Scene-01 サウザンド・リーヴズ
海辺の田舎道をランチア・ラムダで疾走する。
太平洋は凪だ。
バラックみたいな家がちょぼちょぼあるきりで、視界が広い。
木々がチラチラと生えてるくらい?
「空が広いねー、流石は百年前」
『瑛音、千葉県の南東部は令和でもこんなものだぞ?』
ニュートが肩からボソリ。
あらら。
平べったい分だけ前回の狭山丘陵よりは走りやすいけど、タンクの小さいセブンで来る勇気はなかった。
思った通り、ガソスタが全然ない!
東京や横浜とかなら困らない程度にはあるんだけどもさ。
そういうわけで、ラムダで千葉県の九十九里浜あたりをかっ飛ばしてる。
目的はこの先にあるという洋館だ。
半月前に帝都瓦斯という資源開発会社の偉い人が亡くなった後、不自然な事件が起こっているとか何とか。
で、そこの長男さんから変わったの専門探偵としての僕に依頼がきたワケだけど。
紹介者は前回知り合った結社メンバーの茂呂島さんで、その師匠の村茉さんの承認入りだ。
「ニュート、今日の依頼は殺人事件の解決でいいんだよね?」
『もし殺人ならついでに解決してやってもいいが、表向きは遺言書の捜索だぞ。おそらく占い師枠だろう』
「あはは、そのカテゴリーで正しいんじゃないかな。――で、裏は?」
『何でも不思議な化石が出土したそうで、その鑑定だ。それが終わるまで工事を止めるよう、千葉県の関係機関経由で横槍を入れているそうだ』
会話しつつ、洋館へ向けてラムダを走らせる。
ガス会社の偉い人が千葉に住んでる理由は単純で、ガス田の鉱区があるからだ。
東京や千葉には、地下水に大量のメタンやヨウ素が含まれている場所があるそうだ。
最初は後の創業者が、自宅の裏庭で掘り当てたとか。
このガス田は令和でも元気に採掘してる――らしい。こっちは、よく知らないけど。
『瑛音、そろそろだぞ』
「りょ!」
右手に見えだした森の境界を見やる。
緑の陰に赤い切妻屋根がポツリ。
左手には、冷たい空と海が何処までも広がっていた――
「とーちゃくー」
「ようこそおいで下さいました――あ、え?」
迎えに出てきた細身の青年が、僕の顔を見て固まった。
はあ、洋ロリがお好みですか。
すいませんが、実は男ですので……トランス女性でもないですよー
初対面の人には教えてあげないけどね!
胸中で呟きつつ、ランチア・ラムダを降りる。
迎えてくれた青年は高級そうなスーツに丸眼鏡、髪はぴちっと撫でつけられている。
スーツのポケットから見えている懐中時計の金鎖がお洒落だ。
似合うというより、自然かな。
どんな高級な服もごく自然に着こなせそうで、その点は双子を連想しないでもない。
「はじめましてー、私立探偵の綾瀬杜瑛音です。このたびはご依頼ありがとうございますー」
「あ――不躾に見つめて申し訳ありません! 依頼人の葉山穣司です」
真っ赤になりながら頭を下げた穣司さんを尻目に、ニュートへちょいと顔を寄せる。
解説プリーズ。
ゼスチャーで求めに気付いた僕の相棒、黒猫ニュートが重々しく頷いた。
その言葉は、僕以外に理解できないけどね。
『死んだ主人、葉山安綱の子だ。かなりの高齢で作った側室の子なので立場は微妙と資料にある』
「そく……?」
『大正までの日本は事実上の一夫多妻制だぞ。渋沢栄一とか、奥さん二人いたろ?』
いや、そうかも知れないけどさ!?
なんだ、そのフェミニストさんに三万メートルくらいから爆弾特攻されそうな事実。
「まさか蔵人さんにもいるの?」
『おらん。奥方との間に健康な子が四人もいる蔵人には必要なかったからな』
浮気はしょっちゅうしてるが……と、続くけど。
それはまあ。
「なら、よかった。――この家の人も、納得してるならいいんだけど」
『その辺の人間関係は家によるな。ここの場合、穣司は大半の孫よりも年下だから少々複雑だろうとは思うが』
「綾瀬杜様、どうぞこちらへ!」
気を取り直したらしい穣司さんから、洋館の中へ案内される。
さっきの説明のせいで印象が複雑になった。
人間関係次第では、穣司さんの人物像がガラっと代わる可能性もある……掴み難いな。
「立派なお屋敷ですね」
「ええ、英国から呼び寄せた高名な建築士の作です。父の自慢でした」
穣司さんが嬉しそうに解説してくれる。
いい人ではある。うん。
それはそれとして……屋敷内は白漆喰と重木のツートン、家具はヴィンテージでアンティークに囲まれてる。
大正では最新かもだけど、僕には文化財の観光みたいなものだ。
浸ってると、前方に怒気の塊が出現する。
ドスドスドス!
「穣司くん、何処へ行っていたんだね!?」
「兼行叔父さん、こちらの綾瀬杜さまをお迎えに――」
「どもー、私立探偵の綾瀬杜ですー」
でも挨拶無視。
高級なスーツの要所をキラキラした装飾品で強調した中年男性だ。
やけに毛先を揃えた中分けのマッシュに、髭が絶望的に似合ってない。
――ただ、これは令和の感覚かも知れないけど。
とにかくマッシュのオッサンはジロリとこっちを見て……舌なめずりされる。
止めろー欲情すんなー、僕はどうみても小学生だぞ。
あと男だ。
教えないけどね!
「卑しい職業の割に気品のある顔をしている。まあ……現場を見せるくらいは構わんか」
「ありがとうございます、叔父さん」
「穣司さん、先にご案内をお願いしますね。――では、失礼します」
僕へは名乗ってくれてないので、とっさにオッサンの名前が出てこなかったな。
えーと、ケンコーさんだっけ?
依頼人さんを引っ張っていきながら、ニュートにこそこそ。
「詳細プリーズ」
『呉石兼行。化学工業で有名な呉石家に婿入りした長女の長男で、こいつをヤスツナの養子にして跡継ぎに……という話もあったそうだ』
「応仁の乱パターン?」
『ありゃ弟だ。――茂呂島によれば、そこまで揉めていない。ただ主人であるヤスツナの死後に乗り込んできたケンコーが、コストカットの大鉈を振るってるな』
ふうむ……
穣司さんを引っ張りつつ何歩か進んだところで、急に後ろから声がかかった。
「おい、待て。――自己紹介がまだじゃないか、ここで全員分していけ!」
「へ?」
振り替えると、ケンコーさんが厳つい顔をさらに厳つくしている。
僕を睨んでるけど……誰の紹介?
首をかしげていると、ニュートがひょいと肩に登ってきた。
『かかか、こいつオレにも名乗れというか。いいぞ、教えてやれ』
「あ、そゆこと? こっちは僕の頼れる相棒で、黒猫のニュートといいます」
「ほう、いい名だ。――オレは呉石兼行という」
きらーんからの、にっこにこー
ケンコーさんの厳つい顔が、劇画調にテカテカとニコる。
顔には朱まで指して!
あー、この人もちょっと人物像が掴み難いぞ……?
猫にも挨拶してくれるのは評価するけどさー
人物像パズルのピースを何処へ嵌めようか悩みつつ、適当に会釈してから穣司さんについていく。
ケンコーさんは僕らが見えなくなるまで見送ってくれた。
多分ニュートを……
そして、誰にも聞こえないほど小さな呟きがボソリ。
僕には聞き取れなかったけど――
「ニュート、猫の聴力は人間の八倍だってね?」
『うむ。見つけてくれるといいのだが……と、言ってたぞ?』
「見つけるって、何をだろう」
で、穣司さんと応接間のソファに向かい合い、適当な挨拶からの軽い雑談。
そして――
「亡くなった父についてなのですが、皆に言伝を残していました」
スッと本題に入った。オモテのね。
いわく――ヤスツナさんの死後、次の新月の真夜中を待って遺言状を公開する、と。
新月……ええと、今日?
『今晩であってるぞ』
「さんくす。――その遺言状はどこに保管されてるんですか?」
「それが分からないのです。本来の保管場所にあったのが、先ほどのメモで……」
ほほう?
ちょっと面白くなってきたかも。
「親族とも話し合い、きっと父は我々で力を合わせて遺言状を見つけて欲しいのだろうということで落ち着きましたが」
「つまり宝探しと。ヒントなどはありますか?」
童歌や詩に見立てたり、あるいは暗号ってこともあり得るかな。
でも穣司さんは深い溜息をついた。
「いえ、それすらもなく。途方に暮れていたところ茂呂島先輩から貴方を紹介されました。なんでも変わったの専門探偵とか」
そして、よろしくお願いいたしますと頭を下げられた。
よろしいですとも!
見つけるだけならパパっと。それからどうするかは、ちょっと考えますが……とは、言わないけどね。
「微力ながらお力になります」
「ありがとうございます! 先輩からはとても頼りになると太鼓判を押されておりました。千人力です」
穣司さん、愛されキャラなのかも知れない。確かに放っておけない感じはするしね。
それはそれとして契約成立!
新月は今晩だから、こりゃ徹夜かなー
途中で仮眠でも取るかな。
念のためゲストルームを借り、屋敷の捜索許可を貰い、使用人頭さんとかに紹介して貰って――さって。
両拳ぱちーん!
「じゃ、さっそく調査と行こうか」
『瑛音、どこから調べる?』
「まずは……主人の、ヤスツナさんの私室かなー」
てくてく。
奥の豪華なお部屋へ、そーっと入った。
扉の隙間からは紙と革、そして木の匂いみたいな大正時代の匂いが飛び込んでくる。
それプラス、なんかみょーに抹香臭い……?
化粧品の匂いも混じってるな。
まだ昼間なのにカーテンが引かれた書斎は薄暗くて、そのせいで和服の女性を見過ごすところだった。
こちらに背を向けて、大きな書斎机を見つめている。
「あの、すいません……」
「!?」
声をかけると、ものすごい早さで振り返られた。
影で見えないけど意外と若そうな?
彼女はよほど驚いたらしいけど、立ち直りも早い。すぐ表情を引き締め直したっぽい。
誰何の声すら出してこない。
「――穣司さんが雇ったという探偵さんですか」
「綾瀬杜瑛音です。僕もこの部屋を調べたいんですが、よろしいですか?」
「葉山咲良です……どうぞ」
スッと横に避けると、改めて劇に使うようなカーテンを引いた。
昼の灯りが差し込んでくる。
キツ目の美人!
和服に女袴、キリッとした目付きにポニテが似合ってる。
刀とか似合いそうだ。
年齢は穣司さんと同じくらいかな。
『葉山咲良……ヤスツナの末女の娘で、穣司と歳も近い。茂呂島の資料にはコワくてツヨツヨとある』
最後のはニュートの翻訳だろうな。
まあ、いいけども。
それより調査と行きますか。
ん……?
『瑛音、床のカーペットが新品になってないか?』
「かもだね」
チラっと咲良さんを見ると、くるっと目線を外された。
ええと……
ブックマークしてくれた人がちょいちょい増えてたので、何となく書いてみました
次回は週末の予定ですが、公募の原稿次第かもも・・




