Scene-05 ウィア・ヴィジター
「未来、か……」
呟き、少し考えて――ふと、気付いた。
大正からみた未来は自分にとって『過去』である筈なのに、その考えが希釈になって来ている。
良いことなのか、悪いことなのか……
「ニュート……」
『瑛音、飯が冷めるぞ。早めに喰ってしまえ、タイムトラベラー』
トラベラーか……そうだ、旅行者だ。
僕は仮初めの客でしかない。
いつか消える――その覚悟を持たなければ。
頷いてハヤシライスに向き直ると、清華がズイとテーブルに乗り出してきた。
気付けば、景貴もこっちを見ている。
見て――って、ニュートを?
「ねえ、猫……瑛音さまが何やら動揺しております。あなた、何か言ったのではなくて?」
『気にするな、大したことは無い。これが理由で正気を失ったりはしない』
「?」「??」
ニュートからの返答が飛ぶけど、当然双子には通じていない。
フォローしておこうか。
「大丈夫、ちょっと歴史のお勉強をね……」
「……!」
未来のことについては聞かない、聞こえても聞かなかったことにする――
それが結社の定めた、僕に関するルールだ。
双子はそれを忠実に守るので、何事もなかったように平静に戻った。
ニュートがくく……と、笑う。
『瑛音、個人的な予想でよければ話してやろう。未来は何もかもが変わるだろうが、同時に何も変わらんだろう。なにしろ同じ人類なのだから、やること、やれることは一緒さ。――ただ、一点だけ瑛音のいたセカイ線との違いがある』
「もしかして《旧支配者》……?」
ニュートが頷く。
いつの間にか周囲から音が消え去り、色が失われる。
『お前のセカイでは星辰が揃っても寝たままだったらしいが、こちらの世界では一部が目覚めている。彼奴らに対して、人類が取れる対抗手段はほぼないだろう。そうして一つ、一つ分岐は潰れ、人類は無限に広がるはずだった未来を徐々に失っていく。その先に待つのは――』
予言は最後まで呟かれなかった。
ただ、相棒の目が爛々と光る。
無意識にその背を撫でると、指に相棒の前脚が重なった。
『こちらの世界で人類が放てるのは、せいぜい弾丸一発分だけだ。それがつまりお前だよ、タイムトラベラー。――お前には不幸なことに、それ以外の者には幸運なことにな』
「……」
人類の命運か。
重いんだけど、放り出すわけにはいかない。
相棒に小さく頷いた。
「……」
『くく、ご大層なことを言ったが、オレからは一つだけだ。――肩は貸すとも、相棒』
ニヤリと相棒が笑うと、雑踏の音と色が戻ってきた。
清華が二つ目のワッフルを幸せそうに食べ終え、満足そうに紅茶を嗜む。
食事を終えた景貴も満足そうに両手を合わせた。
それからふと、こちらを見た。
「瑛音様、食べ終わりましたらデザート如何です?」
二人が笑う。
その後ろにいる人たちも、道を歩く人たちも。皆が、自然に。
僕もハヤシライスの残りを口に運ぶ。
大正のご飯も、令和のご飯と同じように美味しかった。
「んぐ――ニュートにも何かね。外で買って、みんなで食べよう。いいかな」
「はい、勿論です。――けど、清華は食べられるのか?」
「当然ですわ、お兄さま!」
楽しい食事が終わって店の外に出ると、大きく伸びをした。
冷たい空気が気持ちいい。
「さって……どう、ニュート?」
『奥にフォード。震災を契機に日本でも生産するようになった奴だな』
「アゴ周りが湿布だらけの人が運転してる奴ね。あんな物騒な男たちを満載してジーッとこっち見てたら目立つよねえ」
ニュートとくすくす笑いあう。
観光シーズンから外れているとはえ、鶴岡八幡宮前の大通りは人が多い。
車で来ている人間も多かった。
馬車の箱みたいな車とか、大昔のギャング映画とかで出てきそうなのが大半だけど。牧歌的な眺めだ。
「――瑛音様、お土産買ってきました」
「大福ですが、猫には大丈夫でしたか?」
双子が後ろチラ。
二人とも、こっちを見張るフォードに気付いているらしい。
双子が凄いのか、見張ってる連中が駄目くさいのか。
「有り難う。お餅や餡子は大丈夫だったよね?」
『あまり量は要らん。求肥と餡子を別々に、少しだけくれ。――本当はシュークリームの皮とか好きなんだがな』
「あったらシェアしてもいいけど、なんかそれ悪い気がする」
皆で大福をもちもちと食べながら、セブンを発進させる。
少し遅れてフォードも着いてきた。
セブンにはサイドミラーやバックミラーがないので、ニュートが僕の肩に乗って堂々と後ろを覗く。
『ううむ……神話の気配がまったくせんな。これは時間の無駄かもしれん』
「なら、こっちから仕掛けようか」
僕の言葉に景貴が頷くと、地図を広げた。
場所は既にピックアップしていたらしく、林道の奥をちょんちょんと指す。
おけ!
「人気がなくて行き止まりです。ここなら逃げ場がありません」
「いいね、じゃあそこで仕掛けよう」
鎌倉を出て駿河湾へと南下する。
やがて町は終わり、木々だけの世界が広がっていく。
行き交う人もなくなり、午後の光の中にセブンとフォードの大型車一台だけが残った。
「そこのガキィ、停まりやがれ!」
フォードから罵倒が飛んでくる。あら直接的。
転生前はともかく、旧支配者とやり合うようになった現在では人間の罵倒程度では何も感じないけどさ。
「野蛮な人たちだなー」
「そのような者に礼儀作法を教え込むのは、茂呂島が得意だそうですよ」
「あの人、顔が広いよね」
「ええ、とっても」
クスクスと双子が笑う。
ちなみに茂呂島さんは福々とした体型の人で、まあ、ふとましい?
もっとも、大正だとそこまでマイナス要素ではないけど。
「停まらんかい! ブッコロッゾ、オラ!!」
フォードの後部座席にいたヤクザぽいの二人が窓枠に座り、拳銃を突き出していた。
何か叫んで拳銃を振り回すんだけど、撃つ気配はない。
撃ってくれると撃ち返す大義名分が立つのに、今の時点では理由が弱いな。
「瑛音さま、挑発してみます?」
「清華だと可愛すぎるよ」
「あら、うふふ……」
清華くねくね。
景貴が、じゃあ僕が? みたいな顔で見るけど……うーん、僕らでは見た目的に駄目では。
『瑛音、車には車だ。タイミングは指示するから、この先のヘアピンで驚かしてやれ。――まずはスピードを上げろ』
「りょ!」
セブンは小さい車体を活かし、林間に整備された未舗装の小径を疾走していく。
だけどフォードも負けてない、力尽くで近づいてくる。ほほー?
やがて前方にタイトなコーナーが現れた。
アウト側に木々が生い茂っているため、コースアウトできない。
ニュートがニヤリ。
『瑛音、仕掛けろ。指示を出したらアクセルそのままでクラッチを一瞬だけ蹴飛ばせ。ハンドルは逆だ。いいか、一度アウト側に切れ! このセブンは足回りを強化している、多少の無茶は平気だ』
「任して! 景貴、後ろに移動して清華を守って。ちょっと無茶やる」
「はい!」
景貴は僕の肩に捕まりながら身軽に後ろへ移り、清華の上に覆い被さった。
セブンとフォードがさらに速度を上げる。
後ろから付いてくるフォードは明らかに戸惑っている。速度を上げすぎてるようにしか見えない。
だけどこっちが動じてない以上、自分も後へは引けないと判断したらしい。
面子って厄介だねー
『――今だ!』
ニュートの合図とともにイン側ギリギリにセブンを突っ込ませ、一度ハンドルを逆に切る。
同時にアクセルを踏んづけたままクラッチを一瞬蹴飛ばした。
地面という負荷を失ったエンジンが胎内で急激に回転数を上げ、同時に遠心力で後ろがアウト側へ少し膨らんだ。
次の瞬間クラッチを戻し、上がりまくった回線数の全てを地面に叩きつける!
舗装していないダートコースでセブンの後輪が白煙を上げ、車体の後部だけがアウト側へ大きくロールしていく。
そのまま後輪をパワースライドで横滑りさせながら、鼻先をもの凄い勢いでイン側へ曲げ――タイトコーナーを抜けきるっ。
ふふん!
ブン回された後部座席側が酷いことになったような気がしたけど、清華と景貴は無事だ。
ニュートがかかか、と高笑い。
『ラリークイック、見事だ! 瑛音、いまのは自慢していいぞ』
「このくらい、軽い軽い!」
もちろん大正時代にそんなテクニックは知られていない。
フォードのドライバーは――何を勘違いしたのか、セブンと同じ速度でタイトなコーナーに突っ込んだ。
でも途中で恐怖に打ち負けたか、ブレーキをかけてはいけないタイミングで踏んづける。それも全力で。
僕の肩で、ニュートがマズルをカキカキ。
『引っくり返る』
「なら衝突!」
ニュートと目を合わせる。
賭け成立!
車は――足回りが保たなかった。破断音と共にタイヤのひとつがバーストし、車体がガクっと沈み込む。
そのまま腹を盛大に擦り、それでも止まりきらずに最後は引っ繰り返った。
ゴロゴロと回転しつつ――でも奇跡的にどの木にもぶつからず、大木の一歩手前で停止した。
そこで車軸がヘシ折れ、タイヤが全部外れる。
中の人間は……車内で新手の落ちものパズルみたいに折り重なっているな。
生きてる? 生きて――るね、まあよし。
「ぐぐぐ……木まであとちょっとだったのにー」
『ふふん。さて……あの連中が生きていることを祈ろう。見た感じ大丈夫そうだが。――あと瑛音、気付いてない振りをしてやれよ?』
「?? あ……景貴、清華、無事だった!? 運転が荒くてご免ね」
「……」
「大丈夫です! 瑛音様、大丈夫ですから!」
「??」




