Scene-12 タイム・アフター・タイム
鎌倉の夜が明けていく。
カドを巡った僕とニュートは、観月院の前に来ていた。
一度別荘に戻っている。
寝ずに僕を待っていたらしい茂呂島さんに若先生を託し、体力の限界がきていた双子は寝かせた。
ついでに着替えも済まして、装備も万全だ。
若先生の鍵で建物の中へ入った。
外と一階は洋風建築だったけど、二階の住居部分は和風になっている。
そんな屋内を縦横に《幻視》していく――
チク タク チク タク
「……」
『ふむ、その顔からすると天井ってのは観月院で間違いないようだな?』
「正確には、その部屋だね」
若先生の部屋を指す。
ゲートを幻視して視たのは、その部屋の天井で間違いない。
レンのガラスを通じて見た者がいたんだ。
観月院の大先生――院長本人は、屋根裏にある隠し部屋みたいなところ場所いた。
「お邪魔します……」
扉は外から施錠されていたので、若先生の鍵で開けて中へ入る。
腐敗と病魔の混じった匂いが鼻を突いた。
『瑛音、正面の窓』
「……」
月の裏側みたいな部屋で、壁には小さな破風の窓が一つあるきり。
嵌まっているガラスは青ざめて歪み、床に魔女の見ている夢のような影を落としている――
隅のベッドに寝ていた老人が、ゆっくりと目を開けた。
その顔には、老いと病魔が張り付いている。
「……」
「はじめまして、私立探偵の綾瀬杜と言います。――衰弱して倒れていた御子息を保護しましたのでご連絡をと」
「息子……」
「ええ、ああ――ちょっと失礼を」
チク タク チク タク チク タク
破風の窓を《幻視》すると、様々なものが見えた。
果てのない階段の果てで燃えるモノリスの列、魔女の大釜みたいに歪み回る星渦、落ちた空に架かる極光――
「……!」
全力で《幻視》を切った。
「こ、こんなものを見たのか……」
『それほどか』
「は……ははっ、お前も分かるのか、視えるのか!?」
老人が叫んだ。
狂気と熱狂が、寿命の尽きかけた身体に異常な活力を注ぎ込んだらしい。
同志へと向ける目で僕に手を伸ばしてくる。
「息子は最後まで理解せなんだ。――小僧よ、その片鱗でも理解できるのならばワシに請うてくれ。教えようとも! 共に叡智を……星の智慧を得ようではないか!!」
「いやだ」
窓に歩み寄り――ガラスを砕く。
それで終わりだ。
「あ……え? いま、な、何を……」
一切の躊躇なくそうされるとは思わなかったんだろう。
老人は呆然としたままだ。
次に――壁の隠し扉も開ける。
中には金庫があったけど、ダイヤル錠なんて僕相手には無意味だ。
無造作、無慈悲に開ける。
中にあったのは論文の束や、本だ。
ブラックブックっぽいな。
本屋で盗まれたイーフレイムの原稿もあったので、すべて床に放り投げる。
貴重な資料を足蹴にされて大先生はやっと正気に戻った。
「な……なんて事を!?」
「大声出すと身体に響きますよ」
「うるさ――ぐがっ! ああ……ああっ!」
狂気のブーストに限界が来たらしい。
胸を押さえてうずくまった。
老いと病が進行しすぎていて、至ることすらもできないようだ。
あるいは何かが足りないのかも知れない。
「薬を……くすり……」
大きく震えつつ、錠剤入れに手を伸ばす老人を冷ややかに見つめる。
アレだけのを視ていて足りないのなら――放置でいいか。
方針は決まった。
老人へ和やかに笑ってやる。
「貴方も大変なご様子ですね。――然るべき施設をご手配しましょう」
「小僧、お前……コフッ、ゲホッ!」
声は、地獄の底から響いてくるようだ。
でも異界の果てからではない。
狂えず、死ねず――そして至りきれず、か。
「ええ、もちろん。教えませんでしたか――失敗させてやると」
「……」
老人はなおも喋ろうとしたらしいけど、ゼィゼィ、ヒューヒューと呻き声が酷くてよく聞き取れなかった。
懺悔の言葉であって欲しかったけど……違うな、きっと。
「では……」
その場を後にした。
もう興味はない。
オースチン7で別荘へ戻った。
イーフレイムの未発表原稿を含む大荷物は、後部座席に放り込んである。
とても重い。――精神的に。
『今回は色々苦労だったな、瑛様』
「せめて若先生が元気だったらな……転生者同士で、苦労話とかできたかも知れないのに」
なのに現実は……
解決しても全然嬉しくない!
はあ。
荷物を小脇に抱えたまま、そっとエントランスへ入った。
使用人さんたちは――見えない。
まだ時間が早いから、皆で朝ご飯とかの準備でもしているのかも知れない。
双子も見えなかった。
昨日は大活躍だったから、まだ寝ているんだろうな。
好都合。グッド!
しゅかっ、さかさか、ささささ――
『瑛音、何をしているのだ?』
忍者みたいに別荘のゲストルームを目指す僕を、ニュートが不審がる。
しっ!
「部屋に戻るまで誰にも会いたくないんだよ。――回収した資料に変なのがないかチェックしたい」
最近ブラックブックの処分ができてないしさ。
――いや、分かるよ?
確かにブラックブックは、他のブラックブックを制する力にもなる。
それは理解する。
するけど……がるるる!!
『ああ、そっちか。――まあ、見るくらいなら構わんが』
「?」
そうやって忍び……無事にゲストルームの前に辿り着く。
二つあって、僕の部屋は奥のだ。
手前は双子が使ってるから、起こさないように慎重に……そっと扉を開けて……
「――おお、瑛音様!?」
ふえっ!?
部屋には、大正浪漫が溢れるイケオジいた。
イケオジ――綾瀬杜蔵人さん。
表向きの顔は希代の変人伯爵、裏では魔術結社の変人大幹部!
な、なな、なんでここにいるの!?
何か言おうとする前に、ズザーっとスライディングですがりつかれた。嬉しそうな変顔で――マントに頬ずりを!
しょ、正体を一目で見抜けたの!?
いまは元の奴とまったく同じデザインになってるのに……!
「こ、このマントはですね、その……」
「いえいえいえ、皆までおっしゃらずとも! イーフレイムの未発表資料を見つけたとご連絡あったのでスッ飛んで参りましたが、今回は激戦だったご様子ですなあ。――このような物を使わざるを得ないほどに!!」
うわ、すごい嬉しそう。
マントくんは誉められたと理解したらしく、満更ではないって顔してるー
いや、顔はないけどね!
「いや、あの……」
「こちらが件の資料ですな? ――ああ、被害者のことはご心配なく! 我らが責任を持って保護いたします」
するっと資料を取られ、胸を張られて隠され、真摯なお辞儀でトドメ!
資料に手が届かないー
タイミング悪く、隣の部屋から寝起きの双子が来た。
どっちがどっちか分からない。
「えいとさま、おはようござ……ふぁあ」
「あ、おじいさまも……ふぁあ」
デュアル大あくび。
意識が一瞬そっちに持って行かれ、慌てて蔵人さんへ振り返った――ない!?
蔵人さん、持ってた資料どこやりましたかっ!
ふ、ふん、隠したって無駄だよ。
僕を誰だと思っている。
チク タ――
「え?」
グイと後ろに引かれて、《幻視》がキャンセルされた。
マントが勝手に動く!
振り返ると、双子がアメニティの入った化粧台から立派そうな櫛を引っ張り出していた。
これでいいですかって、寝ぼけ眼で……
ふたごぉぉぉー!
その高い忖度力は嫌いじゃないけど、時と場所をえらべー!!
マントは僕を化粧台までグイグイと引っ張ると、受け取った櫛で僕の髪を梳き始めた。
確かに報酬として約束したさ、したけども!
「妖怪こそでのて……? ふわあ……」
「はふ……」
双子はソファへふらふらと座り、抱き合いながら丸くなった。
寝直さないでー
マントは――裾を伸ばし、四方にアンカーみたいのを飛ばした。
そしてガッチリキャッチ!
そゆのできますかー、憶えておきますけども……
今はちょっと止めてほしいー!
あたふたしていると、いつの間にか扉前に移動していた蔵人さんが一礼。
「瑛音さま、朝食までごゆるりと……」
こらー、逃げるなー!!
「ちょっと、ああ……ニュート、何とかならない!?」
『瑛音、ナイトゴーントはエルダーサインに従う。蔵人の持ってる奴を借りるといいぞ』
「――それ、取ってきますといって逃げるやつ!!」
不幸中の幸いとして、髪は綺麗になりそうだった。
とても……
がるるるる!!
三十万字越えたー
何処かでWeb小説は三十万字から・・みたいな話を見たので、本当かと思いつつここまで書きましたけど、ムチャクチャ大変でした・・・
何か変わるんでしょうかねー
次回は少し間が開きます




