――――プレリュード――――
平常であれば、すでに王宮正門は開かれている時刻である。
しかし今朝は王宮内に厳重な警戒態勢がひかれ、重厚な正門は堅く閉ざされたままであった。
水路で隔てられた王宮前の広場には、登城の足止めを食らった人々が困惑の表情を浮かべている。
そんな群衆をかき分け、ノアと四人の使徒は水路に架けられた石造りの橋上を、正門に向けて進んで行った。
「すみません~皆さん。ちょっと危ないので、もう少し下がって頂けますか!」
途中後ろを振り返ったノアは、群衆に向い両手を高く上げて大きな声をかけた。
タイラーとフーガが橋の上にいる人々を広場まで下がらせる。
ついに王宮正門前にたどり着いたノアは、愛杖を立て仁王立ちすると、『スーッ』と大きく息を吸い込んだ。
「我が名はノア・アルヴェーン!」
澄んだ声が響き渡る。
「当王国の主、レ―ヴァン王に目通りを望む!」
呼び掛けは正門内側にも届いたはずだが、しばらく返答は無い。
その場は不自然な静寂に包まれていた。
ノアはためらう事無く、固く閉ざされた正門に向かって愛杖を構えた。
杖の先に魔素粒子の光子がうずまき収束していく。
「ノア~~! 待て待て待て待て! ちょっと待て――!」
悲鳴にも似た声で慌てふためくタイラー。
「もう諦めなさい、タイラーさん」
エジェリーが諭すように、タイラーの背中を平手で叩いた。
ノアは砲弾なみの大きさまで魔力弾を成長させる。
そして荘厳な門に向けて解き放った!
瞬時に轟音と空振を発し、巨大な門は砕け散った。
茫然と眺めていた群衆達に、プレリュードは突如として奏でられたのである。
ここノイエ・ブルクハルト宮は、レ―ヴァン王家が国内平定を成してから築いた王宮であった。
当然この門が破壊される事態は、建城より二百五十年、初めてである事は間違い無い。
「あ~あ、ほんとに王家に喧嘩売っちまったよ……。容赦ないね~」
タイラーは眩暈を感じた様にたたらを踏んだ。
正門を易々と突破する事に成功したノア一行だが、まだ宮殿までのアプローチは長い。
前庭は破壊された門の破片が広範囲に飛び散り、強烈な土埃が舞い上がっていた。
数名の衛兵が爆破に巻き込まれ、怪我をしているようだ。
「敵襲! 敵襲!」
『ピ――、ピピ――』
「包囲せよ!」
至るところで衛兵達の怒声が飛び交い、笛が鳴り響いた。
王宮前庭に踏み込むと待ち構えていた衛兵たちが槍を構え、すぐにノア達を何重にも包囲した。
「ほ~う、なかなか熱い歓迎ですな」
首を左右にコキコキ鳴らしながら、フーガが気合をいれる。
レベッカが近づき過ぎた衛兵の足元に、すかさず炎弾を打ち込み下がらせた。
着弾した地面からは一瞬火柱が派手に上がる。
「おお~、このワンド、やっぱり凄いわ!」
「レベッカ、その立派な杖はどうしたの⁈」
右手で抜いたレイピアを軽く払いながら、エジェリーは尋ねた。
「お父様から頂いたの!『持って行きなさい』って。我が家の家宝で、アーティファクトがなんじゃらこんじゃら~」
レベッカは当然、難しい事には興味がない。
四人の使徒はノアを守るように方形を組み、歩調をあわせて宮殿を目指す。
「武器を捨てろ」衛兵のひとりが叫んだ。
「押し通る!」
即座に先頭のタイラーが勇ましく否定し、衛兵の包囲を気迫で崩しながら前進する。
タイラーがついに立ちはだかる衛兵と剣を交えようとした、その時。
「そこまでにせよ……」
宮殿の入り口から静かだが迫力のある声がした。
兜こそ被っていなかったが、全身きらびやかな装飾が施された全身鎧の近衛騎士団長が現れた。
「国王陛下がお待ちである。アルヴェーン殿。ついて来られよ」
厳しい表情でそれだけ告げると、踵を返して宮殿内を引き返し始めた。
五人はお互い頷き合うと、近衛騎士団長のあとを追った。
その歩みに合わせた様に、衛士達の包囲が割れていく。
そして荘厳な宮殿内に足を踏み入れた。
静けさの中に靴音が響きわたった。
長い廊下には、殺気をはらんだ衛兵達が左右に等間隔に並び、実にものものしい。
『カツ――ン』
ノアは歩きながら、一度杖を床に突いた。
索敵魔術に魔術士を無効化するジャミングの効果を載せ、宮殿内にまき散らしたのだ。
魔力を感知出来る者、多くは宮廷魔術士達が酷い頭痛を感じうずくまって行く。
これは魔術士達、とりわけ王家魔術師団長であるレベッカの父、スピルカ伯爵への配慮であった。
仮に大規模な戦闘に発展した場合『どちら側に付くか?』という苦渋の決断をさせない為の、ノアなりの気配りである。
しばらく緊張が支配した廊下を歩み進むと、大きな扉の前に到着する。
そこはこの宮殿で最も格式の高い謁見の間だった。
二人の衛士によって扉が左右に開かれる。
ノア一行は歩みを鈍らす事なく勇ましく入場していった。
荘厳な謁見の間には、左右の壁際に文官、衛士、近衛兵がずらりと列をなし、緊迫した空気に包まれていた。
正面には赤い絨毯で覆われた雛壇上の玉座に坐す、国王陛下と王妃殿下の姿が見える。
ノアは玉座前、雛壇下の国王に相対する位置まで歩みを緩めなかった。
「両陛下の御前である。膝をつかれ……」
その言葉をノアは杖を力強く突いて圧倒的に遮り、腹の底から声を出す。
「レ―ヴァン国王に尋ねたい」
ノアの眼光が真っすぐ国王を貫く。
国王はゆっくりと玉座から立ち上がった。
王妃もそれに倣い、優雅な振る舞いを見せ腰をあげる。
「昨日、我の侍女が誘拐され、おびき出されると王家近衛騎士団幹部四人が待ち構えていた」
「我は魔術封じの手枷で拘束され、国王に対する不敬罪により、法により即刻死刑と宣告された」
「四人の近衛騎士が拘束した相手に切りかかるというその蛮行、我は深く憐れみ、軽蔑する。山賊にも劣る愚劣極まりない行為であった」
事の成り行きが徐々に解って来たのか、謁見の間の人々にざわめきがおこる。
「これがその時の証拠の品である」
ノアはフーガに預けていた魔力拘束具と一振りの剣を受け取り、国王の前に放り投げた。
磨かれた大理石の床に落ちて発せられた金属音は、静寂の謁見の間に響き渡る。
「この事実を、主である国王はご存じか」
「耳に入っている」
「この事実は国王もしくは国家の意思か」
「否」
「近衛騎士団指揮官に問う。この事実は近衛の意思か」
「……」
答えが無い。
「国王に問う。なにか申し開きはあるか」
「ない」
「我は先日申したはず。いわれなき攻撃には容赦なく反撃すると」
「昨夜の王家近衛騎士団は、王を語り、法を行使して我を襲った。我はこれをレ―ヴァン王国からの先制攻撃と受け取り、戦争状態に入ったと認識しているが、いまさら異論はないな」
謁見の間は、その言葉に大きくどよめいた。
高い天井にどよめきが長く籠る。
「構わぬ」
国王の返答に呼応して、広間内の騎士たちが全て剣を抜き構える。
四十騎ほどだろうか。
ノアの後ろに一列に控えていたタイラー・フーガ・エジェリー・レベッカが即座にノアを囲み、四方を牽制する。
そしてノアは、ゆっくりと謁見の間を見渡した。
「よかろう。この場で一戦、お相手いたそう!」
『カツーーーーン』
ノアは今一度愛杖『レーヴァテイン』で力強く床を突いた。
「我が名はノア・アルヴェーン。この世界を導く者……」
* * * * *
時は聖歴1623年6月23日。
同日の『王宮一日戦争』によって、レ―ヴァン王国の歴史に初めて、ノア・アルヴェーンの名前が刻まれる。
後世の歴史家より『史上最も偉大な導きの賢者』と評されたノア・アルヴェーンの物語は、『王宮一日戦争』より、約七年の歳月を遡ってから始めるとしよう。
時空はシャレーク王国、フォレストゲート冒険者ギルドへと巻き戻される。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
次回より、一章『冒険者ギルド編』が開幕します。
どうぞ本作をよろしくお願いいたします。