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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編
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第98話 パティシエール・アイリ


 二人の聖女は、神聖シャ―ル国への帰路に就いた。

 さらに、ノアの側近のほとんどが、使節団として聖女の護衛を兼ねて同行している。

 賑やか過ぎた一月も終わり、王都サンクリッドは厳冬の二月を迎えていた。



  *  *


 

 ノアは学院特別棟の自室で、つかの間の静かな日常を満喫していた。


「ねえアイリ、ちょっと二人で出かけようか」

 ノアは飾り棚の掃除をしているアイリの後ろ姿に声をかける。

「はい、ノア様!」

 振り返って返事をしたアイリは、満面の笑みを浮かべていた。

「近くだから歩いていこう。外は寒いからしっかりと着込んでね!」


 ノアはアイリへの日頃の感謝、また以前の誘拐事件の償いとして、密にプレゼントを計画していたのである。

 ライマーギルド連合会会長に探してもらっていた物件が見つかったので、いよいよそれを実行に移す時がやって来たのだ。




 ノアとアイリは学院を出ると、市街中心部へ向かっていく。

 ノアは少し遅れて歩く控えめなアイリに手を差し出した。

「ねえアイリ、手を繋いで歩こうよ」

 驚いたアイリは立ち止まり、しばらくノアを見上げていた。

 そして意を決した様に、俯きながらノアに左手に自身の右手を預ける。

 ノアは思った。

 アイリのこういった仕草は、たまらなく可愛いと……。



 二人は王宮に続く目貫通りを横断すると、通称アカシア通りを進んでいく。

「先日の王太子殿下の晩餐会も大成功に終わり、アイリ特製ケーキも社交界では大評判だよ」

「はい、すべてノア様のおかげです。ありがとう……ございます」

 アイリは何の話が始まるのかと少し小首を傾げ、不思議そうにしている。

「これは、アイリとケーキを作り始めた頃から考えていた事なのだけど……。ぼくはアイリにケーキを売るお店を営んでもらいたいと考えていたんだ」

 そしてノアは立ち止まった。

「ここがその物件だよ」

 

 ノアは預かっていた鍵で扉を開ける。

「さあアイリ、入って!」

 アイリは複雑な表情で店内を見渡している。


「夢みたいなお話ですけど……。でも今は……わたしにはノア様のお世話をする仕事の方が大事ですし……」

 ノアは想定内のアイリの反応に頷く。

「だから誰かアイリと気心が知れた人で、店長を任せられるような友達はいないかい?」

「います、います!」

以外な程アイリは少し興奮気味に即答する。 

「うちの近所に住んでいる幼馴染の二つ年上のお姉さんです。最近奉公に出ていた貴族様の没落で、解雇されて実家に戻っているところなのですよ」

「それはいい、早速連絡を取ってみてくれ。いい返事がもらえるといいね!」

「ハイ、ノア様!」

 

 そしてアイリは嬉しい様な、そして困った様な表情でノアを見つめる。

「ノア様、お店の名前はどうしましょう」

「その心配はいらないよ。店名はもう決めてあるんだ。その名は……『パティシエール・アイリ』にしようよ」


「……本当に夢みたいです、ノア様。ありがとうございます」



  *  *  *  *  *



「アイリちゃんよ。私を連れて行きたい所って、どこ?」

「ここよ、ミモザお姉ちゃん」

 店内はすでに職人による内装工事が始められていた。

 アイリは明るく職人達に挨拶しながら店舗内にミモザを案内する。

 

「ここはね、ノア様、いえ賢者様から私が頂いたお店なのよ」

 少し照れながら自慢げにアイリは話す。

「ここでミモザお姉ちゃんには、店長として店を切り盛りしてもらいたいのよ」

 ミモザは呆れた様にアイリを眺める。

「して、アイリちゃんよ。何がどうなったら、こんな事になるのさ⁈」

「今から説明するから、まあここに座って、ミモザお姉ちゃん」 

 アカシア通りが良く見える窓側の席に座ったアイリは、今までの経緯をミモザに話した。


「ふ~ん。……あんたもいろいろ苦労しているのね」


「アイリちゃん、あんた小さい頃の『一緒にお菓子を売るお店を開こう』って約束、覚えていたんだ……」

「もちろんよ、ミモザお姉ちゃん! それで、この話、受けてくれる⁈」

「まさかあの時のお飯事ままごとが実現するとは、いまいちピンとこないけど……。私でよければ精一杯やらせてもらうわよ!」

アイリは満面の笑みで答える。

「ありがとう、ミモザお姉ちゃん!」


 アイリとミモザは固く手を握り合った。



  *  *  *  *  *



 そしてついに開店の朝を迎える。


 アイリとミモザは、新たに雇い入れたスタッフ四人と忙しく開店の準備を進めていた。

 アイリが店の前の掃除をしていると、黒光りする豪華な馬車が店前で停止する。

 その紋章から、シュレイダー侯爵家の馬車である事は、アイリにはすぐに理解できた。


 扉が開くと、中からたくさんの花束を抱えたセレンダとマゼンダが降りて来た。

 豪華な室内キャビンにはさらに多くの美しい花が積まれ、奥にはイルムヒルデの姿が見えた。

「イルムヒルデ様!」

 驚きを持って発せられたアイリの一言に、イルムヒルデは視線を合わせることなく、少しほほ笑んで、そっと会釈を返す。

 セレンダとマゼンダは手際よく店の前を、美しい花で飾り付けていく。

 店先が新規開店に相応しい華やかさを魅せるまで、さほどの時間はかからなかった。


「イルムヒルデ様がこのお店の……パティシエール・アイリの最初のお客様です。本当にありがとうございました」


「少しお待ちになって頂けますか!」

 アイリは慌てて店の厨房へ向かった。

 そしてすぐに白い箱を持って戻り、セレンダに手渡す。

「これ、皆様で召し上がって下さい!」

 

「ありがとう……アイリさん。お店の繁盛を願っておりますわ」

 イルムヒルデは少しだけアイリと視線を合わせると、ニッコリとほほ笑んだ。

 セレンダとマゼンダはアイリに一礼すると、馬車のキャビンに戻っていった。

 


「ヒヤ~~ッ、きれいなお花がいっぱい。高かそ~!」

 馬車が立ち去るのを見届けた頃、店内からミモザが驚いた様子で出て来た。


「それに今のお方は誰? とても身分の高いご令嬢みたいだったけど」

「あの方はシュレイダー侯爵家のイルムヒルデお嬢様、未来のバーグマン王妃殿下よ」

 ミモザは呆れた様に首を振った。

「あんたの交友関係って、いったいどうなっているのよ」

「わたしにも分かんない~! いつの間にかこうなっちゃったの……」


「あんたもつくづく苦労しているのね……」




 特に宣伝をする事も無く、静かに営業を開始した『パティシエール・アイリ』だったが、その評判は、瞬く間に王都サンクリッドの貴族界に知れ渡った。

 看板商品の『王妃殿下のショートケーキ』は売り切れ必至の争奪戦を展開する。

 開店前から貴族の馬車が渋滞を起こすほどの盛況ぶりが続くのであった。



  *  *  *  *  *



 開店から十日を過ぎた頃、招かざる客は、突然やって来た。


 扉には閉店クローズの札を下げていたが、店内に誰か入って来た気配にミモザは気付く。

「すみません~、もう売り切れで閉店なんですが~」

 店の奥からミモザは声をかけた。

「ずいぶんと繁盛しているようですねえ、お嬢さん」

 ミモザは客らしからぬドスの効いた声に違和感を覚える。

 そして店内に出ると、三人のガラの悪い男が店の中を、ニヤニヤしながら見渡しているではないか。


「ど、どちら様でしょうか……」

「ああ、俺達はケルラー商会のモンですよ。お嬢さんも聞いた事はあるでしょう」

 ミモザはその名乗りに身構える。

「それで……ご用件は……」

「集金ですよ、し・ゅ・う・き・ん!」


「う、うちにはそんなお金はありません」

『やれやれ』といった表情をみせる男達。

「この街で商売するならウチの許可がいるんですよ、知らないんですか、お嬢さん・・・・!」


「このお店には……そんなモノは必要ないはずです。だから帰って下さい」

 三人の男はミモザとの距離を詰める。

 そして先頭の男はミモザの左手首を掴むと高く持ち上げた。

「別に、お嬢さんの身体でお支払い頂いても結構ですよ。ヘッ、ヘッ、へ!」


「イヤ~~、出て行って!」

 ミモザは掴まれた手首を強引に引き抜くと、先頭の男を両手で突き飛ばした。

 もちろんその男が後ずさる事は無かったが……。

「物分かりの悪い姉ちゃんだな、そんな態度取るとどうなるか解っているのかな~」


「おまえ達!」

 先頭の男は親分なのだろう、後ろに控える舎弟に合図を送る。

「へい、兄貴!」

 いかにもヤクザといった風貌の二人は、ニヤニヤと辺りを見回す。

 ひとりは近くの椅子を蹴り飛ばし、もうひとりは椅子をガラスのショーケースに投げつけた。

 派手にガラスは破裂音が響き渡った。

「やめて――!」

 ミモザは男にしがみついて止めさせようとするが、簡単に突き飛ばされてしまう。


「今日はこれくらいで勘弁してやろうか。近いうちにまた来るから、お店が燃えちゃう前に、ちゃんとお金を容易しておくんだよ、お嬢~ちゃん!」

 そう言い残すと三人は店の外に出て行った。

 

 床にへたり込んだミモザは左足に鈍い痛みを感じた。

 どうやら割れたガラスで切ってしまった様だ。

 かなり出血している傷口をハンカチで抑える。

 そして荒れ果てた店内を呆然と見渡した……。


「アイリちゃん……。ごめん。お店を守れなかった……」







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