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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
二章 諸国見聞編
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第16話 スパソニア帝国の妖女帝


挿絵(By みてみん)



 竜神岬を後にし、再び街道に戻ると、今度はサレニア海を左手に見ながら北上を開始する。

 しばらく馬車が進むと、ボローニャ公国との国境に到達した。

 街道に関所があり、入国審査がおこなわれたが、貿易商と言う建前や衛兵に金を握らせた事で、簡単に通過する事が出来た。

 ザルベルトは異国の言葉を流暢に使い対応していた。

 スティーナに聞くと、ボローニャ公国は大国ラデリア帝国の属国であり、言語も今はラデリア語を使っているという。

 

 ボローニャ公国の景色はとても美しかった。北に向かえば、左は碧いサレニア海がどこまでも広がり、右は近くに南クリスタリア山脈が連なっている。

 そんなボローニャ公国を縦断するのに七日を要した。


 イゼル川を渡り、二つ目の国境を通過しラデリア帝国に入るとサレニア海沿いの最大都市、イゼルシュタットの市街はすぐだった。

 この都市はサレニア海の最奥に位置し、地学的に見ても港湾都市として栄えるのは必然であった。

 ノアを驚かせたのは、その港の大きさ、停泊する帆船の多さ、荷役に従事する労働者の多さだった。

 活気ある港の風景に、ノアは素直に感動を覚えた。

 馬車は港から少し離れた宿屋街の一軒の前で止まった。

 ここは馴染みの宿なのだそうだ。


「イゼルシュタットでは少々やらねばいけない要件がある。年が明けるまで滞在しよう。ノアよ、その間に街や港を見て歩くといい」

 リフェンサーは、ここイゼルシュタットには旧知の友人も多く、諸々縁があるらしい。要件とは主に魔道具や美術品の売買をするためだそうだ。

 

 滞在中ノアはザルベルトから剣術や絵画の指導を受けたり、スティーナから格闘術を習ったりと、充実した毎日を送っていた。

 午後時間が空くと、港を見渡せる小高い丘の先端によく足を運んだ。

 その日の気分で下町の屋台で買ってきたモノを、この場所で帆船を眺めながら食べるのが楽しみになっていた。

 日によっては、リフェンサーやザルベルトやスティーナに連れられ市中を歩いた。

 リフェンサーには魔道具の指導を受け、ザルベルトからは美術品の目利きを教わった。

 ノアの好奇心は十分に満たされた。


 市内には活気はあるのだが、物々しい雰囲気が気になる。

 原因はこのところ急速に拡大している、教会の宗派の対立にあるらしい。

 前世で日本人だったノアは、神を敬う信仰心という概念が希薄だった。

 その辺りのロジックが、この世界の人々と大きく異なる点であるだろう。

 宗教の違い、まして宗派の違いによって信者が争うという事実を、容易に理解する事は出来なかった。




 年が明けて、祝いのムードも落ち着いた頃、次の目的地であるスパソニア帝国に向け、馬車の旅を再開した。

 イゼルシュタットから、スパソニアの帝都アムリードまでの道のりは、この文明が古くから栄えたエリアである。

 かつての小国家群が築き上げた城塞都市を、行く先々で見る事が出来た。

 この街道は城塞街道と呼ばれているのだ。

 小高い丘の斜面に築かれた古城は、まるで川を見下ろしているようだ。

 市中をぐるりと高い防壁で囲んでいる城塞都市は実に壮観である。


 街道の往来はとても賑やかだった。

 数台の馬車が連なる隊商も珍しくない。

 不気味な光景は軍隊との遭遇だった。

 マスケット銃を担いだ傭兵の集団や、牛に引かせた大砲とよくすれ違う。

 どこか戦場に向かうのだろう。


 スパソニア帝国の国境が近付くにつれ、周囲の景色は異様な様相を呈し始めた。

 廃墟となった城塞都市が増え始めたのである。

 堅牢であったはずの城壁は破壊され、その機能を失っていた。大砲の砲撃によって無残な姿に変えられていたのだ。

 それは大砲の登場により、攻城戦が変貌した事を物語っていた。



 三つ目の国境を越え、いよいよスパソニア帝国に入った。

 スパソニア帝国、帝都アムリードは、エレンシア大陸一の権勢と歴史を誇る、サウスブルグ家の栄華を随所に見る事が出来た。

 スパソニア帝国は、この世界初の覇権国家だった。

 暴虐の艦隊と呼ばれる海軍によって制海権を手に入れ、植民地を拡大する事によって莫大な富がもたらされたと言う。

 荘厳な建築物群は、繊細な彫刻が施され、美しさを際立たせている。

 その仕事は、前世のバロック建築様式とかなり似ていた。


 市中に入ると、ザルベルトはフードを被り、なぜか顔を隠している。

 リフェンサーも周囲を警戒しているようだ。

 そんな様子を察したノアは、リフェンサーに尋ねた。

「なにかまずい事でもあるのでしょうか」

「いやなに、心配する事ではない。ただ見つかると面倒なお方がおられるのでな」

 リフェンサーは少し気まずそうな顔をしていた。

「今夜はここで宿をとろう。明日はアムリードを後にする。ノアよ、まだ陽も高い。急いでこの街を見てくるとよい。見るべきものは多いぞ」

 よほどここは気まずいのだな……。ノアはそう察した。


 下町は活況を見せ、露天商に並ぶ商品も豊富だった。

 この世界で初めてトウモロコシやトマトが並べられているのを見た。もっとも美味しそうではなかったが……。


「キャ――!」

 少女の悲鳴が聞こえた。

 悲鳴は万国共通で通用する。

 ノアは急ぎ、悲鳴の元へ向かってみた。


 ひとりの少女が、ガラの悪い三人の男に絡まれている。

 少女は十五歳くらいだろうか、町娘の装いをしたブロンドの髪を伸ばした、綺麗な女性だ。

 腕をつかまれ、路地裏へ引いて行かれそうだった。


 こんな光景を見て、ノアの正義漢が黙っているはずもない。

 ノアは満面の笑顔で騒ぎの場に近づいた。

「あの~その娘が嫌がっていると思うのですが……」

 ノアはレ―ヴァン語でしゃべっているので、通じてはいないだろう。

「なんだこの小僧! 痛い目をみたいのか」

 と、彼らは言っている様だ。

 三人は楽しそうにノアを取り囲んだ。

 右前の男がパンチを繰り出した瞬間、ノアは避けざまに後ろの男の腹に圧縮空気弾を至近距離で叩き込んだ。

 もちろんかなり威力は抑えている。

 それでも男は吹き飛んで転げ回った。

 続けて一瞬怯んでいる前方にいた二人に、同様に叩き込む。

 それぞれの方向に向かって男達は吹き飛んでいった。

 

 一瞬の静けさの後、周囲の野次馬達から大歓声が上がった。


 少女はポカンとしていたが、我に返るとノアにお礼を言いながら、何度も可愛らしくお辞儀をした。

 ノアは言葉が通じないのが分かっていたので、笑顔で頷いてから、その場を後にした。

 少女はノアが見えなくなるまで何度もお辞儀をしていた。


 その後ノアは、気持ちよくアムリード見物を楽しんだ事は言うまでもない。



  *  *  *  *



 複雑怪奇な宮殿奥深く、玉座の置かれた豪華極まる一室には、先ほどの少女と、先ほどの暴漢三人が、なぜか親し気に会話をしている。


「今日は久々に面白い少年に出会ったのう」

 少女はその可憐な姿に相応しくない口調で語り始めた。


「陛下の戯言ざれごとに付き合わされる、我々の身にもなって下さいませ」

 リーダーらしき男が、頭をポリポリと掻きながら言った。

「そなたはわらわの数少ない楽しみを奪うのか」

 そう言いながら、なぜかその場で、町娘の衣服をすべて脱ぎ捨てていった。


 一糸まとわぬ姿になると、彼女は目を閉じ、なにか呪文のような言葉を呟いた。

 少女の裸体は一瞬揺らぐと、成熟した妖しくも美しい女性の姿に変貌を遂げた。

 すぐさま四人の侍女が近寄り、下着から、そして華麗なドレスを着せていった。


「そなたたち、毎度妾の着替えを眺めて飽きぬのか?」

「滅相もございません、女帝陛下。これ以上のご馳走はございませぬゆえ」

「それは妾がおかずと言う事か? まあよい、好きにするがよい……」

 女帝陛下と崇められた妖しく美しい女性は、玉座に身を任せ、足を組んだ。

 すぐに若い美形の侍従が、グラスに注がれた真っ赤な葡萄酒を差し出した。

 先ほどの三人も玉座の前にあらためて膝まずいた。


「しかし先ほどは傑作であった。ぬしらが吹き飛ばされて転げ回るのを初めて見たぞ」


「不意打ちであったと言え、醜態を晒し申し訳ございません」

「よい。して、どうであった。実際に食らってみた感想は」


「はい、不可思議な術でございました。初動が全く読めませんでした。威力も中々のモノでしたぞ。しかし恐ろしいのは、かなり力を落として発動していたところでしょう。まったく底が見えませんでした」


「さらに後ろにいた拙者を先に仕留めに来ましたぞ! よほど場数を踏んでいますな、あの少年は」

 男はよほど感心しているようだ。

「ほう、帝国一の魔剣士にそこまで言わせるか」

 女帝も満足げに葡萄酒を少し口に含ませた。


「して、いかが致しましょう。彼の少年を捕獲して御前で膝まずかせましょうか」

 女帝はグラスをかざし葡萄酒を揺すって眺めた。

「まだ、熟しておらぬな……」


「あれだけの少年よ、いずれその名はこの大陸に響き渡る事になるだろう。その時まで待つのが、真の美食家というものよ」

 女帝はペロリと舌なめずりをして見せた。

「かしこまりました、女帝陛下の仰せのままに。しかしあの少年は、いったい何者なのでしょうか」


「おおむね見当はついておるよ……」

 女帝は肘掛を使い、頬杖をついた。


 ――ともすれば、なぜリフェンサーの小僧は妾の機嫌伺いに来ぬのじゃ……。おおむね会えば、妾が必ずあの少年を欲しがる事を察して、といったところか。もしくは年老いた自分の姿を、妾に見られたくないのかもしれぬの……。

 女帝は自らの想像に少しだけ口許を緩めた。

 ――さて、ザルベルトはどうした……。よもや妾との約束を忘れたわけでもあるまい。

 今度は少しだけ眉をひそめた。


 ――まあよい。再会はそう先の話でもなかろう……。その時を楽しみに待つとしようか……。





最後までお読みくださり、ありがとうございます m(_ _"m)

応援して下さっている読者の皆様、たいへん感謝しております。


ブックマークまた広告下の☆☆☆☆☆評価を黒く押して頂けますと、

作者はなにより嬉しく、HPは全回復します!

      ヾ(*´∀`*)ノ


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