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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
一章 冒険者ギルド編
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第13話 別れの曲<後編>



 翌朝、申し合わせた様に起床が遅くなった『黄昏の梟』の面々は、遅い朝食を済ますと慌ただしく馬車に乗り込んだ。

 御者ぎょしゃのカイルは大きなあくびをした後、首をグリグリと回してから馬車を出発させる。


「イヤ~、昨夜ゆうべはさすがに飲み過ぎたわ~」

 ジルザークが情けない声をあげて、だらしなく座っている。

「なんか馬車の中、お酒臭い~!」

 セシルが小さな鼻をつまんでクレームを付けた。

「悪いなセシル。今窓を開けるよ……」 

 バツが悪そうに、ジルザークはセシルに謝った。

「なんでそんなに昨日はお酒を飲んだの! 飲みすぎちゃダメでしょ!」

「昨日はセシルのドレス姿に乾杯しただろ。あんまりセシルが可愛かったから飲み過ぎちゃったんだよ!」

 ジルザークは、いいかげんに取り繕う。

「ふ~ん、そうなんだ~。だったら許してあげる!」

 予想以上の効果を上げた一言だった。

 セシルは上機嫌になって、興味は車窓に移っていった。



「ねえ、セシルちゃん。わたしの膝の上においで! 抱っこしてあげる!」

「ハ――イ!」と元気よく返事をして、セシルはマリアの膝の上に登った。

 マリアは優しくセシルの髪を撫でる。

 セシルには見えないが、とても寂しそうな表情をしていた。


「セシルちゃん、次は私よ! いらっしゃい」

 こんどはサーラに呼ばれて、セシルは満面の笑みを浮かべる。

 サーラは優しくセシルを抱きしめた。


「おいセシル! 今度はオレだ」

 ジルザークが手招きをしている。

「エーッ、ジルはお酒臭いからヤダ~」


 その後セシルは御者のカイルの膝の上に乗せてもらい、手綱を持たせてもらって、たいそう喜んだ。



『黄昏の梟』のメンバーは思い思いに、セシルとの最後のひと時を過ごした。



 サークルレーン領中心部に入った頃には、辺りはすっかり夜闇に包まれていた。

 目貫通りをしばらく進むと、ひときわ大きな屋敷の姿が見えてきた。


「ここだな」

 カイルが御者席から振り返り、右腕で指し示した。

 目標の屋敷は、簡単に見つかった。

 この辺りで一番大きい領主の屋敷なのだから、とくに探す苦労はいらなかったのだ。

 

「ここで降ります」

 ノアは屋敷を少し過ぎたところで、馬車を止めてもらった。

 セシルはすでにサーラの魔術スリープで、すやすやと寝ている。

 ノアはみんなに手伝ってもらい、寝ているセシルを背負い、紐で括り付けた。


「こうやって久しぶりに背負ってみると、セシルもずいぶん大きくなったんですね……」

 感慨深げにノアは呟いた。

「ノアちゃん、いろいろ重そうだけど、大丈夫?」

 ノアは自分の肩掛けカバンをたすきがけにして、さらにセシルを背負い、セシルの衣類の入った大きな皮製のバッグを持っていた。

「ぼくは重さを軽減できるので問題ないですよ、マリアさん」

「そうだったわね……」


 支度が終わると、いよいよノアは馬車を降りる。

 そして『黄昏の梟』全員がノアに別れを告げるため、そばに寄り添った。


 ノアはまずカイルの大きな身体を抱きしめ、そして見上げて話しかけた。

「カイルさん、ここまでありがとうございました。セシルも凄く楽しそうで、思い出に残る旅になりました。」

「ノア、俺たちも楽しかったよ」

「サーラさんを幸せにして下さいね」

「ああ、任せろ……」


 つぎにノアはサーラを抱きしめた。

「サーラさん、いつも優しくて、綺麗なサーラさんが大好きでした」

「あら、今頃愛の告白! でもうれしいわ。ありがとうノアちゃん」 


 続いてマリアを抱きしめた。

「マリアさんもサーラさんと同じくらい美人で大好きでした。くれぐれもジルさんをお願いします」

「しょうがないわね……ノアちゃんの頼みなら、面倒見るわ!」

 ジルザークは何か言いたそうだったが、思い留まった様だ。


 そして最後にジルザークに向かい合った。

 ジルザークが少し広げた両腕の中に、ノアはゆっくりと身を任せ、両手を背中に回す。


「ジルさん、あの日ぼくを拾ってくれて、ありがとうございました……」

 ジルザークはノアを抱きしめながら、涙が零れない様に上を向いた。


「ノア、おまえは冒険者なんかで終わる男じゃない。だからオレ達は今、こうしておまえと別れるんだ。きっとおまえには、なにか大きな使命があるのだろう。将来オレ達が必要になった時はいつでも呼んでくれ。オレ達はその時を楽しみにしているよ……」


 ジルザークはセシルの髪を撫で、ノアの頭を『ポンポン!』と二回叩くと、馬車に向かって歩き始めた。

 そしてカイルは御者の席へ、サーラとマリアはジルザークに続いて馬車に乗り込んでいく。

 くどい別れは『黄昏の梟』の性に合わない。

 カイルが手綱を引いて、馬に出発の合図を送った。


「ノア、達者でな……」

 これが、ジルザーク・ブロークからの、最後の言葉だった。



 しばらく馬車の後ろ姿を眺めていたノアだったが、やがて踵を返してサークルレーン家の屋敷に向かった。

 屋敷はレンガ造りの外構に囲われ、すでに鉄製の門は閉ざされていた。

 ノア躊躇なく外構の低い所を飛び越える。

 しばらく屋敷の前庭を歩くと、大きな木製の扉にたどり着いた。

 ノアは一呼吸おいた後、意を決して扉を叩く。


「ごめんください」


 しばらく待つと扉がゆっくりと開いた。 

「なんだね君は。こんな夜分に」

 扉を開けて対応に出た執事らしき男性は、初め警戒していたが、子供の姿をしたノアを見降ろし、やがて露骨に怪訝けげんそうな表情をあらわにした。

「夜分恐れ入ります。こちらはサークルレーン子爵家の屋敷で間違いないでしょうか」

 ノアはすこぶる丁寧に尋ねた。

「いかにもそうだが……。何用かね」


 ノアはポケットからロケットペンダントを取り出し、執事らしき男性に手渡した。

「それをこちらの奥方様にお見せ頂きたいのですが」


「こ、これはいかにも当家の紋章……。しばし待たれよ」

 そう言って男性は少し顔色を変え、急ぎ足で二階へ上がっていった。


 しばらくすると、先ほどの男性に連れられ、老夫婦と若い夫婦が慌てた様子で現れた。


「あなた、このロケットをどこで手に入れたの!」

 老夫人はヒステリックな口調でノアに問うた。

「ぼくの名前はノア・アルヴェーン。シャレーク王国フォレストゲートからやってきました。

 当家のフレデリカさんについて話があります」

「フレデリカを知っているのか! 私はこの家の当主、フレデリカの父親だ」

 とても気難しそうな老紳士である。


「この子の名前はセシル。フレデリカさんの一人娘です」

 ノアはセシルが良く見える様に、身体の向きを少し変えた。

 サークルレーン家に人々は、一瞬で相当の衝撃を受けたようである。


「この子がフレデリカの娘だと⁈ なるほど……。小さい頃のフレデリカによく似ているようではある。少年よ、詳しく話を聞かせてくれるだろうか」

 

「まずセシルを寝かせてやりたいのですが」

「うむ、それが良かろう。アーデルよ、客間に案内しなさい」

「かしこまりました、旦那様」

 執事に連れられ、一同は客間に移動する。夫人はすでに事を察してか、嗚咽おえつしていた。


 二階の客間に案内されると、ノアは優しくベッドにセシルを寝かせた。

 なにも知らないセシルは、穏やかな寝息をたてている。

 その寝顔をサークルレーン家の人々は食い入るように覗き込んだ。

「間違いないわ。ほんとうに小さいころのフレデリカによく似ている。口許も髪の色も、ちょっとくせのあるウエーブもそっくりよ」

 夫人が涙にむせびながら呟いた。

 ノアは当主にソファーにかける様に促された。

 対面に当主と夫人が崩れる様に腰かける。

 若い夫婦と執事は後ろに控えた。


「それで……フレデリカはどうなった」

 当主は視線を落としたまま、吐き捨てるように言った。

「フレデリカさんはぼくを育ててくれた養母でした。貿易商の養父と共に馬車で旅の途中、盗賊団に襲われ、二人ともお亡くなりになりました。五年前の事です」

 夫人はついに、当主にしがみついて泣き崩れた。


「ぼくはセシルに水浴びをさせるために場を離れていて難を逃れました。急いで馬車に戻ると、義母おかあさんは、まだ意識がありました。そしてぼくは、ロケットを渡され頼まれたのです。『セシルを私の生家に送り届けてほしい』……と。そして義母おかあさんは息を引き取りました」


 当主の表情は一段と険しくなり、ノアを睨んだ。

「君たちは、今までの五年間……どうしていたのかね」

義母おかあさんが亡くなった時、セシルはまだ五ヶ月の赤ちゃんでした。それからぼくは一人でセシルを育てました。もっとも、大勢の優しい人達にたくさん助けられましたが」


「君の話は信じられん。君自身子供のくせに、どうやって赤子を育てられる!」

 語気も荒く、当主はノアを問い詰めた。

「ぼくは冒険者になって稼ぎ、生計を立てました」

 ノアは努めて冷静に答えた。

「冒険者の下働きでもしていたのかね、その子の面倒を見ながら」

 両手を広げ、呆れたような仕草を見せる。

「いいえ、ぼくは最高位のSランク冒険者ですが……」


「Sランク? 冗談もほどほどにしろ、そんなものは聞いた事もない!」

 ついにテーブルを両手でテーブルを叩き、ノアをなじった。


「いや、違います、父上!」

 ソファーの後ろで成り行き見守っていた若い男性が割って入った。

 おそらくフレデリカの兄だろう。

「去年、かなり話題になったのです。世間を震え上がらせていた大盗賊団が討伐されたと。それを成し遂げたのが、フォレストゲートのAランク冒険者で、功績が認められ王家からSランクの称号を頂いたそうです」

 フレデリカの兄はハッとした表情を見せた後、ノアを見つめた。

「もしかして君が『大樹海の支配者』なのか……」


「いかにも。その筋では、ぼくはそう呼ばれています」


「なんだ、その『大樹海の支配者』というのは⁈」

 当主が困惑した表情で後ろに控える息子に尋ねた。

「その盗賊団は皆殺しにされたのです。それをやってのけたのが魔人の如き少年魔術士だったと言う。そしてその少年を恐れうやまってついた二つ名が『大樹海の支配者』なのです」


「その盗賊団こそ、義母おかあさんの命を奪ったやつらでした。かたきはすでに取らせてもらいました」

 サークルレーン家の一同は、恐ろしい物を見るような眼つきでノアを見た。


「ほんとうの話なのか……。なにか証拠に品は……。」

 当主は困惑した表情を隠せない。

「これが、シャレーク王家発行の冒険者証です」

 ノアは上着のポケットの中から、冒険者証を取り出しテーブルの上に置いた。

「本物なのか……。しかし話が唐突すぎて、頭が追いつかん……。」


「そしてぼくは冒険者ギルドに依頼を出して、紋章を頼りに当家を探していました。やっと先月見つかって、今ここにたどり着いたわけです」

 語り終えたノアは、当主と夫人の表情を確かめた。


「それで、こんなところまでやって来て、ご苦労な話だが、冒険者風情が下心でもあるのだろう。君の望みは何なのかね……金か⁈」

 当主の思考の程度の低さは未だ変わらない。

 ノアは体調の悪さのせいか、いよいよ話すのが面倒になってきた。


「ぼくの望みは……。ただ、義母おかあさんとの最後の約束を果たしに来ただけです。もし、セシルが邪魔だと言うなら、ぼくは喜んで連れて帰りますよ!」

 ついにノアはこぶしを握り締め立ち上がり、不快感をあらわにした。


「わ、悪かった。済まない、私が悪かった、落ち着いてくれ」

 当主も少し口が悪かったと、さすがに反省しているようだ。

 ノアは、『冷静になれ!』と自分に言い聞かせながら、なんとか腰を下ろした。


「フレデリカは我が家を飛び出していった娘だ。もう何年も音信不通だった。当然我々も娘を探していた。娘を許すつもりだったのだ。そして今夜、突然君が現れた。娘が生んだと言う女の子を連れて。そして五年前に娘は死んだという。我々には直ぐに理解しろといっても無理な話だ」


「それはあなた方の問題であって、ぼくに当たられても迷惑だ。それ以前に、あなたはこんな子供の姿で冒険者であるぼくを見下し疑っている。しかしぼくにとっては、そんな事はどうでもいい。ぼくがただ一点、あなた達に問いただしたい事は、『今後セシルを愛情をもって育ててくれるのか!』と言う事だけだ」

 ノアの語気は自分でも驚くくらい荒くなった。


「それは約束できるわ。あの子はフレデリカの忘れ形見。そして私たちの孫なのだから」

 夫人はノアがセシルを連れて、出て行ってしまうのではないか……という先行きを恐れた様だ。

 突然現れた孫を手放したくないのは祖母として当然だろう。


「それで……この後、君はどうするのかね」


「ぼくはこのまま帰ります」

 そう言いながらノアは肩掛けバッグの中から皮製の巾着袋を取り出して、テーブルの上に乱暴に置いた。かなりの質量があるようだ。

「これはぼくが冒険者として稼いだ、まっとうなお金です。セシルのために使って下さい」

 それだけ言うと、ノアは再び立ち上がった。

「それではぼくは、これで失礼します」


「おい、君! 待て! もう少し話そう! おまえ達、彼を引き留めてくれ!」

 客間から出て行こうとするノアを追って、フレデリカの兄と執事が急ぎ近づいてきた。

 ノアは左手を上げ、グラヴィトンの魔術を放った。

 瞬時に二人は膝を付き、両手で身体を支えざる得なくなった。

「おい、どうした!」


「身体が重くて動けません……」

 執事が苦しそうな声を上げた。

「くれぐれも今夜ここにセシルを置いて行った事を、ぼくに後悔させないでください。もしそんな事があったら、今度は容赦しませんよ。ぼくにはこの屋敷を消し去る事くらい、五分もあれば十分ですから」

 それだけ言い残すと一度だけ頭をさげ、ノアは廊下に消えていった。



*  *  *  *  *



「なんなのだ、あの少年は……」

 当主は茫然とノアが出て行った扉を見ていた。

「あの少年は……ただ純粋にフレデリカとの約束を果たしに来ただけなのですよ。それを父上は見下し、疑い、蔑んでしまった……」


「だ、旦那様! これを!」

 執事はノアが置いていった巾着袋の中身をテーブルに広げた。

 大量の金貨が袋の中に詰められていたのだ。

「なんということだ……」

 当主は困惑と懺悔が入り混じった表情を見せた。

「あの少年はこの世界で最高の冒険者です。これくらい稼いでいても不思議ではない」

 フレデリカの兄は、父に対し怒りを滲ませた表情を抑えようと努力していた。


「父上はいつもそうだ。人を身分や外見で判断する。フレデリカが連れて来た青年の時もそうだった。彼が商人だという事だけで、結婚を許さなかった。」

 そして視線を伏せたまま言い捨てた。

「フレデリカはそのせいで死んでしまった……」


「私が悪いと言うのかね……」

 当主は息子の言葉に打ちひしがれていた。

「全てとは言いませんが……。父上の考え方は、人を不幸にする」


「彼の気持ちを考えてみて下さい。きっとあの子を手放したくなかったはずだ。今まで想像を絶する苦労があったに違いない。それでも彼はあの子を置いていってくれた。フレデリカとの約束を守るために……」


「ぼくは彼を心の底から尊敬する。あの年でSランクは伊達じゃない。ぼくは予言しますよ。きっと彼は将来、凄い人物になる。そして我が家は、そんな彼との関係を自ら断ってしまった。残念だ。この損失は大きいと思う」


「我が家に出来る事はただひとつ。彼が残してくれたあの子、セシルを大切に育てあげるだけです……」



  *  *  *  *  *



 屋敷を出たノアは一度だけ振り返り、セシルに最後の別れを告げた。


「さようならセシル。元気でね……」


 そしてノアは星空を見上げた。


 ――義母おかあさん、無事セシルを送り届ける事が出来ました。

 ――約束は果たしたよ……。


 時は聖歴1620年10月27日。

 秋も深まった月の無い夜の出来事だった。




 行く当ても目的も無く、暗い夜道をトボトボと歩いていると、ノアは急速に体調が悪化してくるのを実感していた。

 セシルと別れた喪失感に胸が苦しくなり、目の前の景色が円を描いて揺れ始めた。

 ノアは立ち止まって、膝をついてしまう。


 

 しばらくすると、ノアは自分の前に人の気配が有る事に気がついた。

 普段なら考えられない程の無防備さである。

 やっと顔を上げると、そこには見知らぬ三人の姿があった。


「すべて済んだかね……」

 とても穏やかな老人の声に問われた。


「……はい」

 なぜだか正直にそう答えると、ノアの意識は薄れていった。

 



 一章 冒険者ギルド編 <完>





最後までお読みくださり、ありがとうございます m(_ _"m)

一章 如何でしたでしょうか!

応援して下さっている読者の皆様、たいへん感謝しております。


二章もどうぞよろしくお願い致します!

 


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