第94話 聖女の休日6~合同会議~
<一月二十六日>
「みんな揃ったようだね」
ここは王都サンクリッドに鎮座する、セント・アレク教会内の一室。
上座中央に座ったノアが全員を見渡した。
総勢三十名近く、コの字に配置されたテーブルに、ノア一門が席に着いていた。
「今日みんなに集まってもらったのは、ここ数日の近況報告と、短期・中期計画の共有が目的だ。お二人の聖女様がサンクリッドにおられるうちに、合同で会議が開ける事は有意義だとぼくは思う」
「まずはぼくから近況報告をしよう……」
そう切り出してノアは、主に王太子の晩餐会におこった襲撃を報告する。
「先のカールソン砦への侵攻が示す様に、黒幕のラデリア帝国の思惑が不気味だ。このところ闇魔導士の影もチラついている。そして神聖シャール教会での会派の対立。ぼくには今、あちこちで火種がくすぶっているのではないかと心配しているんだ」
「そこで大至急取り組まなくてはいけないのは、お二人の聖女様とぼくたち全体の防御力の底上だ!」
「ローゼマリーさん、出立はいつになりますか」
「もっとこちらで羽を伸ばせればよいのですが、教皇庁を留守にし過ぎるのもいけませんし、明明後日の朝、こちらを発とうと思います」
ノアは右隣に座るローゼマリーに向けて、大きく頷いた。
ちなみに左隣にはテレージアが座っている。
「そこでフリージアさん、君に仕事を頼みたい。お二人の聖女様と二人の侍女に聖衣を数種類作ってあげて欲しい」
「エ――ッ!」
「難しいのかい?」
「と、とんでもございません。裁縫屋として聖女様の聖衣を縫えるなんて……。一生の自慢話になります!」
「なんという栄誉。よかったですね。フリージア」
「あれ、生地を作るのは学院長代理ですよ!」
ノアはとぼけた表情をブレーデンに向けた。
「そ、そうですわね」
ブレーデンの目は宙を泳いでいた。
「聖女の聖衣とは!」
突然ノアはテーブルに両手をつき、勢いよく立ち上がった。
「聖衣と書いて、ドレスと読ませる。これはぼくの譲る事が出来ないこだわりです」
「聖女の聖衣はこの世で最も美しく、気高くなくてはいけない!」
ノアのテンションは上昇を見せる。
「さらに聖女を守る絶対的な防御力! 伝説級の鎧に匹敵、もしくはそれを凌駕しなければならない」
そしてMAXに達するのだ。
「既存のノウハウを惜しみなく投入、さらに新技術の開発等、完成への道筋は険しいでしょう。ぼくも最大限の協力を惜しみません。フリージアさん、ブレーデンさん、しかと頼みましたよ!」
「かしこまりました」
「完成まで三ヶ月ほどで行けそうですか?」
「はい、ラフレイン工房総力をあげて頑張らせていただきます」
「この後、会議が終わったら早速採寸をお願いします。」
ノアは呼吸を整え、満足げに頷いた後、椅子に腰を下ろした。
「そこでぼくからの提案なのですが、聖衣が完成するまでの三月あまり、そちらのクラレットとカーマインと、うちのフレイヤとシャルロットを交換しませんか」
「なるほど……」
ローゼマリーはすぐに察しがついたようである。
「ねえねえ、どういうこと?」
レベッカが小首をかしげながらノアに問うた。
「お互い不足している魔術を補うんだよ。クラレットとカーマインにはこちらで聖女を守る攻撃魔術と防御魔術を学んでもらう。一方我々はどうも攻撃魔術に偏り過ぎている弱点があるんだ。それを補うためにフレイヤとシャルロットには聖女から聖魔術を学んでもらうのさ」
「良いお考えだと思います。全てはノア様にお任せ致します」
ローゼマリーは聖女の微笑みを返す。
「いいな、いいな~! クラレットとカーマインだけ、まだこっちにいられるなんて~。ズルいな~~」
テレージアがとても羨ましそうに唇を尖らせ、不満をあらわにした。
「申し訳ありません、テレージア様!」
そう言いつつも、クラレットはその喜びを隠せない。
「クラレットとカーマインはスピルカ家に預ける。アリス先生は師として二人の教育をお願いします」
「かしこまりました、ノア様。私は弟子を取るのは初めてですが、ご期待に答えられるよう力を尽くします」
「テレージアはやがてぼくたちを守るであろう聖魔術を、出来るだけフレイヤとシャルロットに託して欲しい」
「……仕方ないわね……どうしてわたしだけ……ブツブツ……」
テレージアの気に入らない事があると、唇を尖らせる癖がある。
「フレイヤちゃん、ワタシどうしよう……。とんでもないお役目を頂いちゃったわ」
シャルロットは小さな身体をさらに小さくしてモジモジしている。
「シャルロット、少し自分に自信を持ちなさい。あなたも一度死んでみれば私の気持ちが解かるわ」
「やだ~、死にたくないよ~。あの時のフレイヤちゃん、大変だったんだから~」
シャルロットの慌てぶりは皆の笑いを誘った。
「さて、次の問題だ」
ノア両腕の肘を机に乗せ、両手を組んだ。
碇ゲ○ドウのポーズである。
「困ったことに聖女の護衛である聖騎士達が弱すぎたんだよ。帰りの道中を彼らに任せるわけにはいかない」
ノアはシリアスな真顔を演出した。
「仮に何者かが聖女を害する計画を持っているとしよう。狙うなら往路では無く、油断している復路だ」
「ねえねえ、聖騎士達は今どうしているの?」
レベッカに至っては、とうとう『あいつら』呼ばわりである。
「たぶん教会の医務室で寝ているはずだよ」
「帰りの護衛はどうする?」
タイラーが当然の疑問を投げかけた。
その問いにノアは答える。
「対応策として帰りの護衛を兼ねて、ぼくの名代を使節団として教皇庁に送る。タイラーさん、エジェリー、レベッカ。君達はこの機会に、レ―ヴァン国外の広い世界を肌で感じてきてほしい」
「おお!」
「やった~!」
タイラーとレベッカは喜びのガッツポーズを見せた。
「レベッカ、もちろんしっかりとラデリア語も勉強してくるんだよ!」
「…………」
「フーガさんは申し訳ないけど今回は居残りをお願いします。せめてあなた一人を残しておかないと王家の守りが希薄になり過ぎるので……」
「誠に残念ではありますが留守番役も必要でしょう……」
「フーガさんは聖衣が完成した時の第二陣の指揮をお任せします。フリージアさんもお針子さんを数名つれてセントレイシアで聖衣を完成させて下さいね」
「それまで楽しみは取っておく事に致しましょう」
「そして今回の使節団の特使はエジェリーに任せる」
ノア元気なく俯く彼女に視線をあてる。
「今後エジェリーには、ぼくの外交特使としての役目を担ってもらおうと思っているんだ」
* * * * *
会議中、わたしは一人うつむいていた。
彼が何かを力説しているのが聞こえる。
そんな時、頭の中でぼんやりと思い出していたのは、彼が初めて王立学院に現れた頃の事だった。
彼は想像していたより、はるかに幼かった。
わたしよりも背丈は低い。
最初はとても頼りなく見えた。
でも、傍で日々を過ごすうちに、彼はわたしの想像を超える人物である事を思い知らされた。
いいえ、わたしごときが想像していい領域を超えていたのだ。
そして彼は国王陛下の盟友になり、賢者と称えられた。
彼の周りには次々と頼もしい人材が集まってくる。
わたしは何の取柄もない普通の女の子だ。
一流の魔術士であるレベッカが羨ましかった。
いつしか、わたしだけが役に立てない劣等感を抱いていた。
それでも彼はいつもわたしを傍においてくれた。
キスもしてくれた。
だからわたしは彼を独占しているような錯覚に陥っていたのだ。
そんなある日、彼女は突然現れた。
神聖シャール国の聖女様だった……。
神様に最も近い女性……。
普通の女の子がかなう相手ではない。
聖女様の態度を見れば、彼とただならぬ関係にある事は明白だった。
わたしは王立学院に現れる前の彼をほとんど知らない。
わたしの幻想は跡形もなく消し飛んだ。
わたしはこの先、どうすれば良いのだろう……。
彼の傍にいること自体、相応しくないのではなかろうか……。
ああ、わたし、なんだか消えて無くなりたい……。
「使節団の団長はエジェリーに任せる」
――エッ? 彼がわたしに何か言っている。
わたしは彼の話に引きずり戻された。
「今後エジェリーには、ぼくの外交特使としての役目を担ってもらおうと思っているんだ」
――たぶん彼は今、わたしの事を見ている。
「これから国家間の紛争の仲介に入る事は十分予想出来る。そんな時、まずは話し合い、交渉する事が大前提だ。武力を行使するだけが戦争ではない」
何の話? わたしが彼の外交特使?
そんな大事なお役目が、わたしに出来るの?
でも……このお役目ならば、わたしでも彼の役に立てるかもしれない。
やっぱり彼はやさしい。
こんなわがままなわたしを、気にかけてくれているんだ……。
ありがとう……わたしの大好きな人。
* * * * *
「使節団の特使はエジェリーに任せる」
全員がエジェリーに注目する。
エジェリーは暫しの沈黙の後、静かに立ち上がった。
そしてゆっくりと顔を上げる。
「かしこまりました、ノア様。ご期待に応えられるよう、わたしは全てをかけてお役目を全うします」
どこか吹っ切れた様なエジェリーに、会議室は自然と拍手に包まれた。
そんな予想外の拍手に驚き、辺りを見回すエジェリー。
彼女の瞳からは、自然と涙があふれ出してきた。
「みんなも……ありがとう」
「ところでローゼマリーさん。クリフォード教皇の譲位はいつ頃になりそうですか?」
「その件につきましては、すでに教皇猊下と合意をみております。わたくしの聖女交代に合わせて譲位を成されるそうです」
「それは良いですね。新たな教皇と聖女の新体制は効率が良いでしょう」
「ねえねえ、師匠は新しい教皇様も知り合いなの?」
そのレベッカの問いのローゼマリーが答えた。
「新たな教皇様は、ここにおられるノア様がお決めになられたのですよ!」
「ゲッ!」
「ウソ!」
会議室はもはや呆れた雰囲気に包まれる。
「相変わらず師匠のスケールはデカいわ!」
そしてローゼマリーは立ち上がり、ゆっくりと全員を見渡した。
「レ―ヴァン王国の皆様。まもなく聖女のお役目から退くわたくしですが、一言申し上げておきましょう。こちらにおわすノア・アルヴェ―ン様こそは、全能なる創造主様がお使わしになられた誠の精霊の聖騎士様でいらっしゃいます」
「このお方が創造主より仰せつかった使命は、この世界を導く事。きっとこの先、想像を絶する苦難が待ち受けている事でしょう」
「皆様が今ここにおられるのは偶然ではありません。きっと聖母シャールのお導きに違いありません。皆様は精霊の聖騎士様をお支えする使徒のお役目を頂いたのです」
「どうか皆様は覚悟と自覚を持って、この方にお仕え下さいませ。それだけがわたくしの願いでございます」
聖女ローゼマリーは深く、そして長く頭を下げた。
「エジェリー、初仕事は新旧二人の教皇に謁見して、ぼくからの書簡を届けてもらおう」
「かしこまりました、ノア様。委細お任せを」
「タイラーさんは全体の総指揮をお願いします」
「されば明日、王宮に出立の挨拶に登ろうと思いますが、主も同行なされますか?」
「それは良いですね。でもぼくは行く必要は無いでしょう。タイラーさんにすべてお任せします」
「かしこまりました、万事お任せください」
「ラッセル、君には使節団の馬車隊の隊長を努めてもらおう。今後ぼく達は神聖シャール国やラデリア帝国に出かける事が多くなるだろう。その時のために中継地点の当たりを着けておいてほしいんだ」
ラッセルは無言であったが、立ち上がり深々と頭を下げた。
「それからテレージア、帰りがけにバルシュタットのぼくの屋敷をみんなに教えておいてくれ。あそこはぼくと君しか知らないからね。これからあちらでの活動拠点として使うつもりだから」
「カルザスさんとジニアさんが守っている、あの屋敷ね! 懐かしいなあ~。わたしとあなたが初めて出会ったところ……」
――こら~! テレージア。こんなところで波風立てるな~!
「月下の一角獣のみんなは使節団の護衛を。サーシャさんとステラさんは聖魔術を少しでもモノにできれば助かる」
「聖女様の護衛をさせて頂けるなんて、冒険者冥利に尽きます!」
サーラの言葉にステラも深くうなずいた。
「それからウォルターさんは居残りで、聖騎士達を鍛え上げて下さい」
「エ~ッ、オレだけが居残りですかい。そりゃないぜ、ノアの旦那!」
「あなたにしか頼めないのですよ、お願いします!」
「しかし八人を面倒見るのはちょっとしんどいぜ……」
「それは解ります。だから初めの十日間ほどは、ナイフ一本だけ持たせて狩場に放り込みましょうか。生き残る事が出来れば、少しはまともになるでしょう」
「相変わらずノアの旦那は厳しいねえ~」
ウォルターは首を振りながらおどけて見せた。
そしてノアは立ち上がる。
「それではみんな、慌ただしくて申し訳ないが、明明後日の出発に向け、さっそく準備に取り掛かってくれ」
全員がそれに答えて立ち上がった。
「「「はい! かしこまりました!」」」
会議の終了と共にノアは会議室を後にする。
二人の聖女が付き従った。
「ノア様、わたくし共まで数々の配慮を頂き、心から感謝いたします。それにしても、よくぞ短期間でこれだけの組織をお作りになりましたね。わたくしも嬉しゅうございます」
「いや~、まだまだこれからですよ。正直なところぼくには焦りがあるのです」
「ノア様、肩の力を抜いて、ゆっくり、まっすぐにお進みなさいませ。きっと聖母シャールも見守って下さいます」
「そうですね。今の自分に出来る事には限界がある。肩の力を抜いて行ってみますか!」
そんなノアの言葉に二人の聖女は、やさしい微笑みを返してくれた。
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