Scene‐05 うわてまわし
「――なんだ、またガキかぁ?」
ゴッ! ゴロゴロ――ゴゴ――
タイミングよく沖から強い風が吹き、海鳴りを響かせた。
雷の閃光でお互いを認識する。
顔は知らん。誰こいつ?
まー、誰であっても殴るのは確定なわけですが。
仲間をボコられて黙っていられるか!
そこで再び雷の閃光が轟き、男の四角くて細い目がカッと見開かれた。くるか!?
「あっ……あなた様は!?」
「へ?」
誰だか知らない人はピョンと飛び上がると、甲板へ――ダイブした。
え、なに?
そのままバッチャーンと五体投地すると、ザカザカと泳ぐように僕の足へ縋り付こうとする。
その顔に浮かぶのは――恐怖と、媚びだ。
「き、きき、きょー、今日は良い天気でございますねえ、イーフレイム様ぁ! こ、この千代松、あなた様のご帰還を一日千秋の思いで待ちわびておりましたー!」
あー、そういう……
知らない男改めイーフレイムの元部下らしき千代松さんは、僕の機嫌を取ろうと必死になっている。
あ、靴にキスしようとしないで。汚い。
「あ! 私がここへいる理由ですけど、こ、こちらの船に盗まれたアーティファクトや、ブラックブックが……あ、いえ、私の物ではなくっ! その……あ、あなた様にご献上する予定でおりました物でして!!」
ほ? へぇぇぇぇぇぇー?
奥に避難していた井手上さんと荒士さんをジロと睨むと、二人はあちゃーという顔をする。
ふうぅぅぅぅん?
「――け、結社の奴ら、まっこと卑怯な手を! この千代松、あらん限りの手で抵抗いたしましたが、ぐ、愚衆どもは何の役にも立たず……い、一生の不覚にございますぅぅぅ」
だーかーら、靴にキスしようとしないでって。
ゲシゲシ。
ニュートが濡れるのにも構わずのびーっとして、僕の肩から千代松を覗き込む。
『火事場泥棒された物を、結社が取り返した……というところかね。だとすると、異変の元はそのブラックブックあたりか?』
「そうね、調べたいから早めに片付けよう。えーと……すいません、僕はイーフレイム・エフォーとは別人です。アイツは……」
一度、言葉を切る。
奴の最後を思い出すといつも嫌な気分になる。なにせ、僕に転生した上で死にくさりやがったから……がるるる!
「――死にましたよ」
『正確に言うと奴の自滅だがな。――それはそれとして、イーフレイムに成りすまさなくていいのか? その方が話は早そうだが』
「品川の事件で一度やったけど、あっさり見破られたからね。僕に奴の真似は向いてない」
千代松は――恐る恐るだけど、僕の言葉を信じたらしい。
そんな目付きになってる。
僕の言葉にそれなりの重みがあったのと、イーフレイムみたいに邪悪な顔付きしてないから?
やっぱり向いてないんだな。
前にそう言った奴の名前は何だったかなー
「で、では、あなた様はどなたなので……? イーフレイム様に瓜二つでございますが……」
「え?」
問われて考え込んだ。
似てるって、そりゃーそーだろーね。肉体はイーフレイムのなんだから。
肩書きも沢山あるけど……今回は探偵でいいかな。いつもように。
そう思った瞬間、ふと小岩井さんの姿が思い浮かんだ。
仮にも探偵を名乗るのならば、あんな風にもっとハードボイルドへ寄せた方がいい気もする。うん!
視線をナナメに落とし、顔に可能な限り影を落としつつシブく笑う。
「ふふ……僕はしながない私立探偵ですよ」
『瑛音、似合わんぞ?』
ニュート、辛辣ぅー
あと即答はないだろー、即答は!
「たん、てい……? で、イーフレイム様とは関係ないと……?」
「そ、他人のそら似だよ」
ザバーン、ザザーンと波を被りまくる甲板で千代松が考え込んでいたけど、やがて納得したらしい。
咳払いして立ち上がると身だしなみを整える。
パタパタ。きゅきゅっ。
最後に濡れたロングオールバックをベチャっと掻き上げた。
何となく、ジャイアントなロボを連想する。
千代松は最後にポーズ付けながら少年漫画っぽく、ふっ――と、鼻で笑った。
「名乗りが遅れました、我が名は降魔院バルゼル。――長らくイーフレイム様にお仕えしておりましたが、このほど開眼いたしまして。つまり真打ちは最後にやってくる……くかか!」
千代松改め、バルゼルがポーズを維持しながら高笑い。
そこに波が押し寄せた。
大波にザッバーンと浚われたバルゼルはポーズごと転け、少し傾いた甲板を流されていく。
「うぎょあぁーっ!?」
「うーん、カオスってるなー」
『大正時代にも中二病に類する病はあるが、それかね?』
ニュートと頷き合う。
場を引っかき回すようなバルゼルの間抜けさに、ちょっと気が緩んだのかも知れない。
だから、その気配をマトモに喰らった。
るろおお……るらあぁ……
何処かから響く声に、全身が総毛立った。ニュートすらもフードの中で毛を逆立てている。
間違いない、神話の気配!
だけど――くそ、掴みそこねた。何処だ? 何処から響いた!?
「ニュート、今のは!?」
『すまん、千代松に気を取られていた! ううむ……瑛音、危険ではあるがこの場にもう少し留まれるか? 異変の正体を知りたい』
「そうだね……後から調べようにも、海上だと僕のチクタク感覚は使い難いし。あと――向こうも逃がしてくれなさそう」
「わ、我が名はゴーマイン・バルゼルッ! 地獄から蘇った男ぉー!!」
絶叫とともにバルゼルが突進してくる。
怪力で僕を掴もうというのだろう、高い位置から鷲の爪みたいにした両手をグワッと打ち下ろしてくる。
『奴も無関係とは考え難い、しばらく相手をしてやれ。ただし気は抜くなよ、間抜けには違いないが弱いとは限らん!』
りょー
「よくも私を騙してくれましたね! 無駄な土下座をさせてくれた分、キッチリ返してくれるゴッ!?」
「よっと」
ローキックで弁慶の泣き所へカウンターを叩き込む。
奴の顔が悶絶爆発した。
――ごめん、ちょっとズレた!
あー、いまのは痛い。
もう少し優しくするつもりだったけど、完全にカウンター入っちゃったな。
船の揺れのせいかなー
「おっ……おおおお……!」
バルゼルが涙目で痛みに喘ぐ……あれ?
普通なら蹴られたスネか、あるいは膝を痛がるものだと思うんだけど、なんで股を押さえる?
うーん……様子見を兼ねて、もう一、二発入れとくか。
滑るように位置を変え――鳩尾へ肘!
「げほっ――!?」
喰らったバルゼルの呼吸が乱れる。
あれ、やっぱ弱い?
うーん……考えつつ、そのまま奴の下顎の真下へ入り込んだ。
「こ、このっ、クソガキ――ぶっ!?」
ガッチーン。
シンバルサイズのカスタネットみたいな音を響かせつつ、奴の下顎が上顎に衝突する。
真下から真上への超ハイキック!
でもスカートの中は見せてあげませーん、何しろ男ですので。
衝撃で天を仰いだまま、バルゼルの目がグルンと裏返る。
一瞬後にグラリと傾き、膝、頭の順にドシャ、グシャッと崩れ落ちた。
僕は離れつつ両手パンパン。
『瑛音……恰好付けてるところ悪いが、奴はまだ生きてるぞ』
「え?」
「ぐごっ……が、ががっ、おおおおーっ!」
あら、甲板に顔を押し付けながら再起動してる。
しぶといなー
変なスイッチも入ったらしく、目の奥ではチラチラと狂気が燃えていた。
「ははひひふ、はらは、まひゃ、ははいほ言われたが……うおおお、知ったことかぁーっ!」
「ははひひふ?」
『バルギリスではないか? ――それはそれとして、神話の気配だ!」
へ?
「にゃる、しゅたん! にゃる、しゃがんなーっ!」
う、何かキラキラしたものが奴の周囲に。
これ前回みた気が……ゲートぉ!?
実体化するには足りないようだけど、そこから何かの気配がドッと流れ込んでくる。
るろおお……るらあぁ……るるうう!
嵐の真っ只中なのに、さっきの気配が四方から響きわたる。
咄嗟に腰のホルスターから銃を引っこ抜こうとして、手が止められた――え?
マントが荒ぶってグイグイ!
フードも持ち上がってしまい、ニュートが僕の後頭部で潰れる。
『ぎゅうう』
「ニュート、だいじょぶ!? ――ちょ、落ち着いて!」
マントは鼻息荒い。
いや鼻も肺もないんだけど、心意気的に!
『瑛音……奴がさっき唱えたのは、旧支配者ナイアーラトテップを讃える祝詞だ。そしてナイトゴーントは奴らに敵対している。――こりゃ、戦わなければ収まらんぞ。てて』
「大丈夫、逃げる気はないからさー!」
だからニュート潰さないでー
あと二人羽織アタックもノーセンキュー。ギャグキャラみたいなリアクションすると、プラトーが引き抜けないんで!
一人と一匹と一枚でバタバタしてると、バルゼルも《混沌》を降し終えたらしい。
両手両足にムカデみたいな紋様が大量に浮き出してきている。
動くイレズミ!?
「――なっ、なんだコレは!?」
って、本人も知らんのかーい!
イレズミはグネグネと蠢いてバルゼルの身体を覆った後、手の甲で大きな目を描いた。
描かれた目がパチっと開き――
「かっ、勝手に動くな――おおお、静まれ我が手足どもよ!」
バルゼルの悲鳴も虚しく、鎮まらなかった手足が滅茶苦茶に動き出す。
リアルの邪気眼だー
イレズミの目がバチバチっと光り――変な光線!?
不味いと思った瞬間、正気に戻ったマントがグルっと巡って光弾を弾く。それも軽々と!
「ありがとー!」
声援を受けたマントがファイティングポーズ。
いや手足はないけどね?
バルゼル……というか、その手足も間髪入れずに追撃を仕掛けてくる。
ぐるぐるパンチで!
間抜けな絵面ではあったけど威力は本物だ。奴の攻撃を受けた僕の手にジーンと痺れが走る。
くっ、この……!
だけど、困惑しているのはバルゼルも同じだった。
頭と手足で連携が取れてない。
「く、この……ええい、大人しくしろ! オレには分かるぞ、お前もあのガキを倒したいのだろう。なれば共に戦おうぞ! まずは先ほどの怪閃光だ。3つ数えるからな? 3、2――」
1を叫ぶ前に足を引っかけてやる。
いや……あの、攻撃タイミングを声に出されましてもね?
「あーっ!?」
思わず手付いた甲板で怪光線が暴発し、バルゼンがマン島の旗みたいに吹っ飛ばされた。
その直後に大波!
こっ、これは大きい!?
「うおおお! 流される、落ち……いやぁ、わたし泳げないですう!?」
ザバァーン!
波が砕けて莫大な水が襲いかかり、バルゼルは流されていった。
こっちも水を被ったけど。うー、びしょ濡れ。
『瑛音、大波がもう一発くるぞ!』
「りょ、アンカーお願い!」
ポンと軽くマントを叩く。
僕のお願いに反応し、マントの端が爪みたいに変化して甲板をガッチリ掴んだ。
そこへ、声がまた響いてくる。
るろおお……るらあぁ……
『くそ、声の出場所が分からん……!』
「ニュート、詳細プリーズ!」
『すまん、さっぱり分からん。後で調べるから、いまは頑張ってくれ!』
りょー
そこで大波第二弾が襲いかかってきた。
船がとんでもない角度でナナメり、やったら高い位置から水塊がドッと流れ落ちてくる。
ぶわっ――ぺっ、ぺっ!
酷い有様だけど、幸いマントはビクともしなかった。
よしよしと誉めると、存在しない胸をドーンと張ってくれる。
「波が収まるまでこのままでね。――で、バルゼルは?」
『瑛音、あそこだ』
バルゼルは落ち……てないか。ちっ。
大波で傾いた甲板を端までザザーっと流されたけど、間一髪で縁に捕まったらしい。
多分、手が独自に。
手の目が、さっさと起きろとイレズミで青筋を作ってる。
ただ本人はよく分かってないらしく、一生の運を使い果たしたかのような顔をしていた。
立ち上がろうとしてはいるけど、足と連携が取れてない。波と揺れもあって何度もベチャっと転けている。
「おおおー! お、お前ら、あのエラそうなヘンタイの手足だろう、ナントカしろー!」
バルゼルが手足に怒鳴ると、イレズミの目がジト目で返した。
それはそれとして……ヘンタイの、手足?
『ヘンタイの手足ってことは……まさか、生体移植なのか?』
「なら本当に二人羽織アタックか。息を合わさないと碌なコトにならないと思うんだけどなー」
案の定、ブチ切れた手足が本気出した。
本体を無視して!
まず――バルゼルの天地が突然引っくり返える。
そして空に向かって大開脚!
なんかブレイキンみたいなだなと思っていると、まさにブレイキンみたいな感じで大回転。
「あんぎゃー!」
本体は悲鳴を上げたようだけど手足は無視。そのまま高速回転――いや本当に速いな!?
ついに立ち上がったけど、回転は止まらない。
強制Y字バランスのポーズで超高速回転しつつ、ベーゴマみたいに突撃してきた。
このコマみたいな攻撃……前に見たぞ!?
一点の取っ掛かりで冷静さが戻る。
「ニュート、これ品川で見た」
『ああ、あの沸騰頭のオリバー・カースティアズだ。――確かに手足がアタッチメント化されてるみたいなことを言っていたが、コイツはそれを自分に移植したのか?』
きっしょー!!
バルゼルは――あるいはカースティアズの手足は、ベーゴマみたいな体当たりを何度も敢行してくる。
でもマントはびくともしない。
前みたいに手に武器がないので軸にしてない足で蹴ってるだけだし、バルゼルは頭が一緒に回ってるせいで回転にリミットが掛かってる。
これなら耐えながらアンカーを解除するタイミングを――にぎゃーっ!?
「う、うぷ……うぉっ、んぷっ」
「おま、吐くなーっ!?」
必死で叫ぶ!
マントから防ぎます? 毒とか酸にもある程度の耐性がありますよ――みたいに伺ってくる気配が伝わってくるけど流石にそれは!
(はっはっ、難儀しているようですねぇ)
マントアンカー解除……まって、また大波ー
バルゼルも邪魔だー!
(くくく、いや――本来は見守るだけの予定でしたが、つい声をかけてしまいました)
『……?』
「ぷぷっ! 手足……すまん、吐きそう。止めて、端に……おぷっっ!」
「(怒)」
手足はガン無視!
ぎゃー! ぎゃー!?
超回転しながらマントへバシバシとぶつかってくるバルゼルの顔が、赤から紫に変わっている。
両頬はリスみたいにパンパン。
あああ……ヒキっとドン引きした瞬間だった。
シュカッ――じゃらららっ!
細いナニカが地面を鋭く蛇行し、バルゼルの軸足に絡みついた。
そのままピンと引っ張られる。
な、何が――って、荒士さんのチェーンか! 井手上さんと二人がかりで、必死に押さえてる。
(ゴホン! よ、余興としては上出来でしたでしょう? ――おい? おい!)
『……』
「――瑛音さま、今のうちです!」
「ぐっ……このくらいなら、お任せ下さい」
「あっ、ありがとう!」
アンカーを解除し、僕もすっ飛んでいってチェーンを掴んだ。
そのまま三人で力を合わせ――
(おーい……)
『……』
「おりゃー!」
バルゼルをブッ飛ばーすっ!
「うげええええーっ!」
空中でバッチい感じの何かが飛散するけどセーフ、セーフ!
バルゼルは格ゲーのキャラみたいな感じでギュンギュンと回転しながら、嵐の海に飛び込んでいった。
す、凄い間抜けな絵面だ……
波間にボチャンと落ちて見えなくなったところで、井手上さん、荒士さんと折り重なるようにヘタり込む。
「はーっ、はーっ……有り難う、二人とも!」
「いえ、このくらい」
「はあ……ギリギリでしたね、瑛音さま」
「しかし……くそ、アイツのペースに乗せられ過ぎたよ。僕らを混乱させるのが目的だったら、危なかった……ふう」
『本当にな』
ん? ニュートが後ろを見てて……
『瑛音……何も考えずに振り返って、背後の艦橋の屋根をウェブリーで撃て。迷うな』
「え? りょー」
くるっ、バン!
一発撃ったところで気付いた。
キラキラして薄っぺらそうなガラスっぽい何かが……あ、ゲート!?
即座に二発目、三発目!
(――貴様、散々無視しやがった癖に唐突に撃つか!?)
「何のこと?」
『三銃士だか四銃士のカルネレイジが、ゲートの向こうからずーっと煽ってたぞ。緊急事態の瑛音は気付いてなかったが』
あ、そうなん?
とかやってるうちに一発が命中し、ゲートの向こうでカルネがのけぞった。
双方なんだよねー、ゲートって!
(うおおおお、ま、まだ早いと言われていたが……知ったことかあ!)
「あの台詞、今日二回目だ」
『相変わらず硬いなあ、トカゲの神話使いは……瑛音、後ろ!』




