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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
二章 諸国見聞編
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第14話 東国の老賢者

二章 諸国見聞編の開幕です。

 


 ――あれ? この揺れは、馬車の中だ。


 ――おかしいな? 昨日『黄昏の梟』のみんなとは別れたはずなのに……。

 ノアが目を覚ましたのは幌の付いた見慣れない馬車の中だった。

 外はすでに明るく、いつの間にか夜は明けてしまっている。

 馬車はゆっくりと、ぶどう畑に挟まれた長閑のどかな街道を進んでいた。


 昨夜はセシルを送り届けて……屋敷を後にして……急激に力が抜けて、誰かに助けられた様な気がする。

 ――セシルは今頃どうしているだろうか。ぼくがいなくなって、きっと泣きながら探しているのだろうな。

 ノアはセシルのいない喪失感の大きさに、今さらながら戸惑ってしまった。

 ――それにしても、ぼくの今の状況はどうなっているんだ? なんか寝心地が良いのだけれど……。


 ノアは見知らぬ美しい女性に膝枕されていた。


「目が覚めた? ずいぶんよく寝ていたわよ」

 年は二十代中頃だろうか、明るいミルクティーブラウンの髪を後ろで三つ編みに纏めた女性が話しかけて来た。

「わたしは、スティーナ。あなた、お名前は?」

「ノア・アルヴェーンと言います」

 ノアはスティーナの膝枕から、慌てて上半身を起こした。 

 頭がまだ少し痛い。


「まだ寝ていていいのよ。でも熱はだいぶ下がったみたいね。昨夜ゆうべの事は覚えている?」

「たしか……妹を送り届けてから、急速に気分が悪くなって、誰かに話しかけられて……それから記憶がありません」

 ノアは額に手を添え、昨夜の記憶を探ろうとした。


「あなたは私たちと出会った後、倒れてしまったの。凄く熱があったわ。それで私たちの馬車に連れてきて寝かせたのよ。解熱の魔術が効いたみたいね」


「ご迷惑をかけて、申し訳ありませんでした」

 

 ノアは馬車の中を見渡した。  

 荷物の木箱や麻の袋が積まれていた。

 隊商の馬車の様だ。


 そして対面側に座っている、一人の老人の姿が目に入った。

 その視線を察してか、スティーナが紹介してくれた。

「こちらのお方は、ジークフリート・リフェンサー様。東の大国レ―ヴァン王国で、賢者様と貴ばれているお方よ」

 褐色のローブを纏いオールバックにした長髪は、ほとんど白髪で後ろで一つに束ねられている。

 ――賢者様⁈ そうか、昨夜ゆうべ聞いた老人の声はこの人だったんだ。


「あなた達ですね、時折ぼく達を守って下さっていたのは……」

 

「ほう、気付いておったか。我々は、君を導く者よ。『あの方々』からそう定められておる」

 

「あの方々……」

 ノアは小首を傾げ、小さく呟いた。

「君にもこの世界に生まれ落ちる前に、出会った記憶があるだろう」

 賢者リフェンサーはノアの瞳を深く覗き込んだ。


「君は転生者だね……」

 ノア自身が転生者であるという確信は、この時初めて第三者によって裏付けられた。


「賢者様も転生者なのですか?」

 リフェンサーはゆっくりと小さく頷き肯定した。

「君が元居た世界はどの様な世界だったのかね」

「ぼくは、日本という国からやって来ました。向こうで死んでしまったのは、西暦2023年の事です」


「極東のジャポネアの事だろうか。それにしても西暦2023年とはずいぶんと未来から来たものだ」

 リフェンサーは満足したように呟いた。


「旅は長い、ゆっくりと話そう……」

 それだけ言うとリフェンサーは目を閉じ、沈黙してしまった。



 ノアを乗せた幌馬車はセシルと別れたサークルレーンと、首都スーファの中間点あたりの宿場町に入った。

 そして宿屋街でも一番高級そうな宿の前に馬車は寄せられた。

「今夜はここで休もう。夕食までまだ少し時間がある。君はそれまで部屋で休むと良い」

 ノアには一部屋が割り当てられた。

 部屋に入るとすぐに服を脱いで、ベッドにもぐりこんだ。

 セシルの事を考えていたが、長くは続かなかった。

 ノアは簡単に眠りに落ちてしまった。



 扉をノックする音で、ノアは目を覚ました。

 スティーナが夕食の迎えに来たようだ。

 窓の外はすでに夕暮れ時を終え、闇に包まれようといていた。


 ノアはスティーナに案内され、一階の酒場に向かう。

 酒場は収穫期後半のため物流が多いのか、貿易商たちでそれなりの賑わいを見せていた。

 目指すテーブルには既に二人の姿があった。


「どうかね、ノア。具合の方は」

「おかげ様でだいぶ楽になりました。ご面倒をおかけして申し訳ありません」

「構わんよ、君の苦労は解っているつもりだ」

 リフェンサーは優しく答えてくれた。

「そういえば、まだ彼の紹介をしておらなかったの。ザルベルト、自己紹介をしてやってくれぬか」

 ザルベルトは御車を務めていた紳士だ。

「吾輩は、リフェンサー様のお供をしております、ザルベルト・シュトラウスと申します。ようやくお会い出来ましたな、賢者の後継者ノア・アルヴェーン様。これからは若様とお呼び致しましょうか」

 ――エッ! ぼくって賢者の後継者なの⁈ 初耳なんですけど……。


「ザルベルトはな、超一流の剣士よ。レイピアを振るわせれば彼の右に出る者はいまい。君も剣技を習うと良い」

「なんとリフェンサー様、剣士としてより芸術家として紹介せて頂きたかったですな!」

 ザルベルトはわざと立腹したような態度を見せた。

 スティーナが笑っている。

「そうであったな、すまぬよ。ザルベルトは素晴らしい芸術家でもあったな」


 ザルベルトの紹介が終わった頃、テーブルには飲み物が運ばれてきた。

 リフェンサーとスティーナは葡萄酒を、ザルベルトはエールを注文したようだ。ノアの前には葡萄のジュースが置かれた。

「ノアちゃんは何を食べる?」

 スティーナがみんなの注文をまとめている。

「ぼくは、野菜のスープとパンを頂けますか。まだ食欲があまりないもので……。」

 スティーナもノアの体調を考えて、『それがいいわね』と同意した。


「あの、ザルベルトさんも転生者なのでしょうか?」

 ノアは恐る恐る尋ねてみた。

「残念ながら、お二人のような前世の記憶というものはございませんよ」

 エールを飲みながら、ザルベルトはつまらなさそうに答えた。


「して、ノアよ。君は『あの方々』から、どのような使命を賜ったのだ?」

 リフェンサーが核心を問うた。


「ぼくは前世では貿易の仕事をしていました。三十二歳の時、テロに巻き込まれて死んでしまった様です」


「あの日ぼくは仕事を終え、自分の国に帰る為に、ベルギーという国の空港で飛行機の搭乗を待っていました。そこで運悪くテロリストの銃乱射に巻きこまれ……近くに小さな女の子がいて……助けようとして、銃弾が当たった様です」

 ノアは前世の記憶を深く掘り下げようと目を閉じた。


「そのあとどこまでも暗い世界に引き込まれていき……どのくらいの時間をさまよっていたか分かりませんが、突然光の点が現れ、徐々に大きくなって行き、ぼくはその中に引き込まれました」


「気がつくと一面草花が咲き乱れる高原にいました。空は青く雲が流れていました。とても穏やかなところでした。そして周りに誰かいるようです。見えないのですけど。そして話しかけられました」


『我々が作った一つの世界が危ういのだ。君という異物を加えて、その世界の変化を観察したい……』


「ぼくの身体はありませんから、意識に直接話しかけられたような感じでした。そしてぼくは何をどうすればよいのか? と尋ねました」

 リフェンサーは目を閉じ、聞き入っている。


「そしてこう答えられました。『君が新たに生まれ落ちた世界の人々を導きなさい』……と」


「さらに女性のような声でこうも言われました。『苦難の道を歩かなければならないあなたに、少しばかりの贈り物をいたしましょう』……と。これはぼくの魔力の事だと思っているのですが」


「ぼくはこの干渉してきた意思たちの存在を、『創造主にして観察者』とかってに呼んでいるのですが、賢者様の言う『あの方々』と同一の存在なのでしょうか?」

 リフェンサーとザルベルト、そしてスティーナは大きく頷いた。

「間違いない。私の体験とよく似ている」

 リフェンサーはノアの体験に満足したようだ。


「さすがは賢者の後継者よ。『創造主にして観察者』とは、なんと的を得た例えであるか。吾輩が追い求める真実の全てを、きっとその方々はご存じなのでしょうな……。」

 ザルベルトが何を求めているかは知る由もなかったが、羨ましそうな表情が印象的だった。


「賢者様はどのような体験をなさったのでしょうか」

 こんどはノアが知りたい事を問うた。

「私は北欧のディナヴィア王国で建築技師をしておってな、大きな大戦が終わった後、西暦1968年だったか建築中の聖堂の足場に登って仕上がりを確認していると、足場が崩れて落ちて死んでしまったようだ。そして『あの方々』と出会った」


「そして使命を賜ったのだ。『やがて世界を導く者が生まれ落ちる。君はその者を探し出し、その者の偉業のいしずえを築きなさい』とな」

 リフェンサーが遠い過去を語るように言った。

「私は君の露払いとしての使命を賜ったのだ。君が転生を果たし、ゼロから事を始めるより、私が先に地ならしをしておけば、偉業の出発点での負担が減る、という事だろう」


 ノアは自分に課せられるであろう責務を聞かされ愕然とした。

 ――どうやらこの世界での人生は、楽をさせてもらえない様だ……。


「私は君を探し始めて、こうして出会うのに五十年以上の歳月を要したよ。もっと早く出会わせてくれれば良いものを……。『あの方々』も酷な事をする」


「すみません……」

 ノアはその時の長さを想い、素直に申し訳なく思った。

「なに、君が謝る事ではない。おかげで合間に、この人生を楽しむ事が出来たよ」

 リフェンサーが何かを思い出したように笑った。

 さらにノアはもう一つの疑問を投げかけた。

「賢者様の前世では、魔術は存在していましたか? ぼくの前世には存在しませんでした」


「もちろん無かった。私もこの世界に生まれ落ちて、初めは戸惑ったものだ。私も魔術はそれなりに使える。私なりにまとめてあるから君にすべてを授けよう。もっとも君はすでに魔術を使いこなしているようだが」


 テーブルには次々に料理が運ばれてきた。

 しかしノアの食欲はますます無くなってしまった。


「あの、これからどちらへ向かわれるのでしょう?」

「君は今のうちにこの世界を見て回るべきだ。それぞれの国を肌で感じて見聞を広めるのが良かろう。きっと将来の財産となるはずだ」

 

「わしにとっても人生最後の旅となる。この世界この時代の諸国をゆっくり見て回ろうではないか。そして旅の最終目的地はレ―ヴァン王国王都サンクリッドじゃ。そこに君を迎える準備がしてある」


「まず君に真っ先に見せたい場所がある。このエレンシア大陸の最南端の岬じゃ。まずはそこを目指そう」

 それだけ話すとリフェンサーは料理に手を付け始めた。


「どうか、よろしくお願いします。お師匠様!」

 ノアはこの時、賢者リフェンサーの弟子となる事を自覚した。



 こうしてノアは賢者リフェンサー、ザルベルト、そしてスティーナと共に、諸国を見聞する旅を始める事になった。






最後までお読み頂き、ありがとうございます。

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どうぞ二章もよろしくお願いいたします。 

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