Scene-09 ダークコンスピラシー
若先生の言葉を待つ間、少し距離を調整する。
近づきすぎるのは嫌だしね……
やがて若先生が顔を上げた。あー、すんごいガンギマった目をしてるな。
「それが未来ならば……人類は、愚かさ故に自滅したのですね!? だから貴方は過去を変えようと現代へ戻ってきた!」
「――え?」
突然の話で思わずキョトンとする。
何ですって?
「な……なんですか、その顔は」
「何でって、別に人類はまだ滅んでないし。滅ぶ気配もなかったよ」
「はぁぁ!? ならば何故に貴方は未来へ行ってきたのですか――イーフレイム!」
「だから別人だってば。それに人類は自滅するほど愚かじゃない、なにしろ諦めが悪い連中ばかりだから。――そうだ、そういう種族だ!」
きっとカブトムシよりずっとね。
例え旧支配者に滅ぼされる運命だと分かっても、それでも足掻くだろう。
僕も、そんな種族の一員なんだ。
――僕にはいい結論だったけど、若先生には気に入らなかったらしい。
すごい苦悩してる。
駄目な意味でかなりヤバそうに見えるから、そろそろ目的とか黒幕を話して欲しいなー
「人類は滅ぶ……オレが救う……ああ、救うとも! そうだ、人類を導いてみせる!!」
「導く――って、つまり偉くなって群れのボスになりたいってことでいいのかな」
『ボスなりたいのではなく、なって下さいと懇願されたいのではないかな。だから他人が自分より愚かで劣って欲しいと願っている』
「ニュート、辛辣ぅー」
でも気持ちは分かるかな。
この人は人気者になりたいんだろうな。下品な例えだけど、美人をナンパしたいんではなく、美人にモテたいと。
「赤い吸血鬼ハンターさん曰く――」
『瑛音、下品な格言だったら止めとけよ?』
「りょ……とと!?」
「おおお!」
唐突に若先生が、怪獣王の背びれみたいに光り始めた。
何かを使ってる?
光はとても身体に悪そうで……うわっ!?
「あぶっ!」
間一髪で、ナイトゴーントの尻尾を避けた。
少し距離を取っておいてよかったー!
スカートがズタボロだから動くとヒラつくけど、まあ……いいか、男だし。
とか思ってたら、若先生に股間ガン見された。
流石に恥ずかしいので少し腰を捻る。
そもそも、貴方には珍しいモノではないと思いますが!
「お……男?」
「そうだってば」
「だ、騙したな! イーフレイム・エフォーを騙ったか――うぶっ!?」
「いい加減にしろ、最初から別人だと言ってる!」
尻尾を避けつつ割と本気で蹴飛ばした。
ブッ飛ばされた若先生がゴロゴロと転がっていくと、その身体から光る何かがキラキラと散らばっていく。
『あのガラスみたいのは……?』
ニュートが光る破片を気にしたけど、追撃は止めておいた。
だーれーが、ナイトゴーントのそばに長々といるものか。学習したもんねー!
「な……んで」
「人の話を聞け! ――人類は自滅しない、外部から滅ぼされる。僕はそれを回避するため、ここにいる」
いる、か。――うん、そうだ!
キッカケはイーフレイムだったけど、僕は僕の意志でここにいよう。
歴史の影から密かに、双子や蔵人さんたちに少しでも多くの未来を、可能性を作り出す――それが僕の役割だ。
そう思えるくらい僕は大正と言う時代を生きる人たちに愛着が湧いていた。
家族や友人にも会えないしスマホも無いけど、まあいいさ!
「ニュート……」
『皆まで言わんでいい、分かっているとも。――それより、あの光るガラス片を見ろ。ありゃレンのガラスだ』
「なんだっけ、それ?」
「――オ、オレは……だ、騙された?」
あ、若先生の方でも回答が出たらしい。
ダマされた――ってことは、ダマした奴がいるんだよね。
それが黒幕かな。
ニュートの言葉も気にはなったけど、先にこの人の話を聞いておこう。
「それがバルギ……」
「――いや、違う!」
え? 何が??
「断じて、オレは騙されてなどいない! 過去、未来、果ては遠き異邦すら見ることのできるオレが、間違うことなどあり得ない!!」
あ、そっち……なんか若先生の目が完全に逝ったみたいな。
慌てて後ろに避難する。
何故か電車が速度を上げ始め、線路を爆走し始めた。ガタンゴトンとレールのつなぎ目を踏ん付ける音がやかましい。
「オレは……オレは……そうだ、オレこそが神なのだ! 神たる――オレの役目だ!!」
「これから僕は、顔に靴底の跡を付けた《神》と戦うのかな」
『人気者になって人類のボスになるという野望が潰えたので、暴力でボスの座を奪う方向に切り替えたらしいな。――瑛音、お前も言ったとおり人類は諦めが悪いようだ』
「あー、確かに。そういう方向にも諦めが悪いよねー」
仕方がない、黒幕云々は後で《幻視》して調べるか……
僕にはそれができる、ふふん。
若医者は目をカッと見開いたまま笑うと、レインコートの懐に手を突っ込んだ。
一瞬武器かと警戒したけど、取り出したのは――胡桃?
いや、違う!
あれは本屋でも使ってたトゲトゲの実では……とか思ってたら、若先生がクルミを口に放り込んだ。
そしてガリガリと噛み砕く!
同時にレインコートを模していたナイトゴーントが激しく脈動し、若先生の身体にくるっと縋り付き始めた。
若先生を軸に、二つの《神話》が混じり初め――って、ちょ、おい!?
ニュートがポカーンと口を開けた。
『いま奴が喰ったあの種は……もしかして、ザイクロトルクリーパーの種か。地球で発芽したのなら初の事例だぞ!?』
「きひっ、ひゃあはははっ! あーっはは!」
『不味い……瑛音、離れろ!』
「りょ!」
ニュートの警告を受け、戦闘態勢を取る。
片手でリボルバーを握り、もう片方の手でプラトーを――ええい、引き抜いたらー!
がるるる!!
服的には大丈夫じゃないけど、パンツまでなら諦める。
勝手に見て……くすん。
「ニュート、状況を整理して……うわっ!?」
バキンと、足下で何かが弾けるような音が響いた。
車体も一瞬浮く。
電車の窓に流れる景色がマダラの赤に染まると、耳鳴りにも似た騒音が響く。
「な、なに!?」
『神話と人とが、犯さざるべきカドを共に越えたのだ。まさに《混沌》の所業。――来るぞ、瑛音!』
ニュートの言葉を追うように若先生の身体からぶっとい根が幾つも伸び、電車の床にブッ刺さる。
そのまま伸びた木の根が、電車の木でできた部分に同化を始めていった。
これは……木が成長してるのか。
人だった身体は灰色に硬質化し、ひび割れ、その内側から新たな体表が次々に生まれてゆく。
メキメキと幹が伸び、やがて天井にぶつかって左右に裸の枝が広がる。
そのまま――天井をぶち破った!
初見の印象は冬枯れした大木だ。
葉っぱがないから。
ブチ抜かれた電車の天井から覗く幹の天辺には、ツルンとした卵みたいな頭があった。
そこにギザ歯の並んだ口がある。
ニュートが言ってた名は、ザイクロトルクリーパー……なんだけど、ちょっとカタチ違わない?
「ナイトゴーントと人間が混じったせいか、なんかヒョロくてきっしょー!」
『瑛音、状況を簡単に説明する。おそらく観月院の若先生はレンのガラスを入手したのだな。そうして複数の異境を見たのだ。――つまり、動画で神話を学んだようなものだ。都合のいいところだけツマミながらな』
「そんなの、できるの!?」
『分からん。分からんが……思えば千駄ヶ谷御殿の時も複数の《神性》が混じり合っていた。奴をもっと調べねばんらん、このまま戦ってでもだ!』
「りょ! それは望むところだ」
しかし動画かー、コツだけ見たのかな。
そんなことを考えてる間に、ザイクロモドキが屋根の上から種を放ってきた。
天井を突き破って来る!
『ぼあー』
「か、怪獣みたいな鳴き声だな……ぐぐ!」
全弾をパルクールでなんとか躱す。
命中後に咲いた針の山も、何とか――躱し、きった! ぜいぜい。
でも、せまいー
成長したザイクロトルの根で、車内が木製のジャングルジムみたいになってきている。
そこにトゲトゲが突き刺さるもんだから……
『ここでは埒が明かんな』
「ニュート、ここは不味い。電車の屋根に登るから捕まってて」
『おう!』
ダッシュで窓へ突っ込み、そこから屋根に登った。
ザイクロモドキの上半分は電車の屋根を突き破り、高くそびえ立っていた。
――いや、細いな!?
ヒトとナイトゴーントが混じってるせいか、マジひょろい。どことなーくヒトの特徴もある。
上側に張り出した枝は柳みたいになっていた。
『ぼあー』
電車の屋根に着地すると、また種を撃ち出された。
飛んできた種は避け、無理っぽそうなのはプラトーで叩き落とす。全部ね!
うん、車内よりいい。ずっと動きやすい。
『しかしザイクロトルクリーパーの種を地球で発芽させるとああなるのか、なかなか貴重な映像かもしれんな』
「ニュート、悠長に記録取ってないで!」
『記録はプラトーがやっている。いま抜いてるだろ?』
「あー!」
そういう目的もあるのか。
むしろ、そっちの方が本来の目的なのかも――いや、絶対に違う。だったら赤面してる僕の顔とかを撮らない筈だ。
『瑛音、何を考えてるかは想像つくが今は集中してくれ。至近距離であれを喰らえば穴だらけになる』
「ぐぐぐ……りょ!」
線路に次々と咲き誇る徒花を視線の端に流しつつ、プラトーとは反対の手でウェブリー・リボルバーを構えた。
「種は口からだ。左右には撃ってこられないから、ウェブリー・リボルバーで牽制しつつテルミヌス=エストで……」
『瑛音、忘れないように言っておくが、アイツにはナイトゴーントも混じってるぞ。あのツタみたいな枝に絡まれたら、おそらく酷いことにる』
「そうだった!」
なら対神話弾――ない!
455弾は三発ぼっち。それだけで倒せるよう相手には見えない。
「でも、ものは試し! ――人間部分は弱いかもだし」
ウェブリーで奴の口の上を、そこにある僕の靴底の跡を撃つ!
弾丸が木の皮を穿った。
ささくれた弾痕から青緑の樹液のようなモノがてらてらと流れていく。
それで毒気が少し抜けたのか、なんだかよく分からない存在が若先生の声っぽいので喋り出した。
『いたああい……ああ、いまどうなっているのお……』
「怪物になってまーす!」
『いやあ、もーどしてーえ……』
――だったら最初からやるな!
でも取り敢えず試してみようという、その心意気だけはよし。
がるるる!
「ウェブリーでも幹に穴くらいは開くけど、致命傷にはならないっぽい」
『あれだけ太ければな』
ウェブリーの残弾はあと二発。
プラトーなら体力の続く限り使えるけど、それには真正面からザイクロモドキへ切り込まなくてはならない――不味いかも!
「ニュート、奴に弱点ある!?」
『すまん、分からん。時間とそれなりのブラックブックくれ』
「どっちもなーい!」




