第9話 ジルザーク、青天の霹靂
お昼過ぎ、ノアちゃんがセシルちゃんの手を引いて、何やら大きなものを抱えて受付事務所に現れた。
私を見つけるなり、「メアリーさん、これを壁に飾りたいのですが」と相談してきた。
それは大きな羊皮紙に描かれた綺麗な絵だった。額縁も素晴らしい出来だ。
「これ、ノアちゃんが描いたの?」
「はい、そうです」
「ノアちゃん、上手ね、もっとよく見せてちょうだい」
事務所のみんなも集まって来た。
それはよく見ると地図だった。
さらに詳しく見れば、この周辺の大樹海の狩場の地図だった。
迷わないための目印や、採掘できる魔結石の場所や、魔物との遭遇ポイント、注意すべきトラップや水場など詳しく下部に注釈がつけてある。
「おい、これって、まずいんじゃないかい……」
事務所のみんなは心配しているが、私はだんだんと笑いが込み上げてきた。
これからこの地図が巻き起こす波乱が想像できたからだ。
私は笑いをこらえ、引きつりながら、ノアちゃんに言った。
「そうね……、カウンターから少し離れた……、その辺りの目立つところに、バーンと飾っちゃいましょう!」
ノアちゃんは手際よく、釘を打ち付けて綺麗に飾りつけた。
「それでは、ぼくはちょっとセシルを連れて、知り合いの工房に行ってきます。夕方には帰ります。」
セシルちゃんの手を引いて、扉前まで行ったノアちゃんが振り返った。
「そうそう、もし冒険者の皆さんに何か聞かれたら、『ジルさんからみんなへの贈り物』とでも言っておいて下さい」
それを聞いて私は遂に堪え切れず、大笑してしまった。『この子はやっぱり役者が違うわ!』と感嘆したのだ。
当のノアちゃんは何食わぬ顔で、セシルちゃんの手を引いて外へ出ていった。
その素敵な魔法の地図は、だんだんと訪れた冒険者たちに気付かれ始めた。
「メアリーさん! この地図どうしたんですか?」
「これはね、ジルザークさんからみんなへの贈り物だって。ノアちゃんが描いたのよ」
「さすがはジルさん、面倒見がいいわー!」
なんて会話を今日はもう何度しただろうか……。
本来冒険者は自分が蓄積した情報は他人には漏らさない。
自分の稼ぎが減る事を意味するからだ。
この地図には並みの冒険者では手に入らない様な情報が惜しみなく公開されていた。
次第にこの地図の前に人だかりが出来始めた。
私はカウンター越しに、その様子を見ているのが、楽しくて仕方なかった。
――そうだ、フォルマ―さんにも、見せてあげなくっちゃ!
私は二階へ上がって、『面白いモノがあるから下に見に来て!』と催促した。
しばらくすると、フォルマ―さんが、巨体を揺すって二階から降りて来た。
冒険者の人混みを左右にかき分け、地図の正面に腕組みをして仁王様のように立った。
私は解説すべくフォルマ―さんの傍によった。
フォルマ―さんは、左目のアイパッチを外して厳しい目つきで地図を凝視している。
周囲はシンと静まり返った。
すると突然フォルマ―さんが、近くの冒険者の頭を叩きながら、笑いはじめた。
「おい、メアリー。これ描いたのノアだろ」
「正解です。それでノアちゃん、なんて言ったと思います?」
私は自分でしゃべりながら、可笑しさがこみ上げてくる。
「みんなに聞かれたら、ジルさんからの贈り物だって言って下さい……だって!」
これにはフォルマ―さんも大爆笑した。私もつられて何度目の大爆笑だろうか。
「おい、メアリー。ジルが来たら見逃すなよ。後で俺に様子を教えてくれ」
「はい、かしこまりました。マスター!」
二人とも笑いが止まらなかった。私は涙が出るほど笑った。
「まったくあの小僧は。ここは観光案内所じゃねーぞ。自分の狩場を公開する冒険者が普通いるか……」
などと言いながら、フォルマ―さんは、大きな背中をヒクヒクさせながら帰って行った。
陽が落ちてきて、外はオレンジ色に染まって来た。
私はみんなが帰って来るこの時間が好きだ。
ギルド内も無事に帰還した冒険者で賑わいを見せ始めた。
そろそろジルザ―クさんが一杯やりに来る頃だ。
それにしても今日は冒険者が多い。みんな帰らないのだ。
これから面白い事が起こると解っているから!
来た、来た! ジルザークさんが入って来た。
一瞬周囲に緊張が走る。やはり周りの冒険者はその威圧感に押されてしまうのだ。
――あっ、ジルさんもあの地図に気づいた様だ。
周りの冒険者がジルさんにお礼を言って頭を下げている。
何の事やら解らないジルさんは地図をじっくりと見始めた。
「……」
「なんじゃこりゃー⁈」
ジルさんは悲鳴にも似た、素っ頓狂な叫びをあげた。
私を含めた事務所の人間は、下を向いて笑いを堪えるのに必死だった。
ジルさんが受付のこちらへ、ズカズカと速足でやって来た。
「お、おいメアリーちゃん。ノアの野郎どこにいる!」
ジルさんの声がちょっとうわずっている。
「今、ちょっと出かけていますよ。もう少しで帰って来ると思います。」
私は真面目に答えるのに、精一杯だった。
「いやー、さすがジルさんは、このギルドで一番の冒険者だわー。みんなジルさんの太っ腹に感激していますよ」
わたしは意味ありげに、笑いをこらえながらジルさんを褒めたたえた。みんなも下を向いてクスクス笑っている。
ジルさんは周囲の反応で事の成り行きが解ってきたのだろう。
「あっちで飲んでるから、ノアが帰ってきたら呼んでくれ」
そう言って、こめかみを片手で掴みながら、酒場の指定席へと向かった。
まだ注文していないのにマスターがエールを持ってきた。
「ジルの旦那、こいつは俺のおごりだ」
顔は相変わらず不愛想だが、目だけが笑っている。
ジルさんはマスターを斜めに見上げると、「チッ」と舌打ちしてソッポを向いた。
しばらくすると、ノアちゃんがセシルちゃんの手を引いて帰って来た。
私はジルさんが待っていると伝えた。
ノアちゃんがジルさんの待つ、いつものテーブルに向かった。
セシルちゃんが「ジルたーん」といって両手を上げて近くに寄った。
ジルさんは慣れた手つきでセシルちゃんを抱き上げ、自分の膝の上に乗せ、頭をなでた。
「こんばんは、ジルさん」とノアちゃんがいたって普通に挨拶をした。
「ああ、ノア。……まあそこへ座れ」
ノアちゃんが、ジルさんの正面に座った。
超満員に膨れ上がった酒場は、静まり返り、ジルさんの発する次の言葉を、固唾を飲んで見守った。
みんな心配しているのだ。ノアちゃんが怒られないかと……。
「……ノア……おまえ……絵も上手なんだな」
それを聞いた途端、酒場中が大爆笑した!
ジルさんは首を左右に振って『やれやれ』といった表情をした。
「なあノア~、オレ達の稼ぎ減っちゃうよ……」
「大丈夫です、ジルさん。ぼくがまた見つけますから」
「ほんとに……⁈」
「ほんとです!」
どっちがリーダーだか解らない会話に酒場の笑いは止まらない。
「セシル~、今日はもうオレ、帰るわ」
と言ってジルさんは優しくセシルちゃんを床に立たせて出口に向かった。
「ジルさん、ありがとうございました」ノアちゃんが背中にお礼を言った。
「ジルたん、バイバイー」セシルちゃんが両手を振って見送っている。
ジルさんは振り向かずに左手をあげて答えた。
酒場中の冒険者がジルさんに向かってお礼の大合唱だ。
「あー、もう、うるせーな。サッサと帰ればいいものを……。おまえら、今夜はしっかり飲んでけ。オレのおごりだ……」
酒場はジルさんをたたえる歓声に包まれた。
ジルさんが受付前を通り過ぎる時、私の事をチラッと見た。
私は右手の親指を上に立て、ジルさんの方へ突き出して言った。
「ジルさん、カッコよかったわよ!」
彼は肩をすくめながらニヤリと笑うと、すっかり暗くなった通りへ、背中を丸めて出て行った……。
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