第90話 聖女の休日2~聖女様、学院に降臨!~
<一月二十四日>
冬休みが明けたばかりのサンクリッド王立学院内は、午前中からすべての講義が中断される程の混乱をみせていた。
それは二人の聖女が前触れなく、非公式で王立学院を訪れたからである。
その時学院の正玄関前では、ノア側近と学院長代理のブレーデンだけが、聖女一行が乗る馬車を出迎えるために待機していた。
「ノア様のお陰で聖女様に拝謁できるなんて! きっとこれは聖母シャール様のお導きですわ!」
意外? にも、ブレーデン学院長代理は敬虔な神聖シャール教信者だった。
やがて遠くから馬の蹄の音が聞こえ始める。
それにしても数が多い。
少し坂を登って学院前ロータリーに姿をみせたのは、聖女の馬車とそれを取り囲む八騎の聖騎士だった。
――あ~、まったく面倒なモノを引き連れて来たものだ。
正玄関前に横付けされた馬車からは、クリシュトフ卿、カーマイン、テレージア、ローゼマリー、クラレットの順番で下車してきた。
すぐさま学院長代理は聖女に歩み寄り、感謝の祈りを捧げる。
そして流暢なラデリア語で、聖女一行に挨拶を行った。
「ステキ~! ここがノア様の学院なのね!」
学院長代理の挨拶を受け終えたテレージアは、周りを見渡しながらノアに近づき親しげに話しかける。
周りを配慮してか、ラデリア語で語りかけてきた。
そんなテレージアの言動に、あからさまな敵意を向けられるのがノアだった。
「ねえテレージア。あの人たちも付いてきたの?」
『あの人たち』とは八人の聖騎士の事である。
「それがね……『お二人の聖女様だけで得体の知れない所へお足を運ばせる訳にはいきません。我々には聖女様のご安全を保障する義務がございます』だって」
テレージアも少し呆れているらしい。
そのころ学院内には聖女到着の一報が、雷のごとく駆け巡った。
生徒達は講義そっちのけでエントランスに集まり始める。
あっという間に押すな押すなの大盛況となった。
聖女人気もさることながら、きらびやかな八人の聖騎士の人気もなかなかのモノではないか。
確かにイケメン揃いなのは否定出来ない。
この辺りが役職の選考基準なのだろうか?
女子生徒から黄色い歓声が沸いている。
「悪い人達じゃないのだけどね……。なんかチャラいのよ。それに『自分達は特別な騎士!』みたいな~」(日本語)
「ああ、全部見ていれば解るよ……」(日本語)
ノアはげんなりと答えた。
「ねえ、あなたがちょっと鍛えてくれないかしら!」
「エ~ッ、面倒くさいよ」
そんなやり取りをしていると、傍若無人に振る舞う聖騎士達のヤジが聞こえ始めた。
「随分と古ぼけた建物だな」
「そりゃ、東の辺境の地だぜ、セントレイシアと比べるのは酷というもの」
「幽霊が出そうじゃないか、気味が悪いぜ」
「でも女の子達はみんな可愛くないか⁈」
「確かに。しかしあのスカート丈の短さは実にけしからんぞ!」
到着早々周りを見渡しながら、ラデリア語で言いたい放題の八人の聖騎士である。
「あんな制服をデザインしたヤツはとんだ変態野郎だぜ」
それを聞いたテレージアは思わず噴き出して大笑いした。
もちろんネタ元が解るからである。
「隼人さんは凝り性だものね!」(日本語)
ノアはがっくりと肩を落とした。
「そうだ隼人さん、私にもあの制服をちょうだい。久しぶりに着てみたいな。お・ね・が・い!」
テレージア両手を組んで、いたずらな瞳をノアに向け、おねだりをする。
「モノホンJKの着こなしを見せてあげるわよ!」
ノアには断る理由など、微塵もあるはずがない。
さて、急ぎ誰に取って来てもらおうかと、周囲を見渡す。
少し離れているところに、ジュビリーの姿が見つける事ができた。
さっそく彼女を手招きする。
「ジュビリーさん、悪いんだけど倉庫から制服の在庫を持ってきてくれるかい。Lサイズがいいだろう」
「か、かしこまりました。ノア様」
言われるがままに、すぐに走り出すジュビリー。
頃合いを見計らってか、ブレーデン学院長代理はノアに視線を送る。
ノアもアイコンタクトでOKを出す。
「それでは学院内をご案内致しましょう」
学院内は学院長代理が案内をして回る手筈なのだ。
「ここサンクリッド王立学院は、かつて王家の離宮であった建築物をそのまま利用しております」
一行はエントランスを過ぎ、柔らかな雪に覆われた中庭を眺めながら回廊を進んでいく。
少し離れた後方には大勢の生徒が後を追っていた。
「この学院では、国内外を問わず次世代の優れた人材の育成を目指しております。そして自由七課を中心にあらゆる分野を、効率よく学ぶ事が出来ます」
学院長代理の解説は続く。
「この辺りは研究室や講師室が並ぶ一角となります。もちろん成果が期待出来れば、生徒でも研究室と資金が提供されます」
そして一度学舎を出ると、次は隣接する図書館を案内する。
「こちらの図書館は王都一の蔵書量を誇っております」
少し自慢げに話す学院長代理。
「賢者ノア・アルヴェ―ン様も、よくこちらで読書をされておりますのよ」
そんな時、息を切らせながら駆け寄ってきたジュビリー。
「ノア様、お持ちしました!」
「ああ、ジュビリーさん、ありがとう。そんなに急がなくても良かったのに。それは聖女様に渡してくれるかい」
「ハ、ハイ!」
ジュビリーはとても緊張した様子で聖女に手渡した。
「ねえ隼人さん、さっそく着替えていい?」
ノアは学院長代理と相談する。
「そこの司書室の事務所を使っていいよ」
「ありがとう! ねえクラレットとカーマイン。着替えを手伝って頂戴!」
「はい、テレージア様」
テレージアは二人を従え、意気揚々と司書室に向かっていった。
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