Scene-08 フラワー・タワー
不味いー!
このままでは、幻視からティンダロスの猟犬に逃げられる。
逃げた先でどうなるかは分からないけど……
もの凄い速さで頭の中に容疑者が浮かべた。
ダゴンの三だか四銃士?
桂のお父さんが引退したから、数がその場その時で変わるんだよな……じゃなくて!
違うな、あいつらにイース人の秘密が解けるとは思えない。
ならば伯爵……
あり得えなくもないかも知れないけど、容疑者にあげられるほど敵対するかなぁ?
むしろ逆だ。迷惑なほどベッタベタの味方なんだよな。
双子も、あれだけド直球で好意をぶつけてくるのに敵対とか考え難い。
井手上さん、荒士さんもないだろう。桂は……ちょー綺麗な土下座を思い出す。ないか。
ニュートはしない。絶対に!
じゃあ誰が……
ふっと窓が目に入った。
外がまっ暗だから、こっちの顔が写ってる……
顔? 僕の?
ゾクゥ!
背筋が凍り付き、体温が数度下がった。
あっ、ああ、あああーっ!?
ぼ、僕だー!!
そうか、咲良さんと一緒に書斎でやったときのファンタズマリコールだ。
それでこっちに猟犬がきて……!
「不味い事態です、皆さんはここにいて下さい。あとすいません、コレちょっと借ります!」
レンズを引っつかんで走り出す。
初心者とはいえタイムトラベラーたる僕が歴史をループさせたと知ったら、後で頼りになる相棒になんて言われるか。あとイース人さんたちも流石に黙ってない可能性が高いっ!
「でもしょうがないじゃないかー、あれじゃ分からないよー」
チクタク チクタク チクタク
泣き言をつぶやきながら、改めてチクタク感覚を蹴飛ばす。
書斎の扉を蹴り開けた。
こっちの時間にはなにもないけれど、数時間前のここを幻視すると間違いなくポータルが開いている筈だ。
なので、視る!
ポータルの向こうでは僕がいて幻視を開いている。その幻視の中にはティンダロスの猟犬がいた。
前の時は気付かなかったけど、猟犬は安綱さんの後ろ頭をグシャと踏みつけている。
えーと……あ、生きてるっぽい。
安綱さんはジタバタと動いてるけど、遺言書の詳細は分からない。
ティンダロスの猟犬は、ファンタズマリコール越しにこっちをジロリと睨んだ。
同じ奴か? 同じでなくても構わん!!
そんな目で。
安綱さんをド派手に蹴飛ばしつつ、こっちに飛び込んでくる!
よし最終決戦……けっせ、ん?
ど、どう戦えば。
あ……最初の状況に戻っただけかーっ!?
「ニュート、助けてー!」
『――そこか、瑛音! 景貴、いいぞ今だやれ!』
え?
「ギャン!」
聞き慣れた声と同時に、猟犬の悲鳴が響いた。
カチカチと組み変わる腹からブロック状の組織片がバラけて飛び散り、猟犬の解像度がガクンと下がる。
続けて、マシンガンみたいな連射音が響く。
音的にはレッドナイン!?
猟犬の全身にルガー弾の火花が散り、たまらず悶絶する。
よ、よく分からないけど……今だーっ!
僕の相棒は頼りになるのだ。
その頼りになる相棒が今だヤレって言ってるんだから、やるしかない。
「境界よ、在れ――ヴァージ!!」
逆角度がない猟犬は切るところがないから、いつもの刃ではなく腹で猟犬の鼻面を全力でブッ叩く!
猟犬ですら折ることができないプラトーだからできる芸当だ。
顔面のブロックを真っっ平らにブッ潰しつつ、ティンダロスの猟犬はお尻から来た方向に戻っていった。
すごい勢いで――
ぜー、ぜー
後は、過去の自分がなんとかする。というか、いま何とかなった……の、かな?
改めて部屋の中を見る。
感じからすると、ここ数時間の戦いがなかったことになってるようだ。
フィクションにはよくあるシチュエーションだけど、実際に起きてることはこんな感じなのか……
考えていると、午後の柔らかな陽光が差し込んできた。
元の世界へカドを巡ったようだ。
最後の確認――相棒の無事を確かめようとしたところで、書斎の扉が開いた。
「瑛音さま!」
「大丈夫でしたか、瑛音さま!?」
ゴスロリの美少女とゴシックスーツの美少年が飛び込んでくる。
床を疾走する黒い影も!
『遅れてすまん、瑛音!』
「ニュート! 大丈夫、間に合ったよ。すぐ来てくれるって信じてた!」
胸に飛び込んできた相棒を抱きしめる。
はー、よかった。
『歴史が変わってるようだが、状況を』
「あー」
軽く答あわせ。
幸い、ニュートと僕の間で齟齬はないようだ。
書斎のファンタズマリコールは……正直に言っておこう。嘘ついても始まらない。
『ううむ、イースの大いなる種族から何かお咎めあるかもな』
「その時はその時だよ……あー、今回はキツかったー」
床へドターンと大の字になった。
ぺちぺち。
頭の横に来た漆黒の相棒が、心配そうに前足パンチしてくる。
肉球の感触に癒されるー
横で待機している双子をチラ。
「――景貴、清華もありがとう。猟犬にダメージを与えてくれたのは景貴だよね。レッドナインで撃ってくれたのは清華かな」
「はい、瑛音さま!」
「ギリギリでしたが間に合いました、良かった」
清華がドヤ顔で胸を張り、景貴が騎士みたいに恭しい礼をする。
でも景貴が少し顔を曇らせた。
「――ただ、これが無ければ危なかった」
片膝をついた景貴がハンカチに包まれた小さな欠片を差し出してきた。
これは……ぐえええ、ケミカルに臭いー
「これって猟犬の牙だね?」
『ああ、これのお陰で最後に猟犬へダメージを与えられた。助かりはしたが、持ち続けるかは悩ましいところだな』
猟犬の一部だもんねー
持っていれば戦力アップにはなりそうだけど、大きなマイナス面もありそうだ。
「景貴、牙はいずれ処分するかも知れないけど、いまは大事に保管しておいて」
「はい、瑛音さま」
景貴がハンカチに牙の欠片を畳んで、大事そうにしまう。
それから後ろをチラと見て?
ん?
あれ、茂呂島さんがいる。
穣司さんたち三人と何か大事な話してるっぽいけど、何だ?
それを見ていた景貴が、こちらに向き直った。
「瑛音さま……ひとつ、お願いがあります」
「なにー?」
猟犬へダメージを与えたのは景貴だ。
ニュートの指示を理解するのは大変だったろうし、その後の魔術行使もキツかったろう。
労いとして多少ならお願いを聞いてあげてもいいよーというニュアンスで答えると、景貴が近寄ってきた。
清華に瓜二つの美少女顔が近づいて――近いなー!
「褒美を頂けますか」
「あー、キス? まー、いいけども……」
手を差し入れられ、眠り姫みたいに上体を起こされた。
王子様ムーヴが似合うな、景貴。
起こされたら、ついでにこっちの両足を閉じられた。――ああ、スカートだしね。
こういうところも気が利くというか。
景貴はどこまでマジなのか、よく分からないんだよな。
この関係が十年続いたとして、未来に景貴がどういうポジにいるんだか見当が付かない。
清華は容易に想像つくんだけど……
ジーッと見てると景貴が顔を赤らめた。
あ、こいつマジだ。
「お目を閉じて頂ければ。恥ずかしいです」
「へー、へー」
今日はタメが長いなー
目を閉じる。
舌をネジこんでくるようなディープなのを覚悟していたら、静かに唇を重ねられた。
周囲に花でも背負いそうな、紳士的な奴を。
おま、こーゆーのは本命の異性にやれ!
んん?
ずっと背後に気配が三つあった。
目を閉じていても分かる。穣司さんとケンコーさん、咲良さんか。
ケンコーさんが穣司さんの肩を慰めるように叩いた。かな?
三人はそっと離れていった。
でも角を曲がろうとしたところで穣司さんが足を止め、その背に咲良さんが喝をいれたな?
そうして三人は前向きに角を曲がって――はて?
「ありがとうございます、瑛音さま」
景貴がいつもの距離まで離れた。
上気していて、とんでもなく満足そうな顔を……それはそれとして!
「もしかして、今のは穣司さんに見せるため?」
「いえ、そのような……」
『コイツ、勝ち誇った目で――むぎゅ!』
ニコニコした景貴が強めにニュートの頭を撫でる。
景貴、もしかしてニュートの言葉が理解できてるのかな――なんて考えてると、清華のフリーズが解けた。
顔が真っ赤!
「瑛音さま、次は私で!! 今日は特に頑張りましたしー!」
「はいはい」
目をつぶって唇尖らせた清華を――っていうか、こっちも可愛いな!
あーもー。
華奢な両腕にそっと手を添えてやってから、清華の頬にキス。
でも唇が尖ったままだったから……ええい!
軽く触れさせて、おしまい。
つーかさー、こっちは令和のフツーの人間だよ。
平民中のド平民!
それが大正時代の貴族の御令孫たちとキスってーのはさー、ちょーっとこっちが格下すぎなワケですが。
でもそういう思いには気付かなかったらしい清華が、パチっと目を開けた。
「もうちょっと激しいのを希望します!」
「景貴とも、唇をそっと重ねただけのキスだったよ」
「うう……お兄様さま!」
兄妹がワイワイ言いだした横で、やれやれと立ち上がる。
そこで茂呂島さんが近寄ってきた。
あらん限りの礼を込めたお辞儀をしてくる。
――そこで、レンズが反応した。
なんぞ?
「小娘ぇぇ、そこにレンズがあるな!?」
「……」
ニュートと一緒にレンズの向こうを覗き込む。
ドス黒い欲望で目を歪ませたお爺さんが、こっちを睨み付けていた。顔には猟犬の足跡が綺麗に残っている。
さっきの直後か。あーあ……
『瑛音、これは?』
「安綱さん」
「――無礼は特別に許すから有り難く思え。だから疾く、レンズの秘密を教えるのだ! ワシは、それに相応しい人間であ……るぞぶほっばばば!?」
チン
プラトーでムーンレンズに傷をつけた。
僕らが手遅れになる前にね。
傷は見えないくらい小さいものだけど、このレンズではもう異常角度を作れないだろう。
『瑛音……レンズの安綱が消える直前、背後からティンダロスの猟犬が飛び込んできていたように見えたが』
「大激怒してたねー」
ニュートが目を細め、ひょいと前脚を上げた。
フードに入れてくれポーズ。
肩に乗せて上げると、そこから定位置にするりと潜り込んだ。
『つまり……安綱の奴、最後の最後でまたムーンレンズを使ったのか。そりゃまた』
「しなければまだ生きてたかも知れないけど、した。――だから、この話はこれでお終いだ」
半月前、一人のお爺さんが亡くなられた。
それはそれは酷い死に方だったそう――だけど、それはもう過去の話だ。
やがて茂呂島さんが顔を上げた。
「いま何かありましたでしょうか?」
「特には。――ああ、そうそう。茂呂島さん、これをお願いします。話は大体片付いてますけど、現物が合った方がいいでしょうから」
ポケットから安綱さんの遺言状を取り出すと、茂呂島さんに渡す。
遺言状を受け取った茂呂島さんは満足そうに笑ってくれた。
「こんなにあっさりと解決されるとは……流石でございます、瑛音さま」
取り出した遺言状には――封が付いたままだ。つまり誰も開けていないってことだ。
本人すらもね。
記憶と少し違うけど、辻褄は合ったな。
ニュートもそのことに気付いたようで、指と肉球でハイタッチ。
「それと、結社に連絡して帝都瓦斯への横槍は止めるように伝えて下さい。そちらの事件も解決しています」
「そんなことをしていたのですか。――承知」
再びお辞儀。
後の些事はお任せ下さいオーラを溢れさせてる茂呂島さんを残し、ランチア・ラムダに戻った。
景貴と清華がトコトコと付いてくる。
「景貴、清華、ラムダで送る?」
「はい!」
「瑛音さま、運転は僕が。少し風を楽しまれては如何ですか」
そーね、よろー
景貴が運転するラムダに揺られながら、ニュートと清華の体温に寄りかかつつ、そっと目を閉じた――
「エージェント、注目ー!」
はいい!?
いつの間にか時が凍結している。
ラムダのボンネットには、小さいタイプの《イースの大いなる種族》さんたちが組み体操して仁王立ちしていた。
頂点ピンク、二段目が青、黄、三段目が緑、紫、白。
魔法少女的なカラーリングですね……
「エージェント、今日のはよくない!」
代表らしい頂点のピンクさんからプンプンという気配が伝わってくる。
あ、ちょっと怒ってるな。
「すいません、確かにティンダロスの猟犬は強敵でした」
「そっちじゃないー!」
ですよねー
うう、やっぱり指摘されるか。
「時をループさせかけたこと、ですね……」
「それー!」
「ループができていたら大変なことー!」
スタスタと降りてきたイースの大いなる種族さんたちに取り囲まれ、ペシペシとハサミでしばかれる。
ペシペシ、グリグリ。
旧支配者から集団でベシベシ、グリグリされて生きてた人類は、僕が最初かも。
まあ、痛くはないですが……むぎゅう。
「エージェント、タイムトラベラーとしてもっと研鑽を積む!」
「積む、積むならば」
「今が積むとき!」
「レベルアップまで、頑張れエージェントー!」
次の瞬間、やたら長い土手に投げ出された。
ニュートもいる。
『な、何がどうした、瑛音?』
「レベルが足らないから補習と追試って、イース人さんたちから……」
『あーあー、今回のループの件か。それでお前を強制的にレベルアップさせようってことかね』
「経験値とかないのに、どうレベルアップするんだろう。うう……それで、僕は何をすればよろしいのでしょうか」
何故か電動キックボードに乗ったイース人さんたちが、チャキッとハサミを前に向けた。
何もないですが。延々と土手がつづいてるだけです。
イース人さんの試練だから座学で本を読むとか思ってたけど、そういう訳ではなさそう。
「あのー、本を読むとかではないのでしょうか」
「それ娯楽ー」
「楽しみは費後にとっておくー」
あー、ソウデスネ。
ということは、コレをクリアしても座学があるな……
ニュートが前を見て、後ろを振り返り、空を見上げてから、ポンと猫手を打った。
『わかったぞ、瑛音。これは無限ループだ。――ここを走りながら、ループを抜け出る方法を探せと言うのだろう』
「ああ、八番出口モノか……って、こんなストレートの土手で!? なにもないけど!」
お寿司のバランみたいな草があるくらい。
他にはなーんもない!
一緒に走ってくれるつもりだったのか、ニュートも地面へ降りた。
けど、フードに戻す。
「付き合ってくれるのは嬉しいけど、僕の仕事だから……」
『うむ。ではチクタク感覚を研ぎ澄ましてクリアしてくれ。幸いイース人たちも付き合ってくれるようだし……さあ行け!』
「無限に走ってくタイプのエンディングかあ、歌でも唄いながら頑張る……」
「エージェント、目指せー、レベルアップー!」
♪きみのてを にぎ~って しまぁったら~
10話お終い
読んでいただきありがとうございました!
公募原稿が終わるまで、また少し間が開きます




