Scene-06 マインフィールド
ひっくり返った車を放置し、由比ヶ浜の高級別荘街にある綾瀬杜家の別荘へ向かう。
車止めにセブンをつけると、景貴と清華が別荘へ駆け込んでいった。
「え、なに?」
『――ごほん。瑛音、先にフォード連中の回収を頼め』
「おっと、そっか。すいませーん!」
出てきた家の人にセブンを預け、ついでに伝言を頼む。
それから僕に用意されていたゲストルームへ。
最初に洋風の風呂でサッと汚れを落とした。オープンカーでダートを爆走すると、どうしてもねー
バスローブのまま銃のメンテと弾薬補充。
対神話弾は小さな専用ケースに三発あるけど……今日はいいか。
そしてプラトーのチェック。
――の前に、身支度!
ぱぱぱぱ!
プラトーを抜くとイース人に情け容赦なく記録されちゃうので、迂闊な恰好はできない。
『うむ、服装よし!』
「ありがとう、ニュート。――プラトー、よーし」
不思議な両刃剣には汚れひとつない。
プラトーは物理はもちろん、下手な《神話》でも刃こぼれしない無敵の刃だ。
僕の力を合わせれば《神話》すら切る!
なので汚れることすらないんだけど……まあ気持ちね?
手への馴染みを再確認してからプラトーを鞘に戻し、ウェブリー・リボルバーを収めたホルスターと一緒にソファへ置く。
『瑛音、武器はいいのか?』
「伯爵の別荘内だし、いいんじゃないかな」
そんなことを考えていたら、バタバタと足音が響いてきた。
バタンと扉が開き、まず清華が飛び込んでくる。
「――瑛音さま!」
「さや……ああ、こら!」
あれ、着替えてる?
後ろでは景貴がとっさに肩を掴もうとして、空振りしたようなポーズ。
よく見れば景貴も服を変えてるな。そういうものか。
「なんですか、お兄さま」
「ノックを!」
唇を尖らせていた清華が、あっという顔になった。
あー、まーねー
とはいえ双子の家の別荘なワケだし、そんな気にしなくてもいいけど。
「別にいいよ。――で、どしたの?」
「お茶のご準備ができましたので、ご一緒に如何でしょうか!」
「ああ、ありがとう……?」
チク タク チク タク チク タク
「……」
『どうした瑛音……なんだ、結局持っていくのか?』
立ち上がると、ソファに放り出していたホルスターと鞘を持ち上げる。
双子が飛んできて装着を手伝ってくれた。
ちよっと考えた末、弾も交換する。
ウェブリー・リボルバーに装填されている455弾を三発抜き取り、ケースから取り出した三発の対《神話》弾に。
最後にニュートを定位置へ――
「……」
『ふぅむ……まあ、いい』
「ご案内します、瑛音さま!」
銃と剣を持っても、双子は気にしない。
すれ違う家人たちも。
そのまま双子に、別荘の一階にある遊戯室へ案内された。
大きなビリヤード台がある部屋で、奥には大きな給茶機にお湯が湧かされている。
台には分厚い資料の入った大きな封筒が幾つか置かれていた。
チラと時計を見る――
なんとなく、つま先立ちしてキューを取った。
長いなー
反対側のポケットも遠いし、目の高さが低いからボールは重なって見える。これが今の僕か。
「――さっきの車に乗ってた連中はどう?」
「流石に無傷とは行きませんでしたけど、命に関わるような怪我はないそうです」
「今は別荘の地下にある石炭庫へ放り込んでいます。こちらの尋問には知らぬ存ぜぬを繰り返しているそうですが」
「素性は?」
「日下洋行という会社の関係者ですね。カイロンの屍肉を漁ったハゲタカです。いま資料を」
清華がビリヤード台へ置かれた封筒に手を伸ばし――僕と同じく届かないので、ひょいと台の端にお尻を乗せる。
そこから台の上に乗っかり、資料の前でころんと横になった。
靴は履いたままなので足を少しあげている。
うーん、角度的にそれは……
景貴は何か言いたそうに妹を見たけど、特に何も言わずにサモワールで紅茶を入れ始めた。
意識はクリームをサンドしたチョコクッキーへ行ってる。
「それで資料ですが……あら」
清華の小さなお尻のところでスカートがちょっと捲れてたので、何気なく直す。
パンツでも見えたら気まずいしね――主に、僕が!
スカートを触られた清華が、くすぐったそうに足を摺り合わせた。
「うふふ……」
清華が転がって幸せそうに笑う。
景貴は無言。
大きな置き時計で紅茶の蒸らし時間を真剣に計っている。
お茶請けのクッキーを如何に美味しく食べるか、そのために本気を出しているらしい。
それでも、こっちの様子を背中で伺っていたようだ。
「――清華、笑ってないで瑛音さまにご説明を」
「はい、お兄さま!」
背中から声をかけられ、清華がひょいとアヒル座りへ移行する。
そうして、スラスラと説明してくれた。
日下洋行という会社――ちなみに、洋行って貿易会社という意味の単語らしい。そこの事情から初めて詳細を細々。
大量の資料を素早く読み込み、要約するスピードが半端ないなー
「――人間側の事情については以上です」
「ニュート、要約プリーズ」
『裏処分屋の社長が、カイロン商会の資産を隠匿した奴がいると思い込んだとさ。そこに変な奴が乗り込んできたから疑惑を深め、行動を起こした』
「その変な奴って、まさか……これ?」
ニュートが見ている白黒写真には、ヅカっぽい服で耽美に佇む僕の横顔が写っていた。僕の!
服装からして、エージェント稼業を始めた直後くらいか。
うーん……やっぱり男の格好していると倒錯感が凄いな。見てると混乱する――のは、いいとして!
横から覗き込んできた清華も頬を赤らめる。
お茶と菓子を持ってきた景貴も、清華の横で写真に魅入ってしまった。
「はぁ……この頃の服装もよくお似合いです、瑛音さま」
「瑛音さま、写真に映ると冷たく感じますよね。それはそれで、とてもよろしいのですが」
「何かの事件で《幻視》やってる最中のだな、これ」
クッキーをもしゃつき、お茶を一口。
ん。さすが景貴、美味しい。
「うん、美味しいね。ありがとう景貴。――で、なんで僕が?」
『カイロンの資産はお前が持ってるからだろう。千駄ヶ谷御殿とか』
ニュートの口から、割と衝撃の事実がサラっと出てくる。
えー!
「新宿のあそこって、まだ僕の名義になってるの?」
『あそこだけではないぞ。結社的に売るのが不味い場所や物は大体お前の名義になっている筈だ。内々での通称は『八番物件』とか』
「僕の名前は、美しい石に音!」
瑛音! ちなみに本名ですー!
がるるる!!
『名前をそのまま使うわけにも行くまいさ。――最近だと《アラート号》もそうだな。新鋭の快速船だが、カイロン没落後にどこへ売られたかハッキリしていない』
ニュートがニヤリ。
ハッキリしてない……というのは、つまり表向きにはってコトね。
アラート号ならこの前の事件で結社が接収しているし、どこにあるかも知ってますが――
ビリヤード台に広げられた書類をもう一度見た。
「人間側の状況は理解したよ。で、《神話》については?」
「そちらについてはまだ何も。茂呂島が色々手配しているようですので、お待ちただければ」
「そうか……」
チラと時計を見る――
そろそろか。
立ち上がると、鞘に収めたプラトーとホルスターのウェブリー・リボルバーが小さく音を立てる。
「――僕も尋問していいかな?」
「はい、ご手配してきます」
清華がちょこんと床へ降りると、とてとてと外へ。
クッキーを捻って外し、クリームを舐めていた景貴が慌てて残りを口に放り込んだ。
むぐむぐと咀嚼し、紅茶で流し込む。
そういう食べ方していて、それでも端整で瀟洒な印象が崩れないのは凄いな。
ニュートが目を細めた。
『まあいいが――瑛音、ほどほどにな』
「そうしたいんだけどねー」
いや、ほんと……はあ。
肩をすくめると、景貴と一緒に部屋を出た。
勝手口横にある地下への階段へ。
木製の階段をギシギシと軋ませながら降りると、石炭をためておく半地下の大きな空間に出た。
清華は先に来ている。
奥にはフォードに乗っていた四人組が縛られ、昼に双子を護衛していた結社メンバーたちに囲まれていた。
モミアゲ、アナザー丸刈り、あとヤクザとヤクザか。
アゴの治療跡が生々しいモミアゲは、憎悪に歪んだ目でこっちを見ている――
ああ、お前がそうか。
おけ!
頼りになる相棒が、鼻をピスピス。
『瑛音……もう既に分かっているようたが、念のため警告しておく。《神話》の匂いが漂い始めているぞ』
「大丈夫。――最大を救う」
フォードに乗っていた四人にとって、今日はまさに散々な日だったろう。
殴られ、車はスクラップ。
挙げ句に捕まって、そして――ま、これも運命か。
ちょっと煩い髪を梳き、ゆっくり近づく。
「ご機嫌いかがですか、お客さま?」
「……」
ざわ、ざわ……
縛られてる四人組と、双子と何やら話し込んでいた結社のメンバーたちからもギャンブル漫画みたいなうめき声が響く。
どこかから、誰かの声が響いた。
「う、美しい……」
「――ん?」
『キョロキョロ探すな、瑛音。お前のことだぞ?』
あー
えーと、男なんだけどね。
まあ、いいけど。
モミアゲに近づく。
近づく……このくらい? もう一歩かな?
よし。
縛られたままの男たちはポカーンと僕を見つめたままだけど、モミアゲの男だけは不満げな顔を崩さない。
それどころか、時間が経つにつれて憎悪が膨れあがっているようだ。
僕にやられた顎の痛みが、それを倍化させてるぽい。
「お名前を教えて頂けますか?」
「……」
無言だ。
完全に向こうへ行った目で、こちらを見ている。
さて、ここからだ。
「カイロン商会――」
僕が切り出すと、再び場の空気が凍り付く。
ざわっ、と。
「その資産について疑惑があるそうですが、公表している内容以上はありません」
『ウソヲツクナ!』
お?
おやおや、おーやー?
あと嘘だよ。
「カイロンの資産が一部行方不明になってる証拠を掴んでる、騙そうとしても無駄だ!」
「その証拠って、どんなのでしょう?」
「へっ……ウチに出入りしている医者のセンセイは前に船医をやっておられた。顔が広くて――へへ、例えばカースティアズ様とかにも!」
意外な名前が出て、再び場がざわつく。
双子も顔付きを変えた。
僕もね……目つきが悪くなってる自覚あるなー
モミアゲが出した名前……オリバー・カースティアズ。
イーフレイム一派の国際犯罪者にしてアザトース教団の使徒、そして井手上さんのご両親の仇だ。
当人は品川港で僕が倒してるけど。
――それはそれとして、よく間違わずに名前を言えたな!?
言い難くないんだろうか。
「あ、兄貴!?」
縛られている他の三人からも動揺の声が上がる。
証言のメモを取っていた結社の人も、ひそひそと話し込んでから外へ駆け出していった。
茂呂島さんを呼びに行ったか。
「驚いたか、小娘!」
「うん、素直に驚いた。意外とちゃんとした裏があったんだなっていうのと、貴方たちを救えなくても良心が傷まなくて済みそう」
「ああん?」
「――最後にひとつ。僕らを誘拐した後、誰のところまで連れて行く気だったの?」
瞬間――三者を三様の衝撃が襲った。
まず、後ろで跳ね上げ扉がバタンと勝手に閉まった。
歯車がお互いを削るようなガリガリとした音が響き、扉表面が文字のカタチに燃える。地下室に焦げた臭いと黒煙が充満した。
西イングランドのとある渓谷にかかるという、黒霧みたいな――
「ハハ、ハハハ……ハハハッ、ベールギリス様よ!」
「え……それ誰?」
僕の問いかけは無視された。
狂気の笑いを上げるモミアゲ男の全身がグワリと膨らみ始める。
吹きすぎた風船人形みたいに拗くれ、真っ黒に染まり――直後、神話的に吹き飛んだ!
肉体の裏側、精神世界に封じられていた不浄が隣接次元に届くほどブチまけられる。
その身の《カド》には、縫い付けられたブラックブックがあった――




