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ルルイエ浮上前の大正に転生しました、帰りたいです  作者: kaichi
第十二話:まといまとわれ
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Scene-04 影打ち/真打ち

「結実さん、ここです……けほ、こほっ」

「けふっ……は、ハルさん下がって。――このっ!」


 甲板に続く扉が蹴破られると、顔を真っ赤にした井手上と荒士が飛び出してきた。

 後を追うように船室側から白いガスが渦巻きながら流れ出てくるが、波しぶきと本降りの雨に叩き落とされていく。


「よし、ガスは雨で散る。――結実さん、大丈夫か!?」

「げほっ、げほん……わ、わたしは大丈夫。でも船員さんたちは……」


 船内は滅茶苦茶になっていた。

 最初は一部の船員が突然卒倒したり、錯乱を起こした。

 混乱の最中に船室のひとつから爆発が起こり、怪しげなガスが船内へ充満して錯乱する者が一気に広がっている。


 井手上と荒士の二人は何とかガスを避けたが、錯乱した船員たちに追われて甲板まで逃げてきていた。


「な、何が起こりやがったんだ」

「結実さん、説明してくれそうな人があそこ……」

「え?」


 荒士が慌てて甲板に目をやる。

 非常灯と時々巡ってくる灯台の灯りに、変な男が浮かび上がった。


 ヨレた正装の燕尾服を着た中年の男だった。

 人種はアジア系だが、鼻筋のやたら目立つ濃いウマヅラをしている。

 背中までのロングオールバックもあって、二人はモアイ像やエジプトのスフィンクスを連想した。


 腰にはド派手な洋剣(レイピア)を収めた鞘が二つ。

 そして口元には赤い薔薇が一輪あった――


「ふふ……お嬢さま方、お初にお目にかかります」


 男は井手上と荒士を認めると、薔薇に軽く接吻してから気取った仕草で二人へ投げた――が、届かない。

 強い風雨のせいで、投げた直後に何処かへ飛ばされていった。


「……」

「……」


 気まずい沈黙が流れた。


 モアイ顔は投げたポーズのまま固まっていたが、やがて雨でベジャついたオールバックをかき上げる。

 そして荒れまくってる海をウットリとみた。


「薔薇の最後は海が似合う……そうは思いませんか、お嬢さま方?」


 そう言って振り返った甲板には、誰もいなかった。

 慌てて周囲を探すと、井手上と荒士の二人は救命ボートがある方へ向かって走っている。


「お――おい、待てっ、何処へ行く!?」

「……」


 さっさと救命ボートへ向かおうとした二人の背に、男が追いすがった。

 見た目より意外と早い!

 男が仕切り直しに咳払いをする。


「ん、おほん! ――あの死の罠を避けたとなれば、お二人とも魔術結社のお方でしょうな? お懐かしく。わたしは降魔院(ゴーマイン)バルゼルと――」


 刹那、井手上の片目が『神話』の色に輝いた。

 ――レテの書に書き込んであった今回の仕事情報にヒット!


「ゴーマイン・バルゼル。イーフレイム派の元結社メンバー、鈴木千代松(ちよまつ)の変名」

「もうしま――ちょ! そ、そそ、それは誰のコトですかねえぇぇ!?」


 バルゼルが大慌てでキョドる。

 荒士は不機嫌に鼻を鳴らすと、バルゼルに気取られないようにそっと井手上を庇う位置に動く。

 荒士も千代松の名には聞き覚えがあったのだ。


 というか、今回のミッションターゲットだ。

 闇マーケットへ結社からの盗品を流そうとした張本人で、予定では上海で始末されている筈。

 なのに、ソイツがいるということは……


「千代松は分かるけど、バルゼルの方はワケワカランな。――ハルさん、あいつ日本人だよな?」


 ごく普通の言葉に乗せてアイコンタクト。

 問われた井手上(ハルさん)がにっこり笑った。その笑いは敵を前にした瑛音がよくやる奴だ。

 千代松を始末すべきという、荒士の意図を理解したらしい。


「ええ、日本生まれの日本育ち。イーフレイムの犬として上海の闇競売を仕切っていました。――()()


 井手上がにっこり継続。

 そこにポジティブな感情は欠片もない。一切全く。


「数日前、秘蔵の品々を偽者にすり替えらたとか。それに気付かないまま競売を始めてしまい……色々と大変だったそうですね?」

「ああ、噂は聞いてるよ。――なんでもブチ切れた大客たちに捕まって、生きたまま手足を切り落とされたって話だな」


 嘲笑するような口調とは裏腹に、井手上と荒士の目は鋭い光を放っていた。

 手足の件は噂ではない。

 結社から伝えられていた、信頼できる『情報』だった。


 しかし、千代松(バルゼル)の手足はちゃんとある――


「ええ、ええ、大陸では人豚と呼ぶ刑罰だそうで……ですが捨てる紙あれば拾う神あり。日頃の行いが私自身を救いましたとも」


 バルゼルの目が唐突に狂気へ染まった。

 神話の気配!


 そのまま腰のレイピアを二本とも抜いて斬りかかってきた。

 とっさに荒士が隠し持っていた大型チェーンで弾く。

 チェーンは生き物みたいな動きで、まる金属の蛇が荒士の身体を守っているかのようだ。


「おお、そんなモノを何処に隠していた!?」

「内緒だ、女は隠し事が多くてね」


 荒士のチェーンが変幻自在の追撃をかける。

 先端に分銅が付いたタイプで、使い方によっては骨すらも砕く。故に『微塵』という呼び名もある程だ。

 だが、チェーンはバルゼンのレイピアで易々と弾き返された。

 逆に荒士の腕が軽く切り裂かれる。


「――くっ!?」

「はははは、西洋剣は突きだけだと勘違いしている東洋人は多いですな!」


 バルゼルは高笑いしながら、レイピアで左右から斬りかかってきた。

 刃渡りは九十センチくらいか。

 日本刀みたいな反りはないが、刃はあるので普通に切れる。叩きつけて引くか押せばいい。


「むうん! ほらほらほらほら!!」


 二つの刃が交互に襲いかかる。

 揺れる船の濡れた甲板上、しかも吹きすさぶ風と波しぶきの中であるにも関わらず、バルゼルは鋭い斬撃を連続で放ってくる。


「かかか……はぁっ!」

「くっ!」


 そしてバルゼル必殺の一撃!

 荒士は咄嗟に拳へ巻き付けたチェーンで刃を殴り、どうにか受け流した。

 だが、本当にギリギリだった。


「その顔で、この動きかよ……」

「か……顔は関係ないだろう、顔は!!」


 そうじゃねぇ……荒士が胸中で呟く。

 叫びつつレイピアを振るうバルゼルの顔――というか呼吸と、手足の動くタイミングがバラバラなのだ。

 何かイカサマのタネがあることは間違いない。


「確かめさせてもらう……!」

「お? ――おお!?」


 荒士がチェーンを一本投擲する。

 身体に絡まることを警戒したバルゼルがクロスさせたレイピアで受けた瞬間、二本目のチェーンが放たれた。


 じゃらららら!

 大小二本のチェーンはぶつかり、複雑に絡み合い、バルゼルのレイピアを二本とも搦めとった。

 慌てたバルゼルがレバガチャみたいな動きをするが、レイピアは離れない。

 荒士が後ろへ声を掛ける。


「――ハルさん、頼んだ!」

「はい!!」


 後ろでずっと待機していた井手上が右手の指を一本ピンと伸ばし、バルゼルへと向ける。

 左手には黒革の立派な手帳――レテの書があった。


「いあ、いあ!」

「は? な、何が……」


 くむ すてら あ ふるげーぶん


 あど ふりくと=いお


 えーすと!


 詠唱と共に、レテの書に描かれた文字が非物質化していく。

 レイピアの先端と絡まったままのチェーンの端にバチッと火花が飛び、直後ボウッと青白い怪光が灯る。

 光は広がり、連鎖して規模を増し、瞬く間にバルゼルの全身を包み込んだ。


「な、なんだ? これは、セントエルモの火か……うおっ!」


 バチン!

 最後に雷みたいな閃光と轟音を立てて弾け、バルゼルが燃え上がった。

 たちまち、大きな火柱と化す。


「おおお、おおおーーーっ!?」


 豪雨の甲板をバチャバチャ、ゴロゴロと転がるが、火は消えない。

 そのまま燃え続け、やがてバルゼルは動かなくなった。


「ふう……」


 魔術を行使し終えた井手上が、力尽きて甲板に座り込む。

 荒士は念のためにバルゼルへ投げナイフを投擲し、反応がないことを確認してから井手上に駆け寄った。


「ハルさん、大丈夫か!?」

「はぁ……はぁ……な、なんとか」


 荒士が井手上を抱き上げ、そのまま脇へ避難する。

 そこで船がガクガクと揺れた。

 雨と波でよく分からないが、どうやら大分と陸地側へ流されているようだ。


「不味いな、このままだと陸地にぶつかるかも……ああ、ハルさんはここにいてくれ。ボートが無事か見てくるよ」

「ええ、お願い――結実さん、後ろ!」


 背後で、鬼の形相をしたバルゼルが立ち上がった。

 全身は火傷で爛れ、髪もチリチリになっているが、焼けて露出した腕と足には傷ひとつない。

 代わりに、紋様みたいなイレズミが浮かび上がっている。


「おおお……よくも、よくもやってくれたな!?」

「まだ生きてんのかよ!」


 バルゼルの目が怪しげな光を讃えかと思うと、人外の早さで拳を叩き込んできた。

 荒士が咄嗟にチェーンで防ぎ――きれない!

 早い、そして重い!!

 腹にバルゼルのとんでもなく重い拳が叩き込まれた。


「おぶっ!?」


 荒士がごぼっと血反吐をはく。

 くの字に折れた小さな身体へ、バルゼルはさらに蹴りも叩き込んだ。

 小さな身体を吹っ飛ばす。


「荒士さん!」

「おっと、貴方もですよ」


 続いてヘタり込んでいた井手上も蹴った。

 蹴って蹴り、さらに踏みつける。

 頭部を激しくぶつけた井手上は途中で意識を失ったが、攻撃は緩まなかった。


「このこの、このっ! さっきは、よくもやってくれましたね!?」

「や……やめろ!」


 フラフラになった荒士が何とか立つが、ダメージが酷すぎた。

 体力もごっそり奪われている。

 それでも投げナイフを引き抜くと、何とか投擲する。


「そんなナイフなど――ふんむ!」


 だが、バルゼルには効かない!

 腕で叩き落とされた。

 心なしか、手足の筋量が増大しているようにも見える。


「この……」

「かかか、無駄ぁ!」


 荒士は最後の投げナイフを構えると、バルゼルの足に飛びついて突き立てる。

 突き立て――刃が通らない!

 上から鬱陶しそうに見ていたバルゼルが荒士を叩いて引っぺがし、また腹を蹴った。

 何発か蹴って動きが鈍ったところで、乱暴に持ちあげた。


「この手足は特別製でして……かか、英国のゴーツウッドにて神秘を学んだ最強の『神話使い』からお預かりしたものなのですよ。――おっと、これは内緒です」


 締め上げる力が増す。

 荒士が苦痛に顔を歪ませつつ、首をねじ上げる腕をギロリと睨み付ける。


「この腕……いや足も、自前のじゃねえってワケか。――やっぱり手足の情報は本当ってことかよ」

「ぐ……結社はそこまで知っていましたか。――ええ、報復として大客たちに生きたまま手足を切り取られましてね! 大陸では有名な刑罰だそうです」


 バルゼルがペッと唾を吐いた。


「ですが捨てる神(シンジケート)あれば、拾う神(バルギリス=サマ)あり。くくく……代わりに下っ端仕事を押し付けられたのは気に入りませんがねぇ。――さっさと終わらせ、ボス共に鉄槌を喰らわさねば!!」

「ぐ……」


 ギリギリ――

 荒士を持ち上げたまま、その細首を危険なほど強く締め上げる。

 バルゼルがニヤリと笑った。


「まずはお前で肩慣らしと行きましょうか。さて、どう遊んでやりましょう」

「……」


 歯を食いしばっていた荒士が、何かに気付いた。

 背後に何かあるらしい。

 だが、その目に浮かんだのは希望と――それと同じくらいの絶望だった。


 なので、バルゼルはあまり気にしなかった。

 そもそも背後は海だ。

 方角的に横浜の陸地もあるかも知れないが……


「貴方は……そう、オーソドックスに四肢を切り落としてやりましょう。――ああ、ご安心召され、私は経験者ですので」

「切られた方だろ……ぐっ!」


「もう一人は……おおお、よく見れば中々の上玉ではないですか! 私の好みド真ん中ですよ、お嬢さん。アジトへついたら、まずはお着替えしましょうかねぇ……よちよち」


 どうやら本当に井手上が好みらしく、意識のない彼女の身体を足で乱暴に弄び始めた。

 特に尻の丸みを執拗に。

 荒士が怒りのボルテージを頂点まで上げた。


「げほっ、ぐ……い、いいことを教えてやるよ、千代松。――ちょっと後ろを見てみな」

「本名で呼ぶんじゃねえ、クソガキが――」


 ブロロロ――キィィーッ!


 雨音に混じって遠くから音が響いた。

 おそらく車だ。

 それが聞こえると言うことは、かなり陸地近くまで漂流してしまったのだろう。


 時間を掛けすぎたか……バルゼルの冷静な部分が、そう考える。

 船が座礁する前に退散すべきだ。

 手と足の存在を確かめるように、抑えてる二人をよりキツく締め上げる。


「ふん、続きはアジトへ帰ってからにしましょう。ああ、しかし濡れたままでは不味いですなぁ。こちらのお嬢さんだけは、特別に私が服を脱がせてあげ――ん?」


 コツン。


 舳先あたりから小さな音がした。

 続いて足音が響き始める。


 カツ、カツ、カツ――


「え……?」


 ガクン!

 バルゼルの手足が意志に反して勝手に飛び跳ね、井手上と荒士が放り出される。

 慌てて振り返った――その先に、白い影があった。フードマントを目深に羽織った外国の女の子。


「――なんだ、またガキかぁ?」


 フードの下から、()()()()()がにっこり笑う。

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