Scene-03 ちんみかこう
ずるずる……!
『瑛音、もっと落ち着いて喰え』
横で特製の猫ご飯を食べていたニュートが、呆れたように呟く。
でも返答する余裕もなく、僕は通路までも雑多な商品に埋もれたお店の果てで麺をすする音を響かせる。
はふはふ!
お店を現代風に言うなら、輸入雑貨店?
品揃えが怪しいけど!
横浜の外国人居留地内では知る人ぞ知る店であるらしいんだけど、細かいことは気にしない。
いまこの時、大事なのは目の前にあるこの料理だ。
すなわち――ラーメン!
令和ならインスタントかと思うようなオーソドックスな醤油味だけど、まごう事なきラーメンだ。
なにより黄金色の縮れ麺は令和と変わらない。
具はチャーシュー、メンマ、中華っぽい味玉、たっぷりのエグ辛いネギ。
ちょっと豪華かな。
特にチャーシューは肉厚で美味しい。ただ、スープに絡め切れてない気がするのは残念かも?
でも、それが逆に歴史を感じさせてくれる。
ここから発展するんだよね!
あと辛くてエグみが強いネギはまさに薬味って感じで、大変いい感じだ。
傍らにいた茂呂島さんが、そっと声を掛けてくる。
「如何でしょうか、瑛音さま。浅草や上野にある物と遜色ないかと思いますが」
「美味しいです! こっちへ来てから初めてラ……」
『ごほん』
ニュートがわざとらしく咳払い。
おっと!
そうなんだよね、ラーメンだと通じないこともある。
ええと、ここは横浜だから……
「――初めて南京そば食べました。おじさんも、ありがとうございます」
「お口に合って何よりだ」
茂呂島さんの隣りにいた、この店の店主に礼。
アイサツ大事。
大正時代のラーメンは屋台がメインらしく、ちょっと敷居が高い。
何よりニュートの同伴がアウトなんだよね。
大マイナス!!
露天で食べてるんだから別にいーじゃんと思うんだけど、屋台のスタッフさんたちは猫をとても嫌う。
何故だ、猫が何をした……いや、まあ、色々やってそうではあるけど。
だから食べるのは無理だろうなーと思っていたけど、横浜へ行くという茂呂島さんへ駄目モトで頼んでみたら、仕事が終わってからで良ければという条件付きで受けてくれた。
まるで準備してたかのように!
喜んで待ち、こうしてラーメンを食べている。
至福だ。嬉しい。
ついでにニュートのご飯も用意してくれていた。
ちょっとコッテリ?
たまにはいいか――とは、ニュート本人の談。こちらも満更ではなさそうだったので善き。
その茂呂島さんは、隣の中年男性にペコリと頭を下げている。
どうやら馴染みの人らしい。
礼を言われた中年男性は、様式美的にくたびれた恰好をした人だった。
ハードボイルドな探偵さんと言われても信じられそうだ。
軍時代からの茂呂島さんの先輩にあたる人で、名前は小岩井さん。
この店のオーナーらしい。
彼がヤレヤレと肩をすくめると、茂呂島さんが差し出した蒸籠から点心の饅頭ヒョイの、モシャモシャ。
それも様になってるなー
「この店を食堂替わりにしたのは嬢ちゃんが初めてだぜ。モロ……お前のちょっとした頼みはいつも驚かされる」
「くく……頼りにしております、小岩井少佐殿」
「岩でいいと言ってんだろう。もう軍人でもヘッタクレもねえ、タダの商売人だよ。普通に喋れ、フツーに」
「はい……岩さん」
「――で?」
岩さんと呼ばれた店長が、スープを飲み干しにかかった僕をじーっ。
茂呂島さんが恭しく紹介を始めた。
――えーと、ちょと待って下さい。これ全部飲むまで!
「あのお方は綾瀬杜瑛音様。自分はいま、彼にお仕えしております」
「お前の紹介だ、覚えとく……」
沈黙が続いた。
その間、僕は……んっ……んっ、んっ、んっ!
「なんだって?」
「綾瀬杜」
「それと?」
「彼」
――ぷはぁ!
店長がもう一度僕を見たようだ。
今度は割と強めに。
縛っていた髪を解き、ハンカチで口元ふきふき。
僕は、いつもの恰好をしている。
服は荒事にも耐えられそうな軍装風のスーツジャケットとスカート、濃いタイツ。そして履きやすくて頑丈なローファー。
色素薄い髪は――最近より一段と綺麗に手入れさるようになったロングのストレートヘア。
国籍や人種はよく分からないだろうな。
僕も知らないし!
年齢は、やっと一桁を脱したくらいに見えると思う。
脇に置かれた銃と小剣がちょっと物騒かもだ。
「謎が多くて面白そうだな、モロ。くく……」
イワさんと言われたオジサンが笑った。
茂呂島さんの笑い方によく似ている――あるいは、逆かも知れない。
それはそれとして!
ドンブリに向けて、パンと両手を合わせた。
「ご馳走様でした!」
「岩さん、本日は色々有り難うございました」
茂呂島さんが頭を下げる。
再びそうできることを、本当に嬉しがってるような雰囲気があった。
そしてボソリ。
「モロ、Sの件で首魁が行方不明。少し時間くれ」
「品自体は順調に……後でまた」
『――と、言っていた。何かを企んでるかもな』
「だねえ……」
出口で肩からフードに入るニュートと、こそこそ。
ふふん、猫は耳がいいのだ。
それはそれとして……さて、どうする。
茂呂島さんが何かを企んでるのは間違いないとして、それがどの程度の話かだよなあ。
そして誰がどこまで絡んでいるか!
小岩井さんを紹介したいだけだったら何の問題もないんだけど、伯爵や村茉さんが裏で絡んでたりすると……むむむ。
「ま、いいか。今回はラーメン分まで大目に見てあげよう」
『井手上と荒士を使いっ走りに出せる相手となると限られるが……くく、高い買い物にならなければいいがな』
ニュートがフードで丸くなる気配がする。
食べた後すぐ寝ると身体に悪い……のは、人間の話か。
猫はきっと大丈夫!
去り際、小岩井さんが見送りに来てくれた。
片手には青い煙草の箱。
どうやら、僕がいる間はずっと我慢してくれたらしい。
うん、ありがとうございます!
「ふん――嬢ちゃん、また喰いたくなったらモロに言ってくれ」
「はい!」
店から出ると外はすっかり暗くなっていた。
シャーロック・ホームズと時代劇が入り混じったような外国人街を、淡い街灯がボンヤリと照らしている。
大変よい雰囲気だ。
愛車であるオースチン7へ乗り込む前に、おおきく伸びー
「――ん? どうかしました、茂呂島さん」
「いえ……見目麗しいお顔に見惚れておりました、申し訳ありません」
「えー、なにか変な顔してたかな」
慌てて顔マッサージ。
髪――は、いいか。
前にも増してサラサラ、ツヤツヤだから!
察したらしいマントが、存在しない筈の胸をドーンと張る。
この子も馴染んだなー
そんな僕を見ていた茂呂島さんが、噺家みたいに額を打った。
ペチンと小気味よい音が響く。
ニュートの推測では内面を隠すためにやっているって話だけど、いまは普通に嬉しそうな音を響かせた気がする。
「瑛音様は、いつもお綺麗でございますとも。――では、そろそろ」
「はーい」
うし、気持ちを切り替えよう!
二人で、店の横手に停めていた小さなオープンカーに乗り込んだ。
僕は当然のように運転席。
茂呂島さんは一礼してから、助手席の小さなシートに身体をぎゅぎゅっと。
パーキングブレーキを解除しつつ空を見上げる。冬の空に雨の気配が濃くなっていた。
「ニュート、顔洗いたい?」
『そりゃ迷信だが、ヒゲが重いのは事実……うん?』
ドオーン……
かなり遠くから、汽笛か爆発音みたいな音が響いた。
感じがちょっと変かも……?
ニュートも同じことを感じたらしく、ピスピスという鼻息が僕の肩を登ってくる。
『瑛音……今の爆発は妙だ。海風にも変な匂いが混じり始めてきている」
「変って、どんな?」
『かつて嗅いだことがある匂いだ。これは、そう……』
猫目をすぅっと細め、僕の耳元でボソリ――
それを聞いて全身の血が引き、体温が二度くらい下がった。
「――ま、まさか!?」
『いや、間違いない……あの時に嗅いだ匂いだ』
リリ……と、澄んだ音が小さく響いた。
僕の腰からだ。
鞘に差したイースの魔剣プラトーが小さな刃を震わせ、剣の横でホルスターに収めてある銃と共鳴している。
『くく、銃と魔剣も武者震いか。瑛音、港へ行くぞ!』
「り、りょ! ――茂呂島さん、港へ向かいます。ブッ飛ばしますから捕まってて下さい」
「はっ、はいいー」
アクセルぐいーからの、エンジン大咆吼!
本降りになってきた雨を切り裂くように、オースチン7を疾走させる――
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