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ルルイエ浮上前の大正に転生しました、帰りたいです  作者: kaichi
第十二話:まといまとわれ
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Scene-01 会議は揺れる

 銀座――日本有数のショッピング街。

 その片隅にある小さな牛鍋店の座敷で、鍋を前にした茂呂島が二人の少女に福々とした頭を下げた。


「正式なご挨拶遅れまして申し訳なく。――本日はご先輩方との知己を深めさせていたただければと思い、一席設けさせていただきました」


 賑やかな笑顔である。

 頭を下げられた二人――井手上と荒士は、心底困惑していた。


 井手上と荒士の二人にとって、エリートと呼んで差し支えない茂呂島に奢られるような事態は想定外中の想定外であった。

 しかも先輩とか。

 瑛音直属チームへの茂呂島の加入は、確かに最後ではあるのだが……


 なにより瑛音、双子のどちらもいない。

 そもそも、高貴な出自の人がくるような店ではなかった。

 雑多で騒がしく、気取らない。

 つまり下の者でこっそりと……ということらしく、それが二人をさらに困惑させていた。


「あの、このような……」

「まー、まー、ハルさん」


 萎縮した井手上に対し、荒士は自然体だ。

 つまり無表情ジト目。

 茂呂島が気にしてないこともあって、膝まで崩している。彼女はズボンなので問題はない。


「ようは、瑛音さまについて色々知りたいってことだ。私らは明後日から船だし、いまのうちにってことさね?」

「そ、そうなのでしょうか……」


 だったらお菓子で茶飲み話でもいいのでは……という言葉はゴニョゴニョして消える。

 二人の目の前には、大きな黒い平鍋が置かれていた。

 鉄桶がはめ込まれた小さなテーブルには炭が赤々と燃え、たっぷりの牛肉と椎茸、豆腐、葱をグツグツと煮込んでいた。

 煮込み具合も完璧で、まだ少し赤い牛肉がキラキラと光っているようだ。


 そして大きなお櫃には、炊きたての白米がドーン!

 成長期の二人には抗いがたい魅力であった。


「お二人とも、お気を付けて行ってらっしゃいませ。横浜から神戸、そこから長崎を経由して上海――往復一週間は船の上です。本日は当面の食べ納めをして頂ければ」


 依頼したのは結社であった。

 仕事は積荷の監視と護衛――無論ただの荷物ではない。神話関係のが混じっている。

 荒士が茶を啜った。


「で、瑛音さまのことだけど……私らも詳しいことは知らないよ。なにしろ詮索するワケにはいかないし」

「まったくその通りなのですが、何も知らないでは満足なもてなしもできませんで」


 茂呂島が自分の額をペチンと叩く。

 そのポーズが噺家のようにコミカルで、井手上と荒士の気もちょっと緩んだ。

 茂呂島が続ける。


「我らの主人が何を好み、何を好まないか――そんなことを知りたいのでして。でなければ満足に食事もご用意できません」


 客をもてなすことを意味する『馳走』という言葉は、馬を走らせるという意味である。

 茂呂島は本当に走り回るつもりでいるらしい。


「――さて、愚痴が過ぎました。まずは我らの腹を膨らませる方が先決です」

「ハルさん、遠慮無くご馳になろうか?」

「はい、では……いただきます」


 三人で牛鍋をつつく。

 特に二人は怒濤だ。

 甘辛く煮込まれた肉は旨味が強く、噛み応えがあった。

 白飯に会わないわけがない!

 弾が尽きる心配もなかった。本日のホスト、茂呂島の配慮が隅々まで行き届いている。


 やがて第一陣を平らげたところで、茂呂島が再び具と割下を投入する。

 少し酒も足した。

 慌てて井手上が変わろうとしたが、茂呂島が笑って遮る。


「す、すいません……」

「いやいや、よい食べっぷり。この茂呂島、感服いたしましたとも」


 煮る間、少し間が開いた。

 茂呂島が本題を切り出すタイミングを見計らっていた矢先、意外にも井手上が切り込んできた。


「茂呂島さま、それで何をお話しすればよろしいのでしょうか。私たちも瑛音さまにお仕えしてから日が浅いですし、仕事以外では早々お目にかかるご用事もなく……」

「ふむ、ではまず――取り留めない雑談からでも。我らが主人について、ご感想でも頂ければ」


 もちろん内緒にですよ――と、目配せも忘れない。

 安心した荒士が相好を崩した。


「そもそも、あの人は何処生まれの何人なんだろうな。あと『と』ってなんだ、と――うわっち!?」


 井手上が荒士の手をピシリと叩いた。

 垂れ目がキリリと細められ、荒士をジロリと睨む。目線にはかなり本気の警告が宿っていた。


「……」

「悪かった、ハルさん。氏素性については口に出さない」

「そちらではありません」

「へ? ――ああ、そうか『と』の方か。東京……うわっち!?」

「……」


 再びピシリ。

 茂呂島はニコニコしながら二人を観察する。

 どちらも神話事件を生き残り、生還して村茉様の眼鏡に適ったという。

 良いことかどうかは分からないが――


 荒士がポツリと呟いた。


「――私たちについてなら普通に聞いてくれていいよ、茂呂島さん。記憶にあることなら何でも答えるさ」

「失礼を」


 茂呂島が、自分の観察を見抜いた荒士の眼力に舌を巻く。

 ついでに今の言葉を反芻する。

 記憶にある――ということはつまり、()()こともあると言うことか。


 うん、と頷いた。

 自分はやはり後方の支援くらいが精一杯だろう。

 だが、それでも――


「では改めて。――そうですな、例えば瑛音様の好みなどはご存じありませんか。例えば食べ物など」

「瑛音さまは基本、何でも食べるかと……」

「――んにゃ。ハルさん、それは違う」


 荒士がお茶を一口。

 鍋の椎茸をチラ。


「あの人、茸は食べたがらない。特に椎茸。あと米もあまり食べないが、嫌いというわけではなさそうだ。比率が変なだけかな」

「ほうほう」


 茂呂島が律儀にメモると、荒士がくくくと笑った。


「――茸を避けると、黒猫が叱るとしか思えない仕草をするんだよな。その度に申し訳なさそうな顔をする。変な人だよ」

「結実さん、ニュートさまは普通に喋れます」

「ハルさん、そんな与太話に乗っからなくても……はいはい、分かったよ。悪かった」


 茂呂島もこれには口を挟めない。

 瑛音の飼い猫が人語を解するか否かについては、まだ結論を出せていない。

 異様に賢いのは事実なのだが……


 ただ、瑛音があの猫をとても大切に扱っていることは事実だった。

 茂呂島が慎重に言葉を選ぶ。


「ニュートさんにも好みはあるのでしょうか」

「流石にそこまでは。――ただ、ニュートさまのお食事に残飯を出すと、瑛音さまは本気で気分を害されるでしょう。ご注意を」

「食べる物がないときは、瑛音さまが自分の食べ物の中から猫が食べられる物を分ける。時には食器も共有するけど、見ても咎めない方がいい。――それやったら、瑛音さまからガッツリと距離を置かれると見るね」


 茂呂島が、自分が猫と食器を共有している場面を想像して顔をしかめた。

 流石にそれは……


「――真似はしなくても大丈夫。あの人、他人が嫌だと思ってることを強要してこないから」

「そういう意味では紳士です」

「なるほど……これは難しいお人ですな」


 茂呂島が何度も頷く。

 博愛主義者が一番近そうだが、その思想を広げようとはしないらしい。

 あくまで自分を律するのみ。


「つまり……ふうむ。――では、服や装飾については?」

「洋服以外は着たかがりませんが、かといってドレスなどの美しい服を着て喜ぶかというと……」

「そもそも男だしな。あと男物や女物の区別が薄い。着飾ることについても頓着ない。なので、そういうプレゼントは無駄と思う」

「車については気に入っているようです」

「運転するの好きだよね。絶対に自分がハンドルを握る」


 荒士が渋い顔をし、井手上が涙目で溜息。

 前に青梅まで乗せて貰った時は、ちょっとした拷問だった。


「あと、車をとても古風な物だと感じている節があります。なんといいましたか――ノ、ノスタルジック?」

「のす……いや、最新鋭の車ですよ」


 これには茂呂島も絶句せざるを得ない。

 瑛音の愛車はオースチン7、それに遠乗り用のランチア・ラムダの二台だ。

 断じて古風ではない。

 溜息をつくと、今晩の本題へと切り込んでいく。


「ならばそう――瑛音様のご家庭や故郷の味などは」


 この問いに井手上と荒士が緊張する。

 茂呂島にも、この話題は結社に睨まれかねないという認識はあった。

 あったが……

 しかし瑛音の好みなどを知らなければ、十分にもてなすことが出来ないのも事実である。

 接待は決して疎かにはできない――


 荒士が何でも無いかのように口を開いた。


()()()()()

「何ですって?」


 荒士が変なことを口走り、茂呂島も思わす変な声を出す。


「え……な、なにを?」

「そういう食べ物があるらしい」

「あの、それは何語でしょうか」

「――まだ存在してない可能性もあるよな」

「!?」


 荒士の言葉が茂呂島の胸に鋭く刺さった。

 瑛音の好物が大正という()()に存在してない可能性について、熟慮してないかった己を恥じる。

 荒士は気にせず、続けた。


「瑛音さまが茸について猫に叱られた時、天麩羅か、あひいじょなら……と、呟いていた。調理法なのか、料理なのかは分からない」

「ううむ……」


 メモには天ぷらだけ書いた。

 あひいじょについては、脳内の奥深くにそっとしまう――

 荒士がジト目のまま口元を歪ませた。


「ついでに、瑛音さまのご家庭での冬の定番はぶいやべえす。――それが何なのか聞かないでくれ。さっぱりだ」

「……」


 荒士がくつくつと煮えた鍋から葱を取ると、それを冷えた白飯の残りに置いてから一気に口へ。

 はふはふ。

 飯を汚すので上品な食べ方ではないのだが、この場に気にする人間はいない。

 それから再び白飯が盛られた。

 それを見て、荒士がふと思い出したように呟く。


「――本当かどうかは分からないんだがね。瑛音さまのご実家では麦飯だったそうだよ」

「は?」

「え、えーっ!?」


 これには茂呂島、井手上も驚く。

 白米は一種のステータスだ。

 貴族に類する人間が、麦飯はさすがに――


「それしか食べられないワケではなく、栄養があるから食べてるという感じだったな。だから白米であることを不満がっていた」

「ああ……まあ、確かに。脚気なども、ヴィタミンという栄養素の不足から起こるのでしたな」


 脚気とは一種の栄養失調である。

 ビタミン欠乏症だ。

 茂呂島の知識上でも納得できる話である。できるのだが……しかし、冷えると固くて不味い、あの麦飯を!?


 もしや毎食ごとに炊いているのか……?

 だが、そんな手間をかけるには時間もかかるし、道具もいる。下働きだって大勢必要となるだろうに――


 そんなことを考えていると、井手上がおとがいに指をちょんと乗せる。

 その仕草が妙に可愛い。

 他人によって普通を奪われた彼女ではあるが、そういう仕草にはまだ素が残っているようだ。


「瑛音さまはなんていうか……そう、階級や上下がないのです。物にも、人にも」

「ああ、なるほど。地位や好み、果ては性別にすら垣根がなく、人々は等しく尊重される、と。――未来は、さぞ善い時代なのでしょうなあ」


 最後は溜息になった。

 本人がそれを理想としてるのではなく、既にそうなった時代――

 同時に、大正という現代がいかに泥臭く原始的か。


 自分たちは、そんな時代へ瑛音を連れてきてしまっているのだ。

 いまさら帰す方法もない。

 この時代の人間として、せめて報いねば――茂呂島が決意を新たにする。

 そこで、今度は井手上がふと思い出した。


「ああ……そういえば、瑛音さまがしばらく食べてないと仰っていた料理がありました。ラアメンと言うそうですが」

「ラ麺……うん?」


 茂呂島が少し考え、こちらは正体に思い至った。

 何度も頷く。


「ああ、シナそばですかね。それなら分かります。上等な食べ物ではありませんが、確かにあれは美味いですな!」

「何なんだ、それ?」

「ここ十年くらいで生まれた新しい料理で、蕎麦の一種です。横浜では南京そばと呼ばれ、浅草でもよく屋台などがでております。今度お二人にも是非ご馳走させていただければ。――ふむ、ラーメンと」

ごろ寝マットを買ったことを後悔しつつ

当面は週一になると思います

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