表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
二章 諸国見聞編
18/109

第15話 最南端の岬にて





 ナルフムーン王国の王都スーファを後にした賢者リフェンサーらを乗せた馬車は、メレーネ川沿いの街道を南へと下って行く。

 この頃、ノアの体調もすっかり回復していた。

 進路左側のメレーネ川を越えれば、慣れ親しんだシャレーク王国だ。

 反対右手の遠い景色は、南クリスタリア山脈が悠々と連なっている。

 川沿いから山脈までは緩やかな傾斜地となっていて、見渡す限りのぶどう畑が広がっていた。

 この辺りはエレンシア大陸の南方に位置し、海が近いこともあって温暖な気候である。

 ほとんどぶどうの収穫が終わった十月下旬であっても、フォレストゲートと比べてとても暖かい。 

 通りすがりのある村では、収穫祭の真っ最中だった。

 若い娘が、ぶどうを満たした大きな桶に入り、スカートを持ち上げながら楽しそうに踊っている。

 廻りの大人達は手拍子で、ヤンヤヤンヤの大騒ぎだ。

 ――確か前世で読んだ本の記術に、ぶどう踏みの収穫祭では清らかな乙女に下着を履かせずに葡萄ぶどうを踏ませたという。そうすると葡萄が真っ赤に照れて良い色が出て、美味しくなるんだそうだ。

 ――あの娘も履いていなのかな……。まあ、確かめる事は出来ないけど……。



 潮の香りが鼻をくすぐる頃、馬車は街道を離れ岬に向かう。

 やがて馬車は海岸線近くの丘の上で止まった。

 馬車を降りると視界一杯に青く美しい海が広がっていた。


「ここが、大陸最南端、竜神岬とよばれておる」

 カモメの群れが、大空を優雅に飛行している。

「ああ、やっぱり海はいいですね……」

 転生前は日本人だったノア、素直に感動していた。

 思い切り、潮の香りを吸い込む。


「お師匠様、水平線が弧を描いてみえます。やはりこの大地も球体なのでしょうか」

「おそらく間違いなかろう。しかしこの世界のこの時代では、まだ誰も証明していないがな」


「うっすらと上弦の月が見えますね。お師匠様、この大地はいったい何処にあるのでしょうか?」

「どう言う事かな?」

 リフェンサーが少し小首を傾げてノアを見た。

 ノアは南の青空に溶け込むように浮かんでいる三日月を眺めながら、言葉を続けた。

「言い方を変えれば転生前の世界から、どれほど離れている時空間にあるか? と言った疑問です」

「若様は難しい事を考えられますな」

 ザルベルトが傍でスケッチ始めながら、妙に感心している。


「お気付きですか、あの月も太陽も、夜空に見える星々が描き出す星座も、ぼくが転生前に居た世界の記憶とほとんど同じなのです」

 リフェンサーは、なるほどと頷いた。


「考えられることは三つあります」

「一つ、元いた世界と星々の運行までそっくりな空間が、広い宇宙の何処かにある。

 二つ、元いた世界と同じ空間だが、時間が異なる。

 三つ、元居た世界と次元が異なる……」


「先日お師匠様とお話した時に、ぼくは確信しました。この世界を含めて、同じ様な世界が多数存在すると!」

 海風が少し強く吹いて、ノアの髪とローブのフードを少し揺らした。


「これは前世の世界で学んだ事なのですが、ぼくの世界では理論物理学や量子力学といった難しい学問がありました」


「この世界は縦・横・高さの三次元で成り立ち、さらに時間軸が加わった四次元で構成されているのですが、五次元からは、今この瞬間に世界が分岐していくパラレルワールドの可能性を考える事ができます。最大十次元、もしくは十一次元が提唱されているのですが、五次元以上を余剰次元と呼んでいます」


「そんな余剰次元の中で、多数存在する世界のひとつから、お師匠様やぼくの魂のような存在がこの世界へ送り込まれた……と考えるのが自然だと思うのですが」


「神の如き『あの方々』によってか」

 難しい顔をしたリフェンサーが呟いた。

「その通りです。きっと彼らはこの世界より高位の余剰次元に住まう存在なのではないでしょうか」


「次元の解釈など、私にはもはや理解できぬが、『あの方々』が住まう処を想像するには興味深い話であった。君は私などより遙かに深い智慧を持っているのだな」

 リフェンサーの前世での知識では当然理解する事は出来なかった。

「いえいえ、ぼくだって、前世で聞きかじった浅い知識でしかありませんよ」

 ノアですら深く理解できるようなモデルではない。


 海岸の風景をスケッチしていたザルベルトは、ノアとリフェンサーの会話に聞き入っていた。そして少し興奮したようにノアに問いかけた。

「若様! さすれば聖母シャ―ルもその世界からお下りになられたのでしょうか?」

「その可能性は高いと思います。ただし、この理論からは物質の往来は不可能ですから、聖母シャ―ルもこの世界に生まれ落ちたとする方が自然でしょう」

 ノアの答えにザルベルトは何度も頷いていた。

「若様! 吾輩は感動しましたぞ。この問いに対して筋道を通して説明されたのは、若様が初めてでありますよ!」


「ザルベルトは、聖母シャ―ルの姿をひたすら追求しているのだよ」

 リフェンサーはザルベルトを見ながらそう語ったが、ノアにはその意味がよく理解出来なかった。



「さてノアよ、君はこの世界の事をどれくらい知っている?」

 リフェンサーは大海原に向かって、両腕を大きく広げた。

「ぼくはシャレークでずっと冒険者をしていたので、その辺に関して全く勉強していません。お師匠様の知識を分けて頂けますか」

 

「この世界は六千年ほど前に一度滅んだ後の、二度目の文明だと言う事は聞いた事があるかな」

「それは知っています。大樹海にも終末戦争で使用された熱魔粒子爆弾により出来た円形湖が、いくつかありましたから」


「この世界の前文明は、科学がかなり進んでいたようだ。全世界の人口は百億人に達していたという。しかし愚かにも終末戦争に突入してしまった。それによって人口は一万分の一、約百万人程度まで激減したという」

 ――ぼくの前世の近未来の様じゃないか。人類は同じ末路を辿るのだろうか……。


「文明は崩壊、ここの人類は石器時代まで退化したそうだ。それから約六千年の時間をかけて今の文明に至った」

 ノアは真剣な面持ちで頷いた。


「そして今日ここに来て、もっとも話したかった事はこれからじゃ」


「この世界は北半球と南半球の陸地が、大洋によって完全に隔絶されている」

 リフェンサーが遠い水平線を指で指し示しながら語り始めた。

「赤道付近は北半球と南半球の海流の渦がぶつかり合い、常に荒れているらしいのだ。よって現在の帆船での航行技術では、往復はほとんど不可能なのだ」


「南半球に何が有るのか、気にならんかね?」

「もちろん気になります! お師匠様」

「南半球はほとんどが海で、それでも小さな大陸がいくつか有るらしい。そこにはどうやらエルフ族と竜人族がすんでいるらしいぞ」


「その根拠は?」

 

「二つある。ひとつ目は前文明からの言い伝え。ふたつ目は数十年に一度くらい、偶然往復できた船がいるらしいのだ。もっともほとんどの人間は持ち帰った話を信じないらしいが」


「ただしエルフ族に関しては、私も可能性があると考えている」

「どうしてですか?」


「世界を旅していると、たまにエルフの因子を持っていると思われる人物を見かける事がある。いわゆるハーフエルフじゃな」


「そして私は思うのだよ、君もその因子を持っているのではないかと」

「ぼくにはその自覚はありませんが……」

 と言いつつも、ノアは『なるほどそれはあるかもしれない』と考えていた。ちょっと緑がかった瞳の色や、強大な魔力を操りながら身体が耐えるのも、エルフの因子のせいとすれば説明がつく。


「ノアならば、いずれこの大海を渡り、エルフ族や竜人族と出会う事が出来るやもしれぬぞ。もっともその頃は、とうに私はこの世にいないだろうがな……」

 リフェンサーが少し寂し気に呟いた。


「さて、この風景もこれで見納めだ。旅を続けようか……」

 一度名残惜しそうに大海原を見渡してから、リフェンサーは馬車に向かった。



  *  *



 その日の夜、ノアは宿屋のベッドで天井をぼんやりと眺めながら、竜神岬での会話を思い出していた。


 ――やはり転生者としては、前世の世界とこの世界との繋がりが気になる。


 ――多元宇宙の存在はすでに間違いないとして、それは余剰次元のことわりの中で、自然にあり得る事なのか、それとも人為的? に造られたものなのか?


 ――この多元宇宙論マルチバースでは、異なる世界同士の往来は不可能だと言う。転移は出来ないって事だ。だから転生という回りくどい方法を取るのだろう。


 ――ぼくが出会った『創造主にして観察者』との会話から推測すれば、この世界はやはり彼らによって造られ、データ取りをするために観測されていると見るのが妥当だろう。そうすると前世で提唱されていた『シミュレーション仮説』が現実味を帯びてくる。


 ――この世界は実体を持つ世界なのか、それとも単なる演算データ上の世界なのか? もっとも区別がつかなければ同一視していいのかもしれないけど……。しかしこれはなにもこの世界に限った事ではないはずだ。前世の日本だって同じ事が言えてしまうのが怖い……。


 ――そうすると気になるのはオリジナルの存在だ。やはり『創造主にして観察者』の住まう世界がそうなのだろうか。


 ――今のぼくには観測して立証する物理学の手段がない。こうやって頭の中で想像するだけでは、理論物理学というより、神と人間の関係を考える『哲学』にほかならないだろう……。


 ――この世界はまだ解らない事が多すぎる。お師匠様の話ではエルフ族と竜人族が存在するらしい。いつかめぐり逢う事ができるのだろうか。


 ――まあ今は生まれ変わったこの世界で、一日一日を一生懸命生きていくだけだ。

 

 

 ――とりあえずはそれで、十分じゃないか……。








多元宇宙論マルチバースのひとつの世界で、実は我々もシミュレーションの中で日常生活を送っている事に気づいていないだけなのかもしれません……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ