Scene-08 おおあめ
「にゃぁぁぁーる、しゅたぁん!!」
千代松の全身からオーラの衝撃が迸った。
双眸も死人の色に光る。
イレズミが一気に広がり、肌が真っ黒に染まって陰陽が潰れ――顔が、消えていく!?
「おおぅ……るるぅむ……おおおおおっ!」
最後の叫びと共に、顔が完全に見えなくなった。
背筋に氷塊を差し込まれる。
異形――そうとしか言い様がない!
得体の知れ無さを前にして、思わずジリっと後ずさってしまう。
「ニュート、な、なにコレ……」
『まさか《無貌の黒》か? ――ナイアルラトホテップという外なる神が持つ、数多ある化身の一つ!』
えー、いきなりネームドの混沌!?
でも化身か。
つまり量産型……で、いいのかな。そうならちょっと安心かもだけど?
「とりあえず――ニュート、弱点!」
『ない……というか分からん! 混沌勢力の筆頭みたいな奴だが、化身の数が多すぎて個々はサッパリなのだ。――カルネの奴ら、何を意図してこんな厄介なのを招来したのか!!』
うう……しかし混沌かー
不滅の旧支配者に新陳代謝を起こしたり、世代交代させる存在だったな。
人類にとっては――害悪。
なにしろ、旧支配者の類を増やすんだもん!!
そうやって様子を伺っていたら、千代松だったナニカは両腕を伸ばして空へ飛び上がった。
ちっ、カースティアズの手足も健在らしい。
奴はすぐ点になり、同時に上空で不自然に黒い雲が集まり出す。
やがて暗黒領域の内部が淡く光り、ゴロゴロとドラム音が響いて――閃光が迸った!
ドドド!
直線の雷が次々と降り注いでくる。
怪光線ならぬ怪光弾!?
『ううむ……黒い奴の神話か、カースティアズの能力か、区別が付かん』
「取り敢えず叩き落とーす! ええい……このっ、このこのこのこの!」
チク タク チク タク チク タク
第三のチクタク感覚を蹴飛ばす。
主観時間が引き延ばされ――って、モーサンが脱げそう!?
僕がすっぽ抜けるー
か。加速の調整を……!
焦ってる間に光弾が迫ってくる。
大慌てで動きをコントロールする――よし、大丈夫!
僕の周囲に降ってきた分をプラトーで叩き落としていく。
刃に切られた光弾は即座に弾け、小さな微粒子に散って空気に拡散していった。
う、ちょっとビリつく!
船の周りに外れた奴は海中で爆発し、次々と水柱が立ち上がった。
あー、イプティックが右往左往してるな。
――と言うかまだいたのか、そのままどっかいけ!
「熱っ!」
「ぐっ……ごほっ!」
井手上さんはしゃがみ、和服の袖で顔を覆っている。
彼女を庇う荒士さんも咳き込んでる。
飛び散った電光火花に熱湯の水滴、それに金属臭いオゾン臭のせいか。
ぐぐ、弾さえあれば――いや、高すぎるか。
「なら――ん? ど、どしたの!?」
羽織ってるモーサンがグイグイときた。
また飛べってこと?
で、でも高すぎないかな……
空を見上げ――広がる異形の黒を想像して躊躇した。不慣れな空と化身の得体の知れなさに、心の何処かが少しザワついて――
『瑛音……行けるか?』
フードでニュートがすくっと身を起こす気配がした。
僕の肩に両足をかけ、いつもの目でこっちをジー。
――それが不安を吹っ切る!
慣れないなら皆に協力して貰えばいいし、得体が知れないなら知ってやればいい。
こっちだって《神話》使いなんだしね!
あとニュート可愛い!!
「井手上さん、荒士さんは下がってて! ――ニュート、モーサン、こっちも行くよ」
『おお!』
「お、お気を付けて、瑛音さま!」
「ご武運を祈ります!」
直後モーサンがバサっとツバサを広げ、ふわ――っと、冬月の夜へと飛び上がった。
鋭く羽ばたく度に速度が累乗されていく。
でもちょっと腰が引けてるみたいで――あ、プラトーにか!?
大丈夫、僕の愛剣だってばー
ニュートがフードにガッチリしがみつきながら、モーサンと何か会話してる気配。
それから僕に叫んだ。
『――瑛音、モーサンがしばらく任せろと言ってる。合わせられるか?』
「モーサンが? 待って……うん、だいじょぶ!」
チク タク チク タク
再び第三のチクタク感覚を蹴飛ばし、主観を少しだけ引き延ばした。それでモーサンの動きに合わせる。
おけ!
返答を聞いたモーサンが、一直線に空の暗黒領域へと飛び込んだ。
空間やら時間が捻れる感覚が……ぐぐ、何かの力場か。
抜けると冷たい月光が差した。
カドを巡ったらしく、周囲は超巨大台風の目みたいな雲壁に囲まれている。
ぽっかり開いた空はやけに静かだ。
『ここは巨大なボレアか? 地面がないのは厄介だが……ふむ、特に変な奴らはいない。物理法則もこっち寄りだ』
「ニュート、ここから落ちると……?」
『それはまあ……東京湾へダイブだろうな』
ですかー
変なのがいなくとも、飛んでなければ駄目なら厄介では。
化身は――いた!
冷え切った月光を背後に、空中で静止している。
あれ、服が再生してる?
やけに立派な印象。
ただ細かいディテールまでは分からない。どこかファラオを思わせるシルエットは、ただ、ただ黒いから。
まるで夜を直接纏ったかのようだ。
奴は時折雲に走る稲妻を背にしたまま、こちらを見た――と、思う。黒いから分からないけど!
「ラ、ラスボス感あるな。人類の愚かさとかを語るまで、ちょっと待ったほうがいいかな?」
『瑛音、落ち着け。――っと、戦闘開始だ!』
デモシーンとかなしで、唐突に猛攻が始まった。
えー!?
化身は怪光弾を次々と放ってくる。手とかでなく、空間から無尽蔵に湧き出だす感じで!
モーサンも雲渦内を飛翔!
かなりの距離からマシンガンみたいに連発される光弾を、螺旋と鋭角の回避で次々に躱していく。
モーサン、早っ!
ぐぐぐ……天地と東西が凄い早さで入れ替わる。
遠心力と重力が入り混じり、地面がどっちかも分からない!
怪光弾が空気を焼き焦がす匂いも、感覚を乱す。
混乱しかけていると、ニュートがひょこっとフードから顔を出した。
『――瑛音、オレが頭を立ててる方向が鉛直。我らは化身をリボンで包むように高速旋回中だ。ついでに、モーサンは攻撃のチャンスを伺っているな』
「ニュート、よく平気だね……あと、りょ! モーサンって、そんな強いの!?」
『強い弱いより相性だな。ナイトゴーントにとって混沌とは、よく知る敵対者だ。オレが平気なのは――猫だからだとも』
ふふん、とニュート。
確かに猫は一度ロックオンした獲物を見失うことは、な――くもないけど! ま、そこはほら!!
あとモーサンにとって混沌とは恐怖なんだな。
なら、それに習おう。
「ニュート、そこからでいいから常に千代松を見てて」
『勿論だ、まかせろ』
ニュートをジャイロ代わりにして空間識を捕らえ直す。
モーサンとの連携も強く意識する。
相変わらずの二人羽織ではあるけど、お互いを補完し合うようにシンクロさせていく。
今回は、僕がモーサンの邪魔にならないように!
やがて、モーサンが攻撃に転じた。
高速ですれ違い、死角から一気に――尻尾攻撃!?
パシィン!!
「くすぐり攻撃?」
『そのようだが、混沌の化身とは笑うのか?』
「僕が聞きたい……」
パシパシパシパシ、バババッ!
すれ違い様に尻尾で何度も打ったけど、混沌の化身は無言のまま。
効いてるかどうかサッパリ――っていうか、モーサンの尻尾ってそこまでダメージない筈だよね。
前に僕も真正面でクリーンヒットされたけど、死んでない。
くすぐり攻撃が厄介だけど……
でもモーサンは打っては離れ、近づいては打つを繰り返していく。
ギリギリだけど相手の攻撃は一発も食らわない。
キツいけど、ナイトゴーントは凄い機動で――いたーっ!?
せ、背中に光弾が当たって……し、しびしび!
「がががが……ニ、ニュート、大丈夫!?」
『うむ、平気だぞ。あとモーサンから、ごめんなさいだそうだ』
「大丈夫、気にしないで!!」
とはいえ、背中いたい……
フェイント込み連射の一発が、ツバサ越しでモロに当たったのか。
め、目もチカチカ。あとまだビリつく。
手で押さえたいけど、ちょっと余裕なさそ……うわっ、今度は頭を掠すめて……あちーっ!?
で、でも大丈夫!
ニュートはノーダメージ、モーサンも我慢できる範囲のようだ。
えと……と、とりあえず僕もお手伝いしとこう。
旋回時の体重移動とか、睨むとか!
がるるる!!
そうして何度かやり合った後、モーサンの一撃が化身の真芯へ命中した。
顔バッシーン!
「――ぐおっ!?」
口がなさそうに見えていた混沌の化身から、変な声が漏れる。
え……喋れたの!?
黒い顔に大きなヒビが入り――ガバッと口角が開く。ああ、口なんてあったんだ!?
無感情だった死目にも不快と苛立ちが浮かんできた。
「はは――はは、ははははっ!」
ついに、混沌の化身が笑いだした。大口あけて!
それで攻撃も緩む。
笑い声を聞いたモーサンがくるっと空中に静止し、得意げにガッツポーズ。
――いや、手とか無いけどね?
「はーはははは! きょ……きょーほほほほ!!」
混沌の化身はまだ笑い続けている。
周囲の暗黒ゾーンも、なんか薄れてきてるような?
何て言うか……神性に陰りがでてきた感じ。
ずっと綺麗な黒だと思っていた部分が、よく見ると汚くてムラだらけと気付いたような気分だ。
「ニュート、なんか《神話》に綻びが生まれてない?」
『ふむ……恐らく笑ったせいだろうな。《無貌》状態を崩すような効き目があるのかも知れん』
ニュートの予想に、モーサンがこくこく。
――ああ!
もしかしてナイトゴーントの「くすぐり攻撃」って、混沌の化身潰しの意味もあったのか!?
なら……僕も一肌脱ごう。
カースティアズ――は、嫌だから、千代松を引き出してやる!
プラトーをくるっと回し、スカートの両サイドにスリットを作る。
うん、両足が動かしやすくなった。
太ももとガーターベルトが露出するけど、股の間に前垂れ部分ができるからむしろアクションには向く。
『瑛音、いきなりどうした』
「スカート? 動きやすくするためと――先に写しとこうと思って。格好よく!」
プラトーを構えると、撮られても大丈夫な上に、格好いいと思えるポーズをビシッ!
空中でバリった見栄を切る。
「僕は《神話》使い、綾瀬杜瑛音! ――さあ名乗れ、千代松!!」
沈黙が落ちた。
化身はできたばかりの口をポカーンとさせてこっちを見つつ、なんか動揺している。
ふふん、そうだろう。
なにしろ格好いいポーズだし、ガーターベルトの露出も大変慎ましい。
これなら写されても大丈夫――ん?
暗黒の男の目が、下へと……
太もも?
あとタイツと……ガーターベルトを? ――いや慎ましいだろう、なに変な目で見てるか。
――それと僕は男ですが!!
叫びが伝わったかどうか、化身は激しく動揺し――黒の奥底から別の色が浮かび上がった。
「ほ……本名を呼ぶんじゃねえ! 我が名は――我が名は、ゴーマイン・バルゼルッ!!」
よしっ!
化身改め、千代松……まだ黒いから千代松オルタ……そんな恰好よくないな。黒化千代松!
「あとそんな代物を履くんじゃネェ、ガキ相手にドキっとしたくねえぞ!」
悪党が常識とかを説くかぁ?
あと男だと。
とにかく千代松が千代松として叫ぶ。
これで混沌の神話を完全に崩した――と、喜ぶより早く、黒化千代松が頭を抱えた。
「うおおおおっ……あがっ、お……ひょーほほほほ!」
「な、なんか混乱しているような……?」
『瑛音、黒千代松の目が四つに増えてるぞ。――最後のはカースティアズの鳴き声っぽかったし、混沌のせいで手足も表に出たかも知れん』
な、鳴き声って……まあ、鳴き声か?
カースティアズの分霊っぽいのと千代松は身体の所有権を争う。
どうなるかと見物していたら――あ、こっち見た?
一人で器用に頷き合うと、両手を使ったちょっと格好いいポーズで突進してくる!
混沌の神話が崩れ始めているのは間違いなさそうだ。
ひょいとモーサンがツバサの端を向けてきたので――パアァン!
タッチ!
おけ、選手交代。




