モブの夏祭り
今日は地元の神社の夏祭りである。
日も落ちて、暗くなってまいりました。皆さん盛り上がっております。
この辺では大きなお祭りなので、健全な高校生にとっては恋を育んだり慈しんだりする恰好のイベントになっている。
何日も前から男子の間では「お前、誰誘う?」とか「○○は●●と一緒に行くんだってさ」「えー、俺も狙ってたのに」なんていう浮かれた会話が飛び交い、女子は女子で「ねえ、浴衣どうするー?」「ごめん、もう買っちゃった」「えー、一緒に買いに行こうって言ったじゃーん」みたいな会話をして男子の期待を煽るのだ。
え、俺?
名もなきモブである俺には女子を夏祭りに誘う度胸もないし、女子から逆指名されるほどの何かもない。
ついでに一緒に行く男友達もいない。
学校に友達がいないわけじゃないが、モブたる俺はモブに相応しくせいぜい教室の中どまりの浅い関係性しか築けていないのだ。
夏祭りの日は屋台のバイトをすることになっている。
モブなので詳しい事情はよく分からないが、とにかく人手不足で駆り出されたのである。
俺も「その日は用事が」と堂々とみんなに言えるのでWinWinの関係といえるだろう。
さて、屋台である。
当初はお面屋と聞いていた。
射的とかクジとか、ましてや型抜きみたいな人間の欲望が剥き出しになる鉄火場は、モブ男子に仕切ることなどできない。それこそ暴排条例に引っかかりそうな人たちの出番だ。
だけどお面屋ならただ売るだけだしね。念のため最近の戦隊ものとかライダーの名前は下調べしておいた。
で、当日二転三転して、なぜか今俺は焼きそばを焼いている。
焼きそばなんてスーパーで三玉150円もしないから帰って食えよ、と思うのだがみんな買っていく。
「祭では焼きそばを食え」
おそらく人類は大昔、宇宙人に遺伝子レベルでそう植え込まれたのだろう。
暑い。鉄板は熱い。眩暈がしてきた。
クラスの奴らとは何回も顔を合わせたが、こっちはモブ。
みんな「よう」とか「あれ」くらいの反応で、「え、お前売る側なの?」みたいな反応すらない。
多分「ああ、店員は同級生とCG使いまわしなのか」くらいにしか思ってないだろう。
「今日何時までバイトなの?」
だからクラスで一番の美少女の若松さんからそう訊かれた時はびっくりした。
俺がしどろもどろに時間を伝えたら「じゃあ花火には間に合うね」だって。
浴衣姿がこの世のものとは思えないくらい可愛いし、多分、酸欠で見た幻覚か何かだと思う。