少々驚いた様だ。

「ええ、読めます」

「パーティーを探しているのかい?」

「はい……。先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」

 少年は赤ん坊を背負いながら、礼儀正しく丁寧に頭を下げた。

「何のことだ?」

「ぼく達を森までつけて来た、あの二人組をやっつけてくれたことです」

「それはオレじゃない」

「そうですか……。ぼくはてっきりあなただと思っていたのですが」


 ――オレ以外にも、こいつらを気にかけているヤツがいるってことか?


「おまえ、パーティーに入ってどんな仕事が出来るんだい?」

「荷物持ちや、偵察、ガイドが出来ると思います」

「大樹海には詳しいのか?」

「その点では誰にも負けないと思います」

 ジルザークは満足気に頷いた。

「そうか、ちょうどうちもメンバーを募集している。斥候スカウトがドジ踏んで大怪我して引退しちまったんだよ。おまえ、変わりをやってみないか」

 少年はとても意外そうな表情を見せた。

「うれしいお誘いですが、あなた達はAランクパーティーですよね。ぼくはまだ冒険者登録も出来ていませんし……」

「ほう、オレ達の事知っているのかい! 心配するな、冒険者は実力が全てよ! 細かい事はオレに任せておけ」

 少年は少し首を傾げ思案している。


「この子も連れて行く事になりますけど、それでもよろしいですか……」

「ああ、仕事さえしっかり出来るのなら別に構わんよ。おまえの妹か?」

「はい、そうです。血は繋がっていませんが」

「そうか……」

「立ち話もなんだな。あっちへ行って飯でも食いながら続きを話そう。今日はオレが奢ってやるよ」


 ジルザークはいつものカウンター席では無く、窓際のテーブル席へと少年を連れていった。

「ここもオレ達パーティ―の指定席なんだ」

 少年はジルザークの対面に座り、おぶ紐をといて妹を抱いた。


「マスター、エールとつまみとこいつらの食事を頼むよ」

「まかせな……」

 カウンターからマスターの静かな返事があった。


「紹介が遅れたな、オレはジルザーク・ブローク。『黄昏の梟』のリーダーをやっている」

「ノア・アルヴェーンと申します。この子はセシルといいます」

「歳は?」

「ぼくが六歳でセシルは一歳になったばかりです」

 

「ジルの旦那、ずいぶん面倒見がいいじゃないか」

 マスターがまずはエールとミルクを二杯持ってきてくれた。


「さあ、セシルがお腹を空かしているだろう。ミルクを飲ませてやってくれ」

「ありがとうございます。それではいただきます」

 そういって嬉しそうに頭を下げたノアは、ミルクのマグに手を添え、温め始めた。

「それは魔術か? 誰に習った?」

「誰にも習っていません。なんとなく出来るようになりました」

「他にも魔術は使えるのか?」

「一通りは使えると思います」


「よし、明日シャドーウルフの討伐に出るんだが、おまえも付いて来い。働き次第でパーティーに入れてやる」

 ジルザークは一気にエールを飲み干した。


「わかりました。よろしくお願いします。期待に添えるよう、精一杯頑張ります」

 ノアは無意識であろうが、セシルを少しだけ強く抱きしめていた。






最後までお読み頂き、ありがとうございます。

いよいよ開幕しました『導きの賢者と七人の乙女』

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