Scene-03 ゆきかぜ
「瑛音さま」
追いついてきた井手上さんが後ろに来て、僕の髪を洗う準備をしてくれる。
当然のように素っ裸で……
荒士さんに貴方もやりなさいという視線を向けたけど、プイっと後ろ頭に弾かれる。
あと耳まで真っ赤。
井手上さんはやれやれと溜息を吐くと、櫛を取り出して僕の髪を丁重に梳き始めた。気持ちいいな。
「相変わらず良いお髪ですね、瑛音さま。お肌も綺麗で」
「ありがとう」
世辞でないことは分かるんだけど……正直、自分の外見はよく分からない。
大沢の姐さんもすぐ入ってきた。
彼女は、僕と井手上さんが洗い場に腰を落ち着けたことを不思議そうに見ている。
「お風呂に入らないのですか?」
「まず髪と身体を洗ってから入ります」
「ええ……」
大沢の姉さんが意外そうな声を出す。
大正時代、女性すら毎日洗髪する習慣はなかったらしい。
下手すれば月イチとか?
なので大沢の姉さんは洗髪しようとしている僕をみて、随分と驚いているようだ。
横で掛け湯をしようとしゃがみ込み――固まった。
こっちを見て?
「あの……」
たゆんと身を乗り出してきた。
まてー、ちょっと待てー! そのポーズは威力高いんですけど!!
姉さん、大人ボディで素っ裸なの忘れてませんか。
こっちの身体チラ見するのも止めて……ん?
違う、姉さんが見てるのは洗髪粉とかが入ったコスメ缶だ。
肩越しに井手上さんとアイコンタクト。
「大沢さまも、よろしければ使ってみますか?」
「いいんですか!?」
大沢の姉さんが、嬉しそうに身を寄せてくる。
洗顔粉とかは令和にも存在する有名化粧品メーカーので、他にもヘアオイルに真っ白な固形石鹸、風呂上がり用のだけど、スキンケアクリームみたいのもある。
「こ、こんな高級品を……」
「どぞー。井手上さん、僕はいいから大沢の姉さんをよろしく」
「はい」
残りは自分で洗う。
ヘアオイルを満遍なく塗り、櫛で梳いてから髪を纏める。それから真っ白な固形石鹸をタオルでわしゃわしゃ。
すっかり慣れたなー
横では井手上さんが姐さんのケアに入った。
大正の普通女性は大体オバサンくさいんだけど、大沢の姉さんは令和にも普通に通用する外見をしている。
大正時代では一般受けしないそーだけど……
井手上さんも姉さんクラスまで育ちそうな片鱗があって――とと、いかーん! 配慮っ!
煩悩に脳内でサイレント関節技を決めつつ、皆で楽しく世間話を広げていく。
会話をリードしたのは、意外なことに井手上さんだった。
単純に話題が豊富なのだ。
途中からは風呂へ移動しつつ、姉さんからも情報を引き出す。
井手上さんがひょいと本命の話題を投げた。
「大沢さん、さっきの続きを。――ウラテリスについて、もっと詳しく教えていただいてよろしいですか?」
「はい……」
彼女は、すうと息を吸い込んだ。
訥々と語り始める。
彼女いわく――
大沢さんの家系は山を所有し、代々水源を祭ってきたらしい。
昔ならこれは巨大な権力となる。
でも明治に入ってから水道開発の話が持ち上がり、一族はその役割を終えた――と、街から来た偉い人に説得されたそうだ。
たまたま山で不幸な事故が多発した年であったこともあって疲弊していた大沢家は、その意見を了承。
古文者などを全て引き渡し、最後に盛大な祭りを行ってから街へ出てきたそうだ。
土地自体は水道会社が取得し、いま工事してる真っ最中とか。
「悪い話ではないようにも聞こえますけど……」
「その偉い人が死んでいなければ、ですね」
――あらま。
「その偉い人の名前は分かりますか? あと死因とかは……」
「何分、当時は子供でしたので。どこかの大学の先生だったと思います。死因は……」
大沢さんは困ったように口ごもった。
大丈夫ですよという顔で続きを促すと、こくんと頷いてくれた。
「十年前の大雪の日に大沢の旧家から姿を消して、その二年後の春に遺体が多摩川上流に流れ着いたとか。死体を見つけたのは祖父で、その夜に父と口論していた際に呟いたのが……ウラテリス」
つまり八年前か。
なら《幻視》で過去を見るのは無理だ。僕は関東大震災までしか遡れない。
でも時期と場所と発見者が絞れてるんだから、ウラテリスに調べてもらえばいいか……
考えていると荒士さんが口を挟む。
「――それで、どうしてウラテリスについて知りたいんで?」
荒士さんがジト目で大沢の姉さんをジトー
確かに動機は分からない。
荒士さん、井手上さんと一緒に言葉を待つ。
「さっき山で不幸な事故が多発した年だったと言いましたけど……その際、妹が行方不明になっているんです。まだ見つかっていません」
「……」
「でも持っていたんです。先生の死体が――妹の、お守りを」
ふむ……?
「少し絞れそうですね……では、東京の事務所に連絡入れてみます」
「!?」
頭のタオルを解いて前を隠しつつザバっと立ち上がると、お尻に凄い鼻息が掛かる。ん?
背後でバシャ-ンと水柱が立った。
振り替えると荒士さんが引っ繰り返っていた。位置的に、もしかして僕のお尻のせい……?
「あらあら……」
「荒士さん!」
荒士さんと大沢の姉さんが、大慌てで荒士さんを助け出す。
「こっちで横になって!」
「ご、ごくらくも、じごくもさきは、ありあけの……」
大沢の姉さんがお姫様抱っこ。
荒士さんは目をぐるぐるさせながら、武士みたいな言葉遣いで何か呟いてる。
暗号?
「ええと、上杉謙信の辞世の句だったかと……」
「余裕ありそうだね。井手上さん、後を任せていいかな」
「はい、瑛音さま」
二人は荒士さんを洗い場で横にする。
あのー、荒士さんのセンシティブなところが大解放されてますが……
井手上さんも大沢の姉さんも一切、隠さない。
皆さん僕が男だってこと忘れてませんかね、一緒に風呂入ってるのに……ん?
ガタガタ――
「風……?」
風呂の小さな窓がガタガタと揺れる。さらに囁くような木々の葉音も。
重い風が吹いたらしい。
やがて、窓から白片が空からチラつき始めた。
――雪ぃ!?
「雪だ」
風呂から窓の雪風を眺めていると、井手上さんも荒士さんを介抱しながら片膝で窓を見上げた。
ここが将来大きく膨らみます――という部分が強調される。
そこで井手上さんと目が合った。
無邪気さの延長みたいな笑顔をしていて……あー、僕に見せようとしてますね?
結社で矯正されたんじゃなかったんですか、その性癖!
「……」
波打った線目で抗議すると、井手上さんはクスクスと笑いながら――かーくーせー!
ぜいぜい……
なんか《神話》の気配でもしたかなー
「瑛音さま、青梅に雪はよく合いますよね」
「――え?」
井手上さんがクスクス笑いながら、呟いた。
え?
青梅と雪って……ああ、そうか。
「小泉八雲の『雪女』か。確か青梅の多摩川沿いで雪女と出会うんだっけ」
「そうです、瑛音さま」
そこで大沢の姉さんが水の入った桶を持って戻ってきた。
しばらく介抱すると、荒士さんが身を起こす。
大丈夫そうだ。
――なら、風呂はもういいか。
「日が傾く前に戻りましょうか、食事もすぐでしょうし」
「お先にどうぞ、彼女を介抱したら向かいますので――あ!」
「何かありました?」
大沢の姉さんが何かに驚いてる。
脱衣場へ続く引き戸に手を掛けつつ、振り返った。
大沢の姉さんが初めて顔を紅くしている。
「いえ……瑛音さんが男だってこと、すっかり忘れてました。後ろから見ると女の子にしか見えないですね」
「――ですよね! 瑛音さまのお尻はとても綺麗だと思います!!」
「見慣れると……女には見えないです……」
楽しそうデスネ……まあ、僕のお尻くらいでよければご自由にどうぞ……
腰に巻いたタオルを撮って上げたりはしませんが!
大沢の姉さんは笑いながら、水道から直接水を飲んでる荒士さんの元へ。
入れ替わりに井手上さんが大正時代の堂々さで脱衣場へやってきて、身支度を手伝ってくれる。
パンツだけ先に履いて、後は任せ――ん? んん!?
「井手上さん、髪を乾かしてて」
「はい」
井手上さんが乾いたタオルで髪を挟むようにパンパン叩く。
ドライヤーないので!
その間に――
チク タク チク タク チク タク
次回はまだ週末で




