Scene-04 ハーツ・オブ・アイアン
ニュートとブツブツ言い合ってると、横で咲良さんが身を起こした。
穣司さんが持ってきた水を一息!
「――ふぅ。綾瀬杜さん、先ほどの獣ですが正体は分かりますか?」
『瑛音、犬で押し通せ』
「そうね、それが無難か。――ええと、犬の一種らしいです。一度、いえ二度見たことがあって、僕は《猟犬》と呼んでいます」
そう言われ、咲良さんが何かを考え始めた。
やがて顔を上げる。
「もしや、あれが《ジェヴォーダンの獣》では。現代日本にも現れたのですか!?」
「ま、まさか……!」
ジェ……何?
あ、穣司さんも分かってるぽいな。ワナワナと震え始めている。
ええと――ニュートちら。
『フランス版の三毛別羆事件。正体は不明だが、野犬か狼という説が有力だ』
あー、分かった。
その熊の話ならウィキで読んだことある。
理解!
「類似した事件である可能性あります」
重々しく頷くと、穣司さんがわなわなと震えだした。
咲良さんの袖口にひしっとしがみつく。
そこに、犬や狼のような遠吠えが響いてきた。
オオ――オオオ――
声はしばらく続いた。
屋敷内から響いてくるように聞こえるな……
いてもおかしくないけども。
「ニュート、猟犬ってこんな風に鳴いたっけ?」
『全固体を知っている訳でないが……この《猟犬》は何かおかしいな。そこに勝機があると見る』
さっきの戦闘を思い出す。
むむむ……?
周囲の人たちは、巨体を連想させる凶悪な吠え声にビビリまくっている。
特に穣司さんが。
「姉さん、ど、どうしよう!?」
「穣司さん、落ち着いて……」
咲良さんは穣司さんをなだめるけど、一向に落ち着く様子はない。
不意に彼女が不自然に笑った。
そのまま無言でニコニコと圧をかけ続け――あ、穣司さんが目線そらした。バツ悪そう。
というか、伯母さんを「姉さん」って呼んでるんだ?
確かに咲良さんの方が上っぽいけど。
「穣司さん、貴方は次期当主なのです。こんなことで慌てふためいてどうしますか」
「――う、うん」
咲良さん、口調は柔らかいけどオーラが強いな。
対する穣司さんは頼りな……ごほん。
あの《猟犬》が相手なら、このくらい臆病な方がむしろいいかも知れない。
それよりも!
「穣司さん、さっきの封筒を見てみませんか?」
「そうか、遺言状!」
待て待て待て。
そんなペラいのが遺言状のワケがない。
「本当に遺言状かは分からないですけど、何らかのヒントが書かれているかも知れません」
「あ……そうか、遺言状なら公開は真夜中で……」
「遺言状とは限りませんってば!」
重ねて念を押すけど、穣司さんは頭を抱えるばかりだ。
決断するのがとことん苦手な人らしい。
そう思ったことを察せられたらしい。穣司さんが短いけど、深い溜息をついた。
溜息の多い人だなぁ。
「父からも決断が遅いと何度も言われました。――努力しているつもりではあるのですが」
「慎重であること自体は美徳ですよ」
ニコ。
咲良さんの真似して笑いかけてあげると、ポカーンとこっちを見つめ返された。
見つめられ――られ……長いな!
そう感じたことを察したのか、穣司さんが正気に戻って咳払い。
忖度力みたいのは高そうだ。
穣司さんは意を決し、封筒をそっと開いた。
中にはペラいメモが入っている。
怖々と読んだ穣司さんが眉をひそめ、口が徐々に開いていき、最後はポカーン。
あわてて咲良さんがメモを受け取り、読み上げる……
「白飯、ヒラメの煮付け、お香々、大根の味噌汁……」
献立?
どうでも良さそうな内容に、聞いていた皆が困惑する。
あ、いつの間にかケンコーさんも来てた。
ずううんと落ち込んでいる。
「爺さん、本気でおかしくなってたのか」
「いえ、何か意味があるのかも」
「暗号としたら何でしょう……お父さんは、普段なんと言っていましたか」
三人が顔を突き合わせて考察モードに入った。
誰もが理解できていない。
書かれた意味に気づいたのは――僕とニュートだけだな。
「ニュート、あれってさ……」
『ああ、ヤスツナは時間の神話に気付いたのだな』
だよねー
ティンダロスの猟犬に狙われてる以上、それしか考えられない。
献立は時を超えられるかのテストかな。
過去の自分に送ったか、あるいは未来を見たのかは分からないけど。
そうして幾つもの過去と現在、あるいは未来がつながり、時が円環を描いたんだ。
円環――猟犬の嫌う曲線を!
献立をチラっと見た程度では現れないと思うから、絶対もっと何かやっている筈だ。
「猟犬がメモを持っていたということは、円環を一個ずつ食べてるのかな」
『ならば最後の円環は今晩だ。遺言状が時を超えて現れ、それを追って猟犬も来る』
「うええ」
いまは……夕方くらいか。
まだ少し時間がある。
「何をやらかしたかは分からないけど、きっとキーは《鏡》だろうから……探してこよう」
『そうだな、鏡から始まったのなら鏡で収められる可能性は高い』
「りょ!」
ソファからスタンと立ち上がった。
休息はお終い!
こっちだって神話使いだ、負けっぱなしのままで済ますか!
まずリロード。
対神話弾は残り三発――それをひょいぱくと咥え、最初の三発は455弾で。
パチ、パチ、パチ――
僕が銃を触りだしたので、メモに悩みまくっていた穣司さん、咲良さん、ケンコーさんが驚いてこっちを見た。
「探偵さん、まさか、これから……?」
「ふいほん――遺言状を探してきますね」
パチ、パチ、パチ――カチン。
六発を込め終えたウェブリー・リボルバー・マークⅥのラッチを戻す。
「あ、危ないですよ!?」
「危なくなったら、すぐ逃げて来ますから」
歩き出したところで、マントをグイと引っ張られる。
およ?
ケンコーさんが端をガッシリ掴んでいた。
「駄目だ、危険だ!」
ピシャリと言われた。
そうですね――
テルミヌス=エストは通じず、対神話弾も残り三発しかないですし。
それでも、猟犬とマトモに戦えるのは僕だけ。
イースの大いなる種族に見込まれたエージェントたる、僕だけ――
何って言ったっけ……ノブなんとカージュ?
大いなる力には大いなる責任がどうした。
そんなことをチラと考えると、のそりとニュートがフードから顔を出す。
『ノブレス・オブリージュ――と、考えてるのなら嬉しいぞ、瑛音』
「ごほん! ご心配してくれて有り難うございます。でも銃だってあるし、剣もありますから。修羅場にも慣れていますよ」
『うむ。そういう訳だから手を離してくれ』
「……」
請け負うと、ケンコーさんの渋々と手が離れた。
僕に対する評価を改めたのか、フードから顔を出してくれたニュートのお陰かは分からない。
「兼行さん」
「伯父さん……」
ケンコーさんに、咲良さんと穣司さんも声を掛ける。
続きの言葉は出てこなかった。
「ふん」
息が合ってるな、この二人……いや、三人か。
これなら心配はいらなさそうだ――そう思った矢先だった。
ケンコーさんが、くるっと背を向けた。
「俺は部屋に籠っている、お前たちはここで見張っていろ!」
そ、それはフラグ……!
ドカドカと足早に去っていくケンコーさん。
穣司さんはオロオロ。
咲良さんがその肩をバシンと叩いて、気合いをいれた。
「亡きお爺様にいいところを見せる好機です、奮起なさい!」
「そ、そうですね……皆、助けが来るまで籠城だ!」
一瞬シーンとなった。
でも咲良さんがチラリと目配せすると、使用人さんたちも気合いの声を上げる。
穣司さんは――気にしてなさそう。むしろホッとしてる。
ならいいか。
そのまま廊下を駆けだしていく。
『できれば全員で一ヵ所に固まっていて欲しかったが、仕方がない。――それより猟犬への備えだが』
「今のところは何にも。せめて誰かがサポートに入ってくれればなあ……」
『双子の遠出は伯爵家が嫌がるし、井手上や荒士は前回の事件からまだ回復しておらんからな』
そうなんだよね。
お陰で今日は景貴、清華、井手上さんと荒士さんの誰もいない。
ブラックブックに釣られたケイは残ってたけど、捕虜みたいなものだから単独で連れ出すのは不味いし。
「大人枠でもう一人くらい欲しいな。双子やケイを連れ回したい」
『蔵人か村茉でも呼ぶか?』
「のーせんきゅー」
流石に変人として有名な伯爵ご本人と、その右腕に出てもらうのもなー
あと、どっちも癖が強い!
『将来のことは後でゆっくり考えるとして、今日これからの話だが』
「探すのは《鏡》だよね?」
見る場所はそう多くない。
二階だと、ヤスツナさんの寝室だけか。
「おじゃましまーす……」
チク タク チク タク チク ――ガキッ!
『瑛音、カドから異臭と煙!』
「わわわ!」
幻視を即座に切って書斎を飛び出し、廊下を脱兎。
ズダダダダダ!
廊下の端まで逃げ、念のためプラトーの柄に手を掛けながら警戒。
ヤスツナさんの部屋をのぞき見るけど、異常はない。
「大丈夫? 大丈夫かな……よし、だいじょぶ!」
『ここの猟犬は、出現した状態で長い距離は移動できないようだが……さて?』
「長居しなければ何とかなるってコトね」
なら……
ガサゴソ チク タク――バッ!
ガサゴソ チク タク――ババッ!
ぐぐぐぐ……
探索しては部屋を出るを繰り返す。
き、気が抜けない!
「ふう……こういう探索って、ホラーゲームだったら一番楽しいところなんだけど」
『現実でやると辛いな』
小間切れで幻視した感じでは、ヤスツナさんが鏡を使っていたことは間違いない。
ただ細かいことがサッパリ。
ゆっくりと幻視する暇がないので!
それはそれとして、蔵のらしい物理鍵をゲット。
研究ノートはそこに仕舞われてるっぽいから、後で見に行こう。
えーと、後は……
チク タク――
『瑛音、待て。ケンコーの部屋から物音がせんぞ?』
「え!?」
ケンコーさんの部屋は鍵が開いていた。
そーっと覗いてみると、中はもぬけの殻になっていた。
何処かへ行ったんだ……でも、何処へ?
「ケンコーさんが行きそうなころか。ニュート、分かる?」
『おそらくだが――』
葉山家の屋敷内には、蔵があった。
物置ではない。
ガチで貴重品を安全保管できる大部屋で、震災にも楽々耐えている。
その蔵に保管されている刀のうち、身幅広く、反り高い一刀を手に取った。
――咲良さんが!
咲良さんは襷をかけ、髪を鉢巻きでまとめてある。
腰に大小の日本刀を差し込むと、奥へ向けて小さく声を上げた。
「――そこ、出てきなさい」
「ふん、考えは同じか」
ケンコーさんは悪びれもせず影から出てくると、保管してあった高価そうな猟銃を持った。
安価な単発の村田銃に対し、米国製の五連装セミオートだ。
スーツのポケットに弾を沢山ネジ込む。
準備が終わるのを静かに待っていた咲良さんが、ボソリと呟いた。
「――結局、お爺さまは正気に帰らなかったのですね」
「正気もだが……最後には穣司を認めるてくれると信じてたよ。それが叶いそうもないのが悲しいな」
「ふふ、頼りないのは否定できませんけど」
二人は違いないと笑い合う。
「華は探偵さんに差し上げましょう」
「ああ、猫好きに悪人はいない。――では、オレたちだけで野犬退治と洒落込もうか!」
最後に頷き合い、二人は猟犬との戦場へ出陣していった。
目的は――当主を守ること、かな。
近隣への被害を減らすこともあるかも知れない。
影からこそっと顔を出した。
ニュートも僕も、平べったい顔をしている。
『ミスったな。猟犬を単なる犬と思い込んでる』
「あの二人の安全を確保しつつ戦わないと行けないのか。やっぱり一人だとキツイなあ……」




