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ルルイエ浮上前の大正に転生しました、帰りたいです  作者: kaichi
第十二話:まといまとわれ
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Scene-02 波の上で

「~♪」


 丸窓から見える海を眺めつつ、荒士が真新しい通路を歩いて行く。

 床は微妙に揺れていた。

 だが手に持っている二人分の珈琲とお菓子を乗せたトレイは、チラとも揺れていない。


 荒士は船の上にいた。

 それも最新のディーゼルエンジンを備えた高速船にだ。

 巨大な水タンクと大量の石炭を必要とする蒸気機関とは違い、液体の石油燃料だけで済むディーゼルは省スペース。しかも圧倒的な熱効率の良さから出力も劣らない。

 積載スペースを広く取りつつ速度や燃費は向上させ、船員も少なくて済む。まさにコンパクト&ハイパワー!

 ――ので、魔術結社は片隅にほんの少しだけ専用室を確保していた。


 そんな最新鋭の船にいるのに、荒士の服装は瑛音に忍者と言われた山仕事スタイルのままだ。

 場違い感が凄い。

 井手上が多少アレンジしてくれているが、女の子の普段着には向いてないのは間違いない。

 そんな服の下には、幼さを塗りつぶすまで鍛え上げられた肉体と数々の暗殺武器が隠されている。物騒な気配などは微塵も感じさせないが――


 荒士は自分にあてがわれた船室を通り越すと、少し先にある同僚の部屋へと進む。

 扉をノックすると返答はすぐあった。


「どうぞー」

「入るよ、ハルさん……うわ?」


 井手上の船室は、博物館と図書館のキメラと化していた。

 アカデミックにキッチリと整理されていてるが、人間の快適さについは一切考慮されていない。

 寝る場所もなさそうだ。


「こりゃまた……」

「どうかした、結実さん?」


 船室備え付けの机で、ノートに何かを書き込んでいた井手上が振り返る。

 彼女はいつものハイカラさんスタイルに、今日はショールも羽織っている。船上での場違いさでは荒士に負けてない。


「珈琲を持ってきたよ。船員さんからチョコの差し入れも貰ったんで、一緒に食べないか? ――場所があればだけど」

「ありがとう、嬉しい」


 井手上がパパっと片付けると、キッチリお盆分の場所が現れた。

 まるで魔法のようだ。

 生まれたスペースに荒士がお盆を置き、自分もなんとかお尻をネジ込んだ。


 井手上は受け取った珈琲を一口含み、満足そうに溜息をつく。

 そして悩んだ末に――角砂糖二個。

 荒士は一個だ。

 それから自分のチョコにかぶりついた。

 日本でも作られ始めた板状のクリイムチョコレートは甘くて美味しい。

 ぼりぼり、むぐむぐとチョコを頬張りつつ、荒士が荷物を指す。


「――で、こりゃ?」

「むぐ……ふぅ。これは上海租界で押収した禁制品の一部ね」

「ブン捕ったのか?」

「奪い返した、ね。――震災とイーフレイム騒ぎのドサクサに紛れて、結社から盗まれた物を取り返しただけ。上海の裏に散逸する寸前だったそう」


 くすくすと笑う。

 散逸直前――つまり、買い手が既に付いていた状況だったのだろう。

 荒士がフンと鼻を鳴らした。


「租界か……チラっと見た限りではピカピカな街だったけど、裏は真っ黒か」

「ですねえ」


 上海租界とは、日英米仏などが共同統治している国際都市だ。

 各国領事館に大企業、さらに現地勢力や犯罪組織までが混淆し、魔界みたいな場所になっている。

 そんな場所では、謀略と力こそが唯一のルールとなる――

 荒士がフンと鼻を鳴らした。


「荒事が必要なら、そっちに呼ばれたかったな」

「戻ったらすぐ瑛音さまに呼ばれますよ」

「ああ、なるほど……違いない」


 何が()()()()なのかは、言わずもがな――

 二人が風変わりな主人の顔を思い浮かべる。

 慎ましく頬を赤らめあった。


「まあ、いいけど。――で、そんなのを箱から出していいのか?」

「港へ着くまでに全てのチェックをしておくようにって、村茉さんからの命令です。――今回の件、無事に済むとは思ってないみたい」


 二人は結社の命令に従い、この荷物の守り役の一員として貨物船に乗り込んでいた。

 今のところは順調だ。

 後は、横浜で待っている筈の部隊に荷を引き渡せば任務は完了である。

 完了なのでは、あるのだが……荒士が溜息をつく。


「なるほど、航海中にね。――つまり、日本へ着いたら問題が起こることを予想してるってことか」

「そうですねえ」


 そもそも税関を通す気がないので、端的に言ってしまえば密輸である。

 だから警察や軍は怖い。

 上海で面子と財布と人脈を潰してやった犯罪組織の報復にも、警戒した方がいいだろう。

 さらにコレを結社から盗んだ《神話》使いにも。


 だが、障害はそれだけではない。

 その中でも最大の障害になると予想されるのは――()()()()()であった。


 結社には頼もしい味方であるのだが――頼もしすぎた。あまりにも。

 彼が荷物に気づけば、間違いなく処分しにくる。

 それが彼の崇高な使命なのだから文句は言えないし、結社でも処分自体には反対しない。


 反対しない。のでは、あるのだが……

 何でもかんでも処分されてしまうと、対峙している物騒な連中への対抗手段がなくなってしまうのも事実である。


 イーフレイムの事件で大きなダメージを受けている結社としては、もっと対神話戦力が欲しいというのが本音であった。

 特に、元々結社が持っていた物は出自や由来がハッキリしている。

 手元にあれば心強いものばかりだ。


 これまで、このような裏仕事は伯爵が個人的な趣味も兼ねて行ってきた。

 だが今回はスケジュールが合わず、仕方なく井手上と荒士の二人が代役として選ばれている。


 二人に任された仕事は、万が一積荷が暴走したときのストッパー役と、敵対する神話使いへの対処要員。

 同時に、引き渡し前に瑛音が乗り込んできたら――土下座でもなんでもして、その慈悲にすがる役だった。


 最後のミッションがもっとも難問だった。

 伯爵でも成功率は高くない。

 そもそも、地位も名誉ものある人が恥や外聞をかなぐり捨てて五体投地からのローリング土下座とかするから効くこともあるのであって、自分たちがしても意味があるかというと……


 双子にも教えるわけには行かない。

 あの二人は一切迷うことなく瑛音側につくだろう。

 資料を持ち出すなど、数々の前歴があるし。


「ハルさん、瑛音さまをどうやれば押さえられると思う?」

「い、色仕掛けとか……?」

「するならしてもいいけど、どんな美女より美しい人に効くかねえ」


 荒士がニンジャ服の端をチョイと引っ張って、自分の肌を覗き込む。

 首をかしげまくり――最後に溜息。


 綾瀬杜瑛音は、類い希な美少女顔をした絶世の美少年であった。

 美しさで名をはせる双子ですら、瑛音には二、三歩劣る。

 そう思ってないのは瑛音本人だけだ。


 井手上と荒士も、当然のことながら瑛音の美しさを認めている。

 そして自分の微妙な身体も。

 荒士はその筋肉質な身体を、井手上は日本髪も結えないクセ毛と大きな胸を――

 瑛音がそれらをむしろ魅力的だと言ってくれはしたが、二人は社交辞令と受け取っていた。


 大正ではその認識が正しいからだ。

 筋肉は論外。

 胸はフラットであればあるほどよく、特に洋装なら大量にネックレスを下げて谷間が無いことを証明するのが流行りだった。

 日本だけでなく米、英、仏、独、中国ですら、そうだ。


 日本に限れば、髪は伸ばして結うのも絶対だ。

 洋装メインの女性ならばバッサリ断髪する、あるいはパーマをかける人もいるが、時代の最先端過ぎて普通の人がやったら大惨事になる。

 結わないなら瑛音くらい美形でなければ許されない。

 双子妹すら学校とかでは結う。


 そんな時代である。

 二人は、はぁ……と、溜息をつきあった。


「瑛音さま……探偵だけあって推理力は高いし、あの華奢なナリで腕っ節もムチャクチャ強い。――茂呂島さんは上手くやってくれるかな」

「切り札はあると仰っておりましたが」

「牛鍋屋のアレかな。期待したいところだけど……ん?」


 壁のウォールランプが数回またたき、やがてプツンと消えた。

 丸窓からの夕日で、部屋の赤さが一気に上がる。


「故障でしょうか?」

「――いや、廊下も消えてる。結社の息のかかってる最新鋭船でコレは不自然だな。入港も近いってのに、やれやれだ……ちょっと行ってくる」

「なら私も。荷物を再封印しますから、ちょっと待って下さい」

「手伝う」


 二人でバタバタと部屋中を片付けると、念のため武器と懐中電灯を手にして部屋を出て行った。

 出て行くと船室の扉が外から施錠される。


 無人となった船室はしばらく静寂を保っていたが、やがて――遠くから叫び声のようなものが響いてきた。

 最初に一つ、それに被さるようにもう一つ。さらに二つ、三つと重なっていく。

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