Scene-04 のぞき返す
チク タク チク タク チク タク
幻視――時を遡り、過去を視る僕の能力。
見た先は、脱衣場の一角。
僕らの服を入れた籠のある辺りに小さな足跡があった。
そこだけが不自然に冷えて、湿っている。
どこから来て、どこへ去ったかは分からない。
足跡は素足で、感じからして恐らく子供だろう。でも風呂にいたのは僕らだけだ。
さて、貴方はどなたですかねえ――
過去へ遡ると、人の気配がボンヤリと浮かびあがった。
そこだけ霜が降りる。
空気が不自然に冷たくなっているようで……
「瑛音さま……?」
「井手上さん、ちょっと待って」
足跡は誰もいない脱衣場をペタ、ペタと歩き回っている。
今のところ歩いてるだけで害意はなさそうだけど、気持ちはよくないなあ……
やがて誰かが後ろ向きにこっちへ向かってくる。
誰が――ああ、大沢の姉さんか。
そういえば最後に風呂へ入ってきたから、逆戻れば最初に見えるのは当然か。
これから風呂に入るのだから素っ裸で……って、いけね、配慮っ!
幻視解除、全力!
チク タク チク タク――
切ろうとした一瞬だった。
ぐわっ!
色と音のない《幻視》のセカイに、赤が広がった。
「!?」
真っ赤な――目!?
双眸!
誰かが……いや、《何か》が真っ正面からこっちを覗き込んだんだ。
過去から、のぞき返された!
パキィィン!
幻想の解除が間に合い、セカイに《時》が戻った。
ぜー、ぜー!
い、今のは何だったんだ……
念のため魔剣を荷物から取り出し、ホルダーの上からギュッと握る。
「あの、瑛音さま……」
震える声で井手上さんが呟く。
肩越しに振り返ると、彼女はまだ素っ裸で――って、今日は裸が多いな。風呂だから当たり前だけど……ん?
んん!?
チリチリくるのは……冷気!?
さっきの!?
見えない誰かが――違う、何かが、まだいる!
「瑛音さま、あれは……あのヒトガタは!?」
「分からないけど、警戒!」
幻視で視た《冷気》がまだいるんだ。
脱衣場のカドで、冷たい気配が、ボンヤリと人のカタチを保っている。
頭部らしき箇所には丸い水晶体みたいのが二つあった。
それがぐりぐりと動いてから、ボンヤリした冷気のカタマリが一歩を踏み出した――ように、感じる。
いや……歩き出したで合ってる。
パキパキと空気が鳴り響き、床にペタリ、ペタリと足跡のカタチをした霜が降りていく。
全身に鳥肌が立った。――寒いっ!
「くっ……」
「瑛音さま!」
僕の背中で庇ってる井手上さんがチラっと自分の籠を見る。
そこには《レテの書》がある筈だけど、書いてる内容はおそらく普通の知識やスキルだ。
なら、頼れるのはプラトーだけか。
チラと自分の身体を見下ろす。
ボクサーっぽいパンツ――なら、ギリ!
このくらいなら目をつぶってもいい。ええい、見たければ勝手に見ろ!
プラトーをホルダーから引き抜く――いや待てよ?
あああ、待てーっ!
慌てて手を止めた。
横浜の事件でプラトーを抜いたとき、肩にいたニュートが一緒に記録された。
ということは……い、井手上さんも記録されるのでは!?
「――あり得る!」
「??」
僕の魔剣は真の人類史に残るような偉大なアーティファクトだ。
だから使うと、旧支配者の一柱であるイース人が記録を残してくれる。純粋な善意なので一切の例外はない。
ないよ、ないともさ!
あの超時空パノラマ羞恥劇場に、人を巻き込むワケにはいかない。
でも、そういうことを言ってられない状況かも知れないような気も……
井手上さんを庇いつつジリジリと下がるけど、冷気の足跡はゆっくりとこっちへ近づいてくる。
歩幅は小さい。おそらく子供だ。
気温とともに身体も急激に冷え、歯の根もガチガチと合わなくなってくる。
間違いなく《神話》事件なんだけど……
そもそも、コイツは何だ!?
なんとなーく想像はつくけど、根拠のない憶測に過ぎない。
「井手上さん、僕が合図したら風呂へ飛び込んで」
「……」
背中で井手上さんが小さく頷く。
足跡は一歩、一歩と近づいてくる。小さな脱衣場で逃げ場はすぐなくなった。
こっちとの間合い的に、待つのはあと三歩がギリか。
ペタリ ペタリ ペタ――ガラリ!
「――瑛音さま、ハル!?」
足跡が間合いに入ってくるのと、風呂の引戸が開いて荒士さんが叫ぶのは同時だった。
反射的に井手上さんが走り出す。
二人は目線を合わせ、その一瞬で状況を理解した荒士さんも無言ダッシュ。
僕もプラトーを引き抜き、冷気めがけて一撃を放った。
――よし、神話的な手応えあり!
『オオオオ――!』
プラトーで冷気の一部が切り裂かれ、飛んで下がるような気配!
その隙に荒士さんが自分の籠から愛用の分銅鎖を引き抜き、冷気めがけて放った。
打つ、薙ぐ、絡めると様々な使い方ができ、ロープみたいに使うこともできるテクニカルな武器だ。
しゃらららん――
鎖が空中で鎌首をもたげ、冷気めがけて一直線に放たれる。
だけど冷気を素通った。
でもプラトーの影響なのか、見えない《何か》に引っかかったような気配はあった。
それを見た荒士さんが瞬時に戦略を組み直す。
「下がって!」
鎖は空中で方向を転じ、籠の中に入っていた大人用の浴衣を引っかける。
大沢の姉さんのか。
それが空中に広がり、扇がれて生まれた風が冷気を僅かに散らした。
バサリ、バサッ!
「――ん!?」
散らす……のは、不味いかも!?
何となくだけどそいつ相手に《風》はよくない気がした。
「荒士さん、扇ぐの待った!」
「結実さん、浴衣を動かさないで!」
結実って……ああ、荒士さんの下の名か。
荒士結実。
「承知!」
荒士さんが即座に鎖を操る。
くるっと広げられた浴衣が冷気のカタマリを包み込んだ。
――何かいる!
浴衣が人のカタチでたわむ。シルエットは子供……女の子!?
そこへ鎖が飛んで、生きてるみたいに巻き付く。
『オオ――オオオオ――』
この世ならざる物の声が響く。
正体不明の神話存在はしらばく鎖の下で足掻いていたけど、やがて静かになった。
怪異が解除されたらしい。
自由になった鎖と浴衣が重力に引かれて床に落ち、波のように風呂で暖められた熱が戻ってきた。
身体も冷えてない。
脱衣場の空気も、お風呂の熱気と廊下の冷たい空気がほどよく溶け合ったままだ。
さっきの異常な《冷気》は何処にもない――
アイツが存在してるときだけ生まれる《冷気》か……
厄介だなー
奥で片膝を突いていて警戒していた井手上さんが立ち上がったので、僕もプラトーをしまった。
荒士さんもゆっくりと脱衣場を見渡し――緊張ごと息を吐き出した。
分銅鎖も手の中にくるくると戻す。
「あの対応で正解だったらしいですね。ハル、瑛音さまも、お怪我はありませんか」
「だいじょぶ」
「ええ……ありがとう、結実さん」
ちなみ井手上遙でハル、荒士結実だと思う。
二人とも名前呼びなんだな。いつの間に……
「ああと……皆は服を着てほしいかな。僕は自力でやるから大丈夫」
「はい、瑛音さま」
まず皆で荷物を元に戻した。
それから服。
僕はパンツとシャツの上から浴衣。
髪はバサっと降ろしたまま。
荒士さんは自分の籠から長くて赤い長手拭いみたいのを取り出すと、グルグルと腰へ――あ、褌ってやつか。
あるんだ、女性用!
サラシみたいなタイプで、前垂れはない。お尻の強調っぷりも凄くて、Tバックの水着みたいだ。
風呂へ入るときは目を反らしてたし、荒士さんも物凄い勢いで脱いでたから、気付いてなかったなあ……いや、気付く物ではないんだろうけども!
「どうか?」
視線を感じた荒士さんがこっち向いた。
いつものジト目で無表情。
困ってる、怒ってる、恥ずかしがってるとかの感情は読み取れないけど、念のため謝罪しとこうか……
「ごめん、いまジロジロ見てた。褌ってあまり見たことなかったから」
「ああ、外国にはないのですか。――お気にせず、日本では普通の下着です」
すいません、日本生まれの日本育ちですが、お祭りのニュースくらいでしか見たことないです……
少なくとも百年後では!
普通……そーかなー、令和で荒士さんの写真をSNSに乗せたら、日本のサービスでも一発でアカウントを焼かれる気がする。
そんなことをやってる間に、井手上さんも肌襦袢を羽織っていた。
これが下着なので、その下には何も付けてない。
それから一度風呂へ戻って異常な冷気がないかをチェック、それから脱衣場、さらに出口からそっと覗いて廊下まで確認する。
襦袢の合わせ目からチラチラと見える脚線とか、うなじが眩しい……
「瑛音さま、大丈夫です」
「おけ!」
さて、あとは大沢の姉さんへのフォローか。
地味とはいえ間違いなく《神話》事件だったし、きっと意味が分からなかったろう。
脱衣場の端でへたり込んでいた彼女へ、籠ごと服を持って行く。
「騒がしてすいません、大丈夫でしたか?」
「みちる……?」
――ん!?
僕、井手上さん、荒士さんの視線が大沢の姉さんに集中する。
みちる……もしやアレの正体か!?
大沢の姉さんの目は、籠へ。服の上にちょこんと乗った、赤い――お守りを見つめていた。
さっき浴衣と一緒にブチまけ、皆で拾って戻した奴だ。
「あ、あの……今のを見ましたか!?」
後ろで片膝をついてから、立ち上がる。――ので、横を向く。
でも姉さんに肩を掴まれる。そのままガクガク。
「あの!」
姉さん、必死だ。
見かねた井手上さんが、そっと制止してくれる。
「あのー、大沢さま……瑛音さま、男性でございまして……」
「え……ああ! 瑛音さん男性でしたよね。――すいません、憶えたつもりだったんですけど、後ろから見ると女性にしか見えなくて」
「いーえー」
何度も言ってますが、確かにお尻は大きいです。
でも僕のせいじゃないので!
後ろから見るとどうなのかは、イース人のアーカイブで見たから知ってます……がるるる!
「――あの」
大沢の姉さんが僕らをジーッと見つめる。
「貴方がもしかして、ウラテリスさんですか……?」
「違います。僕は――変わったの専門探偵ですよ」
「……」
いや、本当に違うんで!
そもそもウラテリスって、人名じゃなかったような?
ポーの詩だったかな。
――とか考えてると、大沢の姉さんの目に理解の光が宿り始める。
変わったのか、探偵か、あるいは両方へかは分からないけど。
「改めて、お話を聞いていただけますでしょうか」
彼女がさっきの赤いお守りを取り出した。
神社によくある奴だ。
それが偉い人の死体が握っていたと言う、妹さんの遺品ですか。
「ええ、よろしいですとも!」
次の週末は公募の原稿やってるかも・・




