第92話 聖女の休日4~ホーリーナイツVS愚者の行進~
ここはこの後、惨劇の舞台となる魔術訓練棟。
昼食を挟んでいる間に、一台の馬車のキャビンが棟内に運びこまれた。
そして昼食を終えた一同は、ここ魔術訓練棟に集合した。
「ルールはシンプルです。我々は聖女の命を狙う秘密結社の刺客です。聖騎士の皆さんはお役目通り、聖女の乗った馬車を刺客から守り切る。それだけです」
ノアが摸擬戦の内容を説明した。
「勝敗はどう着けるのだ?」
「それぞれ全員が戦闘不能になったら負けにしましょう」
「それでは二回戦やりましょうか。一回戦目はこの四人に稽古をつけて下さい。二回戦目はぼく一人でお願いします」
「こちらは二倍の戦力だが、それはどうする?」
「ああ、八対四と八対一で問題ありませんよ。気になされずに」
「なんだと!」
それを聞いた聖騎士達の眼つきが険しくなった。
「摸擬戦ですが真剣を使いましょう。皆さんは本気を出して下さいね。刺客は殺しても構いませんよ」
「おい、何言っているんだ、あいつは?」
「ケガしても知らんぞ。最悪死んでも文句は言わないって事だよな……」
「どうも理解に苦しむな」
「それでは開始位置に着いて下さい」
魔術訓練棟を大きく使い、目標の聖女が座す馬車まで七十メートルといったところか。
軽いストレッチをしながら『愚者の行進』の作戦会議が始まった。
「どうだレベッカちゃん。あいつら魔術が使えそうか?」
タイラーが相手陣営をチラリと見てからレベッカに尋ねる。
「そうね、それなりの聖魔力を全員から感じるわね」
「それにしても全員同じ鎧に同じ剣を装備していますな。個性が無い……」
フーガは理解に苦しむ、といったところだろう。
「と、言う事は全員が両方使える魔法剣士と考えていいだろう」
「だとすれば……」
「おそらく剣術と魔術、両方が半端だ!」
「それで、どう攻めるの?」
エジェリーがレイピアのブレードを軽く払いながら質問した。
「狩場でのフォーメーションAで十分だろう。レベッカちゃんが三人、オレとフーガが二人ずつ、エジェリーちゃんが一人でどうだ?」
「OK! それで行きましょう」
その頃の聖騎士達の(ホーリーナイツ)陣営では。
「さて、生意気な小僧共をじっくりといたぶってやろうじゃないか」
「二人の女の子はかなりの上物だしな」
「服くらい破いちゃっても問題ないよな」
「俺達の戦力は二倍だ。あまり早く終わってもつまらんからな。手加減してやれよ」
「了~解」
聖騎士達は余裕綽々で、反対陣営を眺めた。
「それでは……始め!」
中央のノアの合図と同時に突進をかける『愚者の行進』の四人。
「なんだあいつら! いきなり突っ込んできやがった!」
「みんな、聖霊弾で迎え撃つぞ!」
慌てて詠唱を開始する聖騎士。
初弾はなぜか少し軌道を変え、フーガの大盾『眠り姫の守護者』に吸い込まれるように命中した。
しかし、ほとんどエネルギーロスを生じる事なく、発砲者に跳ね返っていく。
「ギャン!」
着弾した聖霊弾は装飾が派手な鎧を凹ませ、発砲者を弾き飛ばした。
聖騎士Aはそのまま動かなくなった。
「まずいぞ、あの盾に吸い込まれ、跳ね返ってきやがる! みんな、剣で迎えうつぞ」
「おお~!」
数秒後、先頭を走るタイラーは突然横に飛び、突進のルートを変えた。
聖騎士達(ホリ―ナイツ)の視線はタイラーの軌道を追う。
その時、一人後方にいたレベッカの射線が開けた。
すでに狙いを定めていたレベッカはペロリと唇をなめると、間髪入れずに三発の魔力圧縮弾を発射する。
「ゴン、ゴン、ゴン!」
三度鈍い金属音が連続すると、三人の聖騎士は後方に大きく吹き飛ばされた。
聖騎士B・C・Dは、変な姿勢で地面に伏したまま活動を停止した。
そして遂にタイラーの初太刀は振り下ろされる。
応戦する聖騎士の剣と激しく激突した。
しかし剣に乗る力はタイラーが圧倒する。
剣を弾き飛ばされたを聖騎士は大きく状態を崩され、タイラーの二太刀目を胴に食らう。
「うげ~!」
派手な鎧を凹まされた聖騎士Eは、その衝撃を腹にうけ、苦しそうにのたうち回った。
「この野郎~!」
新手の聖騎士Fがタイラーに切りかかる。
派手な金属音を発したが、タイラーは片手一本で易々と受けきった。
「剣筋が鈍いぜ、そして軽い……」
驚愕の表情をみせる聖騎士Fの胸に、タイラーは剣を突き刺す。
戦意を刈り取られた聖騎士Fは、反動と共にしりもちを突き、両手をあげて降参した。
この時タイラーは愛剣に何かを感じた様だ。
少し遅れてフーガが盾ごと聖騎士Gに体当たりを見舞った。
莫大な運動エネルギーが聖騎士Gを大きく跳ね飛ばす。
後頭部をしこたま打った犠牲者はそのまま失神したようだ。
最後の一人、リーダーである聖騎士Hは、馬車前を守っている。
距離を測ったフーガは、手前五メートルほどで両手をついて急停止する。
背後に隠れていたエジェリーが突然出現した様な錯覚が演出されたのだ。
エジェリーは隼人のごとく、フーガの背中を踏み台に跳躍する。
そしてエジェリーのレイピアの切っ先は、聖騎士Hの左耳横を突き抜けた。
「ヒ~ッ、ま、参った……」
聖騎士Hは腰を抜かしたように、その場にへたり込んだ。
タイラーはエジェリーの圧倒を見届けると、一人つぶやく。
「あっけないな……。つまんねえ」
こうして一分に満たない瞬殺劇は幕をおろした。
タイラーは近くに転がる聖騎士の鎧を剣先でなぞってみる。
するといとも簡単に鎧は切り口を開いた。
「なるほど、このレーヴアノヴァは切ろう思えば切れ、切らぬと思えば切れないのか」
タイラーは愛おしそうに愛剣を眺めた。
「わが主は粋な細工をするものだ」
そして剣を静かに鞘に納めると、聖女の馬車に歩みを進める。
その頃、馬車の中では……
「あらあら……」とローゼマリー。
「もしかして聖騎士達って、ものすごく頼りないの?」
クラレットは苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「なんか、もうガッカリです……」
カーマインが眉間に皺を寄せながら呟いた。
「もしここに来る途中で盗賊団にでも襲われていたら、わたし達、全員滅茶苦茶に犯されて死んじゃっていたかも……」
テレージアは自らの肩を抱いて震えて見せる。
「わたくし達は魔力戦には強くても、単純な暴力には無力ですからね」
そんな時、タイラーがタラップに足を掛け、馬車の扉をノックした後、静かに開いた。
「聖女様方、ごきげんよう。不躾な訪問をお許しください」
タイラーは髪をかき上げ、キラキラスマイルを放った。
「この後、お暇でしたら、このタイラー・アールステッドめと、菓子とお茶などいかがでしょうか」
「まあ~!」
ローゼマリーが両手を頬に添え、うっとりとした表情を見せた。
「こら~! タイラー! 聖女様をナンパするな――!」
即座にタイラーはレベッカによって引きずり降ろされたてしまった。
「仕方ありません。クラレット、カーマイン。あの者達を治癒してあげて頂戴」
「かしこまりました、ローゼ様」
馬車を降りたクラレットとカーマインは手分けして倒れている聖騎士達の治癒を行う。
二人共、気絶している聖騎士には、鎧を何度も蹴飛ばして起こしているのは、実に痛い光景であった。
一通りの治癒を終えたクラレットが馬車に戻ってくる。
そして馬車の傍でへたり込む、聖騎士Hに冷たい視線を浴びせた。
「騎士長、ローゼマリー様からの伝言です。『教皇猊下のお耳に入れますよ』ですって」
「お、お待ちください、クラレット様。ちょっと手加減に失敗しただけです。次はこの様な事はございませんので……」
「だといいですけど……」
『フン!』と首を振って、クラレットは背中を向けて馬車に戻る。
「ク、クラレットさま~~!」
その悲痛の呼びかけは、魔術訓練棟に虚しく響くだけだった。