Intermission 大正時代
皇居沿いに続く未舗装の道路を、白くて小さなオープンカーで駆ける。
大正時代にはコンクリートやアスファルトの舗装道路はない。
外国では首都の主要道路を舗装するくらい普通だけど、この時代の日本には技術もなければ、お金もないらしい。
令和もそうだけど世知辛いな。
アウターの白いフード付きマントが、ぱたぱたと真冬の風にはためいた。
その端から黒猫が顔を出す。
『にゃあ……相変わらず凄かったな、あの兄妹! 瑛音も、自分があの双子の好みド真ん中って自覚持っとけ』
「そう思ったんなら割って入ってよ! あとナビよろしく。標識とかがロクにないから、細かい道がさっぱり分からない。それと結社からの資料にも目を通しておいて」
『任せておけ。ここは令和でいう内堀通り。道なりに進み、半蔵門前で左へ曲がって甲州街道へ入れ。手前でもう一度指示する。街道から新宿駅までは真っ直ぐだが、信号係のお巡りさんを轢くなよ?』
「りょ!」
ニュートがひょいと飛び降り、タイトサイズな後部座席を占領して資料を読み始める。
そのまましばらくドライブを楽しんだ。
甲州街道へ入ってからは新宿駅まで一直線だ。道沿いの家々は平屋か二階建てくらい。空き地も多く、道路の真ん中にはトラムがノロノロと走っている。
新宿が日本最大の街になるのは、もうちょっとだけ先の話だ。
やがて新宿駅の前を通りすぎた。
将来は丸ノ内線になるトラムを避けつつ、お巡りさんの指示で道を曲がる。ウィンカーの類は発明されてないので適当にだ。
左に小田急ハルク――じゃない、JT……じゃなく、専売公社の煙草工場を抜け、ヨドバシ浄水場を横目に、ガスタンクを遠目に見ながら新宿駅をぐるっと巡る。
「牧歌的だなぁ……車もシンプルで原始的な作りだし、劇の中みたい」
ニュートがフードに戻ってくる。
『原始的って……瑛音、お前はいまオースチン7の新車を運転してるんだぞ? 感動が薄くないか!』
「確かに格好いい車だと思うけどさ。現代にあったら怪盗の孫とかが乗ってそう」
『あの怪盗が乗っているのはドイツ車かイタリア車だな。これはイギリス車だ。ええい、猫手でなければ自分で運転するんだが』
「今度、猫用のハンドル探してみるよ」
『冗談だろうが、本当に探してくれると有り難いね。ああ――次を左。後は道なりに真っ直ぐ。突き当たりにある洋館だ。いいか、道中は絶対にぶつけるなよ!』
「りょ!」
空き地の真ん中を通る道で無造作にステアリングを切る。
車体が軽くて、サイズが小さいこともあってセブンは道をすいすいと進んでいく。