121話 南(2)
藤田の顔は笑っているが目は笑っていない。吉田からの目線を痛いほど感じる。僕は顔に動揺が出ないようにしながら慎重に次の一言を考える。
「お前の前職いや、今ついている職といったほうがいいか、遠藤。」
本名を藤田に言われ、血の気が引くのを感じる。どこから漏れた。
「偽名を使っていたのは認めましょう。しかし、大野家に情報を漏らすような真似はしていません。」
嘘はついていない。実際に大野のもとを離れて以来、連絡を取っていない。
「しかし大野家の譜代の家臣であり、現当主とはともに育っておいて今は関係がありませんというのか。」
吉田が初めて口を開く。
「はい。現当主の大野 祐也とは現在一切の連絡を取っていませんし大野家との関係はもうありません。」
嘘ではない。しかし本当でもない。今の僕は不安定な立場である。それを逆手に取る。吉田が言った。
「にもかかわらず大野家によって作られた身分を使い続けているのか。」
「大野殿とは戦のことや目指すべき国の方向性の違いから袂を分かつことになりました。しかし私が沿道のままであることは何かにつけ不便であると大野と二人で判断し偽名を使っています。」
初めて嘘を言う。これ以上嘘と本当の境では乗り切れない。仕方がない。藤田と吉田は僕の言葉を精査するように黙り続ける。しばらくの沈黙ののちに藤田が言った。
「お前らも何か言いたいことがあれば言え。」
藤田は塚田と野村に話を振る。しかし二人は状況を飲み込むのに必死のようで反応できずにいる。
「もう良いのではないか」
何も言わない様子を見た藤田が吉田に向かっていった。
「まだ早いのではないでしょうか。」
「しかしお前が時間をかけて調べて分からなかったというのだ。この時点ではもう無理でだろう。」
「はい。」
二人の会話が終わる。
「遠藤、お前はすぐに北東にいき、情報を集めろ。同時に味方になる勢力を見つけろ。」
「はい。」
そういうと藤田は会議室を出ていく。出ていったことを確認した吉田は僕を睨みつけながら言った。
「藤田様が寛容で助かったな。俺はお前のことを殺すべきだと思っているし、拷問にかけ情報を取り出すべきだと思っている。今後、少しでも怪しい動きをしてみろ。殺してやる。」
吉田も会議室から出ていく。残った三人の間に沈黙が漂う。野村が煙草を取り出し、火をつける。僕もつられて煙草を吸う。重い煙を呑み込み、そして吐き出す。塚田はしばらくの間、静かに椅子に腰かけて目を閉じていたが出ていく。野村の吸う高めの葉から出る煙と僕の安っぽい煙草の煙が部屋にいきわたっていく。僕は徐々に冷静さを取り戻していく。野村は一本吸いきると部屋から出ていく。僕は二本目を吸いきったところで部屋から出た。
僕は自室に戻り、荷造りを始める。一度、旅をしたことがある道を通るので何が必要かはわかっている。作業が終わると藤田が寝室として使っている部屋に行く。扉を叩いてから言った。
「佐藤です。北東に向かう準備が整いました。連絡の方法について話したくここに来ました。」
扉の中から藤田がこういった。
「吉田の部下が定期的にお前に接触する。その時に情報を渡せ。健闘を祈ってる。」
僕は藤田に礼を言うとその場を離れる。そして部屋に戻り、荷物を取ると生まれ故郷までの旅が始まった。